52話「ああ、喧嘩が始まったよ」

 俺達は冒険者ギルドを後にし、リシュアが逃がしたゴブゴブと合流する為に街を抜け『迷い子の森』に沿いながら北側を目指している。


 そういや冒険者ギルドのお姉さん、意味心なこと言ってたけど、ひょっとして俺達の仕業って思ってたりして?

 そうじゃないと『お疲れ様』なんて、あのタイミングで普通言わないよな……。


「ハジメ氏……」


 マリリンが俺の服を甘えるように掴んでいた。


「なんだいマリリン?」

「あ、えっと……その……」


 頬を赤らめ上目遣いでマリリンが見上げてくる。


「み、みんなには内緒にしててほしいのですが……我は……その……」


 おしっこを漏らした件だよな。

 あれは俺のスキルの影響を受けた訳だからしょうがない。

 トイレで濡れた衣装を乾かしていたんだろうなぁ……ちょっと可哀想なことをしてしまった。


「マリリンまで巻き添いにして悪かったな」

「はい、それはいいのですが……わ、我は興奮してしまいました」

「はい?」


 何を言ってるのかまったく理解不能だ。


「で、ですから……く、癖になりそうです」

「まさかと思うけど、おしっこ漏らしたこと?」

「恥ずかしながら素晴らしい幸福感に満たされたのです」

「あ、はい……そうでござりまするか……」


 詳しく話を聞くと羞恥心やら背徳感などの様々な感情が複雑に織りなして、この上ない解放感に満たされたらしいのだが……。


 俺の専門外だ。返事に窮するとはこのことだ。


「ま、まあ……い、いいんじゃないの? 何に興奮するかなんて人それぞれだし」


 と、まあ……言いながら視線をマリリンから逸らし頬を掻いてるとリシュアが、


「ゴブゴブ殿……無事に脱出できていれば良いのだが」

「平気だよ。リシュアが街の外まで見送ってくれたんだ。そんなに時間も経ってなし、そのうち追いつくだろうさ」

「うむ、そうであってほしい。先を急ごう!」


 リシュアが我先にと歩を進める。

 その姿は実に頼もしい限りだ。


「こっちに向って誰かが走ってくるよ」


 アリスはそう言うと後ろを指差した。

 猛烈な勢いで誰かが走ってくる。

 まさか――――俺達の所業だとバレての追手なのか!?

 と、一瞬ドキッとしたが、どうやら子どもようだ。

 

 って、どこかで見た顔だ。


「おーい! アニキ!」


 全員が子どもの方へと振り向いた。

 その子どもはカッツだった。


「さすがオレが見込んだアニキだよ。ゴブゴブの救出劇見事だったぜ!」


 カッツは王都で俺達を見つけた後、ずっとパーティに加えて貰おうと後を付けていたようだった。

 俺は咄嗟に周囲を見渡す。

 カッツにバレてしまったのは後の祭りだが、声がでかい。

 周囲に人がいて聞かれでもしたら、大変なことになる。


「アニキ心配いらねぇぞ。この付近には俺達以外、誰もいないぜ! それよりもアニキ約束だったよな。またの機会にはパーティに入れてくれるってよ!」


 そんな約束した覚えはないのだが。

 そうだっけ? と思いながらリシュアを見た。


「うむ、ハジメ殿。たしか面接の時に『またの機会があったらよろしく頼む』とは言っておったぞ」


 言われてみれば言ったかもしれないが、ありゃあ断り文句だ。

 

「な、アニキ! いいだろ? 何か企んでるんだろ? ゴブゴブを救出するってことはアレだよな? アニキって魔城に住んでるし、勇者ぶっ倒して世界征服を狙ってるんだろ? オレは英雄になれるなら勇者側でも魔王側、どっち側でもOKなんだぜ!」


 アリスとマリリンは意味もわからず茫然と事の行方を見守ってる。

 それにしても、俺達はカッツにずっと付けられていたのか。

 シーフの能力は前にリシュアが言っていたように役立つモノなんだろうな。

 

「ねぇねぇ、ハジメその子は誰なの?」

「あ、ああ、そっか。アリスとマリリンは知らないんだよな」


 魔城温泉の求人を募集し面接した日の事を二人に話す。

 その間もカッツは鼻息を荒くし、俺達に熱い視線を飛ばす。

 凄まじい熱意を感じる。


「頼むよアニキ。オレは前にも言ったけど役立つ男なんだぜ!」

「我は反対です! この子からは野獣の匂いしかしません!」


 マリリンは反対のようだ。


「あれ? マリリンは反対なの?」

「はい、何者かわからぬ馬の骨。ここは慎重を期すべきなのです!」


 カッツがムスっとする。


「アリスはどうなんだい?」

「アリスはどっちでもいいよ」


 俺としては、ゴブゴブの救出劇を見られてる手前もあるし、不本意ではあるが約束してたって事にもなってるような気もするし、何よりもこの熱意は本物の気がした。

 本採用とまではいかないけど、とりえず仮契約ぐらいはいいのかなぁと。

 

「リシュアはどう思う?」

「あたしは悪い話ではないと思うぞ。前にも言ったが、シーフは役に立つ職業だ」


 賛成2、反対1、どっちでもが1だな。

 

「よっし、本採用じゃないけど、魔城温泉の従業員としてカッツくん君を迎え入れよう!」

「マ、マジかアニキ!」

「あ、いや……従業員としてな」


 この辺が妥当だろう。マリリンは反対してる訳だから正規のパーティに入れる訳にはいかない。が、冒険者ギルドから支給されてるリングを重ねれば表面上は同一パーティという事にはなる。


「ハジメ氏、本気なのですか? ずっと我らの後をコソコソと付けていたコソ泥のような子なんですよ!」


 面接時からカッツの事を知らないマリリンにはそう映るだろう。


「ん、まあ仮にってことで、認めてやってくれないかな?」

「う、うーん……。では、もしこの子が我らの害になるようでしたら我は躊躇いませぬ。その了承だけハジメ氏ください!」

「まあ、それはいいけど……」


 実際、カッツが裏切ったりするってことはないとは思うけど。

 なーんて考えていると、なるはやにマリリンとカッツが言い争っていた。


「やいやい! チビの魔法使い! 折角アニキがオレを頼ってくれてるのに邪剣にするんじゃねーよ!」

「な、なんですって! チ、チビって……あ、あなた誰に向って言ってるんですか! だいたいあなたこそチビじゃないですか!」

「んだとー! この野郎! 未来の英雄様に向って偉そうにしやがって!」


 こりゃいかん! 先が思いやられそうだ。


「ハジメ氏!」

「な、なんだい……? マリリン」

「早速、害がありましたので、排除させて頂きます!」

「な、にゃにおー! オレ知ってんだぜ! このおしっこ漏らしが!」


 マリリンが赤面した。


「おしっこ漏らし?」


 アリスが意味もわからず呟く。リシュアは俺同様にヤレヤレとした気分なんだろう。

 止めに入るべきかどうか頭を抱えているようだ。


「やーい、やーい、チビでチビリ魔なんて救えねぇぜ! アニキもそう思うだろ?」


 さすがにカッツくん……それは言いすぎかも。

 あまりにも子供じみた低レベルな喧嘩で止めに入るタイミングを見失っていたが、マリリンの怒りは既に頂点に達していた。


「も、もう許せないのです! ――――永遠なる夢見の時に封印せよ! 究極眠り魔法アルティメットスリープ!!!」


 バタバタと皆が倒れていく。

 アリスもリシュアもマリリンもカッツも、地面にへばり付きすやすやと寝息を立てた。


 道を急いでると言うのに……まったくヤレヤレだ。

 長い溜息を付いていると、茂みからフードを深くかぶった小男が現れた。


 そこに現れたのは、ゴブゴブだった。

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