36話「木登り」

 俺達のパーティは、『迷い子の森』へと、踏み込んでいる。

 ハーベスト村の村長さんからの依頼で、森への侵入を阻むように出没する狼を退治するためだ。


『迷い子の森』は、その名が示すように、とても深い森で、奥まで踏み込むと帰り道を失いかねない。


 その上、奥に進めば進むほど、凶悪な魔物が出没するらしい。

 まあ、幸いなことに俺達のパーティには、この森で暮らしていたリシュアもいる。 


 リシュアも深々と奥地までは踏み込んだことはないと言うものの、住処周辺の地理は心得ているそうだ。

 それに噂に聞く狼の出没場所はそんなに奥ではない。

 

 ニャムの話や村人達の話から総合的に判断すると、リシュアが以前、棲みついていた樹の上の小屋の周辺らしい。


 前衛は敏捷性の高いリシュア。

 中衛に俺が入り、アリスとマリリンは後方から魔法で支援だ。


 俺は普段着の黒のデニムジャケットに、革製の肩当てと肘当て、黒のグローブをきゅっと嵌め、王都に行った際に買っておいたブロードソードを腰に帯剣し、背中にはンンが作ってくれたお弁当を詰め込んだバックパックを背にしょった。

 

 基本レベルも上がり、基礎ステータスが上昇したことにより、小振りのブロードソード程度ならば、軽く振りまわせる。


 ルーレットスキルもレベルが1から2になっている。

 そしてレベル2になったことにより、使い勝手が格段に向上していた。

 今まではどんな効果が発現するのか、分からない謎スキルであったのだが。

 レベルが2になると、ルーレットの盤上そのものを、俺の意志で出現させることができるようになったのだ。


 眼前に出現するルーレットは、青いエフェクトで二つの魔法陣が、折り重なったようなデザイン。

 出現と同時にルーレットは高速回転しており、デバフ効果を記した紋様がぐるぐると回転している。

 後は狙いを定め、俺が望む効果の紋様に触れるだけだ。

 そして今あるネタ効果で確認済みなのは以下の通りだ。


 ・くしゃみを連続で発生させる

 ・身体の部位のどこかに痒みを与える

 ・尿意を発生させる

 ・涙があふれ出る

 ・しゃっくりを発生させる

 

 更にレベルが上がった恩恵で、毒攻撃が追加されていた。

 うまく引き当てれば、継続的な毒ダメージを与えられる優れものだ。

 

 これだけでも随分とマシになったのだが、それだけではなかった。

 ルーレットにはマス目が30個あって、1/30の確率で大当たりがある。

 うまく触れることができると、絶大な効果のデバフがランダムで発動する。


 スケルトンを石化で一網打尽にできたのは、運よく当たりを引いていたと言う事だろう。

 とはいえ、ルーレットで当たりを引くには集中力と運が試される。


 そんなことを考えながら、小鳥のさえずる森を進んでいると、アリスが上方を指差した。


「あんなところに小屋があるんだよ」


 見上げると小さな小屋が樹木の上に建造されていた。

 樹枝を器用に組み上げた簡素な小屋である。


「あれは、あたしの家だ。恥ずかしいからあんまり見るな……」


 リシュアが照れながら手で目を覆う。


「樹の上の小屋なんて、俺的にはロマンを感じるぞ?」

「うむ、そうなのか?」

「ああ……なかなか良い感じじゃないか」

「……そ、そうか? ハジメ殿に褒められると、あたしは嬉しいぞ」


 アリスもマリリンも感心したように、見上げている。

 

「ハジメ、ここでお昼にする?」

「我も小腹が空いたのであります」

「んじゃ、休憩するか。俺も歩き疲れた」


 しかし樹上の小屋は随分と高い位置に建造されている。

 目測でも20メートル以上はあるんじゃないか?

 梯子すらない。

 

 溜息を洩らしていたら、リシュアが軽々と登っていった。

 そしてリシュアは小屋から俺達を見下ろし手招きする。


「さあ、皆もくるのだ」


 アリスとマリリンは躊躇っている。

 俺だってそうだ。

 木登りは得意ではない。

 二人もそうなのだろう。

 途中、踏みはずし落下でもしようものなら、痛いじゃすまないぞ。


 休息なら樹の下で十分なのだが、リシュアがしきりに誘ってくる。

 

「お前ら、先に登っていけよ。いざって時は、俺が支えてやるよ」


 俺の言葉に二人は意を決して登り始める。

 下を見下ろせば俺も身がすくむのだが、上だけ見てたら何も恐れることはない。

 上方の眺めは恐怖など瞬時に払拭できるほど格別だ。

 そう、二人のスカートから覗け見るご神体が、黒と青なのだ。

 

「今更ながらこの状況。我は興奮いたしまする」


 マリリンの言葉で、アリスがハッと気がついたようだ。


「ハ、ハジメェェェ!」


 アリスがそう叫ぶと、涙目で頬を染め、俺の頬を足でグイグイと押しつけてくる。


「バ、バカっ! 何やってんだよ! お、おちるだろ! ――――ら、らめぇぇぇ!」


 あと一歩のところで、俺だけ奈落の底に突き落とされた。

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