第7話 ウン・ドーヤ(18)

 さて。

 再度ゲームを起動する。


 夢のように、ねえ…

 夢でどんな風に走ってたかなんて、今更思い出せないんだがな。


 ひとまず念じてみっか。

 走れ、走れ、走れ……


 …


 えーと。


 あ、はい。


 やっぱり。


 だろうね。


 ゾンビさん、お疲れっす…。


 …5秒ももたず、現実の部屋に視界が戻る。


「あのさあ…、念仏でも唱えてるの?」とサン。

「さっきから脳の言語領域ばっか使ってるけど。走れ、って言葉をぐるぐる回しても意味ないよ。音声認識のゲームじゃないから。運動野うんどうやを使ってよ」

「ウンドーヤ?」

 トムソーヤの遠縁かな。

 ウン・ドーヤ(18)職業:船乗り HP50 MP15 特技:ネズミ駆除

 弱そう。冒険の行く末が思いやられる。


「あぁもう…。つまり、イメージよ、イメージ。まずはイメージトレーニングをして。自分が50メートルとか走ってるときのことを思い出して」

 あぁ…うん…

 最近運動不足だから、あまり明瞭に思い出せない。

「その要領で走るわけよ」

 よくわからん。

 十字キーで走れる世界が懐かしい。不便かも知れないが、あれはあれで味があったよな。

「あのさ…これクソゲーなんじゃねえの?」思わず本音が出てしまう。

「クソゲーなのか、クソプレイヤーなのか、自分で確認したら?」

 サンに論難され、返す言葉がない。しかし、ここで諦めたらクソプレイヤーを自認してしまうことになる。今後もっとゴミ扱いされるだろう。


「やるよ…やればいいんだろ?」

 サンが微笑む。そして、再度ゲーム画面へと切り替わる。


 さて…

 直近で走ったのはいつだったかな…

 高校のサッカーの授業かな…


 イメージ。イメージ…


 ザクザクと地面を蹴る音。視界が揺れる。流れる景色。視線の向こうのゴールポスト。息が切れ始めて肺が焼ける感覚。

 記憶の棚の奥にしまっていたそれらの感覚を引っ張り出す。


 …と、

 周辺視野の景色が、後ろに流れ始めた。

 走った!

 走れるぞ、俺!

 少しずつ加速する。ぐんぐんと寺院の中を駆けていく。


「うまくなった!」天からサンの声。

 なるほどね。こういう感じね。

 まあ、コツをつかめばなんてことはない。快調に加速する。ゾンビのうめき声もずいぶん遠くなった。

 …たぶん、リアルより速いんじゃ?

「そうね」

 だろ?

「今で100メートル10秒くらい」

 速えーよ、おい。

 世界陸上で走るとこんな景色なのか…


 十字キーで動くのとはまた格別で、ダイレクトに異世界を動いている感じが心地よい。

 あえて言えば、、地面に足が当たる感覚があまりないような。

 あと、速さの割に顔に風を感じない。その辺りはまだまだゲーm、


「むああああああっzwsdtgvhじゅんbぎゅふぃいおp」


 2メートル前の床が突然抜けた。


 ああああああっ

 ああっ


 あっ、

 あー


 呆れた顔のサンがそこにいた。

「ぷっ」

 笑うな。

 うくく…と肩を震わせ、口を結んで笑いを我慢している。

 しかし、マジでビビった。陸上のトップスピードで走ってて、いきなり床が抜けたら誰でも驚くだろ。


「いやいや、そこはジャンプしなきゃ…」

 まだ面白いらしく、ニヤケ顔が消えていない。あと、その仕様は先に言ってくれ。

「リョータ、ゲームはしばらくやめておきなよ」

 実家のオカンのようなことを言い始めた。

「今回は、ゲームオーバーで消えたんじゃないの。声が原因」

 声?

「安全性を考慮して、92・5デシベル以上の音声でゲーム機能はオフになるようになってるの」

 ヘー、親切設計ダネ…

「規制でね」

 また規制か。


 しかしだめだ、俺にはどうも使いこなせない。

 小学生のとき、GBAアドバンスを見せたら、じいちゃんが悲しい表情をしたのを思い出した。

 じいちゃん、こんな気持ちだったんだろうな。俺は一緒に遊びたかっただけなんだけど。あのときつまらなそうにしてごめん。


 でも、プレイしてみるとすごい違和感がある。俺はこんなに速く走らないし、高くも飛べない。

「なんか、自分の身体であって、そうでないような感覚で、すごい変な気分だったな…」

「え?」

 サンは不思議そうに答える。

「ゲームって、それを楽しむものじゃん?」

 あー、もう…

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