第五章
34話「とある金曜日」
学校に行くよりも部屋でゲームやラノベを嗜み、それをネタに妄想しながら床につく。それが今までの俺の日課であった。
その妄想が今や現実となっている。
ヒキニートだと、妹にバカにされ続けていた俺であったが、今や。
魔王を倒し、邪神と融和し、魔城温泉の社長になったのだ。
ほんの一カ月ほどの月日で、これだけの事をやり遂げた。
これだけは、アリスに感謝しなければな。
そして俺は今、厨房へと足を運んでいる。
白のワンピースの上にシェフのようなエプロンをかけ、包丁を握りマナ板をトントントンと叩く、ンンの姿は真剣そのものだ。
振り向けば笑顔。食材に向かえば一心不乱に調理に没頭する。
その姿は魔城温泉の料理長として申し分ない。
「あ、ご主人様なのん」
俺の姿を視界に捉えたンンが、笑顔でそう呟いた。
すると、ンンは焼きたてのクッキーを俺に差し出した。
うん。味は悪くない。これならお客さんにも好評だろう。
「これから、ちょいとハーベスト村に顔を出すけど、不足してる調理器具とかないかい?」
「今のところは特にないのですのん」
そんな取りとめのない会話を済ました俺は、これからハーベスト村の村長宅へと、お邪魔する。
なんでもニャムが以前言っていた、狼が出没し、村の狩人達も恐れて近づけないとのことだった。
それはそれで、狩人達にとっては、かなり深刻な話である。
森に入れないとなると、仕事にもならず収入源も途絶えてしまう。
村人の陳情に頭を痛めている村長さんは、俺に相談したいとのことなので、これから向かうところなのだ。
村の狩人達やニャムが震えるほどの狼。
どれほどのものなのだろうか、と、考えながら吊橋を歩いてると、後方より声をかけられた。
振り向くと魔女っ子の衣装を纏ったマリリンがいた。
「ハジメ氏、何処かに向かわれるのですか?」
「ああ、ちょいと村長宅にいってくるよ」
「でしたら我も、ご同行してよろしいですか?」
「でも、マリリンは今日は休みだろ? 無理しなくていいんだぞ」
「鳴かぬなら鳴かせてみせよ、ホトトギスなのであります」
「はい?」
「我は暇なのであります!」
ハーベスト村までの道のりは30分ほど。
のどかな草原で、魔物と言ってもスライムが飛び跳ねているぐらいである。
その間、マリリンは終始笑顔で、ウキウキしている。
「ハジメ氏の世界に我も行ってみたいのです!」
「俺も皆を招待できたら、楽しいと思うけど、アリスのテレポートは俺しか運べない残念仕様だからなぁ……」
「我もアリス氏が言っていた、ハジメ氏の母上の手作りハンバーグとやらを食べてみたいのです」
「だったら、俺で良ければハンバーグぐらい作ってやるよ」
「本当でございますか!」
深く考えもしないで発した言葉にマリリンは、とても喜んでくれている。
「そういやマリリンって数千年も、あのダンジョンで、邪神を見張ってたんだろ? その間、何食ってたんだ?」
「何も食べてないですよ?」
ごく当たり前のように言う。
「数千年だろ? 普通に考えりゃ……死ぬよな?」
「眠り魔法で寝てる間は、何も食べなくても平気なんですよ」
「つーても、数千年間、ずっと眠りっぱなしじゃないだろ? そもそも邪神復活を見張ってたんだろ? 寝っぱなしじゃ意味ないよな……」
するとマリリンは少し俯くと、「夢を食べるんです」と、恥ずかしそうに呟いた。
「夢?」
「はい、誰かの夢に出てくる、ご飯を食べてたんです……」
「それって……うまいの?」
「メニューによります。あ、ハジメ氏っ! このことは誰にも言わないでください。我とハジメ氏、二人だけの秘密なのであります」
そう言ってマリリンは、上目遣いで俺を見据えると頬を染める。
どうして、そんなに恥ずかしそうにしてるのだろうか。
数千年も生きてるロリババアのはずなのに、妹のユイより可愛げで幼い。
「ハジメ氏。ハーベスト村が見えましたよ」
他人の夢の中のご飯を食べることって、そんなに恥ずかしいのかと、尋ねる間もなくハーベスト村に着いてしまった。
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