38 昼休み
アルシェたちが臨時講師となって二日目の今日、彼らの補助という名目で二人の女性が新たに学院へとやって来た。
その内の一人がかのラナーシャ・セルシスだったため、学生たちは大騒ぎだ。特に男子学生はその傾向が顕著であり、彼女が途轍もない美人だという噂はどうやら本当だということが証明された。
そうやって盛り上がる学生たちを横目に、ミラは多目的室の扉をノックする。入室を促す声が帰って来ると、ミラは扉を開けた。
「失礼します」
中で待ち受けていた担任のハリトンへと頭を下げると、促されるままに向かいの椅子へと腰かける。
それを見届け、ハリトンが机の上に置いてあった一枚の紙をミラの下へとずらした。
「無期の停学処分だ」
「無期……ですか」
ミラは差し出された紙へと目を落とす。
そこには何やら堅苦しい文章がつらつらと記されており、丁度中間辺りには確かに『無期停学処分』の文字があった。
ハリトンが申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ああ、停学の中では一番重い処分だな。俺も頭を下げたんだが至らなかったようだ。すまねぇな」
「なぜ先生が謝るのですか。私のために頭まで下げてくださり感謝しかありません」
「そうか……」
「はい、そうです」
その後、ハリトンはミラに対する停学処分についてを詳しく説明してくれた。
そもそもミラが処分を受けるのは、昨日の模擬戦にて客人である上位冒険者へと侮辱行為を働いたと判断されたためである。
そう認められた最大の要因は、ルールを無視した作戦を以て相手を追い詰めたことにある。
ミラは厳密に言えばルールを破ってはいない。彼女がしたことは、仲間の一人へと通路に落ちる遠距離魔法を指示した後、倒された四人の仲間の下へと駆け付けただけなのだから。
だが、そんな屁理屈が通用するほど世の中は甘く出来ていない。
「だから違反行為ではなく、侮辱行為のため、なんだ。先方は気にしていないようだが、学院側としては誠意を示さなければならない」
「はい、反省しております」
そうやって暗い声で返事をすると、ハリトンは彼らしくない柔和な笑顔を浮かべた。
「ははっ、それは伝わってるから心配すんな! それに学院側はお前の味方だということを忘れるなよ? 無期とは言っても実際は一か月もすれば戻って来られる。お前の成績と生活態度ならなおさらだ。ちゃんとそういう所も見ていてくださる」
ハリトンはそう言うと、豪快に笑いながらミラの頭をポンポンと叩いた。
ふと、情けなさや感謝の気持ちで胸が熱くなるのを感じる。
ミラは気恥ずかしさからハリトンの分厚い手に抵抗しつつ、椅子から立ち上がった。
そして頭を下げる。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「おう、クラスメイトも心配してたから、後で顔を見せに行ってやれ」
「わかりました。……では、失礼します」
そうやって最後にもう一度頭を下げて退室しようとするミラを、ハリトンが何かを思い出したように引き止めた。
ミラは首を傾げる。
「なんでしょう」
「おう、大した用じゃないんだがな。昨日はあれからどうなった? アルシェさんたちと話してたんだろ? パーティに同行するかどうかって」
ああその話か、とミラは納得する。
昨日、模擬戦が終わった直後にアルシェたちが回復魔法の使い手を探していると聞き、ミラがずうずうしくも自薦したのだ。
その後彼らと少しの間話をしていたのだが、ハリトンはそれを見届けることなく業務のために去って行ったという経緯があった。
「それなら、とりあえずは同行を許可して頂きました。固定のメンバーにして頂けるかどうかは私次第ですね。……正直、めちゃくちゃ加わりたいのですが、凄く慎重に仲間を探されているようで……」
ミラがそう言うと、ハリトンは「そうか」と微笑んだ。
そして拳をこちらへと突き出してこう言った。
「それなら、彼らの下でぐんと成長して帰って来い」
ミラはその言葉を聞き、思わず泣きそうになった。
両親とは違い、ここの人間はミラが冒険者になることを全力で応援してくれる。自分は一人ではないと教えてくれる。
停学にはなったが、誰もミラを惨めだとは思わない。むしろこの機会に成長しろと言ってくれるのだ。
「はい、必ず成長して帰って来ます」
ミラはハリトンへと笑顔で返事をすると、やがて部屋を後にした。
◆◇
アルシェたちが午前の授業を終えて廊下を歩いていると、あらかじめ待ち合わせをしていたミラが姿を現した。
こちらの存在に気付き、彼女は駆け寄って来る。
「こんにちは! アルシェさん、グレイさん」
「ああ」
「こんにちは。今から食堂に向かおうと思ってたんだ」
「ふふ、私もです」
待ち合わせ場所への道中で出会った彼らが挨拶を交わしていると、アルシェの後ろを歩いていたラナーシャがひょこっと顔を出した。
「この子がミラ・ヴェルクイーンか?」
「はい、そうですよ」
そんな彼女の問いかけを肯定していると、ラナーシャの顔を見たミラの表情が驚愕に染まった。
口を半開きにしつつ、なぜかアルシェへと声を潜めつつ問いかける。
「アルシェさん、まさかこの人がラナーシャ・セルシスだったりしますか?」
「う、うん。そうだけど……」
ミラはそう答えたアルシェの袖を引き寄せた。
「ちょっと、めちゃくちゃ綺麗じゃないですか! 嘘ですよね? こんな綺麗な人がアルシェさんよりもずっと強かったりするんですか!?」
ラナーシャ・セルシスがかなりの美人だという話は知っていたが、それは自らの想像を遥かに凌駕するほどのものだった。
かつて両親から浴びせられた言葉が脳裏に浮かぶ。
――『冒険者は女がなるものではない』
はしたないから。綺麗でいられないから。女を捨てなければいけないから。彼らは危険だからとは言わず、おおよそそのような言葉を吐き続けた。
それらは幼い少女に多大な影響を与え、ミラにとっての常識となっていたのだ。
そうやって形成されたミラの常識が、音を立てて無残にも崩れ落ちる。
自分から問いかけておきながら、もうアルシェの答えなど眼中にはなかった。
ただただ、ラナーシャの全身を舐めまわすかのように観察する。
細くしなやかな手足。白魚のような美しい指。潤った唇。大きな瞳。凛々しい表情。そして何よりも、長く伸ばされた真っ赤な髪。
そこにいたのは――ミラの理想像そのものだった。
(完璧すぎる。私もこうなりたい。まずは髪でも伸ばそうかな……)
今は黒い髪を肩口で揃えているが、いずれプロとなった暁にはさらに短くするつもりだった。嫌ではないと言えば嘘になるが、ミラの中ではそれが冒険者らしさなのだからそれ以外の選択肢などそもそも持ち合わせていなかったのだ。
そんなことを考えていると、ふとラナーシャが不機嫌そうに眉を顰めていることに気が付いた。
幸いにもアルシェの腕を解放すると彼女の表情も和らいだが、ラナーシャほどの人物を放っておいてアルシェと内緒話をするという行為はとても失礼にあたるだろう。
ミラはコホンと咳払いをすると、冷静に思考を切り替えた。
「初めまして、ラナーシャ・セルシス様。私、ミラ・ヴェルクイーンと申します」
「あ、ああ。よろしくな。それと、ラナーシャと呼んでくれて構わない」
「はい、ありがとうございます。ではラナーシャさん、と」
少し怪訝な表情のラナーシャを尻目に、今度はもう一人の女性へと向き直った。
「ミラ・ヴェルクイーンと申します。貴女がシグルーナ様ですね」
「ええ、そうよ。ご丁寧にありがとう。それと、私にも敬称は不要よ」
「お心遣い、ありがとうございます」
なんということだろう。
ミラは冷静な表情の下で、心躍る自分を必死に抑えつけていた。
ラナーシャだけでなく、シグルーナまでもが途轍もない美人なのだ。
長さこそミラとあまり変わらないが、白銀に輝く艶のある髪は人間離れした神々しさを備えており、体の凹凸は大きなローブの上からでもはっきりと伺え、その妖艶さは同性であるミラですら目のやり所に困るほどだ。
「俺たちのことは最初から様付けじゃなかったよな」
「うん、そうだったね」
などというアルシェとグレイの会話など、最早ミラには聞こえていなかった。
◆◇
「“魔法帝”って知ってるか?」
それは、アルシェたち四人にミラを加えた面々で食事をしていた時のことだ。
突然もたらされたグレイからの質問に、ミラは「もちろん知っています」と返す。
「“魔法帝”ジルロッド・ベルニウス様ですよね。ちょくちょくこの学院にも足を運ばれるそうですよ。なにせ、この学院の創立者と言っても過言ではありませんので」
この学院にその名を知らぬ者などいない。
ジルロッド・ベルニウスはこの国の宮廷魔術師で、歴代の宮廷魔術師の五指に入ると言われている正真正銘の偉人なのだ。王族を除き、この国で最も偉い人物だと言っても過言ではないだろう。
これまでの魔法界への貢献はもちろん、戦闘面では魔法にのみ焦点を当てればかの殲滅卿を凌駕するとも言われているほどだ。世界中の魔法使いが彼へと畏敬の念を抱いているのである。
そしてそんな彼こそ、この学院の創立に最も尽力した人物なのだ。出資した金銭の額はもちろんのこと、魔法教育の基盤を作り上げたのも彼だと聞いている。
そんなことを説明すると、グレイは「へー」とどこか興味なさそうに相槌を打ちながら、手元の料理を口へと運んだ。
「それにしても、どうして急にそんなことを訊くのです?」
「あー、今ここに来てるらしく、俺たちに会いたいんだとよ」
「え、それって呼ばれてるってことですか?」
「ああ」
そうやって簡潔に肯定したグレイだったが、ミラの反応は正反対のものだった。
その場に立ち上がり、身を乗り出して言う。
「それっていつのことですか!?」
「ああ? 昼休みの間だけど」
「昼、休み……」
ミラの心中が絶望に満たされ、口があわあわと忙しなく開閉する。
(昼休み? ――それ今じゃん!)
そうやってツッコむミラの気持ちなど知らずに、グレイは黙々と食事を口へと運び続ける。
ようやく彼の性格を把握できたような気がしたミラは、顔を青褪めながらゆっくりと腰を下ろした。
「……グレイさん、だったらどうして早く行かないのですか」
グレイの行動の非常識さはそこにあった。
この国の偉人から個人的に召喚命令を受け、なぜ堂々と食事をしていられるのか。
確かに、ナルクラウン家は名誉職なため領地や私兵を持たないとは言え、立派な貴族である。だが魔法帝はグレイの父や祖父よりもずっと偉い人間なのだ。彼の機嫌を損なえば、たった一言でグレイたちは罪人となり兼ねない懸念がある。
「早くって……普通に食事を済ませてからでいいって言われてるからな」
「いや、それでもですよ! それでも食事など後回しにするのが普通です」
「ちっ、うるせぇーな。これでも普段よりは急いで食ってるんだ。文句言うな」
「ですが……」
ミラは尚も反論を試みるが、彼には何を言っても無駄だろうとやがて説得を諦めた。
机に肘を突き、深く溜め息を吐く。やがてミラの視線は他の三人へと移る。
そこには、ミラとグレイのやり取りを前にしつつも、変わらず普通に食事を続けているアルシェたちがいた。
再びミラは溜め息を吐く。
(長く冒険者をやってるとこうなるのが普通なのかな……)
思わずそんなことを考えてしまうミラへと、やれやれといった様子でグレイが口を開いた。
「心配すんな。俺は魔法帝に会ったことがあるし、彼は権威を笠に威張り散らすような人間じゃない」
「え? 会ったことがある……ですか?」
「そう言ってんだろ。四歳の時だからほとんど記憶はないが、どういう人物なのかは親父から聞かされてる」
「そ、そうだったんですね……。ですが、いったいどういう関係をお持ちなのですか」
ミラがそう問いかけると、グレイは「なんだ、知らねーのか」と続けた。
「魔法帝はじじい……赫々卿の弟子で、親父の師匠なんだよ。どっちも魔法に限った話だがな」
「え、初耳ですよ……」
まさかそんな関係があったとは。
考えてみれば、確かにナルクラウンほどの家系ならば魔法帝のような重鎮と個人的な関わりを持っていても不思議ではない。
そう思い至り、ミラは昨日の自分の行いがいかに軽薄なものだったのかを悟る。
(今から思うと、私ってナルクラウン家次期当主の仲間に無礼を働いたのよね……。停学で済んでよかった……)
そんなことを考えながらふとアルシェを見やると、彼までもが驚いた表情をしていた。どうやらナルクラウン家が魔法帝と懇意の仲にあるということを知らなかったようだ。隣のグレイが「おい」と肘でアルシェを突っついている。
そんな彼らの朗らかな日常を目の当たりにしたミラは、自分が踏み入ったのがどういう世界なのかを思い知ったような気がした。
そこでふと、ミラは一つの疑問を抱いた。
「あの、このパーティではどなたがリーダーを務めておられるのですか?」
通常、冒険者パーティというものは固定のリーダーがいるものだ。
行動や作戦を円滑に定め実行する者や、突出した能力で戦術的支柱になる者、ムードメーカーとして精神的支柱になる者など役割や色は様々だが、リーダーが存在しないパーティなどは聞いたことがない。
だが、問いかけられた彼らは互いに目を合わせると、一様に首を傾げた。
その様子を見て、ミラの肩から力が抜けた。
「まさか……まだ決めておられないと?」
そんな問いかけに対し、アルシェが不甲斐なさそうに微笑んだ。
「まあ、結論から言うと、その通りです」
「ええー……。私にどうこう言う資格はありませんが、よくこれまでまともにやってこられましたね」
「ははっ、僕もそう思うよ」
そうやって悪びれる様子もないアルシェは、「でも」と続けた。
「わざわざ決めなくとも、誰もが認めるリーダーがいたからね」
そんな彼の言葉には、驚いたことに他のメンバーからも同調の声が飛んだ。
「確かにそうよね。名前にも不足はないし」
「私もそう思うぞ。戦闘時でもそれ以外でも、その手腕には驚かされるばかりだからな」
ミラは少し驚いた。
皆がグレイのことを言っているのはすぐにわかったが、彼に対する信頼の大きさが普通ではなかったからだ。
普通は正式なリーダーを決めておかないと、パーティは上手く回らないと言われている。
一つのパーティ内で複数の意見が飛び交うといずれそれが離散の原因となり、破滅するのだ。それに冒険者とは優秀な人物の集まりである。皆が大きな自尊心と自信を持ち合わせているため、立場のはっきりとしない者に従い続けるというのは不満が溜まる。
そんなことをものともしないだけのカリスマ性がグレイには備わっているのだ。
そうやって今まで正式なリーダーを必要としていなかった理由に納得したミラだったが、当のグレイが彼らへと反論した。
「俺はただの頭脳担当だ。リーダーなんて柄じゃない」
「なに言ってるんだよ。お前がリーダーじゃなかったら誰がリーダーだ?」
そう問いかけたアルシェに対し、グレイは言う。
「リーダーってのは、普段から自然と先頭を歩けてしまう人間がやるべきだ」
そんなグレイの答えを聞き、ラナーシャが「確かにそれはあるかもな」と同調した。
そして皆の視線がアルシェへと集まった。そんな仲間たちの反応にアルシェは焦りを見せる。
「え、は? なに?」
そうやって要領を得ないアルシェへと、グレイが呆れたように告げた。
「いずれギルドを立ち上げた時、お前がギルド長になれって言ってるんだよ」
「ギルド長って……絶対僕よりも適任な人がいるだろ」
先ほど言っていたようにグレイのカリスマ性は申し分ないし、実績ではラナーシャが突出している。
そんな二人を差し置いてなぜ僕なんだ、とアルシェは反論した。それに対してのグレイの答えがこうだ。
「なにも優秀な奴がリーダーをやる必要はない。それにどう言い繕っても、俺たちの行動はいつもお前の剣に左右されてるだろ?」
確かに、このパーティは共有する秘密を元に行動を決めている。それが最優先なのだ。
そしてこのパーティが抱える最大の秘密はアルシェの剣術に他ならない。
だが、やはりアルシェにはまだ納得できなかった。
「待て、グレイ。確かにお前の言う通りかもしれないけど、やっぱり僕は適任だと思わない。別に責任のある立場が嫌だと言ってる訳じゃないぞ。もっと慎重に決めるべきだって言ってるんだ」
「……まるで俺が適当に言ってるみたいな発言だな」
「そんな訳ないだろ。それにリーダーが優秀である必要はないって言うけど、優秀な奴がリーダーをやるのが基本なことには変わりない。付き合いの長い僕にはわかるんだ。いずれはお前が必ず最強になる。このパーティでじゃない。この世界でだ」
「それでも俺はアルが適任だと思ってるんだよ。だいたい、ずっと前から言ってるが、お前は自分の剣をもっと誇るべきだ。認めろよ、自分の力だと。俺がナルクラウンの血を引き継いだのと同じように、お前も一種の才能を持って生まれて来たって思えばいいんだ。そうすれば最強はお前だろ」
そんなグレイの言葉に、アルシェの表情が不快そうに歪んだ。
「……そう簡単に受け入れられてたら、僕はあの時に弓を手に取ることはなかった。いや、それ以前に殲滅卿に教えを乞うことはなかったんだぞ? お前は僕の過去を否定するのか!?」
「ああ? 自分を否定してるのはお前の方だろ!」
――僕が自分を否定している?
その時、アルシェの中で何かがプツンと切れた。そして勢いよくその場に立ち上がる。
「違う! 楽な方へと逃げなかっただけだ!」
「んなこたぁわかってんだよ!」
そんなアルシェに対し、グレイもその場に立ち上がりアルシェを睨む。
「それでもお前が自分を否定してることに違いはねぇーだろ!」
「なんだと!?」
「――二人とも止めないか!」
思わずヒートアップしてしまう二人をラナーシャが止めた。
それにより、ハッとした二人は冷静さを取り戻す。
ふと、一触即発の事態を前に、周囲の人たちがこちらへと好奇の視線を向けていることに気が付いた。向かいの席ではミラが恐怖に顔を引き攣らせている。
アルシェとグレイは互いに目を逸らしつつ、やがて椅子へと座った。それと同時に周囲の視線も二人から外れていく。
(なに熱くなってるんだ僕は……。こんなのは今更じゃないか)
アルシェは先ほどまでの自分を戒めつつ、グレイへと「ごめん」と口を開いた。
「つい熱くなった」
「……ふん、それは俺も同じだよ」
「そうか。……だけど言わせてもらうぞ。確かに僕の剣について捉え方は様々だと思う。けど、グレイがいなければ僕はここにいなかった。今の僕があるのはお前がいてくれたおかげなんだ。だから、お前こそが僕たちを率いるべきだ」
アルシェはそうやって自らの意見を締めくくった。
それに対し、グレイは小さく口元を歪めると、どこか悲しそうな目でアルシェを見据えた。
「……お前は本当にバカだな」
「はあ? なんの話だ?」
「俺がいたから今のお前がいるだって? 逆だろ。忘れたのか? お前の剣がなければ、俺と親父は揃ってあの塔で死んでたんだ。今の俺がここにいるのはお前がいたからだ」
そんなグレイの言葉は、アルシェへとかなりの衝撃をもたらした。
何故なのかは上手く説明できないが、グレイがそれを口にしたという事実が酷く嬉しかったのだ。
アルシェは思わず目を伏せた。
「……忘れるわけないだろ。僕たちの原点だ」
「だったら認めろよ。お前の剣は俺を生かしたんだ。それを否定するということは、今の俺を――今の俺たちを否定するってことだぞ」
それは彼らしくない、悲し気な色を含んだ言葉だった。
何も言い返せなくなったアルシェはそのまま押し黙る。
二人の間を沈黙が支配する。やがてそれはラナーシャの声により破られた。
「……まあ、いずれにしろ、ギルド長など慌てて決めるものでもない」
そんなラナーシャの言葉に、アルシェは「そうですよね」と頷いた。グレイも反論はないようで、顔を背けたまま黙っている。
そうやって事態が一段落したところで、ずっと黙っていたミラが突然頭を下げた。
「あの、すみませんでした。私のせいで喧嘩されたのですよね。本当……すみません」
「あ、いや、別に君のせいじゃないから。こっちこそごめん。だから頭を上げてほしい」
「……はい、ですが、何か失礼があれば遠慮なく仰ってください」
そう言うと、ミラは渋々といった様子で頭を上げてくれた。そして言い難そうにこう続けた。
「あの、一つだけ教えてくれませんか。アルシェさんの剣って、いったいどういう意味でしょう。何やら尋常じゃない雰囲気を感じましたが」
「ああ、それは……」
そんな問いかけに、アルシェは曖昧な返事をしてしまう。どう言えばいいのかがわからなかったのだ。
誤魔化すべきか、または完全に嘘を吐くか。
そんなアルシェへと助け船を出したのは、やはりグレイだった。
「覚悟が出来たならいずれ教えてやるよ」
「覚悟……ですか?」
「ああ」
そしてグレイは視線を戻すと、ミラの両目を正面から見据えた。
「聞けば後には退けない。俺たちと運命を共にする。そんな覚悟だ」
その言葉の意味は、今のミラには理解できない。だがそこに込められた強い意志の力がミラを強制的に納得させる。
――聞けば、この世界の常識がひっくり返るような気がする、と。
じりじりとした緊張感がミラの肌を粟立てる。
だがそんな緊張は、アルシェが突然上げた素っ頓狂な声によって終わりを迎えた。
「あ、グレイ、早く食べた方がよくない?」
それに対し、グレイも同じように素っ頓狂な声を上げた。
「あ、本当だ。やべぇな」
それはグレイの手元に残されている食事を指してのもの。
間もなく、昼休みが明けようとしていた。
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