The Descendants of the Elves

31 次の目的

 上位魔人の討伐任務から帰還した日の夜。

 仕事を共にした冒険者たちを見送ったマキバは、冒険者組合アレス支部の支部長を務めるジン・ロムローの私室にて部屋の主と二人きりで対談していた。

 マキバは乾いた唇をリンゴ風味の紅茶で湿らしてから口を開いた。


「仮面の剣士と会ってみたいという思いはあったが……まさか本当に会えるとは思ってもみなかったぜ」


 それに対し、ジンも同じように唇を湿らせると、「気持ちはわかります」と苦笑した。


「ある意味で伝説のような存在ですからね。自分で調べておきながらも、本当にそんなのが存在するのかって考えはなかなか消え去りません」

「まあな。だが間違いなく現れたぜ。あれだけ強かった魔人がまるで赤子のようにあしらわれる光景には鳥肌が立ったよ。もちろん“怖い”という意味でな」

「そうですか……。それで――」

「――ああ。十中八九、剣の女神様だ」


 マキバのそんな言葉に、ジンの私室が静寂に満ちた。

 なぜそう思ったのかなどという質問はしない。あるのは半分の納得と半分の驚愕だ。

 やがて静寂が紅茶を啜る音により破られると、一日の心労を吐き出すかのようにマキバが溜め息を吐いた。


「はぁ……。とにかく、彼女はラナーシャにご執心のようだった。隠す素振りもなかったよ」

「なるほど。それにしても、“剣の女神に愛されし者”なんて、本当にそんなことあるんですね」

「全くだ。ラナーシャを娶りたいって男は山ほど知ってるが、まさか神様までをも虜にするとはな。……まあ、そんな話はどうだっていい。仮面の剣士も今はまだ味方なようだからな」

「……今はまだ、ですか。では、もし彼女が人類と対立することになった時、我々に成す術はあるのでしょうか」


 そんなジンの疑問に対し、マキバは少し考える仕草を見せる。


(相手は龍王を一刀両断にするような存在だ。さすがに成す術なんてないか)


 自分から尋ねておきながら思わずそう考えてしまうジンだったが、やがてマキバから返って来た言葉はそんな彼の予想とは大きく違うものだった。


「そもそも神に死という概念があるのなら……ジョットの奮闘次第ってとこか」

「なっ……」


 状況次第では勝てる、とでも言いたげなそんなマキバの言葉に対し、不意を突かれたジンは紅茶を喉に引っ掛け小さく咳込んだ。

 やがて落ち着きを取り戻すと、涙目のままマキバへと向き直る。


「すみません、失礼しました」

「構わんよ」

「ありがとうございます。……それで、殲滅卿ならば勝てるという話でしたが……」

「ははっ、いやいや、ジョットだけで勝てるという意味じゃないぞ。当然ながら他の冒険者やら軍人やらの力も必要になる。その中でもジョットの力が占める割合が大きいと言ってるんだ」

「……いや、それにしても、殲滅卿とはそれほどまでにお強いのですか? 私にはどうもよくわかりません」


 ジンのその疑問は当然のものだと言える。

 言うまでもなく、“殲滅卿”ジョット・ナルクラウンがかなりの力を持った冒険者だということは知っている。最強の冒険者だという噂を否定するつもりもないし、彼の経歴を初めて見た際には圧倒されたものだ。たった三人しか存在しないA1級冒険者の一人なだけはある。

 だが彼以外にも圧倒的な強者というのは存在する。総勢三十三名のA級冒険者を筆頭に、各国の兵士や魔導師など、挙げ続ければきりがない。

 そんな彼らを差し置き、個人であるジョットの奮闘振りが勝敗を分けるなどと言われても納得がいかないのだ。

 そんなふうに考えるジンに対し、マキバは淡々と話し始める。


「ジョットは今でこそランキング4位だが、俺が現役で3位にいた頃、あいつはまだ2位だったんだ」

「知ってますよ。八年前に多くの部下を死なせた責任を取らされ、今の順位にまで降格したんですよね。ですが、それがいったいどうかしましたか?」

「いや、別にどうもしないさ。……まあ、要はジョットを除き、俺の上には赫々卿しかいなかったわけだ。自分で言うのも気が引けるが、かなり強かったんだぜ」

「はい。お話は伺ってます」

「……そんな俺が、こいつには絶対に敵わないと思った人物が三人いる。一人はジョット。二人目にカーラ・ナルクラウンというジョットの亡くなった奥さん。そして三人目にライオット・ベルクだ。最後のは冒険者じゃないけどな」

「三人も、ですか……」


 ジョットは当然として、三人とも知った名だ。

 ライオット・ベルク。デスティネ王国の現役兵士。国王直属であり国内最強の呼び声高い『王下戦士団』の団長を務める男だ。その実力は数多くのA級冒険者を凌駕していると言われ、ジョット・ナルクラウンと同等だという声もあるほどだ。

 そしてカーラ・ナルクラウン。旧姓はセンチネル。ジョットの亡き妻であり、A5級冒険者グレイ・ナルクラウンの実母である。確か、最高ランク14位のA9級冒険者だったはずだ。

 そんな情報を脳内で反芻したジンは、新たに湧き出た疑問に思考を巡らせる。


(ライオット・ベルクは別として、カーラ・ナルクラウンにまで敵わなかったと?)


 そんなジンの疑問にマキバが答える。


「カーラに勝てないと言ったのが不思議か?」

「はい。等級を見る限りではマキバ殿の方が上かと」

「まあそうだな。確かに俺の方が戦闘力は高かった。だが彼女は戦いの天才だったんだ。雷魔法以外に高いスキルを持たない彼女が、未熟な魔装と剣術で俺の瞬突——瞬脚を使っての突きを受け止めやがるんだぜ? ちょっとした手合わせだったんだが気味が悪かったよ」

「そ、そんなことがあったんですね……」

「ああ、それでジョットの強さだが、あいつのは文字通り次元が違う。俺がカーラに負けた後、俺と彼女の二人がかりでジョットに挑んだんだが、二人揃って瞬殺されたよ」

「は、はぁ? A級二人を簡単にあしらったってことですか!?」

「昔の話だ。八年前の事件を乗り越え、あいつは更に強くなってるだろうよ」

「そんな……」


 A級冒険者——それもA2級のマキバと、そんなマキバが敵わないと感じた女性の二人を同時に相手取り、あっさりと勝利することのできる人間など存在するのか。

 ジンの知る限り、A級冒険者とは人類の到達点のようなものだ。それを遥かに凌駕し、更に成長を続けている——本当にそんな人物が存在するのなら、確かに人類の存亡を左右すると言っても過言ではないのかもしれない。

 そんなことを考え神妙な気持ちになっていると、それを見ていたマキバがくつくつと笑い出した。


「はははっ、いやすまんな。そんな怖い顔すんなよ。更に強くなってるなんて言うが、そんなのはただの憶測だ。現実的に考えたら衰えててもおかしくねーって」

「そう、ですよね」

「ああ。……んで、話を戻すぞ。えー、と、なんだったっけ?」

「仮面の剣士は味方だから、とりあえず心配はいらないって話でした」

「おお、そうだったな」


 マキバはどこか楽しそうに頷くと、最後の一口となった紅茶を呷り一息吐いてから話し始めた。


「ラナーシャとグレイが強いのはわかりきった話だが、実はもう一人A級に匹敵するだけの実力者を見つけてな。彼らと一緒にいるシグルーナって女なんだが、何か知ってるか?」

「シグルーナ? その方なら、二カ月ほど前にアマチュア冒険者としてライセンスを発行されていますね。もちろん知ってますよ。ラナーシャ殿と二人でよく依頼をこなされています。彼女がA級と同等……ですか?」

「そうか。二か月前か……」


 シグルーナとはラナーシャに匹敵するだけの美女であり、組合内ではいつも注目を浴びている。そんな彼女がA級に匹敵する実力を秘めているなどと言われてもさすがに戯言にしか聞こえない。

 だがマキバはジンの疑問に答えることなく、神妙な表情を浮かべ思考の渦へと身を委ねてしまった。

 仕方なく残りの紅茶を飲みながら時間を潰していると、やがて顔を上げたマキバが「よし」と呟きながらその場に立ち上がった。


「ちょっと出かけて来るわ」

「え、今からですか?」

「ああ。と言うかたぶんもう帰ってこねぇー。元々そのつもりだったんだがな」

「ちょ、せめて明日の朝に出ればいいじゃないですか。それにどこへ向かうおつもりで?」


 そんなジンの尤もな提案に対し、マキバは少し得意げに微笑んだ。


「元々出るつもりだったって言ったろ? もう部下が準備を始めてるんだ。目的地はサリシャス!」

「サリシャスって……殲滅の旅団が拠点を構えてる都市ですよね?」

「ああ、ちょっくらジョットに会ってくるわ。あ、それとシグルーナについて何か調べたりとかはしなくていいぞ」


 やがてマキバは「じゃあな、紅茶美味かったぜ!」とだけ言い残すと、颯爽と部屋を飛び出して行った。

 そんな彼の様子に面喰ったジンの「タフなお方だ……」という呟きだけが虚空へと溶け込んでいく。




 ◆◇




 二日間の日程を終えて拠点の宿へと帰還したラナーシャは、シグルーナと共に浴場にて三日振りの風呂を満喫していた。

 大国の都と言えど敷地内に浴場のある宿など他にはなく、冒険者としては異常なほどに身なりを気にするラナーシャにとって大変ありがたい施設となっている。中も十人ほどが同時に利用できそうなほど広々としており、膨大な宿泊費の大半を費やしているというだけある立派なものだ。

 そんな浴場を貸し切り状態で贅沢に堪能しつつ、シグルーナがラナーシャの髪を丁寧に梳かす。


「本当に綺麗な髪をしてるのね。絹糸みたいで、なんだか不思議……」


 そんな彼女に対し、ラナーシャは照れ臭そうに微笑んだ。


「できる限り毎日手入れしているからな。自慢の髪だ」

「ふふ、あなたくらいなものよ? 女冒険者でこんなに長い髪をしているの」

「そんなことはない……が、確かに少ないだろうな。だが切るのは嫌だ。これだけは絶対に譲れない」

「相変わらず女の子なのね。好きな人ができたから余計にかな?」

「そ、そう……かもな」


 シグルーナがそんなことを言うと、ラナーシャは少し気まずそうに鼻先まで湯に浸かってしまった。

 ブクブクと息を吐き気を紛らわす彼女に微笑ましい気持ちになりながらも、シグルーナの表情はふと神妙なものへと変わる。


「……それにしても、アルシェ君ってあんなに強かったのね」


 アルシェの秘密については当然シグルーナも聞いていた。それを守るためにやってきたことや、どれくらい周囲に知れ渡っているのかなど。だが見たのはあれが初めてだったのだ。

 正直に言えば、彼が一人で完全覚醒済みの上位魔人であるベリアルを圧倒したという話に対して半信半疑なきらいがあった。

 だが、体勢やコンディションに影響を受けることなく圧倒的な剣速を実現し、正確に四肢の腱だけを断ち切る様を見せ付けられては納得せざるを得ない。

 そんなシグルーナの呟きを聞いたラナーシャは、どこか嬉しそうな表情で体勢を整えた。


「アルシェの強さはあんなものじゃないぞ。なんたって本物の“剣の女神に愛されし者”だからな。私が見たのは、何メートルもある巨大なドラゴンを空中で真っ二つにしたところだ」

「聞いたわ。古代エンシェント龍王ドラゴンロードを斬ったんでしょ?」

「ふふ、そうだ」


 シグルーナが聞いた話の中で最も信じ難かったのがそれだ。

 上位魔人ベリアルはドラゴン種を単独で圧倒するほどの力を持っていたが、古代の龍王はそんなベリアルをも上回る強者なのだ。龍王の名は伊達ではなく、年齢により個体差はあるが、シグルーナの知る限りこの世で最強の生物だったはずだ。

 そんな生物を一刀両断にしたのだから、アルシェは本当に神の剣術を賜り生まれてきたのだろう。


(むしろ彼が剣の神ね。あ、じゃあラナーシャは“剣のに愛されし者”か……)


 そんなことを考えていると、ふと一つの可能性に思い至り、シグルーナの表情が改めて引き締まる。


「……あらあら。ラナーシャも大変ね」


 それに対し、状況を理解していないラナーシャが可愛らしく首を傾げる。


「どうした?」

「……あなた、とんでもない恋敵がいるのね。……はぁ、アルシェ君の演技通りの性格だったらどうしよう」

「んん、なんだ? いったい誰のことだ?」


 変わらずピンと来ていない様子の彼女へと、シグルーナは優しく告げてあげた。


「——剣の女神様よ」




 ◆◇




 雷神化の反動により動けなくなってしまったグレイは、自分で立ち上がれるだけの体力を取り戻したタイミングで回復魔法による治療を中断していた。彼曰く、完治させようものなら眠気までをも吹き飛ばしてしまうから、とのこと。

 その性格と態度に反し誰よりも真面目で己に厳しいグレイにとって、どうしようもない場合を除き生活のリズムが乱れるということは許容し難いものなのだ。

 そのためグレイはマリノスに無理を言い、翌日の早朝まで治療を先延ばしにし、拠点である宿屋まで同行させていた。当の彼女も、アルシェには借りがあるからと了承してくれた経緯がある。

 やがて日が変わってから三時間ほどが経ったタイミングで治療を開始すると、食堂の片隅の休憩スペースであるこの場へと、入浴を済ませたばかりのラナーシャとシグルーナが合流した。

 すると、眠気に目を擦りながらラナーシャが変なことを言い出した。


「アルシェ、お前は剣の女神に会ったことがあるのか?」


 そんな突然の問いかけに、アルシェは怪訝な表情を隠すことなく答えた。


「いや、ないです……と言うか、そこら辺は皆さんと同じですよ」

「そ、そうか。じゃあ、あの時のあの演技は全て想像でやってたことなんだな? 本物の女神があんな性格だとは限らないと……」

「んー、想像と言うより、仕方なく容赦のなさを演出したって感じですね。全部グレイと打ち合わせした通りです。ラナーシャさんも知ってますよね? どうして急にそんなことを?」

「い、いや……別になんでもない。変なことを訊いて悪かったな」

「いえ、構いませんが」


 そんな問答を終えると、首を傾げるアルシェへと「ほっとけよ」と声がかかる。

 声の主であるグレイは「眠気と疲れでバカになってんだよ」と続けると、ラナーシャたちが席に就くのを見届けてから話し始めた。


「そんなことより話しておくべきことがあんだろ」

「ごめん、そうだったね。ラズールさんが冒険者を辞めるとなると、情勢なんかも色々と変化しそうだし」


 なんと言っても、ロア一族の次期当主と目されていた男なのだから。


「その通り。だが、その際に起こり得ることへの対策なんかは俺が考えるからいいとして、問題は戦力の不足だ。俺の強さは雷神化あってのものだと痛感させられたし、アルシェはもちろん、シグルーナまでもあまり表立って戦う訳にはいかない」


 そしてグレイの雷神化には決して小さくないリスクが付き纏うのだ。確かに特大の秘密を二つも抱える身としては、現状で十分な戦力を持つとは言えないのかもしれない。

 そこでふと疑問を抱き、グレイへと問いかける。


「シグルーナさんのこと、グレイはどうしようと思ってる? マキバさんの対応とか諸々……」


 そんなアルシェの疑問に対し、グレイはしれっと答える。


「それについては俺にはまだどうしようもない。あの色男のことを何も理解してないからな。だから全部親父に丸投げしておいた」

「親父って、ジョットさんに?」

「ああ。俺たちにシグルーナのことを訊いても正直に答えないだろ? マキバもそれをわかってる。冒険者を纏める立場の人間だからあいつもバカじゃないだろうし、やがては二か月前の魔人襲撃事件に発端を見出すだろう。そうなると自然と行き着く先は殲滅卿ってわけだ」

「……なるほど。ジョットさんなら対応を誤らないだろうしね」

「まあな。……認めるのは少し癪だが」


 相変わらずグレイの読みには感嘆するが、今更驚くことではないだろう。彼はこれくらい冴えているのがデフォルトだ。


「ってか、今回はシグルーナがよくやってくれたよ」

「え、私……?」

「そうだ。忠告通り無傷で戦闘を終えれたし、目の赤光も抑えてくれた。訓練の成果を発揮したことに関しては素直に褒めてやるよ」

「あ、あら……なんだかあなたに褒められると照れ臭いわね」


 シグルーナはそう言うと、本当に照れ臭そうに視線を彷徨えた。

 グレイが誰かを素直に褒めるというのは珍しいことであり、なおかつ彼のカリスマ性も相まって、褒められる側の人間は必要以上に嬉しかったりするものだ。それが仲間となって日が浅いシグルーナなら余計にだろう。

 そんな彼女に対し、グレイは「言ってろ」と言いながらそっぽを向いた。


「話を戻すぞ。俺はさっき問題は戦力の不足だと言ったが、それを最も簡単に補う方法がある」

「スカウトだな」


 そう言ったのはラナーシャだ。相変わらず眠たそうにしているが。

 グレイは「そうだ」と頷く。


「スカウトは冒険者が仲間を集める際によく行うものだ。だが俺たちにとってそれはリスクが大きい。言うまでもなく、秘密を抱えすぎているからだ。だからこそ普通以上に慎重にやる必要がある」


 その言葉に皆が神妙に頷く。


「そこで、スカウトの上限を二人までと定めることとする」

「……少ないけど、仕方ないね」

「ああ。だからターゲットを厳選する」


 そんな言葉と共にグレイが挙げた条件が次の二つだった。


 ——B級上位からA級程度の即戦力。

 ——回復魔法スキル所持者。


 前者を求める理由は言うまでもない。戦力が不足している現状で最も欲しい人材がそれだと言える。

 後者は、主にグレイの雷神化を慮ってのことだ。二か月前も今回も、グレイが何のためらいもなく雷神化を使用できたのはマリノスの後ろ盾があったからであり、我々にとっては回復魔法を使える人間がいてくれるだけで戦力の底上げを図ることができるのだ。

 そんな説明を聞き、ラナーシャが疑問を呈した。


「言いたいことはわかる。だがそんな簡単にいくか? 前者も後者も共にギルドではありがたがられる存在だ。競争の激しさは言うまでもないだろう。前者に至っては心当たりすらいない」

「競争の激しさは俺やお前の名に懸けるしかない。少なくとも、A級上位二人と仲間になれるってのは魅力的なはずだ。美女が二人いるってのも優位に働くだろう」

「び、美女……ありがとう……」

「いちいち反応するな面倒くさい」


 本当に面倒くさそうにそう言ったグレイは、話を戻すかのように息を吐いた。


「それでお前はそう言うが、俺には両方に心当たりがある。回復魔法についてはクイナ・メリーという女。アルと共に試験を受けてた奴だ。どうやら落ちたみたいだが、それでも最低限の条件は満たしているはずだ」


 そんなグレイの言葉に、それまでずっと黙っていたマリノスが口を挟んだ。


「悪いな。クイナは既にうちのギルドがスカウト済みだ」


 それはグレイの出鼻を挫くような内容だったが、それでも彼に焦りや怒りといった感情は見られない。

 グレイは淡々と続ける。


「そうか。だったらそいつのことはもういい。回復魔法所持者は確かに貴重な存在だが、あそこへ行けば何人か見つけることができるだろう」

「あそこ? ってどこ?」


 思わず問いかけたアルシェへと、グレイは自信満々に微笑んだ。


「——『王都魔法学院』だ。そして、そろそろ組合へと臨時講師の依頼が張り出される頃だろう」


 王都魔法学院——この国に存在する最も高貴な大学で、主に魔法についての研究や演習を行っている施設だ。ある意味、学校と言うよりは研究所という表現が適切かもしれない。

 そして多くの宮廷魔術師を輩出している同校だが中にはプロの冒険者を養成するコースまでも用意されており、季節の変わり目には上位冒険者宛てに臨時講師の募集が行われることでも有名だ。アレス支部だけにある名物のようなものであり、グレイはこれのことを言っているのだ。


「要は、仲間探しのためにその依頼を受けると」

「わかってんじゃねーか」


 そう言いグレイは楽しそうに笑うと、マリノスを振り返った。


「クイナを取ったお詫びとして、お前の権限で優先的にその依頼を回してくれ。……まあ、あまり人気のない仕事だから問題なく受けれるだろうが」

「ふん。態度が気に食わないが、それくらいならいいだろう。わかったよ」


 そうやってマリノスの口約を得たグレイは、二つ目の心当たりとやらについて話し始める。


「これで回復魔法の使い手は見つかるだろう。あとは仲間になってもらえるよう頑張るだけだ。……それで、今度は即戦力となる人物についてだが……」


 そこで、初めてグレイの表情から余裕が消えた。

 思わず不安になるアルシェたちへと、グレイは不敵に笑う。


「正直言うと、仲間になってもらえる確率は低い。が、当たってみる価値はある。——男の名はロッド・ベルク」


 ロッド・ベルク。

 グレイの口から飛び出したそんな名前にシグルーナ以外の全員が反応を示した。あまりにも有名な名だからだ。

 王下戦士団を率いるライオット・ベルクの義弟にして、元王下戦士団の小隊長を務めていた男。現在は軍隊を去り冒険者をしているのだが、どのギルドにも所属しない孤高の人だ。

 かつてのラナーシャと同じ立場にいるようだが、明確に異なる部分があった。それは彼がプロの冒険者ではないということ。自ら依頼を受けられないアマチュアという身分でありながら、ギルドに所属せずとも仕事にあぶれることがない理由は偏に彼の実力にあると言う。

 なぜプロ試験を受けないのかは定かではないが、世間は彼のことをこう呼称する。——最強のアマチュア冒険者、と。

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