08 彼女の提案

 デスティネ王国、王都アレス。

 アルシェたちが古代エンシェント龍王ドラゴンロードの死骸の場所を教えると共に鱗と牙――ドラゴン種の討伐証明部位――をセットで提出した際、冒険者組合では誰がどうやって討伐したのかが話題となった。

 アルシェのことを正直に言うわけには行かず、だからと言って三人で倒したというのは信じてもらえない。かつてジョットとグレイ(とアルシェ)がB2級相当の魔物を倒した際は信じてもらえたが、あれはジョットの方がラナーシャよりも組合からの評価が高く、なおかつドラゴン種に対し有利なスキル構成をしているという事実があったからだ。そして何より、古代の龍王は当時の敵よりもずっと強いため信じてなどもらえるわけがなかった。

 そこで三人が取った行動は、『顔を仮面で隠した謎の天才剣士が共闘してくれた。彼の正体に心当たりはなく、また彼自身も正体を詮索されることを嫌がっていた。ただ一つ言えるのは、彼がラナーシャ以上の剣の使い手であるということだけだ』などという嘘で誤魔化すことだった。これは苦肉の策としてグレイが提案したものだったが、その実適当なことを言って楽しんでいるだけなのは明白だった。

 ちなみにだが、真っ二つになって絶命したドラゴンの死骸や周囲の草木には戦闘痕を残すという細工を施してあるため、その方面での心配は不要だ。

 そうやって何とか誤魔化しつつも、アルシェ、グレイ、ラナーシャの三人は未だ喧噪に湧く組合を出て、その心労から揃ってため息を吐いた。


「……もう一度言っておくが、アルのことは他言無用だぞ」


 そう最初に口を開いたのはグレイだ。


「こいつの力はな、その気になれば国くらい簡単に落とせるものなんだ。だがそれでも、国家規模の戦力に正面切って勝てるような力じゃない。あくまでも個人としての力だ。……この不安定さが理解できるか?」


 そんな言葉にラナーシャは神妙に頷いた。


「心配するな。ちゃんとわかっている」


 確かにアルシェの力は不安定と言える。

 圧倒的な強者とは、常にあらゆる分野で他者より優れていることが多い。ドラゴンにしてもそうだ。彼らは高い筋力と空を駆ける機動力の他にも、鱗という天然の鎧と人間などでは太刀打ちできないだけの五感の鋭さを備えている。

 だがアルシェはどうだろうか。

 彼は剣術だけを見れば単独でドラゴンをも倒せる人間だ。グレイの言う通り国を落とすことだって容易いはずだ。だが遠方から弓の一斉掃射を受けたら、剣の届かない場所から魔法の絨毯爆撃をされようものなら――きっと彼は死んでしまうだろう。いや、もっと簡単に倒す方法だってある。寝込みを襲えばいい。子供でもその気になればアルシェくらい簡単に殺せてしまえるのだ。


「……ふん、だったらいいけど」


 ラナーシャの返答に納得したのか、グレイはそれだけを言うとそっぽを向いてしまった。

 そんな彼の様子を見て、ラナーシャはあることに気が付いた。

 ――なんだ、友達思いのいい奴なんだな、と。

 いや、当然と言えば当然なのだろう。彼らは幼き頃から仲が良いと聞いた。だがこの三日間である程度把握していたつもりだった彼の性格では、このように友達を心底心配するようなイメージではなかった。もっと無愛想で他者を寄せ付けないような性格なのだと。

 アルシェはともかく、グレイの名は冒険者の間でもそれなりに有名で、話題に挙がることもある。そんな中で耳にした話では、彼は性格に問題があるため一部の人間を除いてはなかなか他人と共に依頼をこなすということがないのだそうだ。そしてアルシェは、グレイにとってその『一部の人間』に当たるのだろう。

 彼らのとっておきの秘密を知ったからか、ラナーシャは二人へと親近感を抱いていることを自覚する。彼らとはたった三日間の間柄だが、アルシェとグレイの関係が良好なのは、なんだか嬉しいものがあった。そして少しの羨望と。

 思わず温かいものとなってしまうラナーシャの視線に気付き、今度はアルシェがこちらを見た。


「……どうかしました?」


 そう問いかけてくる彼に対し、ラナーシャは笑って誤魔化すことにした。


「いや、なんでもないよ。ただ……グレイが言っていた、アルシェの強さはA級のものではない、という言葉の真意を理解して、少しカッコいいなと思っていただけだ」

「かっ……いえ、グレイは知りませんけど、僕は本当に自分なんてA級には遠く及ばないと思っていますよ。僕はこの力があまり好きにはなれませんから」


 ちなみに剣術レベル6については、アルシェは他者から与えられた力だという理由で忌避(それでも頼ってしまう自分のことも忌避している)し、グレイはそれでもアルシェの力には変わりないのだから誇るべきだ、という認識をしている。

 その認識の差を巡って二人が衝突するということはないが、そういう経緯があるのもまた事実だった。


「ああ、そんなことを言っていたな。……私も似たようなものだからわかるよ。確かにアルシェのものとは違い、私は才能だけでなく血の滲むような努力の上に今の自分があると思っているが、それでも今から思えばの話だ。昔は自分の力がとても嫌いで、毎日のように自らの不幸を呪っていた。だが、この力のおかげで生きて来られたのも事実だし、この力のおかげで助けられた命だってある。……力を認めて生きるか、頼らずに夢を追い続けるかは個人の自由だが、どういう道を選んだとしても、私は君には堂々と生き続けてほしいと願っている」


 と、そこまで言ってから、ラナーシャはいつの間にか説教をしているかのような自分に気が付いた。

 こんな話をするつもりはなかったのに、とおどけたように肩をすくめると、アルシェが小さく微笑んでくれた。


「ふふ、ありがとうございます」

「気にするな。……そうだ、ところでこれから二人はどうするつもりなんだ?」


 そう問われ、アルシェとグレイは顔を見合わせた。


「あはは、さて、どうしようかな」

「どうしようも何も、このまま王都に残っても面倒事に巻き込まれるだけだぞ?」

「そうだよな……。まあ、残る理由は確かにないね」


 アルシェとグレイが活動拠点を王都に移したのは、ただ活動の幅を広げたいというためであり、明確な理由などはなかった。要は都会ならばどこでもいいや、といったものである。

 今回の龍王事件のせいで、事後調査に動く冒険者組合の調査員たちから質問攻めに遭うのは間違いないだろうし、噂を聞きつけた周囲の冒険者からも好奇の眼差しを向けられるのは目に見えている。だが組合へは知っていることを全て話したし、仕方がないとは言え嘘を吐いている身ではあらぬボロをも出しかねない。もう調査に協力できることはないだろう。スキルレベル6の存在を秘匿したいこちら側からすれば、嘘を交えたとはいえしっかりと報告しただけでもありがたく思ってほしいとさえ思っている。

 それら諸々の事情から、到着三日目にして早くも王都からは立ち去るべきだろうと判断する。幸いにも、龍王の討伐証明で得た多額の臨時収入が手元にはある。


「というわけで、とりあえず王都からは離れることになりそうです」

「そうか。行く当てはあるのか?」

「いえ、何もないですね」


 そう即答したアルシェに、ラナーシャは思わず笑ってしまう。

 若くしてプロとして活動する才能溢れる冒険者にありがちな、行き当たりばったりな考え方だ。昔の自分にそっくりである。

 だからこそ、ラナーシャは提案する。


「だったら……私と一緒に来ないか? 戦力は欲しいけど、訳あって大人数でパーティを組むのは避けたいって考えは同じだろう?」

「そう、ですね……。僕はいいと思いますよ。グレイはどう思う?」

「俺もいいと思うぜー」


 決定だ。

 ラナーシャは快く了承してくれた二人に礼を述べ、手を差し出した。同じように手を差し出したアルシェと「よろしく」と握手を交わすと、街道警備からの帰り道でずっと考えていたことを告げる。


「……こっちから願い出ていて申し訳ないんだが、個人的に行きたいと思ってる場所があるんだ。本格的な活動はそれからでいいか?」

「ん? まあ、別に大丈夫ですけど、どこに行くつもりなんですか?」

「ああ、両親の顔を見に帰ろうかなと思ってな」


 訝しそうに首を傾げるアルシェへと、ラナーシャは少し無理をして微笑みかけた。


「――冒険者になってからは一度も会ってないんだ。生きているかどうかもわからない」




 ◆◇




 デスティネ王国の南西の外れに位置する、キルトという村。

 人口はおよそ百八十人ほどの小さな村で、外界から訪れる人間と言えば徴税吏くらいなもの。特産品なども特にはなく、住人は村で栽培した農作物を月に一度大きな都市へと売りに行くことで細々と生計を立てている。土地は隣国であるミィ王国の国境とほぼ接しているが、同時に『迷いの森』と呼ばれる巨大な大森林が両者を隔てているためそことの交流もなく、あらゆる情報が行き届かない閉塞的な村だ。

 そしてそのキルト村こそが、ラナーシャの生まれ故郷である。

 そんな村を目指しアルシェ、グレイ、ラナーシャの三人が王都を発ったのは、彼らがパーティを組んだ翌日の早朝だった。ラナーシャは久しぶりに両親に会うことに対しての不安と恐怖・緊張を、アルシェは普通だったら人生で一度も訪れることなどなかったであろう村へとこれから赴くという好奇心を、そしてグレイはなんか面倒だなという思いをそれぞれの胸に抱きながら、旅路を進む。

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