第6話 伊豆海溝に沈んで貝になりたい
家に帰り、麦茶で一息。ふぅ…
「あ、今何時?」
「午後3時2分」
あぁ…本当は今頃授業受けているはずだったんだがな。部屋は何も変わらないのに、随分と遠い世界に来てしまった気がする。
「なーに
サンが顔を覗き込んでくる。お前のことを考えていたんだよ、と言いたいが、文面がキザすぎてキモい。意味が違うし、キャラに合わないのでやめた。
「他、何か面白い機能はないの?」
「機能? ゲームとか?」
ゲーム! それはなかなかいい考えだ。
起動してみた。
「うおおおお!おおおお!」
なんだこれ。
なんだよ、これ!
口があんぐり、とはこのことだ。
さっきまでの、むさ苦しい男の一人部屋がまるで入れ替わっていた。まさに別の世界へのトリップ気分。15インチの液晶テレビだとか、ドンキで買ったちゃぶ台だとか、そんなちゃちいものはすべてどこかへ行ってしまって、俺は中世寺院の真ん中に放り投げられた。東南アジア風。
目の前には、
「おい、サン」
「はいー」
どこからかサンの声が聞こえる。天の声みたいだ。
「これが…未来のゲーム?」
「未来も何も、今現在にいるじゃない。ハハ、ウケる」
ウケねーよ。
しかし、没入感がすごい。感覚までまるで持って行かれてる。
で、このゲームが何のゲームだったかというと…
…
って、
やっぱな。やっぱりそうでしょうよ。
後ろから、
ゾンビが迫ってきた。
「食われるうううううううううううううう」
俺は逃げた。マジで全力で逃げた。
いや、逃げようと、して、
膝!
肘!
背中!
首!
後頭部!
に大打撃を食らった。
激痛が俺の体を陸上トラックのように走り回る。
気づけば、上半身と下半身が入れ替わるようにして部屋の壁に激突していた。なんだろう、こんな格好AV女優ぐらいしかやることないと思ってた。
そして、塩をかけられたなめくじのように悶絶するサンがいた。
「ひー、ひやー、ぐるしい、ぐるしいよおお、死ぬ、しぬううう」
すまないが、一旦死んでほしい。
「はあ、はあっ…はあ…あ、あんた、バカ? 本物のバカだわ…っあはは、ははは、我慢できない…」
当の俺は、でんぐり返しで両股広げているので、俺は反論できない。
「た、助けてくれ……」
辛い。人生ってこんなに辛いのだろう。伊豆海溝に沈んで貝になりたい。
やっとのことで起き上がる。見れば半身鏡は倒れ、積み重ねた本・マンガの類が雪崩を起こし、ゴミ袋が転倒して描写に耐えない惨状だ。地震でも起きたかのような状況だ。
「いや、馬鹿もなにも、ゾンビが……」
「あのねえ」やっと笑いのビッグウェーブをやり過ごしたサンがため息まじりに言う。「それ、ゲームよ」
知ってるわい。
「あんた、ゲームと現実の区別もつかないの?」
つくわい。
「ゲームをプレイしているときは、走らなくていいのよ。本当に走っちゃったら、あんた、部屋狭いんだから、壁に激突しちゃうわ」
だろうね。知ってる。今、まさに経験したからな。
…でも、どういうこと?
「夢の中で歩いたり、走ったりするでしょ?」
する。
「それと同じ」
あーなるほど…?
全然わからん。
夢の中で走ってる、みたいなことか? 明晰夢とかでやるやつか。
でもそれ、誰でもできることじゃないだろう?
「もっかい、やってみる?」
「ちょっと待て」はやるサンを抑える。
「何? ヒヨったの? ご主人はヘタレだなあ〜ぷぷぷ」
違う。
「先に、お片づけだ」
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