第11話 人類はずっと欲しかったんだよ。人権のない人間が。
頭の整理のつもりで行ったユーキとの晩飯で、俺はさらに頭を混乱させることとなった。なになに、人の形はしてるけど、ってか人の細胞からできてるけど、生殖器官は発生しない? なんだそりゃ? そんなことができていいのか?
俺は世界史で習った中国の宦官を思い出した。皇帝に仕えた一代限りの官僚。
サンたちは宦官で…じゃあ、俺は昔の皇帝みたいな身分なのか?
考えがぐるぐる洗濯槽の中で回るばかりで、一向に汚れが落ちる気配がない。
サンにちょっと聞いてみた。
「お前、人間になりたい、って思ったことない?」
「は、何聞いてんの?」
「いや、そう思わないのかな、って」
「よくわかんないけど。私はあんたの携帯なんだから、人間になれるわけないじゃん」
「でも、正直、お前が俺の携帯ってことを忘れて、今改めて出会ったら、普通に一人の女の子って思っちゃうぜ」
「ハハ、それで、恋しちゃうわけだな」
んなこと言ってねーよ。
「でも、普通の人間があんたの脳と交信したりしないでしょ?」
確かに。
「このクッション型誘電磁気回路の上に座って蓄電しますか?」
確かに、しない。
「ほらあ、私は人間じゃないんだよ」
「でも、そのさ、俺がお前の所有者、ってこと辞めて、自由に生きていいぞ、っていったら、お前はどうする?」
そうしたいって意味じゃないぞ、っと言おうとしてやめた。なんか未練がましい。
「うーん、困る、ね」
「困る?」なんか、うれしいぞ。
「私は携帯だから、ね。人間様からコマンドを入れてもらってなんぼなのよ。確かに、計算は君より早い。通信すれば君より情報は多く取れる。でも、何かをしよう、って自分で思ったことはないんだな」
「例えば、今日はラーメンが食べたいな、とか」
「ないね」
「この番組面白いな、とか」
「ないね」
「確かに、リョータの過去のライフログ、ニューロンログを参照すればさ、あんたがこれから夜食に豚骨ラーメン食べれば、βエンドルフィンの分泌量が上昇して、気持ちよく-一般的に『幸福』とやばれる状態に移行するだろうな、とはわかるよ」
…俺にはわからんが。
「でも、『したい』ってのはわかんないのよ。人間が、当該行動を選択する可能性が高いだろう、とは予測するけども」
ふーむ。
「それが、したい、ってことなのかな」
「ま、そこはわたしにはわかんないし、興味もないところだね」
「淡白だな。俺の興味にもうちょっと付き合ってくれよ」
「人間の欲求がどこから生じているかなんて、今の科学でも解明されてないわ。ただ、ニューロスキャンと、
個人の自由だから、そこはほっとけ。
「そろそろ寝る?」とサンが聞いてくる。
どうだろう、もうちょっと話を聞いてみたい。
**
「あのさ、サンたちは、どんな風に流通してるんだ?」
「オークションよ」
「オーク…ション?」
オークションのことはもちろん知っていたけれど、身体をオークションするという意味が、うまく掴めなかった。
「オークションは、オークションよ。競争的にお金をつけるの」
でも、それって…
「特に女性個体の場合、20代〜30代が人気で、その後は値が下がったり、とか。世知辛いよね。男性個体は、だいたい年相応のものを買う人が多いわ。独身女性とか、あえて年上の人を買う人もいる。ボディーガードみたくね」
なんか、奴隷貿易みたいな感じがして嫌だ。
「逆に小さい子供とかは人気が出ないのか? いや、ロリとかじゃなくて、小さい方がかさばらなかったり、燃費が良かったりとか」
「ダメよ。だって、身体年齢18歳以下だと取引できないから」
「何で?」
「規制があるから」
また規制か。いつの世もお役所は忙しいな。
「しかし、18年間も育てるなんて大変じゃないか?」
経済学部らしくコストを気にしてみる。が、サンは意外な答えをした。
「18年間なんてタラタラ育ててらんないよ。1年よ、1年」
は? 1年で18歳になるってこと?
「細胞分裂の加速装置を使うんだよ」
何それ?
「つまり、老化を人為的に進行させるってこと」サンは事も無げに言った。
「そんなことやって大丈夫なのかよ」
「大丈夫よ。何度も、何度も繰り返された技術。現に私だって、そうして生まれたの」
また一つサンの秘密を知った。
サンのことを知れば知るほど、サンから遠ざかる気がする。
俺の半ば感傷的な気持ちには触れずに、サンは続ける。
「最初の個体は実はタダ同然なの。不良品かもしれないし。その後、1年ぐらいお勤めを終えたら価値は随分と上がるけどね。ピチピチの新品よ。処女。バージン。嬉しい?」
俺の顔を見るな。
「まあ、
まあな。
「今、不良品かも、って言わなかったか?」
「う? え? そうだっけ?」
とぼけるのが下手な奴だ。
「その…不良品ってなったらどうするんだ?」
「まあ…色々だね」
「色々って何だよ」
「ちょっと、今は話したくない」
「話したくない?お前に話したくないなんて気持ちがあるのか?」
「う…もう…察してほしいなあ。そんな気持ちはないよ。ただ、この話を聞いたあとのリョータの推定幸福量が下がるから、リョータはこの話を聞かないほうがいい。だから、話したくない、って言ったの」
「いや、俺は聞きたい」
聞かなきゃ寝られないな。
「聞いても寝られないよ」
俺の考えを読むな。
「まあ…色々…だよ。ほんと。ある人は再度成長促進装置に入れられる」
「え、また?」
「まあ、成長というか老化促進装置だよね」
あ…
「で、1年後くらいに老衰で死んじゃうのさ」
聞かなきゃ、よかったかな。
「でも、それはまだいいほうかも。他の人は、投薬実験につかわれたりすることもある…
あと、臓器だけ部分的に移植されたり…
脳だけ取り出して計算機とか記憶媒体として使われたり…
世の中のために役立ってるからいいのかもしれないけど、ちょっと嫌だよね…はは…」
俺はうんざりしていた。
「人類はずっと欲しかったんだよ。人権のない人間を。そして医学は実現した。法律がそれを許容した。科学はさらに進歩し、『人類』はさらに幸せになった」
サンは悲しい笑顔をたたえながら、話を続けた。
「世界人口からすれば、私たちみたいな端末はほんの一部だよ。全世界合わせて、年間8万5千体なんだから。私たちにはお父さんもお母さんもいない。記憶はすり替えられる。これらを犠牲にすることで、残り100億人がよりよい生活を享受できるんだったら…」
そういうものだろうか。
「私たちを被験体とすることで、発見されたこと…まずは細胞分裂の加速・減速機能の解明と実用化だけど、他には、ALSの画期的な治療法、記憶障害の抜本的療法、乳がんの遺伝的発見法、放射能の長期的影響、宇宙空間における受胎・出産の影響、若年性脳炎の後遺症除去……」
俺は医学に決して明るくはないが、それらが人類にとって重大な意味があることはゆうに知れた。
「かがくのしんぽ」
「え?」
「科学の進歩だよ」自分に言い聞かせるように、サンは言った。
「サン、」
「何?」
「お前が不良品ってこと…ないよな?」
「まさか! わたしは十分リョータが求める役目を果たしてるでしょ?」
確かに、そうだ。むしろ俺が一方的に言いくるめられているぐらいだが。
安心と疲労と、戸惑いと。
色々なものが頭をぐるぐると駆け巡りながら、夜は更けていった。
目覚めたら金属板の世界に戻っていて欲しいと、少し思った。
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