52 姉弟

 天才には大きく分けて三つのタイプがいる。

 一つが、非凡な人間が血の滲むような努力で天才と呼ばれるまでに成長した者。

 二つ目が、尋常ではない才能を持って生まれた生まれながらの天才。

 三つ目が、ある日突然強力なスキルを授かった者。

 歴代最年少のA級冒険者として名を馳せているグレイ・ナルクラウンは二つ目のタイプだと言われており、神託を授かったラナーシャ・セルシスは三つ目のタイプだと言われている。

 だが、この場合の天才とは、冒険者で言うB級相当の実力を持つ者たちのことである。その上の存在であるA級冒険者は、一人の例外もなく、これら天才の条件を複数・・満たしているという。


 グレイとラナーシャの戦闘を直接見た叔父の話では、グレイは二つ目の条件を満たしていると同時に、一つ目の条件――血の滲むような努力を欠かさない人間だという。そしてラナーシャは、ただでさえ稀有な三つ目の条件を、剣術と魔装において二度満たした人間だそうだ。それも剣術に至ってはレベル5に限りなく近いものを幼少期に授かっている。もちろん努力も重ねているのだろうが、そのインパクトに比べると微々たるものと言えるかもしれない。


 だが、だからこそ気になったこともある。

 それは、そんな彼女でさえ未だにA2級の冒険者なのだということに起因する。叔父曰く、十年前なら間違いなくA1級冒険者の称号を得ていたほどの実力なのだそうだが、現代ではそうもいかないらしい。

 理由は単純だ。――世界でたった三人だけのA1級冒険者が、群を抜いて強すぎるため。ラナーシャがいかに強いと言えど、彼らと肩を並べるには到底至らないのだ。

 生ける伝説と呼ばれている“赫々卿”。冒険者最強と名高い“殲滅卿”。そして謎のベールに覆われた“孤高の双璧そうへき”。

 彼らはいったい、どれだけ強いのだろうか――。


「姉上! 姉上!」


 自らを呼ぶ声に、ふと思考の渦から意識が引き戻される。

 場所は開けた平原。そろそろ冬が訪れるとあって肌寒い風が吹く中、一人の青年がこちらへと手を振っていた。


「……何よ」


 声の主は弟のクレハだった。

 十六歳にもなって相変わらず騒がしい弟に対し、口を尖らせる。だが彼はそんなことなど意に介さない様子で一目散に駆け寄って来た。


「あれってもう聞きました!?」

「あれって何」

「お、どうやら聞いてないみたいですね」

「だから、あれって何よ」


 そんな要領を得ないクレハに苛立ちを募らせていると、彼はなぜか少し誇らし気に微笑んだ。


「今、組合ではこの話題で持ち切りです。――どうやら、グレイ・ナルクラウンがラナーシャ・セルシスと共にギルドを設立したそうですよ」




 ◆◇




 草原を吹き抜ける冷たい風に煽られた長い黒髪を、ヒバナ・シルラハルは左手で掻き上げた。


「へー、ナルクラウンの次期当主が新しいギルドを作ったのね。どうでもいいわ」


 あまり興味ないとでも言うかのように、そう吐き捨てる。だが実際はその限りではない。と言うより、とても興味があった。

 グレイ・ナルクラウンと言えば、自分と同じ十七歳だったはずだ。そんな彼がもう自分のギルドを持つと言うのか。それもラナーシャ・セルシスを相棒に迎えて。

 ――何て言うか……ずるい。


「殲滅の旅団を継ぐとも言われていたけど、彼のことを知る人たちはこうなることを予期してたみたいね。マキバ叔父さんに至っては会う前からそんな気がするって言ってたし。それにしても、まさかラナーシャ・セルシスと一緒とは、とんでもないギルドへと成長しそうだわ。これを聞けば彼はどう思うかしら。ほら、ロア一族のラズールさんは。あの人も紛れもない天才だけど、やっぱりナルクラウンには及ばないから」

「……急に饒舌になりましたね、姉上」

「そんなことないわ。……ところで、ギルド名は何て言うのかしら?」

「えーと、『かかか(仮)』ですね。ギルド『かかか(仮)』。ところで、本当は凄く興味ありません?」

「興味なんてないわ。……それより、『かかか』って何よ。ふざけないで」

「僕はふざけてなんてありませんよ。それに正しくは『かかか()』です。まあ、文字通り仮の名前ですね。ギルド結成時にはそういうのも珍しくありません。もちろん、ここまで適当な名前は僕も初めて見ましたけど」

「……ふん。それくらい知ってるわよ。それに『か』が多いのよ。バカにしないで」

「そんな理不尽な」


 そう言いながらも普段通りニコニコと微笑んでいるクレハを尻目に、ヒバナは小さく息を吐きながら虚空を睨め付けた。

 ヒバナもクレハも、共にプロの冒険者だ。この歳で兄弟揃って――それもヒバナに至っては女の身で――プロの冒険者なのだから、かなりの才能だと言える。とびっきり甘い評価を下すなら、天才とも言えるかもしれない。

 だが、冒険者三代名家の一つであるシルラハルの名を冠する者としては及第点と言ったところか。この世界で大切なのは到達点の高さであり、そこに至るまでの早さではない。早熟で終わっても意味がないのだ。


 シルラハル一族は、家名に誇りは抱きつつも、ロア一族とは違いその名に大きな意味を見出さない。ロアの人間は良い意味でも悪い意味でも固すぎるのだ。

 だがそんなシルラハル一族のヒバナも、個人としてのプライドは決して小さくない。同い年の人間にここまで大きな差を突き付けられて飄々となどしていられるわけがなかった。


「ところで、ギルド設立にはランクありが三人必要なのよね。あと一人は誰? 有名な人?」


 ふと視線を弟へと戻したヒバナに対し、クレハが思案気に右上を見やった。


「いえ、聞いたことがない名前でしたね。……何でしたっけ?」

「ふん、使えないわね。まあいいわ。それにしても幸運よね、その人。A級上位二人の力にあずかれるのだから。グレイ・ナルクラウンのギルドだなんて、間違いなく未来の黎明国家や殲滅の旅団よ」


 吐き捨てるようにそう言ったヒバナに対し、クレハは思い出したかのように「いえ」と首を横に振った。


「言い忘れてましたけど、グレイ・ナルクラウンのギルドという表現は正しくないようです」

「どういう意味?」

「ギルド長は彼ではありませんから」

「……じゃあ、ラナーシャ・セルシス?」

「彼女でもありません。もう一人の上位冒険者が務めるようです」


 まさか、とヒバナの表情が怪訝に歪んだ。


「もしかして、それって名前を忘れた人……?」


 そんな恐る恐るといった問いかけに、クレハは満面の笑みで応えた。

 ヒバナは今年最大の溜め息を吐くと、睨め付ける気力すらも湧かずに目頭を覆った。


「――もう、本当に使えない!」




 ◆◇




 グレイたちの新設ギルドについて情報を得るため、ヒバナたちは最寄りの冒険者組合へと赴いた。

「やっぱり興味津々じゃないですか」などと呟くクレハを無視して歩いていると、やがて遠くにその建物を捉える。


 ここはシュタール帝国の都市『ルクソール』。

 主に煉瓦造りの建造物で構成された街並みが映え、荘厳な滝や険しい岩山といった自然と調和した水の都である。その色彩豊かな自然や情緒を形容し、花の都とも呼ばれている。世界で最も美しい都市の一つである。

 だが、そんなルクソールの町に相応しくない光景がヒバナたちの視界へと飛び込んできた。

 通りの一角で、三人の青年が二人の青年を取り囲んでいる。取り囲んでいる側の男三人はいずれも二十歳前後くらいで、どこか柄の悪そうな出で立ちをしている。悪漢という言葉から連想する知能の低さは感じられないが、放つ威圧感はその比ではない。

 対し、取り囲まれている二人の青年はそんな彼らより一つから三つほど年下に見えた。一人は切れ長の目元が涼し気な金髪の持ち主で、もう一人は真っ白な髪が目立つ温厚そうな男だ。

 大声を上げているわけではないため野次馬などは特にいないが、一触即発の事態であることは囲っている側の表情を見れば一目瞭然だ。それに全員が武装しているため、何かがあれば大惨事となり兼ねない。

 事情は知らないが、この町にいざこざは似合わない。仲裁に行こうと一歩を踏み出し――ふと歩みを止めた。


「助けに行かないのですか?」


 思いとどまったかのようなヒバナに対しクレハが怪訝そうに問いかけるが、当のヒバナは面倒くさそうにひらひらと右手を振った。


「ええ、やめておく」

「どうしてです?」

「見てわからない? あの二人は髪色からもわかる通り、異国の人間よ。体付きも常人のものではない。それに何より、柄の悪い連中に囲まれているのに気負ってる様子が一切見当たらないわ。まるで私に怒られてるあなたみたいに飄々としてる」

「ありがとうございます」

「褒めてない」

「えーと、つまり、彼らは冒険者ですか?」

「おそらくはね。あれは強者の余裕よ。ちなみにだけど、あなたは私よりも弱いから」

「それはどうでしょう?」

「うるさい。はっ倒すわよ。……で、要は何が言いたいかと言うと、喧嘩にすらならないってこと。あの三人も腕っぷしには自信があるのだろうけど、プロの冒険者が相手では子供騙しみたいなもの。もし手を出そうものなら簡単に返り討ちに遭うわ」


 冒険者は戦闘のプロである。一般人では思い通りに操ることすら大変な魔法を、戦闘に用いることもできる。これは言葉で言うほど簡単なことではない。

 それに冒険者は、全員が例外なく魔装を扱うことができるのだ。多少の腕力差ならば簡単にひっくり返すことができるし、何より元々の筋力でさえ冒険者の方が上だ。

 一人分の人数差などあってないようなものだ。

 途端に興味を失ったヒバナは踵を返そうとして――同時に、異様な光景を目の当たりにした。


 スパパン――と、乾いた布を打ち付けるような音がしたかと思うと、三人の青年が顎を上げ、同時に膝から崩れ落ちた。


「なっ……」


 一言で言えば、打った。

 まるで鬱陶しい虫を払うかのように、金髪の青年の左右の手が目にも止まらぬ速さで三人の顎を打ったのだ。


「うわ、速っ……」

「ええ……」


 隣で感嘆しているクレハに同意しつつ、ヒバナは唾を飲み込んだ。

 冒険者は魔法と魔装に優れるから戦闘のプロ足り得るのだ。だが、先ほどの彼は魔装を纏っていなかった。当然魔法を使用した様子もない。ただの筋力と技術だけで男三人を一瞬にしてノしたのだ。

 当の青年は崩れ落ちた三人を一瞥もせずに立ち去り、白髪の青年は少し心配する様子を見せつつも、彼に続いた。


「大丈夫……?」


 ヒバナは導かれるように三人の下へと駆け寄ると、自らの冒険者カードを見せつつ、彼らの顔を覗き込んだ。

 それに応えるかのように、その内の一人が焦点の定まっていない目で彼女を見やる。


「あ、ああ……大丈、夫……」

「そう。それで、何があったの?」

「……なに、ちょっとした、仕事のトラブル、だ。……どうか、組合には、黙っていてくれ」


 言葉の意味がわからなかった。

 ――組合には黙っていてくれ?

 どういう意味だ、と尋ねようとして、ヒバナはある可能性に思い至る。


「ちょっと失礼」


 一言断りを入れてから、ヒバナは男の体をまさぐった。

 やがてズボンの右ポケット内で目当てのものを見つける。それを抜き取ると、後ろを付いて来ていたクレハにも見えるようにそれを掲げた。


「姉上、まさか……」

「ええ、そのまさか。こいつらもプロの冒険者よ」


 ヒバナの手にあったのは、この男が冒険者であることを証明する冒険者カードだった。


「他の二人も冒険者?」


 そんな彼女の問いに、男が小さく頷いた。


「そう。じゃあさっきの彼は、プロを相手にあんな所業をしてみせたのね」


 ヒバナの表情が驚愕から何かを企む顔へと変わっていく。

 ――面白そうな奴、見つけちゃった。


「ふふ、クレハ、予定変更よ。さっきの彼に会いに行くわ!」

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