第2章 俺氏、大学へ行く
第12話 猫は、みゃあと鳴いた。
サンと知り合って1週間が経った。
知り合って、というか、俺の周りの世界ががらっと変わってしまってから、と言っていい。
しばらくはこの世界のわからなさに、本当に親しい友人(ユースケとか、ユーキとか)に会う以外は部屋に引きこもっていたのが、単位が怪しくなってきたので、久しぶりに授業に出ることとした。
月曜2限開始の5分前に教室に入ると、山中アカリが話しかけてきた。
「あ、中城くん! 久しぶりだ…風邪引いてたの?」
風邪、というか、現実を受け止めるのに時間がかかったんだが、何といったものか。
「いや、なんか、まあ、そんな感じ」
風邪、ひいてたことにしよう。ゴホン、ゴホン。
「そっかー、気をつけてね。夏風邪は身体に悪いからねえ」下手くそな嘘をどうやら信じてくれたみたいだ。
山中アカリは、大学で同じクラス(選択した第2外国語に基づいて、クラス分けがされている)の女子で、まあ、なんというか面倒見のいい女の子だ。俺みたいな、平々凡々とした男子にも分け隔てなく話しかけてくれる。その意味でいうと、とてもありがたいのだが。顔は…普通。
教室をざっと見渡す。数人が珍しがってか、俺の方を見ているが、特に気にはしてやる必要はない。
しかし、問題は…見知らぬ人間が何人かいるということだ。
つまり、人型携帯端末だ。
そんなとき、足元から「みゃあ」という声がした。
猫が目を丸く、媚びるように山中さんを見上げている。
あれ、これは・・・?
「ん? あ、うんうん。わかった」
山中さんは猫と会話している。
「これ山中さんの猫?」
「そうだよ。ミミちゃん。ミミ、中城くんに挨拶して」
猫は、みゃあと鳴いた。
「えっと、猫って教室持ってきていいんだっけ?」
「いや、携帯だからいいんだよ」
あ、そのパターン?
飼い猫でも携帯にすれば、教室に持ち込めるのか。どうもこの世界のルールが、俺にはよくわからん。
「猫、好きなんだね」
「うん。猫は裏切らないからね」
「え?」
「あ、いやあ、まあ、可愛いじゃん?」
山中さんは戸惑いを隠すように笑った。俺も追従笑いを返した。
「なでても、いい?」
特に猫が好きでもないが、会話に困った俺は切り出した。
「いいよ。優しくね」
俺が手を伸ばすと、ミミはそっぽを向いて歩いて行った。
「あはは…嫌われてるのかな」
「だって、中城くん、ビクビクしてるんだもの。その怖がる感じが相手に伝わるんだよ」
そういうものかね。
「にしても、携帯が逃げちゃったら不便じゃない?」
「一定距離以上離れた場合には、これがあるから」
山中さんは、右腕に巻いた時計を見せた。
時計が通信を媒介する、ってことなのかな?
「だったら、ずっと時計でいい気が…」
「えー、だって猫可愛いじゃん」
そういうものかい。不便じゃないだろうか。いろいろ疑問が生じたけれど、教授が教室に入ってきたので、会話は中座された。
90分間の睡魔との戦いが終わり、教室を出ようかというとき、山中さんがまた話しかけてきた。
「中城くんさ、休んでたときのノート貸してあげるよ。フランス語初級と、統計分析と産業構造概論の分。授業一緒でしょ?」
そう言って、山中さんはルーズリーフの束を貸してくれた。俺は軽く会釈して礼を言った。
**
「なあ」
「何よ」
「今日大学行ったら、猫型の携帯がいたんだけど」
「そう」
「どう思う?」
「え?」サンは起き上がってこちらを向いた。「ずいぶん雑な質問をするねえ」
「人型からすると、猫型ってどう思うのかなって…」
「ハハ、なるほどね。好奇心の玉手箱だね」よくわからない例えだ。
「別に、私からしたら、何型だろうと特に思うことはないよ。人型、猫型、犬型、パンダ型、ゴキブリ型…」
そんなもの大学に持ってこられたら困る。
「もちろん、人型は生産が抑制されてる分、希少価値、みたいにはなるけど、それ以外の意味はないよ。価格差があるけど、それは製品の性能差じゃない。もちろん、人間の脳の方が、猫の脳より計算容量が大きいけど、そこは大元のクラウド部分で計算リソースを割いてるから、結果として計算速度とかに影響はないし。厳密に言うと、多少の通信ラグが生じてるけど、人間の思考速度でそれが知覚されることはないはず」
は、はあ…。つまりは、あまり性能に変わりはないってことかな。
「猫型って可愛かった?」
「まあ、可愛いけど、逃げ回ってて不便そうだったよ」
「ハハハ、そういう感想かあ」
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