22 腐れ縁
世界には、多くの優秀な冒険者を輩出してきた三大名家というものが存在する。
世界最大の国であるデスティネ王国には、先代の当主である“赫々卿”ハディール・ナルクラウンが世界で初めて爵位を賜った冒険者として、ナルクラウン家の名を轟かせている。
次期当主である“
そして、軍事力ならばデスティネ王国をも凌駕すると言われているシュタール帝国には、シルラハル一族がいる。
現当主であるマキバ・シルラハルはランキング3位の元冒険者であり、今では冒険者組合本部長補佐の地位に就いている。実質、冒険者組合のナンバー2だ。
そして三大名家に名を連ねる最後の一つが、冒険者組合の本部を持つクラウド公国のロア一族だ。初代組合本部長にして冒険者組合の創設者、そして歴代最強の冒険者と名高い“超越者”ロベルト・ロアを先祖に持つ、三大名家最大の一族だ。
冒険者組合本部長を歴任し、なおかつ冒険者としても大きな実力を持つロア一族ほどに由緒正しき家系は、どの世界を見渡してもそう多くはないだろう。
そんなロア一族として生まれたラズール・ロアは、ある宿屋を目指し王都の町中を進んでいた。
ラズールはロアの名に相応しい立派な冒険者だ。剣術と土魔法共にレベル4を持つ上位冒険者でありながら、十九歳という若さにもかかわらずB8級の位に就いている。
本来ならばロアの未来は明るいと言えるだろう。だが、ここ最近はそんな悠長なことも言ってられなくなった。それは、当然ながら様々な要因が複雑に絡み合って生じたひずみなのだが、その多くはナルクラウン一族の台頭にあると言える。
まず始まりとして、ラズールの祖父であり現組合本部長のルルナス・ロアが、冒険者として現役だった頃からハディール・ナルクラウンに一度も勝てなかったことが挙げられる。
常に冒険者としての最前線に立っていたハディールに対し、ルルナスは追い付くことができなかったのだ。数十年間にも渡り冒険者ランキング1位を守り続けるハディールだが、ルルナスは2位から5位辺りをずっとうろついていたのだ。もちろんそれも凄いことなのだが、世間の目は完全にハディールを上に見ていたというのが現実だ。
やがて世代交代が起こり名誉挽回に燃えるラズールの父——現ランキング6位のラディウス・ロアであったが、ランキング4位のジョット・ナルクラウンには、ランキングのみならず実力でも及ばないのは周知の事実だ。
では、更にその下の世代ではどうであろうか。
ロアの名を継ぐのは、弱冠十七歳にして上位冒険者となった才能溢れるラズールである。間違いなくロア一族の名誉をナルクラウンより取り戻してくれるだろう。――とはならなかった。誰も思わなかった。
理由は言うまでもない。グレイ・ナルクラウンという稀代の天才が存在したからだ。
二歳上のラズールよりも早くプロ冒険者となり、気が付いたらいつの間にかA級にまでのし上がっていた彼は、経歴を見る限りでは過去に類を見ないほどの天才だと言える。
ただ、ラズールとしては彼のことが嫌いではなかった。
ロアの人間が一方的にナルクラウン一族を目の仇にしているだけで先方に敵意などは一切存在しない――眼中にないだけなのかもしれないが—―し、将来有望な若者同士、仲良くなりたいというのが本音だった。実際、幼い頃にはアルシェ・シスロードという平民の子を含め、交流もあった。
そう。ラズールにとってグレイとは、弟のようでもあり幼馴染の友達のようでもあり、尊敬する冒険者でもあるのだ。彼に負けることはある意味清々しさすら感じるし、それほど嫉妬の対象とはならない。
――だが、そんなラズールにも受け入れ難いことはあった。
デスティネ王国の王都近郊にて古代の龍王が討伐されたという知らせを受け、拠点を構えていたクラウド公国からアレスへとやって来たラズールだったが、いざ到着してみれば、冒険者を含め民衆の興味は別の事件へと注がれていた。
聞けば、一か月ほど前に正体不明の魔物が群れを成して王都を襲撃したのだそうだ。魔物の特徴を聞く限りでは下位魔人のようだったが、魔人が人間の街を襲うなど前代未聞のことだ。そんなことが本当にあるのだろうか。
自らがロアの人間だということを明かし、組合アレス支部の上層部にも話を聞くことができた。だが、そこで耳にした情報はいずれも受け入れ難いことばかりだったのだ。
「下位魔人だけじゃなく、二体の中位魔人までもが現れただと!? しかも、その中位魔人の一体をグレイが単独撃破、そしてもう一体をラナーシャ・セルシスとアルシェが共闘して撃破だぁ!?」
—―なんの冗談だ!
ラズールは信じられないとでも言いたげに吐き捨てると、歩く速度を一段階上げた。
確かにグレイのことは認めていたし、尊敬だってしていた。だが、中位魔人を一人で倒すというのはさすがにやりすぎではないのか。おまけにその功績を称えられ、それまでのA10級からA5級にまで昇格したと言うではないか。冒険者ランキングでは28位にランクインとまで来た。まだ十六歳であるにもかかわらず!
その上、冒険者組合では聞き慣れない単語までをも耳にすることとなった。
「“
早歩きをしながら叫び散らすという奇行に、周囲の冷たい視線が突き刺さる。だが今のラズールにそんなことを気にしている余裕などなかった。
このままでは、いずれグレイが歴代最強の冒険者と呼ばれるようなこともあり得そうだ。ラズールがグレイに負けるのも、ロア一族がナルクラウン一族に負けるのも共に許容できるが、偉大な先祖であるロベルト・ロアの代名詞までをも奪い取られるというのは、さすがに我慢ならない。
次に、アルシェ・シスロードに対してだ。
かの“剣の女神に愛されし者”ラナーシャ・セルシスと共闘したとはいえ、まさか中位魔人を倒してしまうとは、いったいどれだけ成長していると言うのか。
アルシェは極一般的な家庭に生まれた、極一般的な冒険者だったはずだ。確かに十四歳でプロ試験をパスしたのだから優秀なのは間違いないのだろうが、それでもロアやナルクラウンの人間からすれば取るに足らない人間だった。
――だと言うのに、彼はそんな印象を拭い去って見せた。
事件が起きたのは、上位冒険者昇格試験の真っ最中だったと聞く。そしてアルシェの活躍を見て、試験官を務めていた“戦神”マリノス・ラロがその場で合格を言い渡したのだそうだ。
そう。いつの間にか、アルシェまでもが上位冒険者になっていたのだ。それも十六歳という若さで。彼は今年で十七歳になるそうなので、十七歳で上位冒険者へと昇格したラズールと同じ記録ではないか。
グレイに負けるのは悔しくない。だが、アルシェに負けるのはさすがに悔しい。
アルシェは現在C10級らしいが、今のラズールと同じ歳――つまり二年後には、もしかしたら追いつかれるかもしれない。絶対に嫌だ。
何かを言うことによって変わることではないと知りながらも、いても立ってもいられなくなり、今こうやって彼らが滞在中だという高級宿を目指し歩いているというわけだ。
やがて、そこから二分もしない内に目的地へとたどり着いた。
その宿屋はまるで大きな学校とも見紛うほどの大きな敷地に、本館のみならず様々な施設が併設されているという目を疑うような在り様だ。一日毎の宿泊料がとてつもなく高額なのは子供でもわかる。現在ロア家の庇護から離れて冒険者としての仕事をこなしているラズールからすれば、このような宿屋を拠点とするのは夢のまた夢だろう。
――こんなところに彼らは住んでいるのか。
グレイとアルシェの幼き頃を知っているラズールにはまるで彼らが自分だけを取り残してどこか遠くへ行ってしまったかのように感じられ、寂しさと嫉妬の炎が半々に混ざり合い複雑な感情を生み出してしまっている。
ラズールはふぅっと息を吐くと、本館の扉を勢いよく開け放った。
◆◇
朝の日課が終わり、四人揃って朝食を食べようと食堂へとやって来ると、懐かしい顔がアルシェたちの前へと現れた。
その人物はこちらの姿を確認した途端、尋常ならざる表情を浮かべこちらへと歩み寄ってきた。
後ろを歩くラナーシャとシグルーナの警戒の念が伝わってくるが、アルシェとグレイだけはその限りではない。
「よおグレイ。そしてアルシェ。久しぶりだな」
「あーはいはい。そうだな」
「お久しぶりです」
彼の名はラズール・ロア。
名門ロア家の長男にして、次期ロア家当主と目されているB8級の上位冒険者だ。
短く刈り込んだ濃紺の髪に、眉目秀麗な涼やかな顔立ち。そして百九十センチ近い長身と鍛え抜かれた体躯は、その肩書に見合うとても立派なものだ。ラナーシャたちが思わず警戒してしまうのも無理はないだろう。
あまり興味なさそうに黙り込むグレイに代わり、アルシェが応対する。
「どうかしましたか? 公国にいたんですよね?」
「ああ、そうだ。そうだった。聞きたいことがあって来たんだ」
「そうですか。……よかったら一緒に食事でもしながら話しませんか?」
アルシェからのそんな提案により、四人にラズールを加えた面々で共に食事をすることになった。
ラズールのことを知らないラナーシャたちに彼がロア家の人間であることを告げつつ、皆でいつもより一回り大きなテーブルを囲んだ。
全員が注文を済ませたのを合図に、ラズールが自己紹介もなしに口を開いた。
「聞いたぞ? お前ら、中位魔人を倒したんだってな?」
突然のそんな言葉に、シグルーナを始めとした全員がピクリと反応を示した。
だがそれは本題ではなかったようで、こちらが何かを言う前に彼は続ける。
「だがそれはもういい。別にお前らのことを認めてないわけじゃないからな。アルシェはあのラナーシャと共闘した結果だと言うし、まあ信じてやってもいい。グレイは……そうだな、強いのは知ってるが、さすがに中位魔人を一人で倒せるとは思えない。どうせそいつは弱い個体だったんだろう」
矢継ぎ早に捲し立てるラズールに対し、気に入らないのはグレイだった。小さく舌打ちをすると、ラズールから顔を背けてしまう。
確かにグレイが倒した魔人――シグルーナが言うにはギャドラという名前らしい――は、シグルーナ曰く中位魔人としては不完全な個体だったそうだ。中位魔人の強さを語る上で欠かせない超速再生が、彼には備わっていなかったのだから。
だが、ギャドラの持つ特殊能力『魔法耐性』は、グレイにとって相性の上で最悪な相手だった。にもかかわらず見事に打倒して見せたのだから、それは賞賛すべき偉業だろう。
中位魔人ギャドラを単独で倒すにはA級上位に匹敵する力が必要だ。それが彼の戦闘を見ていた者の判断であり、だからこそ後にグレイはA5級に相応しいと評価されたのだ。それほどの相手を相性不利の状況で倒したのだから、A4級以上の実力を備えているとすらアルシェは考える。
それを知っているからこそ少し親友を低く見られたことに憤りの念を抱くが、同時にラズールの勘の良さに驚く節もあった。
王都を魔人が襲撃した事件。
真相は、グレイがギャドラを単独で撃破し、ラナーシャとシグルーナが和解。そして上位魔人をアルシェが単独で撃破した、というものだ。
それらがマリノスやジョットたちの計らいにより、少し捏造されている。
まず、グレイがギャドラを単独撃破したというのはそのままだが、もう一体の中位魔人もラナーシャとアルシェの共闘により倒されたことになっている。アルシェはその時の功績を考慮され上位冒険者へと昇格したことになっており、なおかつシグルーナの存在を隠すという目的もある。
ギャドラが弱い個体だったと見抜いてみせたラズールは、そのまま続ける。
「そこで、だ。俺が聞きたいのは、仮面の剣士についてだ」
――やっぱりな。
予想通りの彼の言葉に、アルシェは小さくため息を吐いた。
色々と便宜を図ってくれたマリノスたちだったが、上位魔人の存在自体を隠すには至らなかったのだ。
まず、上位魔人が町中を闊歩する姿は多くの人に見られていたし、魔人の特徴を知る一部の人間はそれを上位魔人だと断定して見せた。
そして細かい肉片となった上位魔人の死体を組合が調査した結果、致命傷が剣によって与えられたということが判明。魔法痕や矢傷は一切確認されなかったため、ジョットたちの功績ではないということも当然判明済み。
超速再生により消えてしまったと言っても、剣によって絶命させられていることには変わりない。ではどうしようか。――仕方ない、仮面の剣士がやったことにしよう。そうなったのである。
「聞いたところによると、古代の龍王もその剣士が討伐したと言うではないか。最強のドラゴンに続き上位魔人とは、 いったいどんな超人だぁ? いや、そもそもそいつは人間なのか? お前ら何か知ってるんじゃないのか」
そうやって問い詰めてくるラズール。
口を開いたのはグレイだった。
「知らねぇーよ。戦うところを見てただけだ。顔はもちろん性別もわからねぇー。わかるのはただ強いってことだけだ。……それよりも、いきなりやって来たんだ。自己紹介でもしたらどうだ?」
そうやって無理矢理に話題を逸らしてくれたグレイに対し、意外にもラズールは素直に従った。
「おっと、そうだったな。失礼した」
そしてラナーシャとシグルーナへと顔を向ける。
「俺……私はラズール・ロアといいます。ロア家の跡取りにして、現在B8級の冒険者でもあります。グレイたちとは冒険者となる前からの友人関係です。どうぞよろしく」
その場に立ち上がり恭しく頭を下げたラズールに対し、グレイは不服そうに「ただの腐れ縁だろ」と吐き捨てる。
確かに友人関係と言うと語弊があるかもしれない。彼らは幼き頃に何度か会ったことがあり、その度に喧嘩紛いの言い争いをしていただけなのだから。アルシェはいつも仲裁をしていた。確かに、そんな過去を持つ割にはそれほど互いのことを嫌ってはいないが、グレイの言う通り腐れ縁くらいの表現が妥当だろう。
そうやって恭しく振る舞うラズールを見て、シグルーナたちも自己紹介を始める。
「アマチュア冒険者のシグルーナです」
「ラナーシャ・セルシスと言う。よろしく」
ラズールのものに対し、簡潔に名乗って見せた二人。
だが、ラズールにとっては情報が足りなかったらしい。
「え、な、ラナーシャ!? ラナーシャ・セルシスですか!?」
わかりやすいくらいに狼狽えるラズールに対し、ラナーシャは優しく微笑んだ。
「そうだ。君の父とは一度だけ仕事を共にしたことがあるよ。ロアの人間はさすがだった」
「そ、あ、そうだったんですね! これは失礼しました」
ラズールは「あはははっ」と軽い笑い声を上げると、途端に鋭い視線をこちらへと向けた。
自信満々にロアの名を出して自己紹介したくせに、相変わらず面白い人である。
「お前ら、まさかラナーシャ殿とパーティを組んでいるわけないだろうな?」
「いや、組んでる。その内ギルドも結成する予定だ」
グレイがそう答えると、ラズールは顔を顰めつつ椅子へと腰かけた。
「くそぉ……。こんな大物とギルドだと!? しかも……お美しい。羨ましい!」
「ロアの人間はめんどくさいしややこしいからな。お前は入れてやんねぇーぞ」
「ぐぅっ! 別に頼んでないだろ! くっそぉ……」
そうやって悔しがるラズールだったが、ひとしきり悶絶したかと思うと、「あ、そうだ」と顔を上げた。
「ラナーシャ殿。よければ私と一緒にお食事でもしませんか?」
「これからするだろ」
「グレイは黙ってろ。……ラナーシャ殿、今すぐにとは言いません。いずれ祖国へとご招待致しますので、どうかご考慮ください。公国のケーキは絶品ですよ」
「ケーキだぁ? あんなもんの何がいいんだ。パサパサしてるだけだろ」
「だからグレイは黙ってろ。それと、ケーキをバカにするやつは許さないぞ。公国のケーキは王国のものとは全然違うんだ。甘味後進国と一緒にするな」
ラナーシャを口説きつつそんなふうにケーキについて力説するラズールを見て、アルシェは「ああ、そうだったっけ」と呟いた。
確かに、ラズールは昔から生粋の甘党だった。特にケーキが好きで、将来はケーキ職人になりたいとも言っていた気がする。
彼のそういう子供のような純粋さが、アルシェは嫌いではなかったのだ。そしておそらく、それはグレイも同じだろう。何だかんだで二人ともラズールのことは嫌いではない。少し面倒くさいと感じる程度だ。
そんなことを考えながら、アルシェはちらりとラナーシャの表情を伺った。
わかりやすいくらいに正面から口説かれているラナーシャはどんな反応をするのだろうと思ってのことなのだが、アルシェの予想に反し、そこには頬をほんのりと染める乙女がいた。
「あ、いや、あり、がとう……。嬉しいよ。いずれお邪魔させてもらおう……かな。ははっ」
――あれ、なんだろうこの感じ。
アルシェはグレイを見やった。グレイと目が合った。
グレイは無言で口を動かす。アルシェはそれを読み取る。――「ま・ず・く・ね?」
我に返ったアルシェはグレイへと頷いた。これは不味いかもしれない。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「いや、こっちこそありがとう。こんなふうに誘われるのは初めてだから……なんだろう、ふふっ、すごく嬉しいよ」
決して満更でもなさそう――と言うより、いい雰囲気になる二人を見て、アルシェは自らの考えを改めた。
やっぱり、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます