12 スキル鑑定

 かつてより常々、有望な若者を見つけたら俺の訓練を受けさせに来いとジョットから言われていたので、メルトとシルヴィアの弟子入り許可などはわざわざ貰わなくても大丈夫だろう。そのような考えから手紙で伺いを立てるなどはせずに紹介状を書くだけに止め、雇った冒険者を護衛に付けて二人をジョットのギルド『殲滅の旅団』が拠点を構える都市――サリシャスへと送り出してから、今日で丁度一週間が経過した。

 現在アルシェ、グレイ、ラナーシャの三人は、キルト村の最寄りの町で久しぶりにプロの冒険者だけで仕事をこなしていた。先週までは丸一カ月近く、メルトとシルヴィアを連れ立ってプロの仕事を見学させており、どうしても行動には制限があったのだ。


 この一カ月近く彼らと過ごしてみて、二人の実力もある程度把握できた。

 まずメルトだが、魔装の才能に目を見張るものがあった。村でも数少ない魔装を使える人物――ラナーシャの両親に幼い頃から教わっていたらしいのだが、それを差し引いても、十分に才児だと言えるだけのポテンシャルの高さを感じることができた。

 基本となるその出力は魔装を苦手とするアルシェやグレイを上回っており、魔装を纏う個所の限定化などといった操作技術までも、昔からジョットの下でさんざんしごかれてきた二人に匹敵するレベルである。ちなみに、アルシェの知る者の中でこの操作技術に最も優れた人物は他ならぬジョットであり、本来魔装を苦手とする彼は出力の操作技術を極めることによってその弱点を十分すぎるほどに補っているのである。

 次にシルヴィア。彼女はメルトとは対照的に、アルシェたち以上に魔装を苦手としているようである。まだ幼いため一概には言えないのだが、両親の下で数年間魔装の訓練を行ってきたと言う割には、出力・技術共に未熟な印象は拭いきれない。今スキル鑑定を受けさせても、おそらくレベル0と出るだろう。

 だがその未熟さが不思議に思えるほど、剣術の才能はずば抜けていた。それはメルトの持つ魔装の才能以上に目立ったものであり、冒険者として経験を積めば将来的にレベル5に到達できるのではないかとさえ思える程だった。さすがはラナーシャの妹と言ったところか。


「二人を合わせると私のようだな」とはラナーシャの弁で、故郷の後輩たち――それも一人は妹――が自分と似ていることをとても喜んでいた。特にシルヴィアに剣の才能が受け継がれていたことが嬉しかったようだ。実際、突然できた妹が可愛らし過ぎたのか、いつもデレデレしていた。恥じらいからか彼女自身は平静を装っているようだったが、全く隠し切れていないのはご愛嬌だ。

 仕事を終え町へと帰還中のアルシェがそんなことを思い出していると、隣を歩いていたラナーシャが思い出したかのように口を開いた。


「なあ、ふと思ったのだが、アルシェはそろそろスキル鑑定をしてもらうべきじゃないか?」

「鑑定? 弓術スキルですか?」


 アルシェがそう問うと、ラナーシャは沈み行く夕日の中で頷いた。


「ああ。お前の弓の腕はレベル3程度には収まらない気がするんだ。今までたくさんの弓使いを見てきたが、一位二位を争う腕前だぞ。もちろん殲滅卿は除外するがな」


 ラナーシャがアルシェと出会ってからすでに二カ月ほどが経ったが、その考えは当初から抱いていたものだった。

 アルシェの弓術を初めて目にしたのは、巨人の森でオーガを倒した時のこと。

 彼はあの時、前衛の守護もなく生身でオーガへと立ちはだかったにもかかわらず、巨体を豪快に揺らし迫り来るオーガに対し気負う様子を微塵も見せなかった。しかも両者の距離は、もし初撃を外せば二発目は間に合わないほどに短いものだったのだ。いや、外さずとも、命中した箇所が腕や肩だったならオーガを一撃で絶命させることは不可能だったはずだ。余った勢いのままオーガの攻撃はアルシェへと届いたかもしれない。逆に距離が近いからこそ命中させる自信があったのかもしれないが、それでもかなりのプレッシャーを感じるのが普通だろう。

 そんな中で冷静に自らの技を駆使し確実にオーガを仕留めたアルシェの様子からは、レベル3程度の腕前では決して持ち得ないほどの自信を感じさせたのだ。

 そんなことを伝えると、当のアルシェは唸るように思案気な表情を浮かべる。そんな彼に代わり口を開いたのはグレイだった。


「何にせよ、そろそろレベル4に達していてもらわなきゃ困るんだがな」


 その言葉に、ふとアルシェの表情が固まった。


「……確かに」

「なんだ? なぜ困るんだ?」

「いやぁ、そろそろレベル4に達してないと、今年の分に間に合わないんです」


 少し申し訳なさそうに紡がれたそんな言葉に、ラナーシャにも彼らの言葉の意味が理解できた。


「……そう言えば、上位冒険者が三人必要だったな」

「はい……」


 彼らが言うのは、新しく結成する自分たちの冒険者ギルドについてだった。

 冒険者ギルドを新規で結成するには、最低でもメンバーに上位冒険者が三人必要なのだ。ギルドの幹部を三人以上のランクありで固めなければ結成は認められない。

 この一月の間でラナーシャがメンバーに加わることを了承したのだが、それでもまだ人数が足りない。だからこそアルシェが上位冒険者にならなければいけないのだが、今年の上位冒険者昇格試験の申し込み期限があと二か月くらいで切れてしまう。そしてその受験資格が戦闘系スキルでレベル4以上を所持していることなので、そろそろレベルが上がっていないと間に合わないのだ。

 メルトとシルヴィアの前でした「俺たちは一年後にギルドを結成する」というグレイの宣言が、アルシェのせいで嘘になってしまう。


「まあ、大丈夫だとは思うがな。俺もアルの弓術スキルは4に達してると思うぜ。だからこそ問題は試験本番の方だよ」

「ははっ、ありがとう。……じゃあ、とりあえず鑑定だけでも一度してみようか」

「ああ、明日の朝には発とうぜ」


 そうやって、アルシェがスキル鑑定をすることで話はまとまった。

 三人が向かうのはデスティネ王国の王都アレスだ。最寄りの鑑定所が王都にしかなく、なおかつ上位冒険者昇格試験は冒険者試験以上に実施される地域が少ないため、今から試験に間に合おうとするなら王都へと赴くしかないのである。

 三人は二か月前のドラゴン襲来事件のことを思い出し、色々と面倒に巻き込まれそうだと辟易する。




 ◆◇




 それからおよそ三週間と少しが経ち、三人は王都アレスにあるスキル鑑定所へと辿り着いた。

 その石造りの古い建物は、一見すると大きめの民家とあまり相違ない。だが国家に属する公的施設なだけあって、どこか厳粛とした雰囲気を感じさせた。

 三人はこじんまりとした職員の詰め所をスルーすると、本館の扉を開けて中へと入った。

 そして辿り着いたのは、冒険者組合をそのまま小さくしたような一室だった。グレイとラナーシャは待合用の椅子へと腰を下ろすと、それを確認したアルシェは唯一の受付へと向かった。

 受付スタッフの男性へと冒険者カード――プロ冒険者としての身分を証明するもの――を提示する。


「下位冒険者のアルシェ・シスロードです。弓術のスキル鑑定をお願いできますか?」

「はい、もちろんです。今すぐ鑑定なさいますか?」

「お願いします」


 そう答えると、アルシェは奥の部屋へと通される。冒険者は身分を提示することで戦闘系スキルの鑑定料が免除されるため、金銭のやり取りは介在しない。

 一部屋だけ何もない部屋を経由すると、そこは鑑定室だ。一辺が三メートル弱の狭い個室の中央に小さな机が置かれ、向かい合うように二脚の椅子が並べられていた。

 アルシェが奥側の椅子に座ると、後からやって来た四十代くらいの男性がもう一つの椅子へと腰かけた。男性の胸には国家鑑定士であることを表すシルバーのバッジが付けられている。

 男性は恭しく名乗ると、一辺二十センチほどの正方形の紙を取り出した。


「では、弓術スキルの鑑定を行います。何かご質問は?」

「いえ、大丈夫です」

「わかりました。では」


 そんな簡素なやり取りを終えると、男性は机に紙を広げ右手にペンを握ったまま、アルシェの額辺りを見つめるように固まった。

 まるで頭の中を見透かされているかのようなその感覚に、久しぶりながら思わず感嘆してしまう。実際には何も感じないのだが、鑑定士の集中力に引き寄せられるかのような錯覚がするのだ。

 鑑定士が持つ技術――これも『鑑定』という立派なスキルだ。ただこのスキルが異質なのは、その他のスキルとは違いレベルが存在せず、保有者も生まれると同時に先天的に授かるというところだ。それ以外の獲得方法は存在しないと言われている。

 ちなみにだが、国家鑑定士が依頼されたスキル以外の鑑定を無断で行えば犯罪となるため、アルシェの剣術レベル6がバレるという心配はない。鑑定前の名乗りにはそういう意味も込められている。要は「信用してくださいね」ということだ。

 やがて時間にして三分ほどが経つと、男性は一瞬驚いた様子を見せるが、気を取り直して手元の紙へと文字を書き込んでいく。

 そして出来上がった紙へと鑑定士を判別するためのサインを記すと、そのまま向かいのアルシェへと手渡した。


「少し驚きました。あなたくらいのお歳でここまで一つのスキルを極めておられる方は、とても珍しいので」


 などと男性は感想を漏らした。だがそれ以上は何も言おうとはしない。被鑑定者の詮索もまた違法であるためだ。

 アルシェはそんな男性へと礼を述べると、手元の紙へと視線を落とした。

 そこには、鑑定所特有の特殊なインクで文字が綴られていた。用紙の下部には鑑定士の名前とサイン、そして中央では何やら堅苦しい言葉で飾られた一つの数字が己の存在を主張している。

 アルシェはそれを見て、思わず「よしっ」と呟いた。


「お疲れ様でした」

「はい、ありがとうございました」


 鑑定を終えたアルシェは男性と共に鑑定室を出ると、待ってくれていた二人と合流した。


「おう、お疲れー」

「ありがとうグレイ。ラナーシャさんもありがとうございます」

「気にするな。それで、どうだった?」


 そう問いかけてきたラナーシャに対し、アルシェは満面の笑みを返す。

 それを見たラナーシャも嬉しそうに頬を緩めた。


「おめでとう。やったじゃないか!」 

「はい、やっぱ実際に鑑定結果が出ると嬉しいものですね」

「とりあえず第一関門は突破だな」

「うん、このまま試験にも合格して見せるよ」


 鑑定士のあの反応からもわかるように、十七歳を目前としたアルシェの年齢でレベル4のスキルを習得するというのはとても非凡なことなのだ。幼い頃からグレイと共にいるためあまり実感は湧かないが、世間一般的には十分に天才という評価を得られるだろう。

 初めて弓を手に取った時のことを鮮明に覚えているアルシェには、そんな事実が嬉しくて仕方なかった。剣術とは違いレベル0から始め、努力の末に得た確かな成長の実感であった。

 本当に大変なのはこれから。上位冒険者と上位冒険者昇格試験の受験資格保持者との間には決して無視できないほどの差が存在するのだから。

 それを十分に理解しているアルシェは気を引き締めつつも、早速試験の申し込みへと向かうその足取りは軽いものだった。

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