三戸君、あのね?

かぷこ。

1年4組

1

 高校を卒業して6年、ずっと夢だった教師になって1年がたち、今日から俺は1年4組の担任となる。

 入学式の時間が近づいてきた。新入生と保護者が体育館に集まってくるのを見ると、緊張で胸が高鳴る。式が始まり国歌斉唱、校長の挨拶と順に進んでいき、次は担任紹介だ。この一年、何回か学校集会で体育館の舞台に立って話した事はあるが、入学式となれば話は別だ。新入生にとって初めての高校の入学式で失敗はできない。躓いてこける事がないように、一歩ずつ慎重に舞台にかけられている階段をあがる。1組の担任教師から挨拶が始まり、あっという間に自分の所にマイクがまわってきた。


 ――――大丈夫、落ち着け、笑え。担任が初めてと悟られないように。不安を与えないように挨拶を…。


「皆さん、入学おめでとうございます。1年4組の担任、浅香翔です。体育を担当しているので、4組以外の皆さんとも一緒に授業する事があると思います。3年間、よろしくお願いします。」


 一礼しマイクを司会の教師に渡して、階段を下りる。


 ――――良かった…なんとか失敗せずにいけた…。この後は、教室でこれからのスケジュールを話して……


 そんな事を考えているうちに入学式は終わり、生徒達と一緒に1年4組の教室へ向かう。教室の前後の黒板には大きく”入学おめでとう”と書かれた文字と、座席の表が貼られている。


「ここが皆さんの教室です。前と後ろの黒板に座席が書かれているので、自分の名前を探して座ってください。全員座り終えたらプリントを渡します。」


 生徒達が前後に分かれ自分の席を確認して移動している間に、これから配る予定のプリントを準備する。生徒達は、同じ中学校を卒業した者同士で喋りながら席を確認したり、1人で確認して早いうちに席についたり、もうすでに新しく友達を作っていたり、と様々だ。全員席に着いたところでプリントを配り、後ろまで届いたことを確認すると、前の黒板に貼られている座席表を取り、チョークで自分の名前を書いていく。


「皆、プリントは届いたね。プリントの事とか、周りの子とか気になると思うけど、皆の事覚えたいし、先に自己紹介していこうと思います。いきなりはしにくいと思うから、まずは俺から。えー、はじめまして。このクラスの担任の浅香翔です。体育を担当しているので、学年の職員室より体育館側の職員室にいる事が多いです。剣道部の顧問もしてるから、もし剣道部に入ろうかなって思ってる人がいたらよろしくね。じゃあ次、早坂先生、お願いします。」

「副担任の早坂です。数学を教えています。これからの3年間、大切に過ごしてください。一年間よろしく。」

「次は皆に自己紹介をしてもらうので、名前を呼ばれた人は立って名前と出身中学校、高校で何したいかとか趣味とか教えてください。じゃあ出席番号順で…綾坂由紀子さん、お願いします」


 はい、と言いながら窓際の一番前の席に座る女子生徒が立ち上がり、生徒達の自己紹介が始まる。堂々と自己紹介する子やちょっと恥ずかしそうに喋る子、この子達と今日から過ごしていく事を考えるとこれからが楽しみになる。


「じゃあ次は、三戸祐也君。お願いします。」

「はい!」


 手をあげて立った反動で椅子が後ろの生徒の机に当たる。慌てて後ろの生徒に謝ったあと、真っ直ぐ前を見て自己紹介が始まった。


「三戸祐也です!直岡中学出身です!部活は家庭科部に入ろうと思ってます!先生含め皆と仲良くなりたいです!よろしくお願いします!」


 ――――三戸君、可愛らしい感じで子犬みたいだなー。ああ、目がすっごく輝いている。これからの高校生活が楽しみなんだなー。


「俺も君達皆と仲良くなりたいな。よろしくね。じゃあ次は、南真希さん。お願いします。」


 そして、クラス全員分の自己紹介が終わり明日からのスケジュールの説明をしていく。プリントをめくる音と説明する俺の声だけの教室。腕時計で時間を確認すると、予定していた時刻より10分くらい早く終わりそうだ。


「では最後に明日の事ですが、校内案内の後に身体測定があります。体操服はまだ届いていないので、中学の時の体操服を持って来ておいてください。ここまでで質問がある人。……は、いないみたいだね。じゃあ今日はこれで終わり!あと10分くらいででチャイムが鳴るけど、それまでは自由にしてください。教室は出ないように。あと、隣のクラスはまだ終わってないみたいだから、あまりうるさくしないようにね。」

「はーい!」


 生徒達が自由に時間を潰している間に、早坂先生と一緒に余った配布物を整理する。数が少なかった為すぐ終わり、早坂先生が職員室に配布物を返しに持って行く。すると、1人の男子生徒が近付いてきた。


「先生!浅香先生!1つ質問してもいいですか?」

「うん、いいよ。どうしたの?えーと…三戸君。」


 座席表を見て男子生徒の名前を確認する。さっきの目が輝いてた男の子だ。


「わっ、あの浅香先生が俺の事、名前で呼んでくれた!えっと、浅香先生は彼女や彼氏はいますか!?」


 ――――…うん?彼女や…彼氏?…聞き間違いかな?


「いや、いないよ?」

「ホントですか!?やった!」


 ――――わー、すごい嬉しそうだ。でもなんでこんなに嬉しそうに…もして三戸君、女の子?…もうすでに君付けで呼んでしまっているけど、性別を間違えてたら失礼だな…。


 出席簿を開き性別を確認してみる。中性的な顔立ちをしているが、自分の思っている通り彼は男だ。


「これから1年間、よろしくお願いしますね!浅香先生!」


 ――――っ!?


 全身に鳥肌が立つような感覚に襲われる。学生の頃、何度か似たような感覚を体験した事がある。通学中の満員電車の中で、誰にやられたかはわからない。でも今のこの感覚はあの時とすごく似ている。


 ――――まさか!


 自分の尻の方に手をやり、今も触り続けている手を掴み尻から離す。


「み…三戸君…今…俺のケツ…さ、さわっ…」


 あまりの衝撃でうまく言葉が出ない。そんな俺とは違い、三戸君はあの自己紹介の時と変わらない…いや、さらに嬉しそうに、ワクワクしたように目を輝かせ俺を見ている。


「先生のケツ形だけじゃなくて触り心地もやばいくらい最高ですね!俺この高校に入って浅香先生に会えて本当に嬉しいです!」

「いやっ…あのっ…え…」


 自分のクラスの生徒に尻を触られた事実に思考が停止する。担任としての初めてのHRの終了を告げるチャイムが鳴り響き、ハッと我に返る。慌てて教室を見渡したが、この事に気付いていそうな生徒はいないようだ。


「先生!さようなら!」

「あ、うん、さよなら」


 チャイムを聞いた生徒達が帰る支度をして、次々に教室から出ていく。隣のクラスの生徒達と廊下で会っているのか、すごく賑やかだ。帰る支度が終わった1人の男子生徒が、自分の鞄と三戸君の席にある鞄を持ち近付いて来る。


 ――――えっと、あの子は…篠山浩人君か。


「祐、俺らも帰るぞ」

「うん!あ、鞄ありがとう。じゃあ浅香先生、また明日!さようなら!」

「あ…ああ、さようなら」


 手を振りながら教室を去る姿につられて手を振り返す。誰もいなくなった教室を見て思わず深いため息が出た。


 ――――ああ…初日からこんなため息なんてついてちゃダメだ。


 さっきの感覚がまだ尻に残っているのを紛らわせるように、教室のドアに鍵をかけ足早に職員室へ向かった。


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三戸君、あのね? かぷこ。 @capco

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