大学生の夢

「じゃあ今日は三件頼むわ」

「あいよ」

 朝、作業服を着崩した姿で仕事道具が詰まったリュックを担ぎ、愛車の原付の荷台に荷物を載せ、ヘルメットを装着。エンジンを始動させ発進する。

 今日は電気屋である実家の手伝いで、朝からお仕事である。

 今回店長である父親から仰せつかったのは、冷蔵庫の効きが悪いから検査と見積もり、洗濯機のメンテナンス、大型テレビの修理とレパートリーに富んでいた。

 それぞれ予約してる時間は間が空いているので、大分のんびりと出来るのがありがたい。

 法定速度を少し超えるスピードで進んでいると、休日だからかまだ朝の時間帯なのに子供や若者の姿がいつもより多く見かける。

 親子連れなども含め、皆どこかに遊びにでも行くのだろう。誰もかれも楽しそうな顔をしていた。

 何度目かの信号が赤になったので、そこで停車する。

 すると目の前の歩道を同い年くらいの女性と、小学生くらいの女の子二人が連れ添って渡ってきた。

「お? よう、久しぶりじゃん」

「……ん? ああ、お前か。久しぶりだな」

 誰かと思ったら同世代の女性は高校時代の元クラスメイトだった。

「こんな時間にどうしたんだよ、女の子を二人も連れて。……もしかして、隠し子?」

「殴るぞお前、どうしてそうなる。この二人は個人的に家庭教師をしている家の子達だよ」

「へえ。そういやお前、頭良い上に教えるのも上手かったよな」

「そういう自分だって、理系科目と英語は成績トップクラスだったろ」

「まあな。それで、どっか行くのか?」

「ああ、妹のテニスの試合を見にな」

「ほーん」

 妹さんは確か、テニス部のエースだったか。

「ねえねえ」

 と、子供達から声がかかる。二人共小学校中学年から高学年くらいだろうか。一人は天然そうなぽやっとした子と、もう一人はいかにも運動が得意そうな子だ。

 その内、勝気そうな子が話しかけてきた。

「おねーさん先生の友達ですか?」

「ああ、そうだよ。こいつの高校時代の同級生であり、元カレって奴さ」

「元カレ!?」

 天然な方が食いついた。

 先程までのぼうっとした雰囲気とは打って変わって、元カノに質問攻めし始めた。

 まあ、付き合っていたといっても一週間限定の訳あり交際だった訳だが。まあいいや。

「そんじゃまたなー!」

 信号が青になったので発進。後の事はお任せするぞ元カノよ。

「ちょ、こら、言うだけ言って逃げるな!」

 ハッハッハ。



 良い感じに愉快な気分のまま、今日のお仕事の一件目へ。

 冷蔵庫の不調は一部配線が切れかかっており、そこを補修するだけで済んだので、そのまま工賃なども貰いそのまま終了。

 引っ越しの際に自分らで運ぼうとして、どっかに引っ掛けたらしい。パーツ交換する必要がなかったのだから楽なもんである。

 そしてまた原付に乗って二件目へ。

 途中、白い犬を追いかける集団を見かけ、元気だなーと思いつつ街中を進む。

 そして二件目に到着し、件の洗濯機の様子を見るが。

「すんません。これ何年ものです?」

「もう二十年は使ってます」

 物持ち良すぎぃ!

 これは駄目である。完全にドラムを回す為のモーターがくたびれてる。

 三十分程、徹底的にメンテ及び検査をするがどうにも芳しくない。

 モーターだけではなく、それに付随するギアやその他の部品も大分消耗してしまっている。

 更に時間を貰い組み立て直すが、結論から言えば、

「こりゃ駄目ですね。買い替えをお勧めします」

「やっぱりですか?」

「ええ、一応今はまだ動くようにはしておきましたが、半年もしないうちに完全に壊れちゃいますね」

 そんな忠告もしつつ、二件目も終了。

 途中、近くのコンビニ菓子パンとジュースで昼食を挟み、三件目へ。

 今度は所謂豪邸という奴だった。

 なんとも見た目や雰囲気からして金持ちの家で、部品交換をするテレビも横幅が余裕で一メートル越えてる大型テレビだ。確か二十万近くはしたよなこれ。

 出迎えてくれたおばあさんも、正確にはこの家の者ではなく、召し抱えられているらしい。

「ありがとうねえ。私、機械には疎くて」

「いえいえ、仕事ですから」

「そんなにお若いのに、偉いわねぇ。何かやりたい事でも?」

「ええ、行きたい所があって。その為にはこれくらい出来ないと話にならないんですよ」

 



 仕事が終わってもう後は帰るだけになった俺は。別に急ぐ必要もないのでちょっとした道草をしていた。

 見晴らしのいい河原の土手で腰を下ろして、オレンジ色に染まる南東の空を見上げる。

 ずっとずっと空の向こう、南米ガラパゴス諸島から西へ約四千キロ地点。そこに俺の夢がある。

 太平洋上にある、巨大メガフロート施設。そこにある軌道エレベータ施設で働くのが俺の目標だ。

 今世紀、宇宙開発事業でも最大の功績とも言われる超巨大建造物である。

 昔から機械が好きで、そこで働く為に既に電気系の資格を三つ所有してる(でなければ電気工務のバイトなんてできない)程の入れ込みっぷりだ。

 最初は宇宙飛行士になりたいとかよくある子供の夢だった筈が、初めてそれらの施設を見た時にその威容に感動したのが原因だろう。

 昔、まだ小さかった頃、親が何かの懸賞で当てたメガフロート見学旅行に同伴して見に行ったのだ。

 洋上に浮かぶ、移動すら可能な巨大施設。そしてその上に建つ宇宙まで届く長大な軌道エレベータ。これが俺の今に繋がる原風景だ。

 幼い俺はそれらに影響を受けすぎるほど受けて、気付けばそこで働く為に猛勉強していたのだから、分かりやすいにも程がある。

 そしてもう一つ、そこに向かう為の理由があった。

 そこで一人の少女と交わした約束だ。

 その少女は日本人とアメリカ人のハーフで、まるでそれ自体が光っているとしか思えない、輝くような金髪だったのをよく覚えている。

 どういう経緯だとかは流石に忘れてしまったが、少しの間、彼女と一緒に探検して遊んだのだ。

 そして別れ際、勿論英語なんて喋れない俺に対し、片言の日本語で話しかけてくれた少女は最後にこう言ったのだ。

「楽しかっタ。また会いまショウ」

 それが俺があの場所を追いかける理由。

 ただ、ずっと忘れずに過ごしていたら、それが俺の目標になっていただけの事。それ以上に深い理由はない。

 子供の頃の話であるし、仮に再び会えたとしてもお互い分からない公算の方が高い。

 だけどそれでも良いと思った。人生をかけても良いと思ってしまった。だから目指す。それだけだ。

 幸い、そういう理工学や電気系への適正もあり、今の所ほぼ順調に歩み続けている。

「うっし、帰るか」

 そう言って立ち上がる。

 このまま努力を怠らなければ、軌道エレベータ関連の仕事に就くのも夢ではないだろう。

 ただ、目標への過程か達成後か、できればその少女だった女性と再会出来ればいいなと微かに笑みを浮かべながら、俺は帰路につくのだった。

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