閑話「魔法学園とユーグリット王国」

 魔法都市エンディミオン。

 その図書館の一室を三人の生徒が日々占領していた。


 一人はラルフ・ラファイエット。

 ミッドガル王国よりも遙か南に位置する砂漠のカシュナール王国出身の貴族だ。

 水と風の魔術を巧み操り、混合魔術【氷系統】を得意とする魔術師ソーサラーでもある。ただ彼自身は氷魔術に関しては王級だと自負している。

 

 もう一人はミルフィー。

 魔法都市エンディミンオンの南にある森に住居を構える猫型獣族だ。

 魔術の称号は魔術師見習いメイジで、得意は火魔術である。

 ルーシェリアに頭を撫でられるのが好きらしい。


 そして最後の一人がマリリン。

 ミッドガル王国より北西にある火吹き山の先、白竜山脈の麓にある小さな村の出身だ。

 亡き母が魔術師だったと知り、魔術師に憧れを抱いていた。

 そんな折、彼女はルーシェリアと知り合う。


 季節は冬。

 次の春でラルフ・ラファイエットは無事に卒業となる。

 彼はそれまでに、歴史の紐を解けるだけ解き明かしたいと考えていた。

 それもそのはず、彼は魔導図書館の奥にある開かずの扉の先にある真実を知ってしまったからだ。


「ラルフさん、あれから何かわかりましたか?」


 ラルフにそう話しかけたのはマリリン。

 マリリンも世界の謎については興味深々で、ラルフの研究に協力している。


「うーん、俺がわかったことはこれぐらいかな?」


 ラルフは地図を広げた。

 広げた地図にはラルフが付けた赤い点がいくつもあった。


「ラルフにゃー、この赤い点が遺跡の場所なにょか?」

「そうだ、ミルフィー、マリリン。この点で示した場所には古代の遺跡がある」

「それで何かわかったの?」

「いや……まったく……けどな……」

「けど?」

「……にゃんだ?」

「地上にある遺跡も古いモノなんだろうが、世界各地の地下にはもっと古い時代から謎めいた遺跡が点在してるんだ」

「謎めいた……?」


 マリリンはそうぼやき、ミルフィーは首を傾げる。

 だが、ラルフは真剣に地図を見つめ淡々と語る。


「地下にある遺跡で発掘されたモノは、地上にある遺跡よりも格段に古い時代のモノのようなんだ。でもな……その技術力は今の時代のモノよりも遙かに高度なんだ。ハッキリ言うと、この時代の技術ではありえない不思議なモノが多いんだよ」

「どんなモノなんですか?」

「古文書の知識だけで見た訳じゃないんだが、空を飛ぶ鋼鉄製のドラゴンだとか、火を吹く馬車だとか、かな?」

「鋼鉄のドラゴンですか?」

「ああ、鋼鉄が空を飛ぶ訳ないだろ? しかも、その鋼鉄のドラゴンには人が乗ることもできて、移動手段として使われていた節があるんだ」


 そう言いつつも空飛ぶ鋼鉄のドラゴンにラルフは大きな期待を寄せていた。 

 そして以前、ルーシェリアが開かずの扉の先で話していたことを思い返してもいた。


「この世界……いやこの星は古代より二つの勢力が地上を巡り争っていた。一つは科学文明で、もう一つが魔法文明。ルーシェリアがあの日、言っていたんだ。魔逢星とは科学文明の逆襲じゃないかとね。そこで俺は思った。古文書に記されてる謎めいたモノはかつての文明の遺産ではないかとね。ただ、残念なことに今では、ダンジョン以外の地下遺跡は、全て法王庁に立ち入りを禁止されているんだ」


 ラルフの言葉を受け、マリリンは師匠ことルーシェリアに聞いたことを話す。


「北の大空洞にも前時代の科学の遺産らしきモノがあったらしいですよ」

「ああ、それは前にも聞いたよマリリン」

「あれ? そうでしたっけ?」

「うんうん、その話ならミャーも聞いたにゃー」

 

 マリリンも一度話したことを思い出し、頬を染めた。

 ラルフは照れてるマリリンをものともせず、真剣な眼差しで見つめる。


「だがな……マリリン。ルーシェリア達は大空洞の底までは辿り着けてないんだろ?」

「ええ、そうですね。大量のガーゴイルに阻まれたってお師匠様も言ってました」

「だろ? 少なくともその奥底に何かがあるんだよ。ガーゴイルはそこを守護してる存在なんだ。各地の地下遺跡を調べることは難しいが、大空洞なら法王庁の監視の目がないんだよな。できれば俺はそこを調べてみたい」


 マリリンもミルフィーもラルフの言葉で考え込んだ。

 マリリンは真剣に、ミルフィーは面倒臭いにゃーと。


 ラルフの国は灼熱の荒野と砂漠の王国である。

 作物も育ちにくく、生きていく上で必要な水すら貴重品だ。

 他国の支援がなければ国家そのもの維持も厳しく、その支援の大半をミッドガル王国に頼っている。

 また、砂漠の輸送は困難を極め、十分な物資が国民全てに行き渡っているとは言い難い。

 物価は高騰し、特に水や食料が高い国でもある。

 

 それでも、国家の体を維持できてるのは、豊富な資源である。

 カシュナール王国は多大な鉱物と燃える油をミッドガル王国へと輸出している。

 立場は対等ではあるが、実質、貿易が途切れたら困るのはカシュナール王国である。

 また、ミッドガル王国が他国と戦争になるような事態に陥ったら、その先、どうなるかも怪しいものでもある。


 空を飛ぶ鋼鉄のドラゴン。そのようなモノがあるなら、貿易の幅は広がり国が安定し、豊かになる。人々が安心して暮らせる国になるとラルフは考えていた。


「俺は来年の春。卒業したらルーシェリアに会いに行くよ」


 ラルフはそう呟く。

 それに合わせるように二人も頷いた。


「マリリンも久しぶりにお師匠様に会いたいです」

「ミャーも頭を撫で撫でして貰いたいにゃん!」

「じゃあ、決まったな。来年の春、皆でアイツに会いに行こう!」


 マリリンはそれまでに、魔術の技量をあげようと決心する。

 が、残念なことにいくら頑張っても、小さな火球を撃ち放つのが精一杯である。

 そう考えると魔術の才がないのかと溜息が漏れそうにもなる。


 そしてラルフは手紙をしたためた。

 友と言っても、相手は一国の王子だ。

 事前に手紙ぐらいは送っておこうと。

 

 その手紙にマリリンとミルフィーも一緒に書き連ねる。

 

『ルーシェリア、元気でやってるか? 俺だラルフだ。マリリンも元気で頑張ってるぞ。俺はお前と開かずの扉の先にあった謎を知ってから、独自に研究を続けてきた。そしてマリリンに聞いた。なんでも大空洞の底へと向かったらしいな。行方しれずになっていた両親の探索だとも聞いた。二人とも無事で良かったじゃないか。ここからが本題なのだが、俺は大空洞の奥底にあるものを知りたい。ガーゴイルが阻んでお前が辿りつけなかった更に奥の話だ。俺は来年の春、卒業する。お前に会いに行こうと考えている。詳しい話はその時だ』


『お師匠様、マリリンです。ラルフさんには色々とお世話になりっぱなしです。ミルフィーさんも我の友達になってくれました。日々、楽しい学園生活を送ってます。春にはラルフさんとミルフィーさんとの三人でお師匠様に会いに行きますので、ラルフさんの卒業祝いをしましょう!』


『ミルフィーだにゃー! ルーシェリアが撫でてくれないと禁断症状がでるにゃー! 会いに行くから楽しみにしててほしいにゃーん』


 ラルフは手紙を封筒に蝋封し、さらに魔力を込めた。

 ルーシェリア以外の者が手紙を開封したら、燃え尽きチリとなる魔術だ。

 

「よし、卒業が楽しみだな」


 ラルフは二人の親友に笑顔を飛ばした。

 マリリンは、はにかみ。

 ミルフィーは尻尾の毛づくろいをした。


「さて、いつものように冒険者ギルドで依頼を受けて、獲物でも狩りながら魔術の訓練をしよう」


 ラルフの言葉に二人は頷き、冒険者ギルドへと向かうのであった。




 ◆◆◆




 一方、その頃。


 極寒の地、北のユーグリット王国では、東の大陸。

 またの名を魔大陸と呼ばれる大陸の王から援軍を依頼されていた。

 魔大陸はかつて魔神戦争で東に追われた魔族が多く住みついている。

 また魔大陸の大半は魔王軍の占領地でもある。


 ユーグリット王国の大空洞のその先、海を隔てた東の大陸には人族の唯一の国がある。

 その王国の名はベルベット王国。

 ユーグリット王国に仕える、諜報部隊長。

 ウサギ族のフローラの故郷でもある。


 その国が魔王軍の攻撃を受けたとの一報が入った。

 この報を受け、ユーグリット王国の傭兵王ベオウルフは顔をしかめる。

 

「これはマズイことになりましたな……」

「うむ……」


 宮廷魔術師エルヴィスの言葉にベオウルフは静かに頷く。


 ユーグリット王国は、不穏な動きをする西のファリアス帝国の動きを睨み、兵力を西に集めてもいた。

 また、それとは別に増殖し徘徊する魔物にも手を焼いている。


「このタイミングで、魔王軍が動くとはな……この動き、貴公はどうみる?」


 ベオウルフはエルヴィスに問いかける。


「魔逢星の来襲がまことしやかに囁かれてるこの時期です。もしやと思いますが、魔大陸では何らかの兆候が既に観測されたのかもしれません。ですが、私が星を読むところ魔逢星の襲来はまだまだ先だとも感じております」

「そうなのだ。魔王が動くとすれば、その時であろうにな……」


 ベオウルフの言葉を受け、エルヴィスが提案する。


「国王陛下、ベルベット王国は魔王軍の攻撃を受けたとは言え、軽微な被害であったようです。本格的な侵略行為ではないように感じます。ここは法王庁より勇者を派遣してもらい、我が軍とともに魔大陸を探らせ、まずは情報を集めるのがよろしいかと思われます」


 ベオウルフはエルヴィスの案を素直に受け入れる。


「ふむ、それは妙案だ。無駄に高い金を法王庁に収めておるのだ。召喚勇者は魔王や邪神対策に召喚されたと聞く。真実はどうあれ表向きはな。利用させて貰うとするか。勇者とやらを……ただ、その者達が関係ない者達であればの話であるのだがな」

「さようでございますな」


 こうしてユーグリット王国は、法王庁に勇者の派遣を依頼するのであった。

 が、

 またそれとは別の思惑もある。


 花咲く氷の女王をないがしろにした勇者であったら、有無言わず切り捨てる。

 そうベオウルフは内に秘めていた。

 ベオウルフは氷の魔剣を高々と掲げ誓った日を思い返した。


 数多くの勇者の中で誰が実行犯なのかは、ルーシェリアより知らせを受けている。

 八代勇作、天音結衣、園崎梨花の三名だ。

 その者達が訪れたら、法王庁を敵に回すことになっても斬る覚悟である。


 傭兵王ベオウルフは、そう決意している。

 なぜなら花咲く氷の女王は、若かりし日の命の恩人であるからだ。

 深い絆だった。

 ベオウルフは顔にも出さず、声にも出さなかったが、その心は悲しみと怒りで打ち震えていた。

 ユーグリット王国の守護竜。

 彼がそう叫んだ日より、そうなったのだから。

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