魔女と人狼
始.汽車の中にて
左から右へと景色が流れていく。雄大に佇むクロッセス山脈の麓には青々と茂る木々が山肌を隠していた。
ヨーロッパの山々に囲まれたランスター公国では四季それぞれに山の色合いがある。夏は暑さに負けじと、春から続く生命の息吹を力強く賛歌していた。
俺が飽きずに流れる山々の風景を眺めていると、不思議そうな顔をして銀髪と翡翠色の瞳を持つマルゴット・マリーが顔を上げた。彼女は最近の流行らしい、膝下まで丈の長さのスカートを履き、ウエスト部分が緩く作られた衣服を身に纏っていた。
彼女が今、裸でいないのは、ここが公共の場であるからだ。
俺とマリーは汽車に揺られて、とある富豪が開くパーティーに向かっているところだった。
なんでもその富豪はかなりの魔術マニアで、マリーの著書も幾つか所持しているらしい。つまりその富豪は彼女の数少ないファンの一人である。富豪は態々彼女に会うために立派な招待状を彼女に送ったのだった。
そこには是非お友達もご一緒にという一文が添えられていたらしい。それでなぜ俺が誘われることになったのかは、彼女の心中を察して欲しい。
じっと俺を見つめるマリーが俺に言った。
「良く飽きないね。見渡す限りの緑色だ。特に変わった様子も無い」
何もしないでいる時間も、偶には良いものだとおもうのだが――それを口にしようとは思わなかった。
俺はマリーに一つ質問をする。
「今回のパーティーは何を祝って開かれるんだ?」
俺がそう言うとマリーは招待状を渡してきた。これを見ろということだろう。
彼女は手に抱えていた書籍の続きが気になるのか、すぐさまページに目を落とした。シ――、シ――と紙の擦れる音が静かに耳元まで届く。
俺は仕方なく招待状を見た。そこには富豪の八十歳を祝う誕生パーティーと書かれている。
――誕生パーティー。その単語が思い出したくも無い記憶を思い起こさせる。あの時は汽車ではなく、馬車だった。相手も、マリーではなく兄のユリアン。そもそもマリーと出会う前の話であり、マリーと初めて出会った話である。
俺は思わずクロッセス山脈を睨み付けてしまった。
はぁ――と一つ溜息を付く。
少し思い出すのもいいかもしれない。これから先、誕生パーティーという言葉を聞いて、単語を見て、顔を顰めなくても良いように、免疫治療と行って見よう。
幸い、目的地に着くまではまだ時間があるのだから。
俺が人狼と呼ばれたお話。『人狼事件』の顛末を――。
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