顛末
■
マリーの推理を伝えたその日のうちに進展があった。
俺がことの顛末を聞いたのは、それから三日後のことである。
シーヴィスが語ってくれたことは、恐ろしいことに、マリーの想像と合致していた。
男に妖術を教えたのは次男を看ていた医者だった。医者は初めから、男がペンシル家の次男坊を憎んでいることを知っているかの様な素振りで近づいたそうだ。医者は男に懇切丁寧に妖術の方法を教えて、それを実践させた。医者は一週間から一ヶ月半の間に次男を殺すことが出来るだろうと嘯いたらしい。そして次男はそれから一ヵ月後に死に、男は妖術が成功したと思い込んでしまった。そして良心の呵責に耐え切れずに自首したという。
では男に嘯いた医者は何者だったのか?
調べてみると、皆が面食らったそうだ。医者の名前はキャトル・クロウと言うのだが、ランス大病院からその者を呼び出すと、聴取を受けていた男とは全く別人の男が現れたそうだ。つまり次男を看ていた男はキャトル・クロウの偽物だったのだ。
キャトル本人は確かにペンシル家からの訪問診察の依頼を受けていたが、その日のうちに一人の男が現れて、キャンセルだと伝えられたらしい。違約金としてかなりの額を渡されたため、ペンシル家のものと疑わなかったようだ。
ペンシル家の婦人や家の中で彼と会ったもの全員から人相書きが作られた。キャトルはそれを見て、この男ですと、人相書きを指差したらしい。
死因についても再検証されることになった。
婦人を説得して、遺体の司法解剖を行ったのだ。
その結果、毒物による内臓系の壊死が確認できた。
そして今回の事件を殺人事件として、ウルベス市警はすぐに人相書きを印刷して、ランスター公国中にその顔の男を指名手配させた。
今日、捕まったという報告は受けていないと言う。
■
懲りず俺はまた書架塔に脚を運んでいた。シーヴィスから聞いたことを、マリーに話さずにはいられなかったからだ。
俺はマリーにその話をする。
彼女は俺の言葉に耳を向けながらも、膝に抱えるように書物を読み漁っていた。
彼女は銀髪を搔きあげながら言う。
「なんとも珍妙な話じゃないか」
「分かっていたんだろう? お前の想像通りじゃないか」
俺がそう言うと、彼女は顔を上げてこちらを向いた。
「想像通りだが、それが珍妙なのだよ」
「珍妙か……」俺はその言葉を反芻していた。
「おや?」とマリーが表情を驚かせる。
「君も、何か引っ掛かりがあるのかい?」
そう言われて俺は頷いた。引っ掛かってばっかりだ。
「ああ……、人相書きの男がどうして次男を殺したのか、動機が分からないんだ」
彼女はこくりと頷いた。
「それも一つの謎だ。男は回りくどい真似をしてまでどうして彼を殺したのか? でももっと可笑しなことは――」とマリーは面白そうにもったいぶる。
「可笑しなことは?」釣られて俺も言う。
「彼が回りくどい真似をしてしまったばっかりに、第三者から容疑者に変わってしまったということだ。彼は足跡を残してしまった。それは犯罪を成立させるために必要の無いことなのに」
男が残した足跡――それは間違いなく、牧場の男に妖術を吹き込んだことだ。あれが無ければ事件は病死で片がつき、男が捜査線に浮上することは無かったのだから……。
そこまで考えると、確かに、次男を殺すためにこんなことをする必要が無い。
「何か理由があるんだろう?」俺は思わず語尾に疑問符をつけてしまう。
マリーも顎に手を当てて頷いた。
「そう、何か理由があるはずだ。それが分からない。もしかすると、それが動機なのかもしれない」
今の言葉の流れを読み取れるほど、俺は察しが良くは無い。
だから頭に浮かんだことをそのまま言った。
「意味が分からん」
そう言うとマリーはじとりと俺を見る。呆れていると分かる素振りだ。
「思考停止をするべきでないぞ、君。つまりだ。人相書きの男は、別に殺す人間が次男じゃなくても良かったのかもしれないのだ」
――? やっぱり首は傾いたままだ。
その様子にマリーは口を鋭く尖らせた。
「だから、憎しみや怒りを原動力に殺人を犯したわけではないということだ」
ああ……。今ので何となく分かった。けれどもやはりマリーの話は分かりづらい。初めからこう言ってくれれば良いのに――。
「殺す人間が次男である動機は無いが、殺人を犯す動機はあるということか?」
その答えを聞いて、マリーは満面の笑みを俺に向けた。
「その通り」
彼女の天真爛漫な声を聞いても、気分は落ち込むばかりだ。
その通りであるならば、次男はとんだとばっちりで殺されたわけだ。それが今度は自分の身に降りかかるかもしれない。それはノアかもしれないし、マリーかもしれない。
だから俺は溜息混じりにこう言った。
「その男が連続殺人鬼にならないことを祈るよ」
「その祈りは届かないかもしれない」
彼女の呟きに俺は顔を顰めた。ただ、彼女が雰囲気を暗くしたいからそう言った訳でない事を分かっているので、言葉の続きを待つ。
「君が殺人犯と疑われた事件にも、殺人を唆した人物が居たという話だろう? 結局彼は捕まらなかった」
「今回の事件も、そいつの仕業だと言いたいのか?」
マリーは曖昧な表情を俺に向ける。
「分からない。全部想像さ」
そう言って彼女は口を噤んで、膝に抱えていた本に目を落とした。これ以上、語ることは何も無いのだろう。
俺も追及はしなかった。マリーが分からないと言えばこれ以上のことは聞き出せない。けれどと懸念は俺の頭の中で渦を巻く。
窓の外を見ながら、俺は溜息を吐いた。
マリーの想像は良く当たるのだと――。
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