33 格上とは
回復魔法を持つというアリシアと挨拶を交わし合うと、アルシェはハリトンへと希望のスタート地点を伝え、部屋を後にした。
そして私物を全てグレイへと預けると、模擬戦用の武器をスタッフから受け取った。刃の付いていない弓矢と剣だ。
やがて途中でグレイたちと分かれると、アルシェだけがハリトンに連れられてスタート地点へと向かう。
対戦相手の生徒たちは既にスタート地点でスタンバイしていると聞いたため、途中でうっかり相手のスタート地点を知ってしまうなどという不具合が生じないよう、道中では目隠しでもされると思っていた。だがそういうことは一切なかったため、ここぞとばかりに辺りの景色を瞼に焼き付ける。
(やっぱり、地図で見るのと実際に歩くのでは全然違うな)
そうやって地図での情報と肉眼からの情報を照らし合わせながら歩き続けると、目的地であるアルシェのスタート地点へと辿り着いた。
ハリトンがにこやかにアルシェを振り返る。
「最後にもう一度だけルールを確認しておきますね。――魔装は基本的に解かないこと。魔装を纏っていない相手、もしくは魔装を纏っていない箇所を攻撃しないこと。支給された武器以外は使用しないこと。レベル4相当以上の魔法は使用しないこと。明らかに致命傷を与え得るような攻撃はしないこと。武器が本物ならば死んでいたと判断された場合、体は健康であっても死亡と判定されること。降参した相手に攻撃しないこと。……これらが基本的なルールとなります」
「ありがとうございます」
「いえいえ。より細かなルールは大丈夫でしょうか」
「大丈夫です。ちゃんと頭に入っているので」
「ははは、さすがですね」
そんなやり取りを終えると、「健闘を祈ります」と言って去って行ったハリトンの背中を見送りつつ、対戦相手についての情報を頭の中で反芻する。
相手は八人の若者。実力や得物、構成スキルは一切不明。だが先ほど仲間内で話していた様子を見ているだけでも、彼らの関係性などは少しだけわかったつもりでいた。
誰がリーダーで、誰が発言力を持ち、誰がどのような性格をしているのかなど、戦闘とはあまり関係ないような情報でも考えようによっては武器となるのだ。
そして性別なんかも大きなヒントとなる。力の弱い女性は男性と同じレベルの魔装を纏っていたとしても、やはり腕力では劣るものである。ラナーシャやシグルーナのような例外も当然あるが、基本的に女性は距離を取って攻撃してくると考えられる。
(そうだな。あとは……)
アルシェは様々な情報を頭の中で巡らせつつ、周囲の景色へと視線を投げた。
(環境をいかに上手く活用するか、だな。あとはまあ、剣は抜かないようにしよう)
やがてそう結論付けたアルシェは、大きく深呼吸をした後、その場へと腰を下ろして開始の合図を待つこととした。
◆◇
アルシェたちと分かれた後、グレイは男性スタッフに見学席へと通された。これから模擬戦が繰り広げられるフィールドを眼下に臨む特等席であり、他の席は先客たちによりすでに占領されている。皆この学院の生徒たちだろう。グレイやアルシェの噂話がはっきりと聞こえて来る。
そんなグレイへと、後ろを付いて来ていたアリシアが恐る恐る声をかけた。
「あの、アルシェさんはお一人でも大丈夫でしょうか?」
それに対し、グレイはいつもと変わらぬ態度で答える。
「さあな」
「……わからない、と?」
「そうだ。対戦相手のことを知らない以上は何も言えねーからな」
「そ、そうですよね」
先ほどアルシェたちと挨拶を交わした際は、てっきりアルシェとグレイが二人で戦うものだとばかり思っていた。アルシェだけが戦うと聞いたのはその直後のことだった。
だからこそ不意に口を突いた質問だったのだが、グレイの言う通り彼には答えようのないものだ。アリシアはバカな質問をした自分を心の中で責め立てる。
憧れのグレイ・ナルクラウンと会話を交わすチャンスなのだ。何か話題を見つけなくては。
そんなふうに考えるアリシアだったが、意外なことに今度はグレイの方から話しかけて来た。
「お前、回復魔法が使えるらしいじゃねーか。レベルはいくつだ?」
そんな質問に対し思わず弾む心を抑えつけ、アリシアは答える。
「あ、えっと、レベルは3です」
そんな回答にグレイの表情が明るくなった……気がした。少なくとも悪い印象は与えていないらしい。
アリシアの表情も心なしか晴れて行く。
「なかなかやるな」
「あ、ありがとうございます!」
「歳は?」
「あ、今年十六になりました!」
「へぇー、ってことは一つ下か。十六で3は大したもんだ」
「……大したもの、ですか。……えへへ」
現役のA級冒険者に褒められて嬉しくない人間などこの学院にはいない。
アリシアは思わず緩んでいく頬を精一杯引き締めつつ、変てこりんな顔を見られないように眼下のフィールドへと視線を落とした。
そこからはアルシェの姿も、八人の生徒の姿もはっきりと確認できた。アルシェは地面へと腰を下ろしており、生徒たちは円になり何かを話し合っているようだ。両陣営は同じ対角線上の端と端に位置し、上手い具合に距離が離れている。
そんな様子を確認していると帰って来たハリトンが合流を果たした。そんな彼へとグレイが口を開く。
「なあ、この模擬戦は伝統的なものなんだろ? 戦績はどんなものなんだ?」
そんな問いかけに対し、ハリトンは顎へと手を添えつつ困ったように微笑んだ。
「我々学院側の全敗ですね。この学部ができてから日が浅いのでそもそも数自体がそれほど大したものではないのですが……それでも少し歯痒いです」
「そうか」
「はい。でも結構いい勝負してるんですよ? さすがにB級が来た時にはコテンパンにされましたけどね。でも、だからこそ心配ですよ。本当にアルシェさん一人でよかったので?」
「何回も言わせんな。それにアルは強いぜ。C10級だから、確かに他のランクありと比べると戦闘力では劣るかも知れないが、それでもあいつの冒険者らしさはB級に匹敵するくらいだ」
「と、言いますと?」
「あいつの思考瞬発力は大したもんだからな。それに環境の使い方が上手いし、アルの魔法はトラップにも使える。あとは……そうだな。師匠に恵まれた」
そんなグレイの言葉を聞き、ハリトンは「ほぅ」と小さく唸った。グレイも他人を褒めたりするんだな、という感心に満ちたものだ。
やがてそうやって雑談で時間を潰していると、あらかじめ伝えておいた試合開始時刻がやってきた。それは最後の一人――アルシェがスタート地点へと辿り着いてからちょうど五分が経ったことを意味する。
それを確認したハリトンが試合開始を合図しようと眼下へと視線を落とすと、それまでずっと瞑想でもするかのように地面を見つめていたアルシェがハリトンを見上げた。
やけにタイミングのいいその行動に眉を顰める。
(五分を数えてたのか? だとしたらなんつー正確な……)
そこまで考えてから「いや、さすがに偶然だろう」と思考を振り払うと、魔装を使用した大声で以て、試合開始時刻の到来を宣言した。
そして盛り上がる見学席へと怒号を放つ。
「お前ら! 盛り上がるのは結構だが試合中は静かにしてろよ! 選手たちに何かを伝えたりするのも一切禁止だ! 破ったら停学もあり得ると思え!」
そんな注意事項を伝え終えると、ようやくハリトンは試合開始の鐘を鳴らした。
◆◇
グレイ命名『アルシェ謎の七特技』の中の一つである『正確過ぎる体内時計』で五分の経過を知ったアルシェは、ハリトンが試合開始の合図を出したのを見て、一気に魔力を練り上げた。
やがてフィールドへと鐘の音が響き渡った瞬間それを魔装として身に纏うと、頭の方へと集中させつつ、地面へと耳をくっつけた。
百メートル四方のフィールドと言えど、こうやって隠れながら戦う分には十分な広さとは言えない。幸い客席にいる者たちは息を殺して観戦してくれているため、音の出処を探ることは容易だ。
そうやって地面からの振動や音に集中していると、微かな気配を右前方から捉えた。敵が八人もいるということは当然ながら不利なのだが、こういう場面では有利に働いたりもする。
それに加えアルシェが考えるのは、アルシェをここへと連れて来た時のハリトンのルート選択だ。
短い時間と言えど、あらかじめ地図を頭へと叩きこんでいたアルシェにはわかっていた。ハリトンはこの地への最短距離を避け、あえて少しだけ遠回りになるように誘導した。それが示す意味――それは、最短距離を使おうものなら相手パーティと遭遇した、もしくは遭遇の可能性があった、ということだ。少なくとも近くを通ることにはなったはずだ。
それらの情報を頭の中で組み立てると、敵のいる位置が自然と浮かび上がってくる。そして足音の向かう先と歩行速度をしっかりと聞き分け、相手がこれからどこへ向かうのかを即座に推理する。
やがて一連の行為を終えたアルシェは、静かに立ち上がると、背中から弓を取り外した。
◆◇
試合が始まると、両陣営が真っ先に取った行動は大きく異なるものだった。
リーダーらしき女による手信号で部隊を四対四の二チームに分け、それぞれあらかじめ決めていたのであろうどこかを目指し歩き始める生徒パーティ。
対しアルシェは地面へと顔をくっつけたきり動こうとはしない。
それを見て、グレイが小さく息を吐いた。
「あいつら、わかってないな」
そんな発言にハリトンも同調する。
「あれは反省点ですね」
どうやら生徒パーティのことを言っているようだが、その言葉の意味がアリシアには理解できなかった。
アリシアはグレイへと尋ねる。
「わかっていない、とは具体的にどういうことでしょうか?」
「今回の模擬戦は、あいつらからすれば格上の人間との戦闘を想定した訓練なんだろ? だがあいつらには『格上の人間』ってのがいったいどういう存在なのか理解できてないんだよ」
「……格上の人間、ですか」
そう言われてもわからないものはわからない。
アリシアのそんな思いを感じ取ったのか、グレイは「頭を使え」と続けた。
「あいつらがパーティを分けた理由を考えてみろ。自ずと答えは出るだろ」
そう言われ、アリシアは素直に頭を働かせる。
パーティを分けた理由。普通に考えれば、それは数の利を失するかもしれない行為だ。アリシアのような小心者には執れない作戦であり、それを実行した彼らはさすがに肝が据わっていると言える。
ではそれにどんなメリットがあるのか。決まっている。連携さえ上手く取れれば、それは固まって行動する以上の力を発揮することだろう。一番の理想は狭路での挟み撃ちが決まることだ。
そう思い至ったアリシアは、グレイとは正反対の結論に達したことを自覚しつつも、彼へと考えを告げた。
「確かにパーティを分けるのはリスクがあるかもしれません。ですが、作戦が上手く決まった時の威力は絶大だと思います。そして彼らはそのための訓練を毎日放課後に行っていました」
それに対し、グレイの回答は単純なものだった。
「――フィールドを見てみろ」
「え……」
彼の言葉に従い慌てて眼下を見下ろすと、アリシアの予想だにしていなかった光景が広がっていた。
「アルシェさん……どこ……」
先ほどまでは全く動こうとしていなかったアルシェの姿が、いつの間にかどこかへ消えていたのだ。
思わずきょろきょろと視線を彷徨えるアリシアだったが、グレイが親切にもアルシェのいる位置を指差してくれたため、彼の所在を掴むことができた。
「嘘、いつの間にあんな所に……」
グレイの指差す先――それは、とある住宅の屋根上だった。それも分けられたパーティの内の片方にかなり近い場所だ。そして――彼はすでに弓へと矢を番えていた。
アリシアがアルシェを発見すると同時に、グレイが生徒パーティの間違いを解説してくれた。
「パーティを二つに分け、それぞれ連携するのは確かに悪くないが、それには絶対的な前提条件がある。それは敵よりも多くの情報を持っていること。地の利が自分たちにあるから行けると思ったのだろうが……。それ以上に大切な情報がある。もうわかるな?」
彼の言葉通り、今のアリシアにはそれが何なのか理解できていた。
「敵の位置……ですね」
「その通りだ。つまり、パーティを分けるってのは、自分たちが先に敵の居場所を捕捉して初めて成り立つものなんだよ。そして『格上の人間』ってのは、決してそのアドバンテージを相手に譲ったりなどしない」
グレイがそう言い切ると同時に、アルシェの手から矢が放たれた。
背後からの不意打ちを受け、ダメージから思わずその場へ崩れ落ちた一人の男子生徒。そしてそのあまりにも急すぎる展開に、目に見えてパニックに陥る仲間の生徒三人。
それは――戦力を分けるという作戦が完全に裏目に出たことを意味していた。
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