15 来たる災厄

 元C6級冒険者であり、盗賊団の団長を務める男――ガブリアス・マターは頭を抱えていた。

 発端は三週間前、いつも通り仕事へ出かけた部下たちがいつまで経っても帰還しないことに起因する。いつもなら遅くとも二週間以内には帰ってくる彼らだが、今回はさすがに長すぎると言えた。

 ――仕事をしくじったのだろうか。

 そんな考えが頭を過る。もしそうだとしたら、その損失は計り知れないものだ。

 ガブリアスが率いるこの盗賊団は、生粋の武闘派集団として裏社会に名を馳せている。中でも今回いなくなった者たちは略奪行為を生業としており、その戦闘力はプロの冒険者にさえ匹敵するのだ。そして何より、それをまとめるイシュー・マークウェルはC8級の元上位冒険者であり、ガブリアスの右腕的存在だった。


「くそっ、ランクありにでも遭遇したか!?」


 そう呟いてから、即座にその考えを否定した。

 イシューたちを返り討ちにしようと思えば複数の上位冒険者で対処に当たる必要があるだろうが、あの慎重な男が、そんな集団にちょっかいを出すとは考えられないのだ。

 そうなると考えられる可能性は一つ――それは、冒険者による討伐隊が編成されたというもの。

 想定していたよりもずっと迅速な行動だが、イシューが自分たちよりも強力な相手に襲い掛かるなどという荒唐無稽な話よりかは、幾分か納得のいく結論だった。さすがに冒険者組合に目を付けられれば命運も尽きるというものである。

 そこまで考えてから、ガブリアスは新たな苦悩に直面する。――それは、王都を撤退するか否か、というもの。イシューたちがやられたと言うことは、自分たちにも危険が迫っていると言えるからだ。

 だが、それはあくまで小さな可能性でしかない。

 本来野盗というのは、その場しのぎで犯罪行為に手を染めるような輩が行うことなのだ。この盗賊団のようにしっかりと組織立ち、なおかつ裏社会にまで根を張るような者たちばかりではない。だからこそ野盗の討伐依頼が組合に持ち込まれたとしても、その野盗たちを殲滅するだけで仕事は終わる。

 そんな前提があるからこそ、多少の危険には目を瞑り王都に居座り続けるという選択肢も残されているのだ。

 新たに裏社会へとコネを築くのは簡単な話ではないし、究極的な話をすれば、まだイシューたちが帰ってくる可能性だって残っているのだから。

 やはり――ここを離れるべきではないか。

 ガブリアスがそんな結論に至ったその時、団長の私室であるこの部屋の扉が開かれた。


「なんだ?」


 低く迫力のある声で、今しがた部屋へと入って来た部下へと問う。

 それに対し、部下の男は慌てた様子で汗を拭う。


「団長、大変ですぜ! 冒険者たちが来やがった!」


 そんな部下の叫びに、ガブリアスの脳は理解に戸惑った。

 ――冒険者だと……?

 冒険者ということは襲撃だろうか。だとしてもなぜ?

 確かにイシューたちに目を付けたのなら、その大本であるガブリアスにも目を付けるのは理解できる。だからこそ王都に残るのは多少の危険を孕んでいると判断したのだ。

 だがあまりにも早すぎるし、冒険者が直接討伐しに来たということは、すでにこの盗賊団の実態が全て明るみに出たことを意味している。

 そんなことはあり得ない――そう考えてから、ガブリアスは自らの思い違いに気が付いた。


「――状況はどうなってやがる!」

「状況も何も、やつら本気ですぜ! めちゃくちゃ強ぇーよ!」


 ガブリアスは取り乱す部下を先導すると、顔を隠すための仮面を手に取り、アジトの一階へと急ぐ。

 ガブリアスの思い違い――それは、イシューたちが討伐されたと決めつけてしまっていたこと。

 だが実際はそうではなかったのだ。イシューたちは冒険者の手によりのだ。

 もしもっと早くその可能性に行き着いていれば、とっくに王都からは撤退していただろう。殺されているならともかく、生きて捕らえられたら待ち受けるのは拷問だ。そしたらたちどころにアジトの場所を割り出されてしまう。

 だが、そんな可能性など思いつくはずないではないか。

 そもそも、ただ殺すことに比べ、対象を生きて捕らえるという行為は途端に難易度が跳ね上がるのだ。殺さないように手加減をする必要があり、なおかつ手足を拘束したところで、魔法の発動を完璧に抑止する方法など存在しないのだから。


(――それをイシューたち相手に実現させただと!?)


 ガブリアスは苦々しく歯を噛みしめる。

 そうなると敵は間違いなく三名以上の上位冒険者だろう。それもB級以上だ。だとしたら、今回の襲撃もそれに匹敵するだけの戦力で行われているに違いない。

 ――果たして勝ち目はあるのか。

 そこまで考えてから、無理矢理に思考を中断する。

 どちらにせよ、勝たなければガブリアスに明日はないのだ。

 やがて一階の広間へと辿り着いたガブリアスは、その場の光景に言葉を失い、呆気に取られてしまった。

 二十名を超える部下は全員が床に突っ伏しており、一人として戦える状態にあるとは思えない。それに対し、無傷の冒険者九人がそれを見下ろしていた。その目はまるで物足りないとでも言うかのように失望の色を灯している。

 何よりも信じ難いのは、私室にいたガブリアスが戦闘音に気付かなかったということだ。少しでも剣と剣が接触すればそれは叶わないはずなのに。

 その事実が意味するのは、圧倒的な戦力により一瞬でこの場を制圧されたということだ。それならば、思案に耽っていた先ほどの自分が気付かなくても不思議ではない。

 そんな事実に絶望していると、冒険者たちの後方で腕組をしている女が、柱の陰にいるガブリアスたちに気付いた。


「おっ、あそこにもう二人いるじゃないか」


 そして軽い調子で淡々と告げるその女の顔に既視感を覚え、やがてその正体に見当が付くと同時に、ガブリアスは簡単に戦意を喪失してしまったのである。




 ◆◇




 上位冒険者昇格試験の試験官を務めるマリノスは、準備ができたという受験者たちと共に盗賊団のアジトに襲撃をかけたのだが、失望を隠せずにいた。

 ――あまりにも敵が弱すぎる。

 ジョットたちを襲った野盗共が、彼曰くプロの冒険者に匹敵するらしく、なおかつ元上位冒険者のイシュー・マークウェルが率いていたとの事実から、この依頼はC8級の難易度に設定されたのだ。だが蓋を開けてみればその実態はC10級以下だった。武装した敵が複数存在するため確かに上位依頼が妥当だろうが、それでも最低ランクが関の山だろう。どうやらプロに匹敵するというのは捕らえられた八人だけだったようだ。

 マリノスは思わず溜め息を吐く。

 結果的に上位冒険者の卵たち六人での襲撃は、少し過剰な戦力だった。これでは受験者たちに合否が下せない。

 そんなことを考えながら適当に辺りを見渡してみると、柱の陰で肩を落としている仮面の男と目が合った。


「おっ、あそこにもう二人いるじゃないか」


 その男を指差しそう呟くと、それを受けた受験者の一人――アルシェが弓へと矢を番え、男の脚へと狙いを定めた。やがて放たれた矢が男へと命中する――と思われたその時、その男は戦意の灯っていない目をしているにもかかわらず、体をずらし難なくそれを躱して見せた。

 その光景を目にし、マリノスの目に光が宿った。

「少し待て」と二射目を番えるアルシェを制止すると、マリノスはその男へと声を投げかける。


「おい貴様! 私と取引をしないか!? 応じるのなら命までは取らないでやる!」


 生け捕りを理想としていたので最初から殺す気はなかったのだが、その言葉を聞いた男の目には少しの希望が宿ったように見えた。

 しめしめ、とマリノスは不敵に笑う。

 アルシェへと指示を出しその隣に立つ男の脚を狙わせると、もう一人とは違い簡単に命中し倒れこんだため、マリノスの興味は矢を躱した男にのみ注がれる。

 マリノスが手招きをすると、その男は大人しく柱の陰から姿を現した。


「おいお前、こいつらのボスか? 名は何だ」

「……ガブリアス。ガブリアス・マターだ」


 そう名乗り、仮面を取った男――ガブリアスの顔には見覚えがあった。

 黒く艶の乗った短髪に筋骨隆々な体躯、腰には幅広の剣を差しており、その三白眼に睨まれた者の体はたちまち恐怖に支配されてしまうだろう。

 マリノスはその男を脳内で検索し――やがて答えを得た。


「……そうか。お前、C級の元上位冒険者か。どうりで躱せるわけだ」


 そんなマリノスの言葉に、まさか自分のことを知っているとは思わなかったのだろうガブリアスが、小さく笑った。


「そう言うお前は“戦神”マリノス・ラロだろ? なぜお前のような大物が……。ああ、そうか。試験官をしてるのか」

「察しがいいな。その通りだ。そこでお前にはこいつらと素手で殴り合ってもらいたい」

「なっ……」


 唐突なマリノスのそんな言葉にガブリアスは驚愕する。


「……そんなのが条件なのか?」

「ああ、そうしたら命までは取らないと約束しよう。と言うよりこれは命令だ。従え」

「わ、わかった、従うさ。だがいいのか? 俺の強さはC6級だぞ?」


 相手になるのか、とでも言いた気なその言葉に、マリノスは不敵に笑った。

 ――やはり、こいつは何もわかっていない。

 上位冒険者の強さとは、所持スキルや肉体の強さ、戦いの知識によってのみ成り立っているわけではない。上位冒険者が強いのは、彼らが上位冒険者であるからに他ならない。強さが彼らを上位冒険者にする一方で、その事実がまた彼らを強くするのだ。

 人の道を外れ、犯罪に手を染め、弱きを挫くようなクズ野郎などに、その志を折られてなどなるものか。


「――冒険者を舐めてんじゃねぇよ、外道が」


 C6級だと? 違うね。全然違う。だってお前はもう、ただの悪党なのだから。

 やがて場を仕切りなおすように手を叩いたマリノスは、上位冒険者の卵たちへと心の中で語りかける。

 ――殻を割りたきゃ、己の力で割って見せろ、と。

 それが上位冒険者としての最初の一歩だ。




 ◆◇




 結論から言うと、マリノスの思い付きで始めた一騎打ちの試験も、結局は上手くいかなかった。

 魔装もなしで、殺すのもなし。そんなルールの下で戦わせたのだが、やはりガブリアスは上位冒険者の器でもなんでもなかったのだ。

 まず最初に名乗りを上げたのがギュンターだった。

 初めの内は互角に打ち合っていた両者だったが、マリノスが決闘を尻目に傷の深い盗賊たちへと回復魔法をかけて回っていると、それを見たガブリアスはどちらにしろ殺されたりはしないと気付いたのか、途端にギュンターの打撃をもらい始めた。要は安心から油断が生じたのだ。

 そしてそれを皮切りにギュンターにボコボコにされると、最終的には右腕を折られることとなった。痛みに絶叫する彼へと回復魔法をかけてやっても、折れた心までは治らなかったようだ。


「――もう、勘弁してくれ」


 三人目のサジウスの手によって顔面を赤く腫らしたガブリアスは、最後にそう言ってマリノスへと泣き付いた。自分の方が押しており、サジウスも満身創痍だったにもかかわらず、手首を折られた途端に降参したのだった。




 あらかじめ連れていた衛兵たちへと盗賊団の身柄を引き渡した後、一行は冒険者組合を目指し歩いていた。

 六人の受験者を労いつつも、あの程度の仕事で全員を合格にするわけにもいかず、マリノスは頭を悩ませる。

 ――やはり、受験者同士で戦わせるべきだろうか。

 それは、あのC8級依頼を見つけるまで、そうしようと考えていたプランだった。受験者同士のリーグ戦となると多少安易な考えと言えるかもしれないが、回復魔法レベル5を持つマリノスの下で行うそれは多少の無理も利くので、ベストな判断とも言える。

 何にせよ、上位冒険者たる者は強くなければ成り立たない。

 二人ずつマリノス自身と戦うのも悪くはないし、グレイやラナーシャが協力してくれれば試験にも幅が出るというものだ。


「んー、やっぱそうするべきか……」


 もうそれでいいか、と半ば投げやりに決断した――丁度その時だった。


 前方から悠々と近付いて来る一つの影。

 それは人型で、全体的な大きさも成人男性とあまり相違ない。

 だがあまりにも異質なその赤黒い全身と、背中から広がる邪悪な両翼が、それを人間だとは認めさせてくれなかった。

 それは今まで見たどの魔物よりも禍々しく、今まで見たどの冒険者よりも強力な気配を漂わせ――。

 それを見たマリノスは、かつて聞かされたこの世界の絶対的強者を脳裏に想起した。


 かつて、当時A3級だった“殲滅卿”ジョット・ナルクラウンが敗走し、上位冒険者の部下二十人を失うという事件があった。その中には彼の妻で元A9級の冒険者――“白雷びゃくらい”カーラ・ナルクラウンも含まれていたという。

 そしてそれを引き起こした存在――



 ――その名は、

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