第3話「スライムがプニプニしてる件」

 街道にでると馬車を引いた商人やら旅人やらが往来していた。

 僕達はこのまま城塞都市ルドアを目指す。

 その街の3番街にシェリルの住む家があるそうだ。

 住む家もない根なし草だと事情を話たら快く迎えてくれた。

 本当にありがたい話である。

 公園のベンチならまだしも異世界で野宿など考えるだけで身震いものだ。

 魔物だけじゃない。

 日本のような治安国家でも夜の街は危険に満ちている。

 異世界なら尚更だ。野盗などに襲われたら僕なんか朝陽を拝むことすらできないだろう。


「ユーキはヨーチューバーなの?」

「うん、今日始めたばかりの新米ヨーチューバーなんだけどね」


 この世界には魔幻鏡という魔道具があるらしく、ヨーチューバー協会が冒険者ギルドを通して普及させてるらしい。


 その魔幻鏡がこの世界では所謂、通信機器の役目を果たしているそうだ。

 情報収集や情報交換。普通に面白い動画も多いため、冒険者から一般層にまで普及し愛されてるとシェリルが教えてくれた。


 そして僕のアイポンなんだけども、アンテナは未だに立っている。

 けれども元の世界との通信のやり取りはできなかった。


 ただ何かしらの影響を受けたのだろう。不思議と充電の必要がなくなっていた。

 まあ『アナザーリスト』を見る限り、何かしらの形で元の世界と繋がってる気がしないでもないんだが。

 

「ユーキ、あれが城塞都市ルドラだよ!」

「おお! まさしく城塞都市だ!」


 城塞都市ルドラの全貌が見えてきた。

 外壁で一つの山を取り囲んだような街で、山の麓から3番街2番街1番街と続き、頂上に王城があるようだ。

 城塞都市ルドラは街の名前で、国の名前はエルドーラ王国というそうなのだが、何にしても動画の再生数を稼がないとジリ貧だ。


「……ん? あのプヨプヨしてるのは、ひょっとして!?」


 道から逸れた草原に何かがいる。


「あれはスライムだよ」

「や、やっぱり!? あれはスライムなんだね!」


 スライムに出会えるなんて感激だ。

 ホウ酸、洗濯のり、水に絵の具をかき混ぜて、ツルツルネバネバなスライム動画を作るのが大好きだった。

 当然、本物じゃないから動かない。でもここにいるスライムは生きている。

 しみじみと感慨深いものが込みあがり気持ちが自ずと弾んできた。

 

「ユ、ユーキ。どこに行くの?」

「決まってるじゃん。スライムを触りにいくんだよ」

「あ、あぶないよぅ……」


 もちろんスライムが魔物って認識は僕にもある。

 ラノベやゲームの世界でも弱いとはいえ魔物として扱われているんだし。

 それでも本物を見ちゃっては気持ちが抑えられない。

 ツルツルネバネバなあの感触をちょっぴりでも本物で体験したくなった。


「へぇ……いろんな色のスライムがいるんだね!」


 緑、青、赤、オレンジ、白、黒と様々な色のスライムがいる。

 

「さて、どれを触ってみようかな……」

「ほんとにあぶないよぅ……どうしてそんなに触ってみたいの?」

「うーん、言葉では上手く表現できないんだ。ちょこっと近寄ってヤバそうだったらやめとくね」


 ドッチボールサイズの緑色のスライムがいる。

 他のスライムよりも動きがまったりで、大人しげな印象を受けた。

 まあ犬猫じゃないから断言はできないんだど、あれならちょこっとぐらい触っても怒らない気がする。無論、何の根拠もないんだけど……。


「ぐわあああああああああっ!」


 ――――えっ!? なに?

 男の悲鳴が聞こえビクッとなった。

 僕達は声の方へと瞬時に振り向く。


 シェリルが口を手で塞ぎ唖然とし驚いている。

 騎士風の鎧を纏った男が赤いスライムの群れに集中砲火を浴び、地面をのた打ち回っていた。

 だがすぐさま同じく騎士風の女がスライムを払いのけ事なきを得た。


「ルーク! 赤いスライムは狂暴な上、その防衛本能は群れを成すから要注意だと動画を見て研究していたはずだろ! どうして赤いのを狙ったんだ?」

「す、すまない……アリエッタ。ツイ……手を出してしまった……」


 騎士風の男が騎士風の女にこっぴどく怒られてる。

 胸のプレートには紋章も刻まれているし、二人はこの国の騎士なのかもしれないな。


 それにしても――――

 あんな光景見せられると恐くなって触れなくなるじゃないか……まったくもう……。


 内心、プンプンしてると足元がゾワっとした。


「あひー! ス、スライムだ!」


 びっくりして僕はそのまま尻持ちをついた。

 触ろうとしていたスライムから近寄って来ていたのだ。

 スライムはそのまま飛び跳ね、僕の顔面に激突。

 むぎゅとした柔らかくしっとりした感触が伝わってくる

 感激だ、この感触こそがスライムだ。


「ユーキっ! だ、だいじょうぶ?」


 シェリルは光の精霊まで召喚してくれていた。

  

「平気みたいだ。何ともないよ」


 そう言う僕は何事も無かったように、緑のスライムを抱きしめ頭を撫でている。

 撫でれば撫でるほど懐いたように擦り寄ってくる。

 か、かわいい……。


「シェリル見てよ。襲ってくるどころか懐いてるんじゃない?」

「ほ、ほんとだね。嘘みたい……」

「このままペットにしちゃお、かな?」

「で、でもでも。ほんとに……だいじょうぶかな?」

「むしろ捨て猫を拾った気分だよ。このまま見捨てる方が忍びなかったり……?」

「う、うん。そうだね! ユーキがいいならシェリルもいいよ」

「よしっ! 決まりだ」


 ひょっとしたら今までスライムをこよなく愛してきた熱意が、伝わったのかもしれないな。

 

 僕とシェリルはルドアの街の入り口までやって来た。

 ところが早くも壁にぶち当たる。


「おい、ちょっとまて! 見ない顔の上に奇妙な服装だな? 身分書を提示しろ」


 強面の守衛さんに呼びとめられた。

 呼びとめられたのは僕だけだ。

 シェリルは元々この街の住民だし通行書も持っている。

 顔も覚えられているようなのでシェリルはフリーパスだ。


「なんだお前、その胸に抱いてるのはスライムか?」

「あ、はい……」

「ますます怪しいな」

「そう言われましても……」

「ユーキはシェリルの命の恩人なんです」

「シェリルの知り合いなのか? 脅されてる訳じゃないだろうな?」


 守衛さんが鋭い眼光で僕を睨みつける。

 ただでさえ強面で、鋭く尖った槍まで握ってどんと構えてる。

 脅すって……どのツラ下げて言うんだよ……ったく……。


「とにかく身分書の無い者はおいそれと通すことはできぬ。身分書が無い場合は通行料として銀貨3枚必要となっておる」


 運転免許と日本円なら持ってるが、通用しないだろうな。

 動画で稼いだ使用可能ポイントは換金できるらしいが、それも冒険者ギルドでしか換金できない。そもそも換金できたとしても、今のポイントが銀貨3枚にはならないと思う。

 これはマジで困ったぞ。シェリルが必死に頼み込んでくれてるけど、身分書か銀貨3枚の条件は譲れないようだ。


 それでもシェリルのおかげで会話が進展した。


「どうやらヨーチューバーらしいな。それが事実なら動画を見せてみよ」

「はい、ちょっと待ってください」


 シェリルにスライムを預ける。

 スライムは特段変わった様子もなく、大人しくシェリルの胸に収まった。

 投稿動画はまだ一つしかないけど、ポケットをまさぐりアイポンを取出す。


「変わった魔幻鏡だな。まあいい、動画を見せてみろ」


 動画をポチっと再生する。

 守衛さんがライターを見て目が点になっていた。


「こ、これは素晴らしい! いやはや驚かされたぞ!」


 ポケットからライターも取出して、しゅぽっと火をつける。


「これが現物です。ここをカチっと押すと火がつく道具なんですよ」

「見れば見るほど素晴らしい道具だ。これが普及すれば、この国の皆々が喜びそうだ。特にうちの女房など歓喜しそうだわい!」


 昔は物々交換で品物のやり取りをしていた時代もあった。

 このライターは現代日本じゃほんと100円の価値だけど、この世界じゃある意味、アーティファクトだよな。


「あのう……このライターで銀貨3枚分、まけてもらえませんか?」

「なっ、なんと……まことか! 暫しの時間ここで待っていてくれないか? 今すぐ上に掛け合ってくる!」


 守衛さんは僕達にそう告げると早足で去っていった。

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