第9話 セックスできないじゃん
食堂の食券売り場前に到着した。が、ユーキはまだだ。
こういうときどうするんだっけ。
あ、
そうだ、
ケータイいじって待ってるんだったよなあ。。
サンの方を向く。
「音楽でも聴くかい?」
こいつ、本当俺のことわかってるなあ。
「ああ、オススメのやつを頼む」
行きつけのバーのマスターと会話してる気分だ(行ったことはない)。やってみたかったんだよな、これ。
「はい、じゃあこれ」
サンが何か手渡してきた。
これは…
「イヤホン?」
「イヤホン」
「何でこれが要るの?」
「何で要らないの?」
「え、さっきみたく脳にダイレクトに…なんか、出来ないのかよ」俺はまるで未来人になったかのようなつもりで言ってみた。
「あーそういうこと? あのね、聴覚にはね、視覚みたいなスイッチング技術はまだ確立されてないから。というか、確立されないと思うわ」
なんでだよ。
「聴覚は空気が直に鼓膜、そしてその先の耳小骨を震わせて信号にしているの。物理的に外からの刺激をシャットアウトしないと、外からの音は脳に聞こえてしまうわ」
そっか。
「まあ、外部刺激があったとしても、本来の聴覚神経回路をオフにして、外部通信に切り替えちゃってもいいんだろうけど、そんなことできるようにしたら、街歩いてて危ない、って声が多いわけ。音が聞こえずに車にぶつかったり、とか、逆に運転してる人がそんなことしてたら危ないでしょ?」
まあ、そうか。
「だから聴覚スイッチングは当分無理ね。技術的にも、法的にも。イヤホンとの無線通信で我慢してよ」
「また規制か?」ぶすっと答える。
「規制じゃないわ。そもそも商業化されてないから、規制もされてない。だから、敵からの音波攻撃に対抗するため、一部の国の軍隊では採用されてるとか、されてないとか」
なんだか急に慣れた技術が出てきて、少しつまらなく思う自分がいた。不思議なものだ。
そうしてサンと会話していると、ユーキが現れた。
っておい!
おいおいおい!
隣の超可愛い美少女は誰だよ!!
お前こんな彼女いたっけ!!!
俺は女の子を視界のセンターに、ユーキを最左端に据えながら、真っ先に問うた。
「え、ユーキ、この人は?」
「あれ、初対面だっけ?リンちゃん」
「リンです。よろしくお願いします」
あ、なんか、かしこまった感じだ。
「あ、よろしくね」そして、俺は疑問を口にする。「えっと…彼女?」
「は?」ユーキは目をまん丸にして俺を見た。
「いや、彼女かって聞いたんだけど、、」
「お前何言ってんだよ。携帯だよ」
こいつもか。
ついに、2人目の携帯電話を見つけた。
いや、2台目?
「あー、そ、そうなんだ。。。」
俺は拍子抜けしてしまったが、その反面、話が切り出しやすくなった、と思った。
リンちゃん。俺にとって2例目なのだが、すでにキャラが結構違うのだな、と思った。持ち主の好みだろうか?
「そ、そのことなんだけど、」
「なんだよ」
「みんな、女の子の携帯持ってるもんかな?」
「いや、みんなってことはないと思うけど。。。まあ、最近はアメリカでの生産が増えてるらしいから、価格は下がってるんじゃねーの。政府間交渉で、時限的にここ3年は関税も5%下がってるしな」
関税とか知らねえよ…経済学部の俺より経済に詳しいな、こいつ。
「てか、お前も持ってるわけじゃん?」
「ま、まあな…」
今日使い始めたって、感じだが。
「他に、どんな携帯があるのかな?」
「ん?どうした?」
「いや、携帯産業にちょっと興味持ってさ」
俺は適当な嘘をついた。
「ユーキさん」
リンちゃんが割って入った。
「ナナミ様からLINEが参りましたが」
「ん、なになに」
ユーキはこっちを見ているんだが、何やら考えことをしている。おそらく、脳内視界でナナミって子とLINEのやり取りをしているんだろう。
「ナナミって誰だよ」
「ん?ああ、えーと、彼女」
え?
「お前彼女いんの?」俺は素っ頓狂な声を上げた。
「彼女ぐらいいたっていいじゃないか」
「いやいや、こんな可愛い子が隣にずっといるというのに」
俺はリンちゃんに向かって、意味のないアピールをした。正直、嫉妬半分だ。
「携帯持ったら、彼女持てない、なんて弁法はないだろう」
ユーキのもっともな反駁だ。頭の良いやつに議論をけしかけるのは得策ではない。
「いや、でも、彼女も嫉妬しないわけ?こんな子が隣にいて」
「お前なあ」呆れた風にユーキが言う。
「携帯に嫉妬する子なんていねーよ」
そういうものか? ただ、リンちゃん、マジで女優みたく目鼻が整ってて、黒髪ロングの清楚な子で、この子を隣に常にはべらせるユーキから愛情を受けられるか不安にならないものだろうか。
俺はわからぬ女心を必死に臆測した。
「ふふ、私はユーキさんの携帯ですから。ナナミ様とは全然違いますよ」リンちゃんが謙遜した。可愛い。
「いや、でも、俺は可愛い子が一人いればいいと思うんだけど…」
誰に対してかわからないが、俺は何となく純愛をアピールしてみた。が、ユースケが即座打ち消しに来た。
「彼女は彼女で必要だよ」
「何で?」
「だって、端末じゃ…」
「端末じゃ…?」
「セックスできないじゃん」
は?何だって?
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