53 再会

 水の都『ルクソール』に着いて最初の夜、この町の美しさを全身に感じた昼間の余韻に浸ることは、グレイに対するアルシェのお小言が許してはくれなかった。

 王都で拠点としていたものと比べると幾分か質素な冒険者提携宿の一室にて、しかしながらシグルーナは彼らの様子を微笑まし気に観察する。


「グレイ、頼む。頼むから行く先々で問題を起こすのは止めてくれ」

「だから、悪かったって言ってるだろ」

「謝れば済む話じゃない。それにいつも口ではそう言うけど、反省した試しがないじゃないか」

「そんなことないだろ」

「――そんなことあるんだよ!」


 怒られている自覚がないかのように飄々と応えるグレイの様子に、アルシェが大きく溜め息を吐いた。

 そもそもの事の発端は、冒険者組合にて絡んできた三人の冒険者と半ば口論のようなものを繰り広げたことにある。後に組合外へと連れられたグレイは身の危険を感じ(――グレイ談)、彼らへと暴力を振るったのだそうだ。シグルーナたちは現場に居合わせなかったため伝聞でしかないが、グレイのそれは確かにA級冒険者らしからぬ行動だったと言えるかもしれない。


「だけど今回のは仕方ないだろ。向こうが殴ろうとしてたのは事実だ」

「そうかもしれないけど、お前ならもっと上手く対処できただろ。殴り掛かってきてから避ければいいし、お前の魔力をチラつかせれば十分抑止力になったはずだ。それに悪いのがどっちかってことは別に重要じゃないだろ。僕は最善の行動を取れって言ってるんだ」

「あー、そこまで考えが及ばなかったわ」

「あのなぁ……。ってか、それ以前の問題だ。別に彼らは悪い人たちでもなんでもなかった。お前の正体に気付いて普通に話しかけて来ただけだ。そこでお前が失礼な態度を取ったんだろ」

「話に付き合うかどうかは俺に決定権がある。あの時は話さない権利を行使したまでだ」

「いやいや、どんな屁理屈だよ。ただ話しかけて来た人を羽虫が如く完全に無視してただけじゃないか。なんで一言断りを入れられないんだ」

「アル、勘違いするな。羽虫が飛んでたらさすがの俺でも気にする」

「……。もういい」


 説得を諦めたアルシェは最後にもう一度溜め息を吐き、やるせなさそうに頭を抱え込んだ。


「明日、またミラと一緒に外へ行ってくるよ」

「それならシグルーナも連れて行け。こっちには必要ない」

「もっと言い方があるだろ……」

「ふふ、私は構わないわ」


 そう言うシグルーナを振り返ったアルシェは、小さく頭を下げた。


「じゃあ、よろしくお願いします」


 礼儀正しいというよりは、グレイとの会話で疲れ、思わず項垂れたといった様子である。

 シグルーナはそんな二人の仲を見て、改めて小さく微笑んだ。




 ◆◇




 アルシェの卒業が魔法帝から認められた段階で、ギルド『かかか』は設立された。そして同時に王都アレスを後にし、ここシュタール帝国のルクソールを目指す運びとなった。約一か月前のことであり、ガトーとの戦闘から三か月の月日が経ったことを意味する。


 やがて一夜が明け、アルシェはミラとシグルーナを伴って町を後にした。

 ルクソールの南街道を進んだ先にある魔物頻出地帯にて街道警備を行うためである。街道警備の仕事は、魔物さえ見つかれば、魔法帝との修行の成果を試すのにうってつけであり、なおかつ資金稼ぎにもなる。学院を休学しているミラの実戦訓練にも持って来いだ。


「アルシェさん、昨夜はよく眠れましたか? 少し気怠そうですが」


 並んで歩いていたミラがそう指摘する。アルシェの目の下の隈を見てのものだろう。


「いや、正直あまり眠れなかった。全部グレイのせいだよ」


 ガトーが起こしたあの事件から約二か月間を魔法帝の下での修行に費やしたのだが、グレイの予想通りしばしば組合から情報提供を求められ、また警護の名目で身辺を探られたりと、あまり心地よいものではなかった。

 そんな経緯もあり、この都市へと辿り着いた時は解放感と長旅の達成感も相まって、とても清々しい気分だった。そこで初日からグレイが他の冒険者と喧嘩を繰り広げたのだ。安眠も妨げられるというものだ。


「でも意外ですね。お付き合いの長いアルシェさんなら、グレイさんのあの性格にも慣れっこだと思ってました」

「いやいや、あれにはさすがに慣れないよ。それに慣れたら負けだと思ってる」

「ふふっ、言い得て妙ですね」


 そんな会話を繰り広げながら尚も街道を進むと、やがて目的地である『鬼のねぐら』へと続く分かれ道へと辿り着いた。

 シグルーナほどの直感は持たずとも、その先に漂う油断ならない気配を感じることができる。


「さあ、気を引き締めて行きましょう。この先はトロールクラスの魔物も生息していると聞きます」


 ――鬼の塒。

 険しい崖が立ち並び、大半は森で覆われているが、その正体は巨大な湿地帯だ。豊富な水分と切り立った崖や洞窟が共存しており、生物にとっては住みやすい環境と言えるだろう。

 そしてこの地を語る上で欠かせないのが、その名の由来となっている“鬼”についてだ。

 巨大な人型の魔物である点はオーガと同じだが、戦闘力と知能の高さは比べものにならない。個体にもよるが、トロールに匹敵すると言っても過言ではないだろう。それも単純な身体能力のみで、魔法や魔装を駆使するトロールと同等なのだ。その筋力は想像を絶するものだろう。

 そして、街道警備の討伐対象にリストアップされていることからもわかる通り、高い攻撃性と繁殖能力を併せ持つ危険生物でもある。


 当然ながら危険ではある。シグルーナの同行がなければミラを連れて来ることはなかっただろう。

 だがその反面、アルシェの修行相手としては理想的だと言える。冒険者としての特性上、格上との戦闘は避けられない。その時のための訓練はこういう機会に可能な限り積んでおくべきなのだ。

 そのため、今回はシグルーナにはミラの身を守ってもらうに止まってもらい、アルシェが単独で魔物を相手取ることにしていた。


 やがて覚悟を決めると、一行は奥へと歩き出した。




 ◆◇




 ギルドランキング20位『紅六式くれないろくしき』。

 シルラハル一族が代々受け継いできたギルド『銀竹ぎんちく』から独立した現A4級冒険者モミジ・シルラハルが、二十五歳の時に創設した少数精鋭――このランキング帯としては――のギルドである。構成員はモミジの他に、B級冒険者が五人、C級冒険者が十四人、下位冒険者が四人、アマチュア冒険者が一人の、合計二十五人だけだ。

 そんな紅六式の構成員であり、モミジの娘でもあるヒバナ・シルラハルは、同じく構成員であり弟のクレハ・シルラハルの肩を引き寄せると、小声で彼を罵倒し始めた。


「はぁ、昨日のあれはあなたのせいだからね。絶対に忘れないで」


 ヒバナの言う“あれ”とは、昨日見かけた金髪の冒険者を見失ってしまったことを指す。

 昨日、冒険者組合の近くで三人の冒険者を一瞬にして倒してしまった彼に興味を抱いたヒバナは、グレイ・ナルクラウンとラナーシャ・セルシスのギルドについての情報収集も後回しにし、彼(彼ら)を尾行した。

 だが結果として尾行は失敗し、彼に撒かれてしまったのだ。


「あなたが私の言うことを聞かずに先走ったから尾行がばれたんだからね」

「そうは言いますけど、そもそも尾行することが間違っていたんですよ。昨日から言ってる通り、普通に話しかければよかったじゃないですか」

「ダメよ。彼は白昼堂々、冒険者を相手に町中で喧嘩をおっ始めるような人間なのよ? 用心に越したことはないわ」

「そんなこと言って、本当は怖かっただけですよね? 強いし、目付きも悪いし、いかにも王子様って感じでプライドも高そうだったし」

「こっ、怖いなんてそんなわけないじゃない!」

「はいはい、わかりましたよ。それで、いずれ話しかけるとして、目的は何ですか? 本当にただ興味を持っただけなんて言いませんよね」


 そんな尤もな問いかけに対し、ヒバナは胸を張った。


「もちろんよ。ゆくゆくは自分のギルドを立ち上げるのが夢だけど、如何せんメンバーが足りないわ。今のところ私とあなただけだもの。そこで! 彼らを勧誘しようってわけ! 年齢も同じくらいに見えたしね」

「はぁ、なぜか僕が勝手にメンバーにカウントされていることはこの際スルーしますが、果たしてそんなに上手く行きますか? あれだけ強そうな人ですよ? すでにどこかのギルドに所属している可能性が高いでしょう」

「ふん、その時はその時よ」

「……まあいいでしょう。それで、グレイ・ナルクラウンのことはもういいんですか?」

「そんなもの、後回しにしたっていずれ情報は入ってくるわ。でも彼を逃したらもう二度と会えないかもしれない」

「もしかして、彼がグレイ本人だったりして。外観の特徴も一致してますし」

「そんな偶然あるわけないでしょ。それに彼は王国にいるのよ」

『――二人とも、集中なさい。もうすぐ着きますよ』


 ふと、前方からかけられたそんな言葉で我に返り、ヒバナはクレハの耳元から顔を上げた。

 先ほどの声は、先頭を歩くギルド長にしてヒバナたちの母――モミジ・シルラハルのものだ。

 お姫様気質のヒバナでさえ頭の上がらない母からのしっ責に顔を赤くしながらも、言われた通り旅路に意識を向ける。


 現在ヒバナたちは、紅六式の主要任務の一つである鬼退治のため、鬼の塒と呼ばれる危険地帯を目指している最中である。

 紅六式が拠点を構えるルクソールは景観も良く、比較的暖かい気候で知られる住みやすい都市である。ただし、ある一点を除いてだが。

 その一点というのが、都市のすぐ近くに生息する鬼の存在に他ならない。

 これだけ巨大で先進的な都市にもかかわらず、常に大きな危険と隣り合わせなルクソールには、自然と鬼退治を専門とする冒険者が集まっていた。

 そしてギルド内に鬼退治専門の部署を持ち、最も大きな功績を上げ続けているのがこの紅六式なのだ。


 そんな鬼という存在だが、ここ数日活動が活発化しているという情報が組合にもたらされた。

 やがて近くの小村が鬼の手により壊滅したことを受け、組合は独自での調査を断念し、紅六式へと正式に依頼を発布するに至った。

 事態を重く受け止めたギルド長のモミジは、鬼退治の専門部署である六番隊を自ら率いて調査に乗り出した。それが今朝のことである。


 メンバーはギルド長のモミジと、六番隊隊長のB級冒険者が一人、六番隊構成員のC級冒険者が三人、そして同行を命じられたヒバナとクレハの合計七人だ。

 鬼の討伐だけを考えれば、これは過剰な戦力だ。鬼一体の討伐は、基本的にC級下位の依頼となることがほとんどだ。つまり、C級冒険者が一人以上存在するパーティでの討伐が目安となる。

 だが今回の依頼は異変の原因を調査することであり、当然ながら通常では踏み入らない領域にまで足を延ばさなくてはならない。そこで付けられた暫定難易度はB8級だ。そして紅六式の人材の豊富さが考慮され、一人以上のB級冒険者は当然として、最低でも三人のC級冒険者の帯同が付随条件として義務付けられた。


 そうやって今回の仕事の概要を思い出していると、ヒバナは自らの手が震えていることに気付いた。


(恐れているとでも言うの? この私が?)


 そんなわけがない、と心の中で強がってみても、その震えは収まらない。

 だが考えてみればそれも仕方がないのかもしれない。

 鬼とは、単体でもランクが付くほどに強い魔物である。それが複数存在するであろう奥地へとこれから踏み入るのだ。

 組合が提示した条件は満たした上で、A4級冒険者であるモミジが先導してくれている。

 だが、本当にそれで十分なのだろうか。

 冒険者の仕事に不測の事態は付き物である。

 最早ヒバナは、先ほどまで軽口を叩いていたのが嘘のように肩を落としていた。

 そんな彼女の不安を感じ取ったのか、先頭のモミジが後ろを振り返ることなく話しかけて来た。


「ヒバナ、不安ですか? クレハは堂々としているようですが」


 そんな言葉にハッとしたヒバナは、隣のクレハの顔を覗き込んだ。

 対し、クレハはいつも通りの飄々とした笑顔をヒバナへと返す。

 そんな弟を気丈に睨み返すと、ヒバナは顔を上げた。


「いえ、全然平気です、母上」

「強がる必要はありません。この感覚を知ってもらうためにあなたたちを同行させたのですから」

「この感覚を……ですか?」

「そうです。冒険者をしていればいずれは知ることとなるものです。そして前々から、初めては私の庇護下で経験させようと考えていました。今回は良い機会だったのです」

「良い機会……」

「はい。ですが安心なさい。二人には決して怪我一つ負わせないことを約束します」

「――っ! はい!」


 母の断言がヒバナの不安を溶かしていく。

 ある程度心に余裕ができたヒバナは、先ほどまでは怖くて尋ねることができなかった疑問を母へとぶつけることにした。


「あの、それで、もし鬼と対峙してしまった場合、私はどうなりますか?」

「決してそうならないように心掛けなさい」

「たらればの話です。もし、もし万が一そうなってしまったら、私はどれだけ鬼を相手に食い下がれますか?」

「……そうですね。十中八九、全身の骨を砕かれて死にますね」


 絶句した。

 不思議と先ほどまでの不安が蘇ることはなかったが、それでも決して鬼の注意を引かないことを心に誓う。


 やがて鬼の塒へと続く分かれ道を越え、いざ危険地帯へと踏み入ろうとしたその時、先頭のモミジが突然声を張り上げた。


「急ぎますよ! 付いて来なさい!」


 そして同時に、凄まじい速度で駆け出した。

 レベル5の魔装を以てしての索敵で何かを察知したのだろう。それが何かはわからないが、ヒバナも必死に彼女の背中を追いかける。

 やがて誰かの途切れ途切れな叫び声がヒバナの耳へと届いた。


「――グルーナさん! ミラを頼――」


 ふと空を仰ぐと、そこに声の主がいた。

 空を飛んでいた。右手に剣を握った男が、放物線を描き空中を舞っているのだ。

 やがてヒバナが状況を理解するよりも先に、その男は飛んだ先にあった岩肌へと全身を打ち付けた。

 ――死んだ。

 そんな言葉が脳裏を過る。

 人が巨大な岩へと凄まじい勢いで激突したのだ。たとえ魔装を纏っていたとしても生存は難しいだろう。

 そして、思わず逸らした視線の先に、それをもたらした者の正体を捉えた。


 体長は三メートル半ほどで、筋骨隆々な肉体を併せ持つ巨人。――鬼だ。

 オーガとは違い武器のようなものは持っていないが、その代わりに立派な髪と髭がふさふさと生え揃っている。

 ぎょろりと大きな瞳には一見すると黒目のようなものは見受けられず、巨大な鷲鼻が見る者の恐怖心をより大きくする。


 ヒバナはその光景を目の当たりにして、全てを悟った。

 先ほど空を舞っていた男性は、あの鬼の攻撃を受けて弾き飛ばされたのだろう。

 そしてよく見ると、彼のパーティメンバーらしき女性が二人、鬼の近くに取り残されている。


「そこの二人! こっちへ走りなさい!」


 ヒバナが無意識にそう叫ぶと、白銀の髪をした女性と目が合った。

 彼女が何かを叫ぼうと口を開けた。

 ――その時。

 彼女の声は火炎の燃え盛る音に掻き消され、ヒバナへと届くことはなかった。

 その音の出所はモミジの右腕だ。お世辞にも逞しいとは言えない母の右腕が、巨大な炎の蠢きに飲み込まれていた。


「構いません。下がってなさい」


 そして静かにそれだけを告げると、やがてその炎はみるみる内に収縮し、あっという間に槍状に押し固められた。

 ――魔法の形式変化。

 モミジが有するレベル4の火魔法が、四大奥義の一つである形式変化により槍状へと姿を変えたのだ。

 巨大な炎を無理矢理押し固めて作られたそれは、見た目からは想像できないほどの威力を秘めている。

 そしてそれが、レベル5の魔装を纏ったモミジにより、正確に投擲される。


 ヒュン、と風を切る鋭い音が辺りへと響いたかと思った次の瞬間、一瞬にして鬼の眼前へと移動したそれは、本来併せ持っていた凶悪な威力を以て鬼の胸部へと突き刺さり、容易にその厚い肉体を貫いた。

 そして貫通した槍は奥の岩石を砕いた後、辺りへと業火をまき散らしながら消滅した。


 あまりの迫力に辺りは静まり返り、奥で散らばった炎だけがパチパチと小気味良い音を上げている。

 やがて白銀の髪の女性がこちらを一瞥すると、思い出したかのように先ほど宙を舞っていた男性の下へと駆け寄って行った。

 そんな健気な彼女に胸を痛めるヒバナだったが、次の瞬間、予想だにしていなかった光景が視界へと飛び込んできた。


「ぐっ……すみません、さすがに二体目は予想外でした」


 ――そんなバカな。


 その男性は、痛みに顔を顰めつつも、死ぬことはおろか自らの足で立ち上がったではないか。

 それに驚いたのはヒバナだけではなかったらしく、モミジやクレハまでもが驚愕に目を見開いていた。

 そして彼がどのように助かったのかという疑問に答えを得るよりも早く、その男性は白銀の髪の女性と、遅れて彼らに合流した黒髪の少女を伴い、こちらへと歩み寄って来た。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」


 そして律義に頭を下げた彼を見て、ヒバナはその顔に既視感を覚えた。


「あ、あなた! 昨日金髪の男と一緒にいた!」

「へ……?」


 思わず声を張り上げたヒバナに対し、彼は訝し気に眉を顰めた。

 そんな二人の間に入るように、モミジが口を開いた。


「大事に至らなかったようで何よりです。どのようにして助かったのかはこの際いいでしょう。ですが気になった発言があります。あなたは先ほど、二体目と仰られましたが……」

「あ、はい……」


 彼は後方にある大きな岩を指差した。


「あの岩の陰にもう一体鬼が倒れています。同時に襲われたわけではないのですが、一体を倒した直後にもう一体現れてしまい、この様です」

「ほう。ということは、一体は自力で倒したと?」

「はい」


 あっさりと肯定してみせた彼を前に、素直になれないのがヒバナだった。

 ――鬼を倒した?

 ――あんな強大な存在を、たった三人で?

 ただでさえ信じ難いことのに加え、内二人は女性である。


「ちょっと待って。あなたたち、鬼を倒したの?」

「はい」

「たった三人で?」

「いえ、僕が一人で倒しました」


 頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

 ――彼は今、何て言った?


「じょ、冗談でしょう? あなた、じゃあ、歳はいくつなの?」

「歳ですか? 十七……ですけど」

「十七……同い年……」


 そうやってブツブツと情報を反芻していると、それを見かねたモミジがヒバナの前へと歩み出た。


「申し遅れました。私、紅六式ギルド長、モミジ・シルラハルと申します」

「紅六式? あの有名な? それにモミジ・シルラハルって……。なるほど、どうりでお強いわけですね」

「あまり驚かれないのですね」

「あ、いえ、すみません。そういうわけではないのですが……」

「構いませんわ」

「ありがとうございます。……C8級冒険者のアルシェ・シスロードと申します」

「まあ、やはりランクをお持ちでしたか」


 そうやってモミジは簡単に納得した様子を見せるが、やはりヒバナはその限りではなかった。

 またもや頭を殴られたような衝撃に見舞われ、思わず身を乗り出す。


「上位冒険者? C8級? でもあなた、さっき十七歳って……」

「え、はい。……え?」

「え? つ、つまり、十七歳のC8級冒険者ってことは、十七歳の若さでC8級冒険者ってこと?」

「……はい?」


 最早、自分でも何を言っているのかがわからなかった。

 だが一つだけ理解できたことがある。それは、目の前のこの青年は自分よりも遥か高みに立つ存在なのだということだ。

 散々打ちのめされたヒバナが正気を保つことに尽力していると、後ろで話を聞いていたクレハが何かを思い出したかのようにハッと声を上げた。


「思い出しました! 姉上、アルシェ・シスロードさんです! この人ですよ! ほら、グレイ・ナルクラウンとラナーシャ・セルシスのギルドの、もう一人の上位冒険者! 彼らのギルドのギルド長さんです!」

「……はは、なるほどね……」


 本日三回目となる頭への衝撃は、今までで一番大きなものだった。

 眩暈がしたヒバナは思わずクレハの肩へと寄りかかり、焦点の定まらない目でアルシェと名乗った青年の顔を見やった。

 最早ヒバナには、このぼやけた青年がとんでもない天才にしか見えなかった。


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