The Prayer of the Brave
41 二つの純情
――アマチュア冒険者。
主にプロ冒険者が受注した依頼を手伝う者たちのことで、アマチュアとは名ばかりに、冒険者組合に属する立派な職業である。だがプロとは違い、自らが組合にて依頼を受注することは規則で禁止されている。
身辺・経歴調査の後、または信頼の置ける高ランク冒険者の推薦があれば誰でもアマチュア冒険者として組合に登録することができる。
アマチュア冒険者となることで得られる最も大きなメリットは、プロ試験に合格せずとも冒険者ギルドへの加入が許されることだろう。
――冒険士。
そんなアマチュア冒険者とは違い、冒険者組合には属さずに冒険者活動をする者たちの総称である。両者の最も大きな違いは公的に認められた職業であるかどうかだ。冒険士は今でこそ言葉が定着しつつあるが、元々は自称冒険士が勝手にそう名乗り始めただけである。
冒険士の大きな特徴は、組合に属さないために仲介料がかからず安値で仕事を依頼できることにある。そのため冒険士を好んで利用する者も多い。ただし組合に属さないということは質が保証されていないことを意味し、度々トラブルが発生しているのもまた事実だ。
素行不良などで冒険者組合を除名になった者や力自慢の荒くれ者たちが冒険士を名乗る例が多く、また盗賊団などの犯罪組織が冒険士ギルドを名乗ることもあるため、冒険士とは裏社会の存在であるという認識が根強い。
冒険士=悪という図式はあくまでも世間のイメージであり、全部が全部その限りではない。
しかしこの男――ガトーが率いる冒険士ギルドは汚い仕事を主に請け負う、完全なる裏社会の何でも屋だ。
ガトーの流儀。それは、仕事にはプロ意識を以て臨むということ。この業界で力不足は言い訳にならない。冒険者組合のような仲介屋が存在しない以上、仕事を得ることはそう簡単ではない。そのためプロ冒険者以上に顧客を大切に扱う必要があるのだ。そうやって裏世界にて信頼を勝ち取りさえすれば、安値でどのような仕事でも請け負うガトーのギルドが仕事にあぶれることはない。設立からの八年間をそのように送ってきたガトーの冒険士ギルドは、今では王国の裏社会へと大きな根を張り巡らせていた。
そんなガトーが王国の路地を進んでいると、ふと視界に見覚えのある女が映り込んだ。黒いローブで全身を覆ってはいるが、その姿を見間違うことはない。
――あれは……。
ピタリと足が止まる。
なぜこんなところにいるのかなど、疑問は尽きない。だがそんなことは本人にでも聞けばいいだろう。
ガトーはそう結論付け、表情を邪悪に歪めた。
◆◇
臨時講師として招かれた日の模擬戦にて、アルシェ・シスロードが見せた戦い振りは凄まじいものだった。
単純な武力に頼るのではなく、冒険者としての様々な技術を如何なく発揮し、圧倒的な数的不利を覆したその強さ。それを何の準備期間も設けないままに実践してみせたのだ。剣を抜けばもっと楽に勝てたであろう所をあえて抜かずに戦った彼のその判断は、まるで冒険者としての在り方を学生たちへと示しているかのようだった。
後に授業で取り上げられ、クラス毎にグレイたちを交えて――なぜかアルシェ本人は臨時講師の任を解かれたらしいが――検討を重ねたことで、彼の経験や思考の深さがよりはっきりと感じられ、彼に対する学生たちの評価は日毎に増すばかりである。
それほどの人物が自分たちと同世代であり、なおかつ講師という立場で教壇に立っていたのだから、女子学生たちが騒ぐのは無理のない話だった。そしてグレイ・ナルクラウンという存在がその騒ぎに拍車をかける。臨時講師を相手に黄色い声が飛び交うという異様な光景は今でも収まる気配はない。
だが、それは何も女子学生に限った話ではなかった。
主に男子学生の興味を引くのは、ラナーシャ・セルシスの存在だった。
A2級冒険者という雲の上の存在でありながらも、素朴な可愛さを時折覗かせる絶世の美女。その美貌は多くの男子学生を釘付けにしている。それでも女子学生からの不評を買わないのは彼女の凛々しさにあるのだろう。彼女に向けられる熱い眼差しの中には女子学生からのものも少なくない。
そんな中、ジェイド・ウェイパーの心を魅了して止まないのはラナーシャ・セルシスではなく、彼女と行動を共にするシグルーナという女性だった。
愛用のローブの上からでもわかるスタイルの良さと、ラナーシャのものとはまた違った女性らしさ。白銀のミディアムヘアーと冒険者らしい褐色の肌が奏でる芸術のような美貌は神々しくもある。
ジェイドがそんな話を友達にすると、皆がやれいい体をしているだとか、ローブを脱いでみてほしいだとか、そのようなことを口にする。
(そういうことじゃないんだよなぁ……)
年頃の男なのだから仕方がないことなのかもしれないが、友人たちの下品な発言は少し不快だった。さすがに貴族家の出身者はそのようなことはないのかもしれないが、あいにくジェイドに貴族の友人はいない。
(そりゃ、俺も最初はそういう妖艶さに惹かれたけど……)
シグルーナという女性が男としての本能を刺激することは否定しない。だがそんなものは彼女の魅力の内のほんの一部に過ぎないとジェイドは思う。
シグルーナと何度か話してみてわかったことがある。それは彼女がとても優しい心の持ち主だということ。
あれだけ優しい目を向けられたのはいつ以来だろうか。思わずそんなことを考えてしまうくらい、彼女の目には温かさがある。ラナーシャを見る目だってそうだ。仲間想いなのがこれでもかと言うほど伝わってくるのだ。おそらく、彼女はラナーシャのことが大好きなのだろう。ラナーシャと一緒にいるシグルーナは本当に幸せそうな表情をしているのだ。
人間離れした神々しさと、誰よりも温かみを感じさせる柔らかさ。そんな雰囲気を併せ持つ彼女にジェイドは夢中になっていた。
◆◇
「あの、シグルーナ……さん」
臨時講師の業務形態は様々だが、グレイとラナーシャはそれぞれ別のクラスに配属されることが多く、シグルーナはいつもラナーシャの方に付いていた。
そんなシグルーナが授業終わりにいつも通り教室でラナーシャと共に時間を潰していると、一人の男子学生が緊張した様子で話しかけてきた。
歳は十代後半から二十歳くらいで、短い黒髪が爽やかな青年だ。
シグルーナは優しく応じる。
「あら、どうしたの?」
「はい、少しお話がありまして」
「話?」
問いかけつつ、シグルーナはこの学生の名前を思い出そうとしていた。
確か、一度名乗ってもらったことがあったはずだ。挨拶やちょっとした立ち話をした経験もある。だが毎日のように新たな学生がシグルーナたちの下を訪れるため、なかなか覚えることができないでいた。
そんなシグルーナの様子には気付かぬまま、学生は話し始めた。
「はい、私を仲間に加えていただきたいのです」
そんな言葉を聞き、シグルーナは「またか」と思った。
この学院を訪れた日から、このような用件でシグルーナたちを訪ねてくる者は後を絶たない。
冒険者学部に通う学生なのだから当然と言えば当然なのだろうが、さすがに多すぎるのではないかとさえ思えてくるほどだ。やはりラナーシャの人気とナルクラウンというネームバリュー、そして模擬戦でのアルシェの戦い振りがそうさせるのだろう。
だがそれにしても、なぜ自分に話しかけてきたのだろう、とシグルーナは思う。
普通はラナーシャかグレイへと声をかけるだろう。シグルーナの眼前にラナーシャがいるこの状況で、アマチュア冒険者へと頼み込む理由など思い付かない。実際、シグルーナへと名指しで頼み込んできた学生はこれが初めてだった。
シグルーナは「でも」と前置きをした後、そんな疑問をぶつけてみることにした。
すると男子学生は目に見えて狼狽える。
「あ、そ、そうです、よね。……ははっ、何をやっているのでしょうか、私は」
そして顔を赤く染める様子を見て、シグルーナの脳裏に一つの可能性が浮かび上がった。
反射的に特殊能力『六感強化』を発動する。
(あらあら、この子……)
そして導き出されるその結論。
あくまでも勘であるため絶対ではないが、シグルーナは嬉しさから小さく笑った。
「ど、どうされました?」
「いいえ、なんでも。……それとごめんなさいね。そういうのは全部断ることにしてるの」
「……そうですよね。無茶を言ってしまい申し訳ありません」
最後に頭を下げると、彼は「それでは」と言い残しシグルーナたちへと背を向けた。
シグルーナはふとその背中を呼び止める。
「ねぇ、もう一度名前を教えてもらえないかしら」
「え、名前……ですか?」
「ええ、本当に申し訳ないのだけれど、その……忘れちゃったの」
誠心誠意の謝罪と共に少し冗談っぽく微笑んでみせると、事情を察してくれたのであろう男子学生も小さく笑ってくれた。
「ははっ、確かに、あれだけ毎日誰かを相手にしていたら、全員の名前なんて覚えられませんよね」
「……本当にごめんなさい」
「いえ、全然構いません。……私の名前はジェイド・ウェイパーです」
「ジェイド君……ありがとう。もう絶対に忘れないわ」
最後にそう告げると、ふと彼が息を飲んだのがわかった。
紅潮していく頬や浅くなる呼吸などから、シグルーナの六感強化は彼が何をしようとしているのかを無意識下に推理し、シグルーナへと伝える。
――ジェイドは今、意を決して何かを言おうとしている。
そんなことを悟り、シグルーナは温かい目でジェイドを見守る。
やがて勇気を振り絞った彼は、震える声で言った。
「あ、あの! もしよろしければ、今日の放課後、お食事などはいかがでしょうか!」
やはり勘でしかないが、彼は私に惚れてしまったのだろう。
シグルーナは感動と同時に、少しだけ感慨深い気持ちになっていた。
こういうところも、シグルーナが人間を愛する所以である。
生殖を必要としないことから、恋愛感情や性欲といったものが一切わからない魔人に対し、人間は子供や大人にかかわらず誰かを愛する生き物だ。シグルーナが仲間たちへと抱くものとは別の種類の愛情を異性――または同性――へと抱く。
アルシェを想いくすぐったそうに笑うラナーシャは、以前までの彼女以上に魅力的に映る。
たった今シグルーナをデートに誘ってみせたジェイドの勇気は何よりも輝いて見える。
いずれもシグルーナには永遠に届かない代物だろう。
「――わかった。いいわ」
だからこそ、無下にはしたくないと心から思った。
彼の気持ちに応えてやることはできないが、自分が共に食事をするだけで彼が幸せな時間を過ごせると言うのなら、シグルーナにとっては願ったり叶ったりだ。
ロッド・ベルクを警戒し単独行動を避けている状況なのだから、きっとグレイは反対するだろう。
だが、永遠の憧れとも言える恋愛感情を、あのラナーシャを差し置き魔人である自分へと抱いてくれる人がいる。それが嬉しくて堪らない。
大丈夫。食事だけだ。帰りも遅くならないし、当然遠くにも行ったりはしない。行き先は必ず伝えるし、なんなら自由時間などこれっきりでもいい。
ラナーシャは友達だって言ってくれる。グレイも昔のように敵意を向けて来たりなどしない。アルシェは出会った当初から分け隔てなく接してくれている。
だが、少し壁を感じているのも事実だ。その壁が何なのかはわからないが、彼らにとってシグルーナの優先順位は、おそらく他の仲間と比べて低い。根拠もなく漠然とそんなことを思う。
(私だって、ラナーシャがアルシェ君を想うように、誰かに想われたいんだもの)
シグルーナは心の中でそんな言い訳をする。後に、自らの軽率な行動を後悔するとは知らずに――。
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