第4話 青い春ともしかしたら修羅場
その日は朝から憂鬱だった。
「鉄、響となんかあったの?」
登校後の教室にて。
鉄が席に着くなり開口一番に奏が聞いてきた。
響本人から話を聞いたのか、単に奏自身の勘なのかどうか定かではないが、聞かれたくない話題に鉄は重く息を吐き出す。
「何かあったとか、そんなんじゃねぇよ……多分」
「喧嘩?」
「してねぇし」
喧嘩じゃない。
だが、やはり鉄は重く息を吐く。
奏の二卵生の双子の妹の響も鉄には幼馴染みで、長い付き合いになる友人だ。
その響に今朝、ウロを見られた。
見られて困る事などない筈なのに、響への返答に言葉詰まったのは気持ち複雑な背景の所為だ。
相手が響だからこそ言葉に詰まったとも言える。
鉄は、響が自分自身に向けている好意を知っているから。
曖昧に誤魔化してはいけない相手だからこそ言葉を選びたいし、朝の適当な時間に言える内容でもないと思ったから憂いもする。
「はぁ……」
「悩む鉄は色気があっていいねぇ」
鉄の重苦しい溜息を耳に、呑気に奏が呟いた。
* * * * *
——それは中学を卒業してからの春休みの事だった。
地元の鹿魚高校に無事合格も決まり、新しい制服を受け取りに指定の服飾店に行った日の出来事。
「こんちゃーす。制服頼んでた塚本ッスけどー」
「あ、鉄」
商店街の中の小さな服飾店‘しんでれら’には鉄のよく知る先客がいた。ショートカットがよく似合う彼女は毛先を遊ばせ振り返り、鉄を見て顔を綻ばせる。
「響も今日が受け取り日だったのか」
「奇遇だねぇ」
動かせばカラコロ鐘の鳴る扉を閉めて、狭い店内に二人並んで店主の対応を待つ。
「はい、これが玉浦さんの鹿魚高の制服。兄妹二人分ね」
「どうも」
代金と引換えに制服を受け取る響に、鉄は呆れた物言いで息を吐く。
「パシりか?」
「奏とジャンケンで負けたの」
二人分の袋を抱え、響は店内の壁にもたれる。
「せっかくだから待っといてあげる」
「どうせ俺が荷物持ちだろ?」
響はフフッと笑い「当たり前でしょ」と答える。
それから後に鉄が制服を受け取って、二人は一緒に店を出た。奏と響の家が経営する玉浦菓子店は‘しんでれら’とは反対方向、商店街の中心に位置する。
この日は響の希望で真っ直ぐ玉浦宅には帰らず、道中にある通りの公園に寄り道をしていた。理由は、園内で売られている今川焼きが目的だ。
「桜眺めて食べる今川焼きは乙だねぇ」
「俺はお前ん家のチーズ饅頭のがいいけどな」
「おごって貰ってその言い草ー」
唇を尖らせる響。けれどすぐに笑顔に変わった。
「ま、せっかく鉄とまた同じ高校なんだしね。許すか」
しみじみと零す響の頬を風が撫ぜた。ベンチに並んで座る二人の間に置かれている紙袋の中身を思い出し、響を見る。
「そういや響、他に私立の女子高志望してただろ? 何で鹿魚に変えたんだ?」
今川焼きをぺろりと食べ上げ、食後に大きく伸びをして伸していた腕を畳み、響は言った。
「どうしてって、心変わり? そこって私立でランク高いけど、やっぱ女子高はねー。そこで淋しい青春送りたくないもん。鹿魚だって公立の中じゃ進学校だし」
「でも、夏まではそこに行きたがってだろうが」
「そうだけど、さ」
不意に黙る響。
そのまま空色のベンチにもたれ、空を見上げた。
鳥が囀る春の空。
緩やかに細く薄い雲が流れるのを見送り、響は小さく嘆息つく。
「そこに鉄はいないじゃない」
「あ?」
ふと溢れた言葉に目を丸くする。
鉄の隣りには頬を染め、照れながら口元に残った生地を舐め取る響。
今の言葉はどういう意味なのだろうか。
問い質せず、鉄は響を注視する。
ぼんやりし過ぎて手の中の今川焼きが徐々に熱わ失って行く気がした。
「……変な顔しないでよ」
鉄を面と見据える響は、穏やかに、けれど悲しそうに微笑んで鉄を惑わせる。
「私が鉄から離れようとすれば、少しは焦ってくれるかなって期待したのに……」
「何がだよ」
「鉄に変化球は無理だって話よ」
ふわっと響の腕が鉄の首に絡まる。
ほんの一瞬、吐息がかかる程の近い距離を、響の唇が鉄の唇を捕えた。
「好きなの」
「ひびっ……!?」
言葉より先に、再び唇を塞がれる。
触れるだけのキス。
目が合えば満足そうな響。
「ずっと伝えたかったの。お陰ですっきりした」
「すっきりって……あのなぁっ」
「アハハ」
顔を真っ赤に事態を把握しつつある鉄を響が笑い、それから制服の袋を手に取ると、二、三歩進んで立ち止まる。
「ねぇ、ちゃんと考えといて。私、待ってるからさ」
「待ってるって……」
何か言おうにも掛ける言葉が見つからない。
響は逃げるように駆け足で離れて行く。
「じゃあね、鉄」
バイバイと大きく手を振り、鉄を置いて帰る響。思わず手を振り返し見送る鉄。
次第に姿が見えなくなって気付く。
「‘じゃあね’じゃねぇよっ」
キスの余韻も残らない。
普段はご近所でもしっかり者と謳われる看板娘彼女とて、一寸先は男女共に手玉に取って浮名を馳せた小悪魔奏の妹。
こうと決めたら何を仕出かすか分らないと思い知らされた。
それから三ヶ月。
告白されて、キスされて。休みが開けて、入学式が過ぎ、夏が来ても鉄は未だに響の想いに未回答でいた。
有耶無耶にしたまま今日まで来て、しかも心象的に不義理な状況なので更に頭が痛い。
「どぉしよ……」
困りながら頭を掻くのは鉄の癖だ。
赤く染められた夕空を見上げた。遥か水平線に沈む夕陽を見送りながら、鉄は正門に背中を預ける。
テスト期間中は部活も休みに入り、放課後の学校は生徒の姿もない。待ち人もそう遅からず出てくるだろう。
* * * * *
「幼馴染みカップルってヤツか?」
独特の粘着質の音がするページを捲り、朝来から「見物」と与えられたアルバムから一枚の写真を指差す。
その写真にはまだあどけなさ残る鉄と、今朝会った少女、響が体育祭か何らかの際に撮ったと思われる姿があった。
親しげに鉄の肩に添えられた響の手を見て、一目に初々しいカップルと思えなくもない。
「残念。まだただの幼馴染みよ」
含みある笑みを浮べ、朝来は試すようにウロを見た。
「気になる?」
「いや別に。ただ、今朝この子を見知る機会があったからどんな子なのか聞いただけだが」
「あらそう?」
いくらか残念そうに頷いて、朝来は身を乗り出してアルバムを覗く。
「二人が付き合うのも一向に構わないんだけどねぇ」
苦笑を交え、ページを捲れば今度は鉄と響、響と相似した顔の奏が鉄を取り合うように腕を絡ませる賑やかな一枚が飛び込んだ。
「鉄は響ちゃんと奏くんのどちらか一人なんて選べないと思うからさー」
その言葉に、ウロはどっちが「響」でどっちが「奏」か考えていた。
一目できょうだいと分かる容貌はどちらも美少女。
確かに「どちらか選ぶ」なんて到底無理に思えた。
けれどウロは気付かない。この双子の一方が実は「男」だと言う事を。
ともあれ大切な友人が二人もいる鉄は幸せだ。
みすゞ舘を見ても思うが、鉄は幸せな環境で優しく育っていると分かる。
それが恨めしいなんてウロは思わないが、そんな鉄から見てウロが「可哀相な人」に見えているとしたら惨めな気分になった。
幸せな人の立場から見た家出人のウロは、さぞ哀れな存在だろう。差し出された手は幸せな人の施しだとしたら淋しく感じた。
「……どうして鉄は私なんて拾ってくれたんだろう」
独り言とも取れるぼんやりと呟くウロの声に、朝来は珍しく力なく笑みアルバムを閉じる。
* * * * *
「朝の話……?」
頷いた鉄に、響は些か不機嫌に唸る。
「そんな理由でもないと鉄が私の帰りを待つ訳ないか」
その声は、鉄を知っているから半分諦めた感じでもあった。
「新しく入ったアパートの住人って今朝言わなかった? 違うの?」
早朝の鉄の言葉を思い出しながら響が問う。鉄は嘘じゃないと首を振る。
「でも、朝の説明じゃ不十分だから。お前には話さないと悪い気がして……」
「義理立てってヤツ?」
鉄は複雑な面持ちで迷いながら頷いた。響の責めるような言葉は最もだ。鉄の眉間も険しくなる。
「……聞きたく、ないか?」
「聞く」
不安そうな鉄に響は促す。
「話して?」
それから鉄はポツリポツリと一昨日の明方の始まりからゆっくりと紡ぎ始めた。
足取りも遅く、響と肩を並べて歩きながらウロの話をする。帰る意思のない家出人のウロの気が済むまで預かるという話に差し掛かった所で響が反論を上げた。
「だからって、どうして鉄が引き取らなきゃいけないの? 家出人の保護なんて警察に任せるもんじゃないの?」
「任せたら帰らされるだろ」
「それでもそこまで面倒見る義理は全くないでしょ。赤の他人だよ!?」
ほんのり褐色の響の瞳が鉄を射た。
「足が悪いから同情?」
もし、そうだと答えたら怒ると言いたそうに睨む響。
「その人の事、好きになったとか?」
「好きとかそんなのねぇよ。ただ、ムカついたから……」
下唇を噛み、顔をしかめる鉄。
本来ならその理由を口には出したくない。
あまり思い出したくない過去を思い出すハメになるから口には出したくなかった。
けれど、響はそれでは納得しないのだろうと観念する。ここまで話す可能性はあらかじめ想像していた。
「奏には言うなよ?」
‘後でからかわれるから’と言って、鉄はゆっくりと口を開く。
「お前も小さい時聞いた事あるよな――?」
* * * * *
「私と重ねたのかもね」
閉じたアルバムを懐かしく眺め、朝来が力を抜いて息を吐く。
「ウロちゃんね、ちょっと昔の私に似ているのよね」
朝来の零した言葉と一緒に伸ばした手が、古いアルバムを掴んだ。深緑色の装丁のアルバムの埃を丁寧に払い、表紙を開く。隣りでそれをウロが覗いた。
開かれたアルバムに写真が一枚。
生まれたばかりの赤ん坊を腕に抱き、穏やかに微笑む男が佇んでいる。
ウロは見覚えのある面差しに首を傾げた。
「この人、死んだ私の旦那」
「じゃあ鉄の……」
納得と手を打ち、それからウロはまた首を捻る。
「――死んだ?」
確かに鉄の父親の不在に気付いてはいたが、どんな事情があるかも分からないのに不躾にも聞けないので気にかけないようにしていただけありウロは眉ねを寄せた。朝来は寂しそうに薄く微笑んでいる。
「鉄が四つの時、病気であっさりさ。しかも死ぬまで家族に病気の事隠しててさー腹立ったなぁ」
「けど、悲しいだろ?」
「――そりゃあ、ね……」
写真の中の今はいない人を朝来の指がなぞる。鉄である赤ん坊を抱いた至福の笑みを追っているのだろう。
「看護師なんだけどね、私。好きな人の病気に気付けなかったのが悔しくて苦しくて悲しくてさぁ。時期があったのよねぇ。あの時はヤバかったわ、うん」
不意に朝来が天井に向かって顔を上げる。表情は伺えなかったが、ウロは直感的に朝来が涙を溜めて堪えている姿を思い浮べ、咄嗟に顔を伏せた。
「……その、最愛な人を失った悲しみって、癒えるものか?」
無神経と思いつつも、ついウロは口を開いて尋ねてしまった。視線を落とした先には愛しそうに息子を抱き締める朝来の写真。きっと、この写真を撮った人……鉄の父親は幸せだっただろう。込み上がるものを感じる一枚に、胸が締付けられる。
「空いてしまった心の穴を埋める事は出来たのか?」
「悲しみで人は死なないよ。存外図太く丈夫に出来てる。私には鉄もいたしね」
それでも淋しそうな朝来の顔。いつの間にか捲られたアルバムには亡き夫の姿は何処にもなく、鉄の写真ばかりが貼られていた。
「でも、鉄を見てて痛い時期はあったな。あの子、父親に似過ぎててさぁ」
手を組む朝来の左の甲に爪が立つ。まるで己を責めるように。
「私は仕事に逃げた。忙しさの中であの人も鉄も考えないようにした」
「体が保たずにすぐに倒れたけど」と笑う姿は自分を嘲ている。
「体壊して入院してる時、鉄は毎日実家からお見舞いに来てくれた。健気よね。実の母親は息子から逃げたのにさ」
朝来の瞳が何処か遠くを映す。
「あぁ……その後からだ」
ぼんやりと囁くように呟く。
「あの子、泣かなくなったのよねぇ」
「泣かなく?」
静かにウロが問うと、朝来は笑みを冷たく零した。
「強くなろうとしたんだと思う。小さいあの子はあの子なりに私が病んでいる事に気付いたんだろうね。私を守れなかったって考えたのかも。最初、鉄を避ける私を引き止めようととにかく泣いていたのにさ、幼児が転んで頭切っても泣かないのよ? 私が泣けてきたよ。馬鹿なの。私たち、どちらも……」
長い話に朝来は一息ついて、更に悔恨の話を紡ぐ。
「その反動かな? あの子は、傷付いて居場所のないモノに敏感なの」
傷付いて居場所のない。それはウロ自身、自分が当てはまると分かった。
「それは同情ではないのか?」
尋ねるウロに朝来は優しく頭を撫でる。
「あの子は、自分自身を満足させたいの。本人は自覚してないだろうけど、多分? ウロちゃんが心から家に帰りたいって思えるようになったら、あの子は自分を許せるんじゃないかなぁ」
「……」
「——多分、きっと、もしくはそうかも」
締まりの悪い文末に、ずるっとウロは脱力する。
「何処まで仮定的……」
呆れたウロに朝来は悪戯っぽく笑った。
「だって鉄の口から聞いてないし。母親の勘だし。大体あの子節操なしなのよ。昔から捨て犬やら捨て猫やら捨て狸やら捨て鶏やら拾っては面倒見てたんだから」
「捨て……」
ウロは苦虫を噛み潰したような何とも言えない顔をする。
* * * * *
日は暮れて、水平線に僅かに残る朱色の糸が消えて行くのを見送り、鉄は息を吐いた。
長い話の少しの余韻。
響は話しながら歩く遅い鉄の歩調に合わせ、隣りを歩く。
「だからさ、同情のつもりじゃなくてさ……」
話を区切るように語尾を濁らせる。話していたのは鉄の記憶に残る弱った母。
「ウロ見てるとさ、妙におふくろとダブるんだよ。何か、頼りないそん時の自分思い出してさ、嫌っつぅか……」
鉄の脳裏を過るのは、忙しそうに仕事に出かける朝来の背中か横顔。そんな母を引止めようと癇癪起こして泣いていた自分。母が倒れた後は困らせないようにと、泣かないよう淋しさを堪えた自分。そこから芽生えた、情けない自分を払拭させるような義務感。
「結局は俺の自己満、なんだと思う」
「――うん」
頷いてはいたが、正直響にはその理屈があまり理解した様子ではない。それがウロを引き取る理由として納得は出来ないが、譲歩しようという了見は汲み取れた。
それでも鉄は頷いた響にホッとして胸を撫で下ろし、歩調を速めた。響にとって話が終わってないとは知らずに。
「鉄っ」
「ん?」
先を歩く鉄の腕を力任せに引き寄せ、響は自分と向かい合わせに立たせる。背の高い鉄に視線合わせて睨む、褐色の瞳を鉄は無言で受けた。
仄かに紅潮した頬。響は微かに吐息を荒げて口を開く。
「私、まだ鉄を好きでいていい?」
「はぁっ!?」
突拍子のない質問に、鉄の心臓が跳ね上がった。
「知るかよそんなのっ」
「だって、誰であれ女の子が鉄と一緒に暮らすなんて不安だもん! 私はまだ鉄から返事を貰ってないんだよ!?」
「だからって聞くか!? 普通っ」
「鉄は聞かなきゃ答えないじゃない」
「聞かれたって何て言やいいか分かんねぇよっ」
耳まで赤くなる鉄を見て響は手の力を緩める。攻め入り過ぎたと自覚したらしい。現状、色恋への関心が浅いのが鉄だとは響も重々承知だ。
「じゃ、宿題」
「は?」
鉄の茶色がかった瞳が間抜けに丸くなる。
「仕方ないからもう少し待ってあげる。一応、今日の件で告白した私の事を意識してるって分かったから」
響としては一刻も早く返事が欲しいものだろうが、真っ赤になって狼狽える鉄を面白そうに眺めて満足げだ。
「マザコンは程々に」
「マザコンじゃねぇ!」
怒鳴る鉄の怒りをヒラリと躱し、響は鞄を持つ手を変えて右手を振った。
「じゃね」
「あ?」
気付けば響の家まですぐそこという所まで来ていた。
「その内敵情視察に行くから覚悟してね」
「敵情って……」
呆れる鉄にニッと響は笑う。
「好きだよ、鉄」
そう言い残すと角を曲がって逃げてしまった。一人、住宅地の十字路に取り残された鉄はぼやく。
「言い逃げかよ」
真っ直ぐに好意を向けて来る響の笑顔が、鉄の胸を針で突き刺した。
塚本 鉄、十五歳。
女の扱い辛さを身を持って知った夏の黄昏。
そして、此処にも気難しい女が一人。
「……ただいま」
「おかえり」
みすゞ舘の5号室。
塚本宅の扉を開くと、心なしか不機嫌なウロの声が返って来た。
「何つぅ顔してんだよ」
「元々こんな顔だ」
心なしか所か明らかに目を吊り上げて怒っている。
「私は犬猫同然か?」
「は?」
先程の響の発言にも驚かされたが、ウロもウロで何を言い出すのだろう。
「何の話だよ」
「知らん」
知らんはないだろう。
口を挟みかけて鉄はやめた。相手にするのはよそう。
玄関先で威嚇するウロを通り抜け、鉄は即座に自分の部屋に入りベッドに体を沈めた。
よくよく考えれば、今日は普段より早く起きているのだ。加えてテスト期間で割りと夜更かしもしている。響との件で神経も磨り減らしている。
その為か、家に帰るなり頭が重く感じるくらい眠気に襲われた。
とにかく考えるのは後にして眠りたい。
睡眠の欲求に従い、俯せに鉄が寝始めると扉が開く音が聞こえ、鉄のベッドに向かって来る衣擦れの音が耳に入って来る。
ウロが足の効かない体を引き摺り移動している音だった。
「寝るな馬鹿~。かまえ~相手しろぉ」
「……明日」
眠気で適当な事を言う。
「明日?」
「……あぁ」
思いの他機嫌よく返ってくるウロの声。
鉄は薄目を開けて、チラッとウロを見たがどうだろう。
犬猫同然かと憤っていたが、まるで犬猫のように期待に目を丸くする姿は‘そのもの’じゃないか。
「じゃあ明日、今日みたく朝に外に出たい!」
散歩をせがむ犬……。
虚ろな頭でそう思いながら鉄は頷く。
「わあった……」
耳にウロの歓喜の声が入って、鉄は眠りに落ちた。
睡魔は闇。
この安易な約束が、翌朝ウロに元気よく叩き起こされるまで実現されるなんて夢にも思わない鉄。
だが、その約束が後々彼らにとって欠かせない日課になってしまうのは……また別の話。
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