魔術使いのお使い
数日前、午後のティータイムにこんな会話があった。
「魔獣の保護、ですか?」
「そうそう。ちょっと知り合いからの依頼で、ね」
なんでも、先日発見され保護された魔獣の移送中に事故が起き、件の魔獣が逃走。
先方はそれを再び保護したいので、力を貸してほしいとのこと。
それが正式な書面をもって伝えられた。
「使い魔とかでなんとか追跡は出来ていたんだけど、それがこの辺りまで逃げ込んできたらしくて」
「ああ、それで」
この辺りは魔術方面では我が師匠である彼女の縄張りだ。
なので外から来た魔術師がこの近辺で何かしたいのであれば、師匠に話を通さなければならない。
とはいえ、場所によってはアポなしで足を踏み入れればそれだけで排除対象になる所もある中、うちは大分緩くやっている。
そんな穏健派ではあるが、強大な力を持つ魔女に態々魔術機関の正式書類まで出してくるということは、それだけ、
「危険度か重要度が高い、ってことですか」
それこそ、師匠に頼まなければならないくらいには。
だからまあ、
「それじゃ、この件宜しくね。あと対象は白銀狼の子供らしいわよ?」
「ぶほっ!?」
神域に片足突っ込んでるような存在を捕まえろと言われて、飲んでたものを吹きだしても、僕は何も悪くない筈だ。
そんなやり取りのあった日からすぐの週末、白銀狼確保の為に街中を奔走していたのだが。
「そうだよなぁ! こういう人達がいて然るべきだよなぁ!」
向かってきた男数人を魔弾の掃射で吹き飛ばした。
真昼間から、一般人に気付かれないように魔術戦を繰り広げていた。
そりゃそうである。これだけ珍しい魔獣だ。その価値から他勢力が確保に乗り出すのも当然とも言える。
送られてくる刺客は当然のことながら手練ればかりだ。
師匠はサポートに回ってる為、前線に出てくることはないので、全て僕一人で対処しなければならない。
とは言っても僕自身、何度か修羅場をくぐっているのもあり、それなりの実力はある方だと自負している。それと師匠の的確なサポートもあり、なんとか対応できていた。
そんな中、とうとう目的の白銀狼が発見され他の魔術師共々、追跡を開始する。
何度か紆余曲折があり、辿り着いたのは大型のスポーツセンターだ。
広大な敷地に様々なスポーツをする為の場所があり、ふと見かけた掲示物によれば、今日は屋外テニス場で通っている高校と他校の交流試合が行われているようだった。
テニスコートはここからは奥側にあり、多少距離がある。人が集まってるであろうことは容易に想像できるので、そこにまで戦場が移る前に決着をつけたい。すでに喧噪も聞こえてくる距離だ。
が、
「いたぞ、捕まえろ!」
白銀狼が目の前に現れ、それに呼応し全て追跡者達が白銀狼を囲うようにして包囲する。
それと同時に僕と白銀狼との間を阻むように敵が立ちはだかる。手練れの三人だ。
一瞬の思考後、それでも僕は突撃を開始する。
今までの遭遇戦で数は圧倒的不利ではあっても、個々の戦力差ではこちらの方が勝っていると判明している。
だから数の不利を速度で補うことにした。
体術と魔術――――得意の魔弾を駆使して立ち向かう。
時間や場所の関係上、秘匿せねばならない魔術を派手に使うことはできない。被害を拡大させることは絶対にできない。出し惜しみ無しの超短期決戦。
しかしそれでも手練れ三人を無力化して捕縛組にまで手を届かせるには時間がかかってしまった。
「ガウガウガウ!」
子白銀狼が、術式結界と専用の捕縛道具によって捕まえられようとしていた。
ここからでは、今からでは、一歩足りない。一手足りない。どうやっても届かない。
――だが、
「騒ぎがすると思って来てみれば、動物虐待の現場に出くわすとはな」
横合いから飛び出した人影が、子白銀狼を捕縛しようとした敵を蹴り飛ばしたのだ。
その人影、長身の女性がこちらに振り向いて言う。
「なあ、後輩?」
「……ホント、タイミング良すぎですよ先輩」
去年まで同じ高校に通っていた先輩が、この状況を見渡しながら不敵に笑う。
「あ、やっぱり妹さんの応援で?」
「ああ、それでここにいるんだが……。つくづく自分の巻き込まれ体質には呆れる他無いな」
彼女、一つ上の先輩は去年までの高校在学の三年間、数々の出来事により伝説を残した人だ。
文武両道、才色兼備、などの言葉を地で行く人物であり、一般人でありながら魔術の実在を知る存在でもある。
何度か、僕が関わった事件にも関与してその中で知り合った仲だ。妹さんが僕とクラスメイトだった、というのもあるが。
「じゃあ先輩、ちょっといつものようにお願いしていいですか? 人手が足りなくて」
「仕方ないな、私も早く戻らないといけないし」
先輩に強化術式を施し、準備を整える。
因みに先輩だけ逃げるというのは無しである。相手は逃がさないだろうし、先輩の性格的にも見過ごしはしないだろう。
そこからは早かった。
協力した僕達はものの数分で相手全員を行動不能にし、子白銀狼の安全を確保した。
「しかしやけに大人しかったな、この子犬……いや、子狼か?」
「ええ、白銀狼と言うんですが、知性は人並みで今の状態でも人間の子供以上にはあるそうですよ。こちらの言っていることも理解しているようですし」
「ほう」
それ以外にもどの時点で装着されたかはわからないが、力を抑制する首輪が嵌められているのも理由の一つだろう。
それからこの白銀狼を双方合意の上で保護しようと交渉を試みたのだが。
「え? 先輩とじゃなきゃついて行かないってこと?」
「ガウ」
参った。こちらの事情を説明したら、条件付きで大人しく保護されてくれるようなのだが、何故か先輩をいたく気に入ってしまったらしい。
……交戦中にかばっていたのが原因なのかな?
「この人は本来魔術界隈とは関係ない立場の人でね? ずっと一緒にいる訳にはいかないんだよ」
「ガゥ~」
意気消沈した鳴き声を上げる子白銀狼。気持ちは分からなくもないけどこればっかりはどうにもならない。
と、
「……すまないな。ついて行ってやることはできないんだ。勿論うちで飼うこともな。既に猫飼ってるし」
先輩先輩。伝説レベルの存在をペットとして飼うという発想は、魔術界隈の人間が聞いたら卒倒するレベルの話なんですが。しかもそれを否とする理由が普通の飼い猫がいるからってのもありえないんですが。
「だがそうだな。私の後輩が面倒見てくれるなら、時々様子を見に行けるんだが……」
「ガウ!?」
笑顔を浮かべながら横目でこちらを見つつそんなことを言う先輩と、その言葉にハッとなる白銀狼。
つぶらな瞳でこちらを見上げる子白銀狼の瞳が辛い。
「いや、それは依頼してきた先方と師匠に話してみないと何とも。仮にそうなったとしても、正確には僕の家じゃなくて師匠が経営する喫茶店でって事になると思うよ」
「ガウガウ!」
それでも良い! という風に吠える白銀狼。
「ああ、うん。まいっか。保護するまでが依頼だし。その後は当人達次第って事で」
「話はついたな。それじゃ、私は戻るよ」
「先輩、ありがとうございました」
「貸一つな」
それを別れの挨拶代わりとして、先輩は颯爽とテニスコートの方へと去って行った。
子白銀狼の尻尾が盛大に揺れている。よほど先輩の事が気に入ったんだろう。
「ほら、僕らも行くよ」
子白銀狼を腕に抱え、その場を離れる。
取り敢えずは、依頼達成である。
この後、師匠らと色々話し合った結果、晴れて子白銀狼は師匠の店に住む事になった。
魔女としてはともかく、個人的には大歓迎だった師匠ともすぐに仲良くなり、先輩も時々遊びに来てくれるので、子白銀狼は大変満足していた。勿論僕自身もこの結果に言うことはなかった。
そして、この結末とは別にこの日の夜に少し慌てた様子の先輩から連絡があり、早速借りを返す事態になるのだが、それはまた別の話である。
「あの馬鹿が、バスジャックに巻き込まれたようだ」
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