The Masked Swordsman

11 新たな動き

 冒険者ランキング9位“戦神いくさがみ”マリノス・ラロは、個人ランキングで100位以内に入っている女性冒険者四人の内の一人だ。傭兵団の団長をしていた過去を持ち、そんな彼女が率いていた傭兵団を丸々冒険者ギルドへと転身させた経緯を持つ。

 そして三十五歳の最年少一桁ランカーでもある彼女は今――憤慨していた。


「それで、あの小娘よりもずっと強いとか言う仮面の剣士は見つかったのか!?」


 誰ともなくそう叫んだマリノスの問いには、彼女の背後に控えていた冒険者組合所属の調査員が答えた。


「まだですね。存在は確実視されていますが、その尻尾すら掴めていません」

「はっ、組合の調査能力も落ちたものだな!」

「申し訳ございません」

「……ラナーシャめ、いったい何を隠していやがる」

「隠している……ですか?」

「ああ、そうだよ」


 ラナーシャは何かを隠している――それが何なのかは不明だが、マリノスはそう確信していた。

 事の発端は三か月前に遡る。それはある日、王都の北に広がる巨人の森奥地に古代の龍王と呼ばれる魔物が出現した件からだった。これを発見したのが“剣の女神に愛されし者”ラナーシャ・セルシスとナルクラウン一族のグレイ・ナルクラウン、そしてアルシェ・シスロードという少年の三人なのだが、同時にその場でドラゴンの討伐に成功したと言うではないか。

 そして彼らが話したという、ラナーシャよりも強い、仮面を被った謎の剣士の存在。

 どれかはわからない。――どれかはわからないが、確実にこの話には嘘が含まれている。


「アルシェ・シスロードか……」


 そんなマリノスの呟きに、別の組合職員が反応した。


「彼がどうかしましたか?」

「……ちっ、わからねぇ雑魚は一生わからねぇまま黙ってろ」


 そんなふうに一蹴したマリノスは、かの少年へと思考を馳せる。


(アルシェ・シスロード……かつて、殲滅卿の旦那が息子と共にB2級のドラゴンを討伐した際にもその名を見た。これは偶然か? くそっ、やはりあの時に調べるべきだったか……)


 仮面の剣士は自らの正体を詮索されたくないと言った。

 ――小僧共が、バカげた嘘を吐きやがって。

 その話を聞かされた時、マリノスは心の底からそう思った。

 ――そもそも龍王を相手に剣士がまともに戦えるわけないだろバカか一回死んどけよ。

 だがその後の調査で、現地には確かに壮絶な戦闘痕があったが、致命傷は剣によって付けられたとの調査結果が出た。マリノスは先ほど組合の調査能力も落ちたものだ、と言ったがこれは決して本心ではなく、その能力の高さは十分に認めている。そんな彼らが厳密な調査の末にそう判断し、仮面の剣士が実在すると言ったのだ。ならば間違いなく――ドラゴンと正面切って戦える剣士が、この世には存在するのだろう。

 ラナーシャが隠していることとは、その剣士が本当に第三者なのか、それともラナーシャ自身がそうなのか、あるいはグレイかアルシェがそうなのか、いったいどれだ、ということだ。

 古代の龍王というとてつもない存在が王都の近くに住みついたのだ。そんなイレギュラーな状況で、それを倒せるというよりイレギュラーな存在が現れた。にもかかわらずそれをみすみす帰らせるなどというミスを、彼女ほどの冒険者が犯すとは考えられない。

 少なくともその剣士についての情報をもう少し持ち帰ってくるべきだった。にもかかわらず背丈や体型、声の特徴や使っていた剣の外観すら報告しなかったのだから、何かを意図的に隠しているのは間違いないだろう。

 そこまで考えてから、マリノスはハッと表情を改めた。


「まさかあの小娘……とうとう見つけたのか!? 理想的な王子様とやらを!」

「はぁ? なんですか、それ」

「バカめ、決まっているだろう! 未来の夫のことだ!」

「はぁ……」


 ラナーシャほどの人物がどのギルドにも属していないことは異例だ。当然のように各ギルドによる争奪戦が繰り広げられている。そしてそれは、かつてのマリノスも例外ではなかった。

 ラナーシャがギルドに入らない理由は単純明快だ。まず間違いなく、彼女が女だからだろう。それもただの女ではない。冒険者の中でも指折りの強さを誇る絶世の美女だ。ギルドになど入ろうものなら、内部のいざこざを招いてしまうのは間違いない。

 だからこそチャンスだと思った。

 マリノス率いるギルド『黒三日月くろみかづき』には、マリノス自身を含め八名もの女性が所属している。これならばきっとラナーシャの抵抗も小さいだろう。彼女ほどの戦力が手に入るのならば、多少何か問題が起きても、取り返しが付かないようなものでなければ十分にお釣りが出る。

 実際、彼女を勧誘した際は小さくない手応えを感じた。だが、ギルドのとある方針を告げると、それまで乗り気だったラナーシャの表情に陰りが見え始めた。

 あの時、マリノスはこう言った。

 ――『私が結婚するまで、所属する女は恋愛禁止だ』

 それに対しラナーシャは理由を聞いてきた。疑問に思うのも当然だろう。だからこう続けた。

 ――『先を越されると私が悔しいからだ』

 マリノスはあの時の、ラナーシャの心底嫌そうな表情を一生忘れない。

 そして、誰にも会話を聞かれていないことを確認するように周囲をキョロキョロと見渡したかと思えば、頬を赤く染めつつそっぽを向き、恥ずかしそうに言ったあの言葉も一生忘れない。

 ――『そのルールは守れない。すまない。……きっと、五年以内には、その、あ、現れる予定……だから。……私の、王子様』

 当時のラナーシャを思い出し、そしてそんな彼女の言葉を前にしてもなおルールには手を加えないと言ったことを後日部下にネチネチと責められたことも思い出し、マリノスははらわたが煮え返る思いだった。


「あんの小娘がっ……! だから隠してるのか!? その剣士が王子様なのか!?」


 そんな理不尽な怒りの意味がわからず、二人の組合職員は揃って首を傾げている。

 そんな彼らを尻目に、マリノスは再度ハッと表情を改めた。


「しまった。私としたことが……。大丈夫、私もまだ小娘だ。そう、まだ小娘だから大丈夫。いつか結婚できるに決まっている」

「……まあ、頑張ってください」

「ああ、私はまだまだ頑張れるぞ! その剣士があの小娘の王子様だと言うのなら、この私が奪い取ってやろう!」


 そう宣言したマリノスに対し、組合職員はとうとう不快感に顔を顰めた。

 それを見たマリノスは呆れたように息を吐く。


「バカめ。冗談だ」


 結婚願望と当時の悔しさは冗談ではないが。


「――とにかく、やつが何かを隠しているのは間違いない。その正体を私が突き止めてやる」


 古代の龍王が発見された件。その調査で発見された龍王の巣からは、ある男のものとされるナイフが見つかった。

 ――冒険者ランキング12位(当時)“疾風迅雷”デッドリア・ルーズベルト。

 事件の10日前から行方がわからなくなっていた優秀な冒険者だ。――そして、マリノスの傭兵時代の師匠でもあった。


(ふん……。あんなジジイに思い入れはないが、恩人であることに変わりはない。事件をうやむやの内に片付けるのは寝覚めが悪ぃいからな)


 そして、王子様がどうだなどと浮ついたことを言っていたラナーシャが(自分のことは一旦棚の上へ)、死んだと判断されたデッドリアの後釜としてランキング12位に収まったことも、少しだけ気に食わない。

 ランキング12位が空いたのだから、それまで13位だったラナーシャが繰り上がってその順位に収まるのは至極自然なことだ。それは理解できている。

 だが、彼女はまだ二十三歳だったはずだ。その順位はそんな小娘のためにあるわけではない。

 もちろん、その歳でそれだけ若い番号を持つ彼女への嫉妬もあるだろう。それくらい自覚できないほど、マリノスは自らに対して盲目ではない。――そう、自覚していてなお、気に食わないのだ。

 ――ランキング12位その名を名乗るのなら、せめて私にだけでも真相を明かすべきだ。


「――別に、あんなジジイのことはどうだっていいんだがな……」


 マリノスは憤慨する。

 何かを隠している三人の若造に。二十三歳の若さで12位に就いた小娘に。そしてあっさりと死んでしまったくそジジイに。

 マリノスは頭を抱えながら、組合職員へと告げた。


「それで、お前たちの元々の用件は、次の上位冒険者昇格ランク獲得試験で試験官を務めてほしいというものだったよな」


 組合職員が受験者の名を読み上げた時、確かに聞いた。――弓術スキルで受験資格を満たしたという、アルシェ・シスロードの名を。

 マリノスはニタリと嗤った。


「――いいだろう。その依頼、受けてやる」


 試験開始は、今からおよそ三週間後のことだ。




 ◆◇




 素行不良や犯罪行為などで冒険者組合から除名された元冒険者たちが行き着く先はフリーランスで依頼をこなす冒険者――冒険士(アマチュア冒険者とは定義が異なる)がほとんどで、全体のおよそ五割を占めている。

 その他には、主に魔物との戦闘を仕事とする冒険者とは違い、人間同士の戦争に雇われの身として参入する傭兵となる者が二割。大小を問わず何かしらの犯罪組織に身を置く者が二割。残りの一割がそれ以外の戦闘とは無縁の仕事に就く。

 一年ほど前に口論となった同じパーティの冒険者を執拗に殴り負傷させた、C8級の元上位冒険者であるイシュー・マークウェルは王都を拠点とする野盗団に身を置いていた。

 野盗団にとって元上位冒険者であるイシューは貴重な戦力であり、また常人より遥かに頭も切れるため、入団一年にして組織のナンバー2として君臨していた。

 王都を出入りする商人には金持ちが多く、襲撃に成功すればかなり甘い汁を吸える確率が高い。だが同時に護衛の冒険者の数や質が高いことを意味するため、相当な手練れ集団でなければまず襲撃は成功しない。そんな問題を解決したのがイシューの加入だった。

 イシューの所属する野盗団が王都に拠点を移したのが半年前のことで、これまでに成功した略奪行為は三件だけだ。だがその三件で得た収入は決して低くなく、仕事効率はかなり良いものだった。何よりも襲撃の数を減らせるということは自分たちの存在や情報を明かすリスクの減少に直結するため、衛兵や冒険者の初動を遅らせる効果もある。

 もっとも衛兵程度ならともかく、さすがに上位冒険者などが討伐に動き出した怖いので、あと一つか二つ仕事をこなしたらもう一度拠点を変えるつもりでいるのだが。

 そんなイシューが仕事を行う際は、まず襲撃予定地点で通行人を見張り続け、標的を決めるところから始まる。対象の身なりや護衛の質を観察し、元冒険者としての知識や勘から襲撃の成功率に概ねの予想を立てるのだ。

 そして標的を決めると尾行を開始する。決してすぐには襲ったりしない。王都を出入りする商人というのは大多数が王都で商売を行い、そして金銭を得て本来の住処へと帰って行くのである。つまりは帰り際を襲撃する方が見返りが大きくなるのである。

 ちなみに対象の尾行には、本当にその商人らしき人間が商人なのかや、襲撃に成功した際の収入の見積もりは正しいのか、護衛の追加を行わないかなどを確認する意味がある。

 だが、そうやって慎重に仕事をこなすイシューにも例外はあった。それは、張り込みの際にあまりにもカモな対象を見かけた時である。護衛の質や数が明らかに悪い者や、にもかかわらず自らが金持ちであることを周囲へと見せびらかすことを愉しんでいるような、そんなバカがそれに当たる。

 そういう人間は見つけ次第襲うに限る。襲撃の成功率が高いのはもちろん、イシューの経験上、そういう人間の多くは旅先の都市で散財する傾向にあるからだ。

 そしてこの日、イシューは王都へと拠点を移してから初めてその類の人間を見つけた。さすがに王都ほどの大都市を相手にする金持ちとなるとそんなバカはいないな、と考えていた折のことで、イシューの四肢に力が漲った。


「いつも通りやるぞ」


 イシューを含め、襲撃部隊の人数は八人。部隊が重くなり過ぎず、かつ冒険者の平均パーティ人数の4.5人を上回る理想的な数字だ。

 イシューの言葉に、仲間たちから同意の声が上がる。

 今回の対象はとびっきりのバカだ。まず、引き連れている冒険者らしき者は二人だけ。護衛の人数は単純な戦力だけでなく、襲撃に気付く早さや連携のバリエーションにも直結するため、素人が想像する以上に不利なのだ。

 そして冒険者二人の後方で馬車を操るのは、おそらくどこかの富豪であろう若い男だ。その身なりは豪華で、まるで襲ってくださいとでも言うかのように装飾が太陽光を反射している。運んでいるのは葡萄酒か何かだろうか。馬車には大量の樽が敷き詰められていた。


「ふはは、今夜は宴か?」


 そう呟くと、仲間たちから下卑た笑い声が上がる。

 イシューは仕事の成功を確信しつつ剣に手をかけると、張り込みを行っていた崖上から一気に斜面を滑り降りた。最も戦闘力に優れるイシューを含めた四人が標的の前方へと降り立ち、残りの四人が馬車の後方へと降り立った。特別な地形や作戦が必要となる状況を除けば、最も単純で最も有効な戦い方だ。

 イシューは冒険者二人の意識を前方へと引き付けるため、あえて標的へと話しかける。


「おい、痛い目に遭いたくなければ金目のものを置いて行け」


 もちろんイシューには彼らを逃がすつもりなどない。死人に口なしだからだ。

 だがそんなありきたりな脅し文句に、三人からの返事はない。怯えているのかとも思ったが、旅装束のフードの奥はどうやらそんな様子でもなかった。

 イシューは訝しみながらも、一歩ずつ対峙する冒険者へと歩み寄った。

 そんな中、冒険者の一人で、唯一弓を装備していた男が口を開いた。


「……本当、こうしているとバカがよく釣れる」

「……は?」


 その瞬間、その男の右腕が青白く煌めいた。

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