13 試験と事件
アルシェが無事に上位冒険者昇格試験の申し込みを完了した日から三週間が経ち、ついに試験当日を迎えた。
そんな中、三人は招集時間になるまで冒険者組合の待合室にてテーブルを囲いながら紅茶を愉しんでいた。
「それにしても、予想は大外れだったな」
「本当にね。試験が終わったらこのままここを拠点にしてもよさそうだ」
まだ熱い紅茶を啜りつつ話すグレイに対し、アルシェは同意を示す。
二人が言うのは、ドラゴン襲来事件の事情聴取についてだった。ここへ来るまでは根掘り葉掘り尋ねられると思っていたのだが、予想に反して組合側からの接触は全くなかった。同業者にはたまに興奮したような声をかけられたりもしたが、組合スタッフが接触してこないのは却って気味が悪いというものだ。ラナーシャも考えることは同じなようで、うんうんと頻りに頷いている。
そんな風に時間を潰していると、スタッフルームから何かの書類を片手に出てきた女性によって、受験者の招集が始まった。
彼女が試験官だろうか。肩口で切られた赤茶色の髪をした、三十代半ばほどの女性だ。少し気の強そうなきつい目をしているが、誰もが思わず振り向いてしまいそうな美人だった。
その姿を認めたラナーシャが、ぼそりと小さな声で呟いた。
「彼女は“
「戦神……あの人がそうでしたか」
マリノスという名は世界中へと轟いているため、当然ながらアルシェも知っている。
彼女は元傭兵の天才軍師であり、一桁ランカー最年少でランク9位に収まっている人間だ。そんな彼女を語るのに欠かせないのが、その所持スキルにあった。
――この国で唯一の『回復魔法レベル5』所有者。
ただでさえ持つ者の少ない回復魔法を限界まで極めたのが彼女だ。その実力と人材の貴重さからあらゆる場面で重宝され、凄まじいスピードで冒険者ランキングを塗り替えて行ったと言う。
そんな彼女を待たせるわけにはいかない。教えてくれたラナーシャへと礼を述べると、アルシェは一人席を立ちマリノスの下へと向かった。
やがて集まったのは、女性一人を含めた六人の冒険者たちだった。女性以外はアルシェも含め全員が剣を装備しており、弓まで身に付けているのはアルシェだけだ。そして女性だけが唯一手ぶらでの参列だ。
アルシェ以外は皆が二十代以上だと思われ、断トツで冒険者経験が不足しているのは自分だと言い聞かせる。
そんな六人と運営側の人間が向かい合って並ぶ。
やがてマリノスによって点呼が行われると、試験についての説明が始まった。
「冒険者試験とは違い、この試験は試験官である私の裁量で行う。そのため決まった形式などはない。そこで今回、丁度いいところに一つの依頼を見つけたので、お前たちにはそれをこなしてもらうつもりだ。特にこれといった条件を付ける気はないが、準備から任務遂行までを終始観察させてもらう。場合によってはその都度失格とするかもしれないが苦情は受け付けん。わかったな?」
そんな言葉に、受験者たちは皆一様に頷いた。
「よし。では早速受けてもらう依頼について説明しよう。分別は“討伐”。だが敵は魔物ではなく野盗共だ。――先日、とある冒険者集団が馬車を引いてると野盗の襲撃に遭ったそうだ。そのクズ共は全部で八人おり、内一人は元C級冒険者の男だった。襲われた冒険者たちは野盗全員を生け捕りにし衛兵へと引き渡したのだが、こいつらが中々アジトの場所を割らなくてな。ようやく調べがついたのが昨日のことで、同時に組合へと依頼が入った。衛兵程度では荷が重そうだということで、うちのランクあり共を頼りに来たってわけだ。……もうわかるな? お前たちにはこのアジトを潰してもらう。敵の人数は不明。だがおそらく全員が武装していると思われる。生け捕りにすることが理想だが生死は問わない。そして私がこの依頼を手に取るまで――元々の設定難易度はC8級だった。これはさっき言った元ランクありの最終ランクから設定されている。何か質問はあるか?」
そこまでをスラスラと詰まることなく言い終えたマリノスは、受験者六人の顔を順に眺めた。
するとその中の一人で唯一の女性受験者が、ちょこんと右手を小さく挙げた。
「発言を許可する、クイナ・メリー」
マリノスにクイナと呼ばれた女性は、小さくコホンと咳払いをした。
「はい。――その襲われた冒険者は元上位冒険者を含む八人の野盗を全員生け捕りにしたようですが、それはいったい誰でしょう? 相当な力量の持ち主だと考えます。おそらくはB級以上か、C級が複数人いたか。依頼のこなし方は私たちの自由であるとのことなので、その方たちへの接触も自由ですよね」
「ああ、どんな風に仕事を進めるかはお前たちに任せる。もちろん完全に他者に頼り切ったりしていれば失格になるがな。で、結論だが、残念ながらその冒険者に手伝ってもらうことは不可能だ。彼らは調べ物があって来たと言っており、すでに自分たちの仕事に取り掛かっているそうだからな。……それにおすすめできない。あまりにも余剰戦力だからだ。……殲滅卿の名を知らぬ者はいないだろう?」
そんなマリノスの言葉に、質問したクイナはもちろん、アルシェも含めた全員が驚愕の表情を浮かべた。
「殲滅卿? あの方が参られたのですか!?」
「その通りだ」
「すごっ……。いや当然と言えば当然だけど、その名前が出て来るだけで、なんだかさすがだなぁという気になります」
「そうか。まあそんなことはどうでもいい。他に質問のある者は?」
そうやってあっさりと流されたクイナの言葉だったが、アルシェにも彼女の気持ちはよく理解できた。
“殲滅卿”ジョット・ナルクラウンとはそういう人物なのだ。冒険者のカリスマで、世界最強の冒険者と名高い彼の名には、その息子が親友でありジョット本人とも親交が深いアルシェさえも、どこか気分を高揚させる力がある。
それにしても、とアルシェは考える。
(調べものって、やっぱあれについてだよなぁ……)
ジョットの目的とやらに心当たりがあるアルシェは、誰にも聞こえないように小さく溜め息を吐いた。先日送り出したメルトとシルヴィアが入れ違いになってしまったのは些細なことだ。問題は、ジョットが直々に動いたというところにある。
――あの人のことだから、うやむやにはしないだろう。
そんなことを考えている時、その事件は起こった。
「あの、さっきからジロジロと見ないで欲しいのですが。いったい何でしょうか?」
アルシェの左隣に立っていた男性受験者が、向かって左端に立っていた運営側の女性に対しそう言い放ったのだ。
「勝手に喋ってんじゃねーよ」とドスの利いた低い声で制するマリノスと、特に何も気にすることのない他の受験者たち。そして指摘されてもなお無言のまま目を逸らそうとはしない十代後半ほどの女性。だが、彼らの遥か後方で気を休めていたグレイの表情が、男の発言と同時に突如として強張った。
(――くそッ、油断していた!)
グレイは慌てて立ち上がると、後方から受験者たちの列へと割り込み剣を抜いた。
いきなりの乱入者に訳も分からず受験者たちは押し退けられ、その顔に疑問の表情を浮かべる。そして乱入者が剣を抜いていることを確認した彼らは、瞬く間にその表情に警戒を上塗りした。
だが、そんな彼らには構うことなくグレイは女性を強く押し倒すと、左手で首を押さえ剣を首筋へと添えた。
「――貴様、鑑定持ちかッ!」
そんなグレイの言葉にいち早く反応したのはアルシェとラナーシャだった。
アルシェは今の言葉で全てを理解した。女性が見ていたのは隣の男性ではなく自分なのだ、と。
ことの重大性に気付いたラナーシャは、慌てて集団の中へと入り込むとグレイの身体を女性から引きはがした。グレイの性格から見て、あの剣はただの脅しではないと考えたためだ。もし押し倒された女性がアルシェの剣術スキルを鑑定したなどと言えば、その場で首筋を切り裂くつもりだったのではないだろうか。
あまりにも迂闊だったと、ラナーシャは自らの非を責める。
ドラゴン襲来事件の報告を聞いた者の中に知恵者がいれば、鑑定スキル持ちを自分たち三人と接触させようとする者がいても不思議ではない。いや、そもそも仮面の剣士などという話を信じるよりは理に適っているかもしれない。
女性にもグレイの本気さが理解できたのか、可憐な顔を恐怖に歪ませていた。その目尻には光るものが溜まっていく。
「か、鑑定なんて、知りません!」
「しらばっくれるか!」
「ほ、本当です! あ、アルシェさんの顔に見惚れていただけなんです! それになんですか!? もし鑑定していたとしたらなんだって言うんですか!? 私は国家鑑定士じゃないので他人を勝手に鑑定しても罪には問われませんよ!」
女性の言うことは事実だ。一般の鑑定持ちが無断で他人を鑑定しようと罪には問われない。
だが、その行為はとても失礼なものだとして煙たがられている。覗きのようなものである。法律に触れていようと触れていまいと、不愉快なことには変わりないのだ。特に冒険者間ではその傾向が顕著であり、グレイの言葉を次第に理解し始めた他の受験者たちも、乱入者に向けていた敵意の一部を女性の方にも向ける。
それにそもそも、彼女の視線に反応したのはアルシェではなく、その隣に立っていた男性だった。にもかかわらず彼女は真っ先にアルシェの名前を出した。語るに落ちるというやつである。――グレイは、この女がアルシェを鑑定していたと確信した。
「……おい、もし何か俺の気を損ねるようなことが起きれば、容赦なくお前を殺しにいくからな。法律がどうだとかは関係ない」
そうやって最後に念を押したグレイは、あまり過剰に反応するとアルシェに何か秘密があることを肯定しているようなものだと思い直し、おとなしく剣を鞘へとしまった。実際、女性の方へも多少は注がれているが、周囲の警戒のほとんどはグレイに対してのものなのだ。
グレイが身を退いたことに安堵したのか、鑑定持ちの女性はとうとう涙を流し始めた。
そして「そこまでだグレイ・ナルクラウン」と場を仕切り直そうとするマリノスの腰へと、泣き顔を押し付けるかのようにして抱き付いた。
まるで母親に甘える少女のようなその行動から確信を得て、グレイはマリノスの顔を睨み付けた。
(そうか。お前の部下か、マリノス・ラロ……)
大切なのは、実際にアルシェの剣術スキルを視られたのかどうかだ。
鑑定とは被鑑定者を数分間凝視し続けなければ成功しないのだが、今回は成功したかどうかが微妙なところだった。マリノスが話し出すと同時に鑑定を開始していたとすれば、丁度半々くらいだろう。
「騒ぎを起こして悪かったな。だがお前たちは信頼できない。今回の試験には俺も同行させてもらう。いいよな?」
「ああ、構わないとも。だが受験者の指示には従え」
「わかってる」
グレイはそこを落とし所と決めたようで、それ以上は何も言おうとしなかった。
そして試験の説明の続きを終えると、やがて受験者たちは揃って冒険者組合を後にした。グレイとラナーシャもアルシェの後を追って出て行った。
最後まで組合内に残っていたマリノスと鑑定士の女性は顔を見合わせる。
「バレてたな。完璧にバレてた。私たちが仲間だってことも、シュナがあの小僧を鑑定してたことも全部バレバレだ」
マリノスのその言葉に、鑑定士の女性――シュナは表情を落ち込ませる。
「だが仕方ないなあれは。
マリノスは慰めるようにそう言うと、「それで」と続ける。
「鑑定はできたのか?」
「……ごめんなさい。もうちょっとだったんだけど」
そんな否定の言葉に、マリノスは額へと手を当てると「あちゃー」と本気で悔しがった。
だが、何も収穫がなかったわけではない。グレイのあの勘の良さは、普段からアルシェが鑑定されることを警戒しているからこそ実現できるものだろう。そうでなければほとんどこちらを意識していなかった彼が、受験者のたった一言からヒントを得て、見事にアルシェが鑑定されているということを看破するなど不可能なはずだ。
その警戒心の強さと、あの過剰な反応が何よりの証拠となる。
――ほぼ間違いなく、アルシェ・シスロードは剣術レベル5のスキルを所有しているだろう。それもラナーシャに匹敵するか、それ以上のものだ。
「それにしても、天才共のオンパレードだな。近頃のガキはいったいどうなってやがる」
“剣の女神に愛されし者”ラナーシャ・セルシスから始まり、ナルクラウン一族次期当主のグレイ・ナルクラウン、そしてアルシェ・シスロードだ。
アルシェに至っては弓術スキルまでもレベル4を持っていると言うではないか。王国三人目の
そんな天才だが、まだ今年十七歳を迎える年齢だと言うではないか。ラナーシャに匹敵する超ド級の天才少年と言えるだろう。そんな彼らとは仲良くしておきたいというのが本音だったが、少し失敗したな、とマリノスは息を吐いた。
「まあ何にせよ、もう許可なく鑑定するのはなしにするぞ」
「はい……」
今回失敗したからというのはもちろん、グレイ・ナルクラウンの存在が気がかりだった。
構成スキルだけを見れば――グレイも何かを隠している可能性があるが――怖いのはアルシェとラナーシャだろう。だが、本当に敵に回してはいけないのはグレイの方だ。そうマリノスの勘は告げている。
(あの風格はなんだ……。あれで十代だと? ふざけるな。一桁ランカーと比べてもほとんど遜色ねーぞ)
圧倒的なカリスマ性を彼からは感じた。後天的には決して得られないような、生まれ持った王者の風格という奴だ。あくまでも個人の感想だが、その度合いはかの“殲滅卿”ジョット・ナルクラウンよりも勝っているかもしれない。少なくとも、自分のものとは文字通り格が違う。
マリノスは今日の失敗に対して改めて息を吐くと、隣でまた涙を浮かべ始めたシュナの頭を撫でてやりながら冒険者組合を後にした。
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