第6話 シャドウプレイ

 テレビであの人物が登場したのはいつごろだったろうか。全身黒づくめの怪しげな医者が、とある芸能人に処置を施すと、影の形を子供のように小さく変えてしまった。施術は非公開にて行われたが、みなが度肝を抜かれ、その医者の出演シーンだけを切り取った動画は、サイトで歴代記録を塗り替えて1位の再生回数を記録した。伸び悩んでいたその芸能人は新たなキャラをつけ、再び様々なメディアでよく見かけるようになった。

 誰もがそのからくりを知りたがった。インタビューでその芸能人が言うには「照明のよく効いた真っ白な部屋で、私の影を見たこともないような器具でカチャカチャ鳴らしながらいじくってた」そして、「世間話をしてたらもう終わってた」とのことだ。 言うまでもなく、その怪しげな医者のクリニックには若い女性が殺到した。予約は常に2年先まで埋まり、一部の金持ちや広告塔となる芸能人などの顧客は、特別会員となり、通常では受けられない特殊なコースを受けることもできた。

影は様々な形に変えることができた。サイズを大きくしたり小さくしたり、人以外の影に変えることができたり。動物の形に変えたものはアニマル柄と呼ばれ、一番人気となった。  さらに影医者は施術に改良を重ね、形のみならず色味までも変えることができるようになった。モノクロテレビがカラーテレビに進化した時のようなものだ。色を得た影の所有者たちは、街中でひときわ強い存在感を放っていた。影の色味の移り変わりにも時代の動きが見て取れた。


インタビュー ~ある十代の女性~

「私は水色のペンギン柄にしようと思ってるの。かわいいでしょ?普通の黒い影なんて無個性でつまらないじゃない。そんなの大きな影に入ればみんな埋もれて消えちゃうわ」


(女の父)

「2年間手をつけずに貯めておいたお年玉を使いました。今も家の中を歩く度に後ろのペンギンも短い手をバタバタさせてます。個人の自由とはいえ、私的には普通の影のほうが、なんかすらっとしててよかったですけどね。まあいいですよ、どうせすぐ飽きます」

 とはいえ、今までになかった社会現象が引き起こす予期せぬ弊害もあった。都会ならばまだしも、歴史的な文化遺産などにそういった奇抜な色の影の持ち主が現れた場合、景観が狂うとのクレームも寄せられた。しかし、何も色がこびりつくわけではないし、人が去れば元の見た目に戻る。これも一過性のブームだろうと考えられため、大人たちは目をつぶった。

 ただ、なんにでも流行り廃りというものは付き物だ。それは髪色の流行りにも似たような現象だった。みな初めこそ、ビビッドなカラーで人目を引くことに夢中になっていたが、本来のシンプルな黒が恋しくなってきた。一度は影を嬉しそうにごちゃごちゃといじくった客たちが、影を元に戻そうと再びあの怪しげな医者のところに押しかけた。 「元に戻していただけます?」女性たちは口々に本来の影の返還を要求したが、医者の返事は彼女たちの望んだふうなものではなかった。医者が彼女たちへ改めて見せつけた契約書には、目立たない端のほうに書かれた小さな文字でこうあった。 『預かった影の権利は当院に移行する』 そんなものを見せられたところで、彼女らが納得するわけもなかった。しかし、影医者は頑なにその抗議に応じず、ついには行方をくらましてしまった。彼女らの影の在り処と共に。


 インタビュー ~元の影を探す女性~ 「もうこの影にも飽きちゃったから、元に戻して欲しいんだけど、あの医者どっかに消えちゃった。しょうがないわね、妥協するわ。でも聞くところによるとプラチナ会員ってのがあるらしくて、その人たちは未だに施術を受けてるみたい。私らみたいな通常会員には無いような特別なコースがあって、そのなかでも『ツイン』ってのが評判だったのよ。あーあ、私もやってもらいたかった。あ、今このテレビに映ってる女性芸能人、たしか世界で初めて影整形の処置を受けた人よね。この人もプラチナ会員みたい。この人の影は珍しいデザインね。影が二つ伸びてる。なるほど、これが『ツイン』ね。なかなか素敵じゃない」

 その片方の影が、彼女のものとは気付くはずもない。人本来の影に大した個性などないのだから。


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名もなき描写 仙石勇人 @8810kuma

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