14 自己紹介
冒険者組合で騒ぎを起こした人物がA級冒険者のグレイ・ナルクラウンだと知り驚きの波が広がったのも束の間、上位冒険者昇格試験の受験者六人は盗賊団アジトの襲撃に備えて相談していた。その様子を試験官であるマリノスと、同行する予定のグレイとラナーシャが見守る。
「依頼のこなし方は自由だと言われたけど、彼女のことだから準備に時間をかけすぎると問答無用で全員失格にされるかもしれませんね」とは、本試験の試験官であるマリノスと知り合いだと言った受験者――クイナ・メリーの言葉だ。
彼女曰く、マリノスはその口調や態度から誤解を招きやすいが、実はとても正義感の強い人間なのだそうだ。だからこそ凶悪な犯罪集団によって傷つけられている人たちは一日でも早く救出してやりたいと考えており、もし受験者たちが足踏みでもしようものなら、自らのギルド『黒三日月』を率いてさっさとアジトへと乗り込んでしまうだろう、とのことだった。
そんな意見に他の受験者たちも同意する。
犯罪組織をいつまでものさばらせておくわけにはいかないという思いもあるが、それ以上に自分たちはプロの冒険者なのである。それも、これからランクを賜ろうとしている上位冒険者の卵だ。そんな人間が六人もいて、なおかつB10級冒険者マリノス・ラロ(ランク9位の大物だが、この等級は単純な戦闘力を基に設定されているためB級止まり)とA10級冒険者グレイ・ナルクラウンの後ろ盾がある現状で、ただの犯罪者相手にもたつく気など微塵もなかった。
そんな中、場を仕切るように三十歳ほどの受験者が口を開いた。
黒の短髪が爽やかでしっかりと鍛えられた大きな体がよく似合っている、先ほどシュナの視線を気にしていた男性だ。自分の発言がきっかけで騒ぎが起こったため、彼自身は何も悪くないにもかかわらず後に皆へと謝っていた。見た目によらず繊細な性格なのかもしれない。その様子を見ていても変わらずぶっきらぼうだったグレイとは大違いだ。
「――とは言っても、元々はC8級の依頼だったということです。捕まった野盗の一人が言うにはトップの男はその元上位冒険者だという男よりも強いらしいですし、おそらくは我々の誰よりも上でしょう。連携も必要になるでしょうから、簡単に自己紹介をしませんか」
そんな前置きの後、男性は自らをサジウス・ミラーと名乗った。メインの武器は剣であり、そのスキルレベルが4なのだとも。
そんなサジウスに続き、他の受験者たちも順に名乗り始める。
アルシェに次いで若そうな二十代前半ほどの赤髪で、レベル4の剣術を持つ男性――ルレット・ロー。
こちらも赤髪で、レベル4の土魔法とレベル3の剣術を持つと誇らしげに語った三十歳ほどの男性――シン・アクチュアス。
飛び抜けて身長が高く、盾術レベル4の他に魔装も得意だと言う三十代後半ほどの男性――ギュンター。
そうやって次々と自己紹介を続ける男たち。人によって開示する情報量に違いがあるが、一人として足手纏いになりそうな人間など存在しない。アルシェはそんな彼らの話を聞きながら、とても心強くなるのを自覚していた。
――これだけ優秀な人間が一堂に会するとは、さすがは大国の都で行われる上位冒険者昇格試験と言ったところか。
冒険者とは最強の戦闘集団だ。生まれつき運動センスのある人間が戦闘訓練を積み、スキルを磨き、筋力を高め、精神を鍛える。そんな中からさらに試験という名の
そしてそんな戦闘集団の中でも総員が五パーセントを切るのが、上位冒険者と呼ばれる通称“ランクあり”である。全員が例外なく一つ以上のレベル4スキルを持つ彼らは、人類最後の砦として人々に認知されている。
そんな者たちとスキル構成においては決して引けを取らないのがここにいる彼らだ。もちろん冒険者としての実力はスキルレベルだけでは測れないが、それでも彼らの実力が本物なのは間違いないと確信できる。
そうやって感慨深い気持ちになるアルシェを他所に、自己紹介は続けられる。
次は明るい金髪をした唯一の女性――クイナである。
「――クイナ・メリーです。現在二十六歳ですが、去年冒険者になったばかりの新米なので経験不足な部分もあると思います。それでも足手纏いとならぬよう尽力する所存です」
そんな彼女の発言に「ほぅ……」と反応を示したのはシン・アクチュアスだった。
「となると、たった一年ちょっとで上位冒険者になろうと? いやはや、それは凄い。尊敬ものだね。最速記録はどれくらいだっけ?」
そんなシンの言葉からは、どこか少し刺々しさが感じられた。
それはその早さに対する嫉妬などではなく、おそらくは長年冒険者として活動してきたプライドによるものだろう。「冒険者を舐めていないか?」とでも言いた気な目をしている。ちなみにアルシェもまだ冒険者歴は二年と似たようなものなのだが、それについては黙っておくことにした。
その雰囲気はクイナにも伝わったのだろうが、当の彼女は気にした様子を見せずにニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。――最速記録はグレイさんの二か月ですね。彼は九歳で冒険者となり、二か月後の試験でそのままランクを得ました。ラナーシャ・セルシスに至っては、十六歳で上位冒険者になると同時にA10級スタートです。ちなみにですが、グレイさんはそのような記録を全部で四つ打ち立てています。『歴代最年少冒険者』、『歴代最年少上位冒険者』、『歴代最年少A級冒険者』、『冒険者デビューから歴代最速で上位冒険者昇格』――です。最後の記録は一位タイですが。……それと確か、ラナーシャさんの十六歳で上位冒険者昇格というのは、歴代四位の若さですね」
クイナはまるで自分のことのように、誇らし気にそう語った。
彼女は全てを完璧に暗記しているのだろうか? 冒険者オタクと疑わざるを得ないその知識量に驚くと同時に、受験者たちの視線は背後で黙って話を聞いていたグレイへと向けられた。
皆が一様に、口をあんぐりと開き絶句している。やがてグレイは次元の違う存在なのだと割り切ったのか、揃って視線をクイナへと戻した。当のグレイは知らんぷりを決め込んでいる。
そんな彼らの反応にクイナは満足している様子である。――ちなみにだが、グレイの隣に立っている美女の正体がラナーシャ・セルシスなのだとは、クイナも含め誰も気付いていないようである。
そんな中、アルシェは彼らとはまた少し違う事実に驚きを隠せないでいた。
(今回の試験に合格したら、僕もラナーシャさんに並んで歴代四位なのか……)
そんな意外な事実に、思わずジョットの下で行ってきた訓練の数々を思い出し、「うっ」と吐き気を堪えた。
冒険者になる前となった後で、合計二年半ほどの年月を彼の下で過ごした。あの壮絶な日々があったからこそ今の自分がいるのだと、アルシェは改めて痛感する。
そしてグレイに至っては、合計で六年もの年月をその訓練に費やしているのだ。彼が圧倒的な才能を持って生まれたのは間違いないだろうが、それ以上に誰よりも努力してきたのをアルシェは知っている。そんな事実もまた思い出すことができ、グレイと共に活動できる誇りを改めて胸に抱く。
そんなことを考えているアルシェを尻目に、クイナの自己紹介は続けられる。
「――ではスキルについてですが、戦闘では火と水の魔法を使用し、
「むぅ、多重発動を習得済みなのですか」
今度の発言はルレット・ローによるものだ。
彼は感心したように自分の顎へと手を添えた。
「それは心強いですね。そして回復魔法まで。……なるほど、試験を受けるだけのことはあると」
「ですが、そこまで情報を明かしてもよろしかったので?」
「はい、構いませんよ――」
クイナはそう答えると、背後を振り返りグレイとマリノスの顔を順番に見やった。
そして「――彼らに少しでも自分を売っておきたいので」と微笑むと、「以上です」と自己紹介を終えた。やがて、まだ自己紹介を終えていない受験者はアルシェだけになった。
八歳の頃から多重発動を可能とする人物――グレイの「別にいらねぇー」という呟きを掻き消すように、アルシェは口を開く。
「アルシェ・シスロードといいます。メインは弓で、他にもちょっとした魔法をいくつか」
そして「剣も多少は扱えますが、おそらく抜くことはないでしょう」と締め括った。
そんな少し何かを含んだような言い方に、背後からマリノスの身じろぎをする音が聞こえたが、何も気にすることはないと己に言い聞かせる。彼女が多少アルシェの剣術に対して疑いを持ったとしても、スキルレベル6に辿り着くことなどありはしないだろうから。
そうやって自己紹介を短く切り上げたアルシェに対し、感心する声が他の受験者からかけられる。
「へぇ、若いのに大したもんだな。レベル4? の弓以外にも魔法を使えるのか。今何歳だ?」
「あ、えっ……と、十八歳です」
先ほどのクイナの話を思い出し、思わずアルシェは己の年齢を偽った。特に大した意味はないのだが。
そんなアルシェの言葉に「あれ、そうだっけ?」というラナーシャの呟きが聞こえてくるが、あえて無視をする。
「十八か。本当に大したもんだな、期待してるぜ」
「ははっ、ありがとうございます」
そんなやり取りを終え、六人の自己紹介は終了した。
そしてマリノスから聞かされたアジトの場所や様子、それぞれの戦闘スタイルを基に、より細かな作戦を作り上げる。
これからランクありの依頼を遂行するという事実から、皆の表情にも緊張感が増していくようである。
そんな中アルシェだけは、「神託の日に生まれ……ん? 十八歳……あれ?」などと考え込むラナーシャの呟きに対し、相変わらず可愛い人だなと心の中で苦笑していた。
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