05 プロの実力
この世界には様々な神が存在する。
その中でも最下級の神は人間と同じ姿形をしており、まるで神と人との関係を取り持つかのように、人間が使用する戦闘系スキルをそれぞれ司るのだと言われている。ラナーシャ・セルシスを愛していることで有名な剣の女神もそれにあたり、彼らも元々は人間なのではないか、という説がまことしやかに囁かれていたりもする。
そしてこの世界の各地には、そんな彼らが創造したと言われる“神塔”という巨大な建築物が存在する。これらは名前の通り塔状の建物なのだが、何故か内部は階層式の迷宮構造となっており、その本質のほとんどは謎に包まれている。わかっていることは、内部には強力な魔物――魔力の影響を受け独自の生態系を築く生物――が複数存在すること、塔の頂上には多くの財宝と神器と呼ばれる武器が眠っていること、登頂難易度が高いこと、そしてその難易度は塔によって異なること、その四つだけだ。
そんな塔の一つである“弓の神塔”を仰ぎ見ながら、アルシェは感嘆の声を漏らした。
「うわぁ、やっぱり大きいねー」
彼の言う通り塔は雲を突き破るかの勢いで空へと伸びており、およそ三十メートルの直径を誇る最下層部分をもってしてもどうやって自重を支えているのかが疑問なほどだ。
そんな彼へとラナーシャが微笑んだ。
「塔を見るのは初めてか?」
「いえ、むしろ小さな頃からいつも見てましたよ」
「ああ、そう言えばナザリア出身だったか」
「はいっ」
アルシェは返事と共に人懐っこい笑顔を返す。アルシェの出身地であり彼がグレイと初めて出会ったナザリアの町は、神塔を内部に取り込むようにして形成された町だ。王国内では有名な話でもある。
「……おい、あれがそうだな?」
その時、二人の会話に割り込むように後方のグレイから声がかかった。彼の指差す先には巨大な森林が広がっている。
答えたのはラナーシャだ。
「ああ、あれが巨人の森だ」
アルシェ、グレイ、ラナーシャの三人は現在、当初の予定通り巨人の森を目指し歩いている最中なのだが、どうやらそれももう終わりのようである。
目的地を見つけた一行は、無意識の内に歩く速度を上げ始めた。
◆◇
「オーガか」
「オーガだね」
「ああ、オーガだ。まだこちらには気付いていないな」
森林内の街道を歩いていると、それはすぐに姿を現した。
腐ったような浅黒い肌と醜悪で薄汚れた顔を持つそれは、体長三メートル程の人型の魔物――オーガだ。丸太のような太い腕には文字通り本物の丸太が握られており、もう片方の手は禿げ散らかした頭頂部をカリカリと搔いている。
街道の治安維持のために付近の魔物を退治するのが街道警備だが、その討伐対象には優先度が設けられており、オーガはその凶暴性と一般人ではなかなか太刀打ちできない腕力、人間をも食料とする雑食性から、見つけ次第の討伐が望ましいとされている魔物の一種だ。
そんなオーガを前に、アルシェは背負っていた弓を取り出した。
「……じゃあ、まずは僕から」
今回の街道警備は各々の実力を見るのが主な目的であるため、三人はそれぞれアルシェ、グレイ、ラナーシャの順番で一人ずつ魔物を相手にすると道中で決めていたのだ。
アルシェは矢筒から矢を取り出すと、静かに弓へと番える。
距離は三十メートルくらいか。――その時、偶然こちらへと視線を向けたオーガがアルシェの存在に気付いた。獲物を見つけたオーガは何も言わずこちらへと駆け寄って来る。
鈍重だが、巨体を揺らしながら突進して来る様は大迫力だ。だがアルシェは至って冷静に弓を引くと、心臓を狙い矢を放った。
トスッ、と静かに刺さった矢は、狙いこそスキルレベル3に相応しいかなり正確なものだったが、オーガの厚い皮膚に阻まれ心臓には達していなかった。一瞬ひるんだオーガだったが、痛みを感じていないかのようにすぐに突進を再開する。
――危険だな。
本来弓使いとは前衛に護られながら戦うものだ。一撃で倒せなかった以上、オーガを相手にこの距離で戦うのはあまりにも不利だろう。
そんな思いから、その様子を見ていたラナーシャが剣の柄に手をかけると一歩を踏み出した。
「まあ見てろって」
だがその一歩は、隣に立っていたグレイが腕を翳したことによって遮られた。
――その瞬間。
オーガの胸に突き刺さった矢が、オーガの巨体を内側から破壊するかのように小気味良く弾けた。ドンッ、という重低音と共に身体を小さく跳ねたオーガは、醜く開かれたその口から少量の煙を吐き出すと、フラフラと後方へと倒れ込んだ。
その身体はすでにピクリとも動かない。
「す、凄いな……。今のは、魔法か?」
驚きつつそう尋ねるラナーシャへと、アルシェは誇らしげに頷いた。
「これも、師匠から教わった技です」
「そうか……」
その言葉に、ラナーシャはかつての旅仲間――ジョットの姿を思い浮かべる。そうだ、知っている。これは魔法の発動をわざと遅らせつつ、放った矢へとその効果を乗せる高度な技術だ。アルシェが用いたのは火魔法だろう。彼は魔法の効果を持った矢をオーガの心臓付近へと撃ち込み、そのまま火魔法を炸裂させたのだ。ちなみにジョットは火魔法の代わりに雷魔法を用いて、殲滅卿の名を欲しいままにしたと聞く。
そうやって全てを悟ったラナーシャは、素直な驚嘆を改めて口にした。
「本当に凄い」
「ありがとうございます。……こう見えても一応、あの人の弟子なので」
「ふふ、ところで、火魔法のスキルレベルはどれくらいだ?」
「あー、たぶん“2”だと思います。一年近く鑑定してもらってないですけど、おそらくは……」
アルシェの凄いところはそこにあった。
火魔法の効果を燃焼から炸裂へと変更することも、その発動タイミングを遅らせることも、そして矢へと乗せることも、それぞれがそれぞれ高度な技術であり、それをスキルレベル2の人間がたやすく行ったのだ。
スキルレベルの向上について、その要素や割合は解明されていない。だからこそ一概には言えないのだが、彼の場合はレベル3までにはおそらく威力が足りないのだろう。そもそも本来は、レベル2の魔法では何かの工夫なしには単独でオーガに勝つことは極めて難しいのだ。と言うよりも十中八九不可能だ。
その弱さを見事に克服したその腕は、まさしく血の滲むような努力の賜物なのだろう。
……師匠が師匠なだけに、逃げることを許されず無理矢理強制された努力である可能性は否めないが。
アルシェに期待したくなるジョットの気持ちを少しだけ理解できたラナーシャは、今度はグレイへと期待の目を向けた。
「さあ、次はナルクラウン家次期当主の実力だな」
「ああ、言っとくがアルとは格が違うぜ。……家は勘当されたけど」
「ほう、それはまたどうしてだ?」
「教えねー」
そんな話をしながらオーガの討伐証明である浅黒い耳を切り取ると、三人は新たなオーガを探し森林の奥へと足を進める。
◆◇
二体目のオーガを発見したのは、一体目を見つけてから三時間半後――森に入ってから四時間後のことだった。オーガがこちらの存在に気付いていないのは先ほどと同じだ。
それは、日はまだ高いが、そろそろ森を出てテントでも張ろうかと考えていた時のことだった。今日中に二体目と遭遇するとは思ってもおらず、予定よりも早く帰還できるとラッキーだった部分もあるが、たった四時間森林内の街道を往復しただけで二体のオーガと遭遇するこの事態には、逸る気持ちの方が強かった。
その性格もあり、オーガはこの近辺では上位の危険度を誇るのだ。これだけ頻出する現状を放っておくのは極めて危険である。
「おいおい、帰ったら組合に報告する必要があるぞこれ。もっと積極的に狩っとくべきじゃないのか? 王都の冒険者は何してやがる」
「ああ、確かに対策は必要だな。この件は私から報告しておくよ」
このままじゃ死人が出るぞ、とボヤキながら、グレイは全身の魔力を練り上げた。
その様子を見て、ラナーシャは思わず「ほう」と唸った。
魔力の大きさや猛々しさは、彼の父親であるジョット・ナルクラウンと比べても遜色はない。
――さすがは、レベル5の魔法スキルを持つだけある。
これでも未だ十六歳と言うのだから、その才能が周囲とは隔絶したとてつもないものだというのにも大いに納得だ。才能だけならラナーシャにも迫る勢いだろう。どれだけ幼かろうと、A級の冒険者であるという事実は変わらない。
グレイが練り上げた魔力を雷魔法として右手に纏わせると、バチバチと爆ぜるその音に反応したオーガがこちらを見やった。
そこからの反応も先ほどと同じだ。獲物を見つけたオーガが駆け寄って来る。
さてどうするつもりか、とラナーシャは興味深くグレイの動向を見守る。
魔法の威力に不安があるアルシェは、弓矢を上手く用いて内部から攻撃を加えた。それに対してグレイはどうするのだろうか。
魔法とは本来、威力を保ったまま遠くへと射出するのはほぼ不可能で、放たれた魔法は強力なように見えて実は少しだけ威力の落ちたものだったりするのだが、雷魔法ではその性質が顕著に表れる。それと同時に、雷魔法は他の魔法とは違い真っ直ぐ前方に撃つこと事態が難しい魔法でもある。弓矢を用いたジョットの戦闘方法にはそんな理由があるのだ。
そんな情報を頭の中で反芻するラナーシャだったが、その考えはいい意味で裏切られることとなった。
突進を止めないオーガに対し、グレイは普通に雷魔法を放って見せたのだ。その軌道は確かに歪んだものではあったが、雷魔法とは思えないほど真っ直ぐ正確なラインを描いた。身も震えるような轟音と共に辺りの景色が青白く照らされ、撃たれたオーガは焦げ臭い煙を纏いつつその地に沈んだ。
ラナーシャは思わず黙り込んでしまう。
「いっちょあがりー」
そんなラナーシャとは違い、アルシェは慣れた様子で静電気で逆立った髪を抑え込んでいた。
「何が一丁上がりだよ。オーガ相手に大きいの放ち過ぎじゃないのか? なんか普通にこっちまで痛かった」
「はっ、オーガに相応しい威力とか知らねーよ」
そんな会話で二人は笑い合う。ラナーシャは置いてきぼりを喰らっている気分だった。
アルシェと同じように髪を直しつつ、ラナーシャは辛うじてわかりきったことを口にする。
「凄いな……」
「当たり前だろ。俺はアル以上に親父から色んなこと教わったからな」
「……だが、彼でもあんな風に雷魔法を撃つことはできなかった」
「ああー、何かわかりやすい武器を一つだけ持てって親父言ってたし、あれは俺なりの武器だ。アルの技だってアルなりの武器。わかる?」
そうやって生意気な口の利き方をするグレイだったが、ラナーシャにはそれがとても頼もしいものに思えた。十六歳の少年がたった二人だけで冒険者として活動できるのには理由がある。それは当然のことだが、その理由とやらが思っていたものよりはっきりとしたもので、どこか安心した節もあった。
ジョットたちと酒を酌み交わし語った時のことではないが、確かにどこかこの二人が未来の冒険者たちの中心であることを期待してしまう自分がいた。グレイに至っては、今のジョットや、ジョットの父でありグレイの祖父でもあるハディール・ナルクラウンのような、冒険者の中の冒険者になるはずだ。
自らもまた若き冒険者だからか、ラナーシャは思わず問いかけた。
「二人はなぜ冒険者になろうと思ったんだ? と言うより、目標を聞かせてくれ」
そんな突然の問いかけに対し、アルシェとグレイは顔を見合わせた。
やがて口を開いたのはアルシェだった。
「目標はやっぱり、冒険者ランキングで二人揃ってトップテンに入ることです。まあ、グレイは1位にしか興味ないらしいですけどね」
そう言ってアルシェは笑った。
冒険者ランキング――それは、冒険者組合が過去の実績や認められた個々の強さ・能力から、ランキング形式で1位から100位まである番付のことである。これには、上位冒険者と下位冒険者とを分ける境界や、上位冒険者に適用されるA級からC級までのランク制度とは違い、単純な戦闘力だけでは上位にランクインできないという特徴がある。
そしてこれとは別に、ギルドランキングというギルド毎のランキングも同じ制度の下存在する。
「まあ、グレイはともかく、僕には無謀ですよね。……ただもう一つ目標があります」
そう言うアルシェの言葉を、今度はグレイが引き継いだ。
「でももう一つの方は教えないぜ。二人で決めたんだ。教えるのは、いずれ共にギルドを結成する仲間だけだってな」
そう言い残すと、「さっさと引き上げようぜ」とグレイはラナーシャへと背を向けた。
確かにそろそろ森を出ないと、時間に余裕を持って野営の準備をするのが難しくなるかもしれない。少し日が傾き始めるとそこからは早いのだ。薄暗い中での作業が想像以上に大変なのは身に染みてわかっている。
そう考えおとなしく従うことにしたラナーシャは、歩き出すのと同時に、右手側の森奥から不穏な足音を捉えた。それはアルシェとグレイも同じだったようで、三人は揃って動きを止めると、警戒モードに入った。
「またオーガか?」
「いや、それにしては足音が大きすぎる気が……」
少しずつ下がりながら音の方向から距離を取りつつ、三人はその正体を探ろうと努力する。
やがて音の主が姿を見せた時、思わず唾を飲むアルシェを尻目に、グレイが仰々しく呟いた。
「……なに、この街道って普段から使われてねーのか? さすがに組合の怠慢が過ぎるだろ」
彼らの前に現れたのは、全身を灰色の毛で覆われた、四メートルはありそうな人型の魔物だった。
醜悪な顔面と筋骨隆々な肉体。体毛とサイズ以外は一見するとオーガと大差ない気がするが、その戦闘能力には無視し難い圧倒的な差がある。その魔物の名はトロール。魔物としては珍しい魔法を得意とする種族であり、筋力でもオーガに引けを取らないやっかいな存在だ。
だが、そんな個体によってはランクが付くこともある強敵を見据えながらも、それでも負ける気がしない自分たちを彼らは自覚していた。
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