第九十六話「もうひとつの過去へ」

 次なる過去の世界に俺達は舞い降りた。

 舞い降りた場所は某ショッピングセンターの瓦礫の山の上だ。

 予想はしていたが愕然とした。日本なのか?

 風が吹く。砂埃が舞い上がる。

 見慣れた景色が荒廃した廃墟に変貌を遂げていた――――。


 これが西暦二千二十年の世界なのか……。

 見渡す限りディストピアな世界。

 そうだ……。

 魔物、ゴブリンはいるのか?

 結城秀生はゴブリンと戦っていた。

 魔力探知を試みるが魔物の気配を感じない。

 それどころか、魔物の存在すら感じない。

 どうなってるんだ?


「ここがルーシェリアの過去の世界なの?」

「ああ、間違いないよハリエット。ここが僕の過去の世界だ」


 そう言いつつも俺自身、この凄惨な光景を目の当たりにするのは初めてだ。

 怪獣映画や戦争映画の世界のそれだった。

 ハリエットは鼻を鳴らすように周囲を見渡し、シャーロットは耳を澄ますように観察していた。


「ルーシェリア王子、あの空に浮かんでいるモノは何かしら?」


 シャーロットが指差す。

 絶句した。開いた口が塞がらない。

 スペースファンタジーだ。

 巨大な黒い影が上空に浮かんでいた。

 未確認飛行物体。直径一キロ以上はありそうだ。

 それはまさにUFOであった。

 

 西暦二千二十年。宇宙人の襲来でもあったのか?


「ひょっとしてあれが……魔逢星?」


 俺の呟きはすぐさま否定された。


「まるで竜王城の土台のようね……」


 シャーロットがそう漏らした。

 竜王城の地下は宇宙船だった。

 つまり魔逢星ではないらしい。

 が、

 次の思考を巡らす間もなく、閃光と雷鳴が響き渡った。


 未確認飛行物体が何者かの攻撃を受けたのだ。

 規格外の魔力に大気が振動する。

 俺は感じとった。

 究極にまで練られ増幅された絶大な魔力を。


 それは上位の混合魔術。

 天空に雷雲を呼び、稲妻を落とす究極の混合魔術だ。

 ギィと金属の軋む耳障りな音。

 空中に浮かぶUFOが少し傾いた。

 

 だが、それよりも絶大な魔術を行使した何者かの存在が気になる。

 一体、……誰なんだ?


 また、その存在との距離はさして遠くない。


「ズバババッ! ダダダダダダダッッッッッ!」


 今度は、自動小銃のような銃声が別の方角から聞こえた。

 銃弾が地を滑ったかのような音だ。

 結城秀生か?

 彼が何者かと戦ってるのかもしれない。

 前回と同様、この時代には二時間しかいられない。


 まずは彼を探し出すことが先決だ。

 アールフォーの計算が正しければ、彼はこの付近にいるはずなのだ。


「ハリエット、シャーロット」

「わかってるわ、ルーシェリア。まずは結城さんを探すことが先決ね」

「さあ、彼を探しに行きましょう!」


 銃声のした現場に辿り着いた。


 ただの無法者の一団だった。

 数は三名。自動小銃を持った男が一人。

 拳銃を握った男が一人。

 もう一人はナイフだ。

 そのナイフで女の子を脅していた。

 女の子は二人いた。

 清楚な服装の女の子とボーイッシュな格好をした女の子。

 彼女達だった。

 

 白鳥渚と如月澪だ。明らかに大人の女性として成長している。

 二人は美少女から美女になっていた。

 この時代、俺も本来なら29歳。彼女達もそうなのだろう。

 白鳥渚は怯えたように委縮し、如月澪は白鳥渚を庇うように男達を睨んでいた。


 二人とも膝が擦り剥けてはいるが、服に乱れはない。

 よかった。

 こんな世界だ。

 本能を剥きだしにした野蛮な男どもが湧いても不思議じゃない。

 ヤレヤレだ。

 俺達は無法者の前に姿を見せた。

 自動詞小銃を構えた男が俺達を睨む。


「どこから現れたんだ? って……ガキと女か……驚かせやがって!」


 リーダー格の男が俺達に自動小銃の銃口を向け叫び、ナイフの男を手招きで呼び寄せた。

 

「ひょー、まだまだいたんだな。いい女がよ!」


 ナイフを持った男は、いやらしくナイフを舌で舐める。

 拳銃の男はナイフの男が持ち場を離れたと見て、白鳥渚と如月澪に銃口を向け目を離さない。

  

「この人達からは悪意しか感じませんわね」


 そう呟くとシャーロットは歌うように詠唱した。

 俺が出るまでもなく三人の男はシャーロットの精霊魔法で絡め取られた。

 樹の精霊ドリアード。

 地面から生えだした樹の根が彼らを拘束した。

 彼らは喚き散らすが、まったく動けない。

 ハリエットが自動小銃と拳銃、ナイフを拾い上げると彼らは悲鳴をあげた。


「た、頼む。助けてくれ!」

「わたくしに乞われても困りますわ。あなた達の処遇はルーシェリアが決めるんだもの!」

「ルーシェリアって誰だ? そこの綺麗なお姉ちゃんか? そもそもこの樹の根はお前らがやったのか?」

「もう……うるさいわね! 静かにしてくれないかしら!」


 とりあえず俺は白鳥渚と如月澪の元へと行く。

 成長活性の魔術で二人の膝の傷を癒す。

 みるみる傷口が塞がっていく。

 かすり傷程度なら俺でも癒せる。

 

「あ、あのう……助けてくれてありがとう」


 白鳥渚が自然と癒される傷口に戸惑いながらも、声に出した。

 如月澪にも癒しの魔術を施す。

 

「ありがとう。ナユタくん。いえ、ルーシェリア王子」


 ……えっ!?

 俺のことを覚えているのか?


「何年振りかしらね。私達は歳を重ねちゃったけど、君は当時のままなんだね」


 如月澪は感慨深く俺に懐かしそうな眼差しを送ってくる。

 そうか俺は当時のままか……。

 彼女達からしたら、長い年月が経っている。

 だが、俺からしてみれば昨日会ったばかりなのだ。

 また、白鳥渚は俺のことを覚えてないが、如月澪は覚えていた。

 やはり彼女は、この現代世界に置いても特別な力があるんだな。

 と、思った直後――――大地を揺るがす激しい轟音が鳴り響いた。


 俺は空を見上げた。戦闘機だ。

 戦闘機のジェットエンジンの音だった。

 アフターバーナーを燃焼させ編隊を組んだ戦闘機が頭上を通過した。


 あれはF15イーグル戦闘機だよな。

 編隊を組んだ戦闘機が空に浮かぶ要塞ことUFOにミサイルを発射。

 だが、ミサイルはバリアのようなもので阻まれ、戦闘機はレーザービームで撃墜された。


「ル、ルーシェリア……あ、あれは何なの!」


 ハリエットはびっくりしながらも目で追う。


「あれは戦闘機だよ」

「……せんとうき?」


 その言葉をシャーロットが補足する。


「あれが、古代にあった科学の遺産、鋼鉄のドラゴンなのね」


 さすが千年以上生きてるシャーロット。それとなく知識があるようだ。


「ここは危険ね。少しだけでも移動しましょう」


 如月澪の提案で俺達は建物の物陰に移動した。

 念のため周囲を土魔術で補強する。

 また、先ほどの無法者は見逃すことにした。

 なぜなら、この世界は本来の俺の世界ではないからだ。

 

 そして、無法者から奪った武器は如月澪と白鳥渚に渡すことにした。

 二人とも武器の扱い方は知らない。

 だが、無いよりは格段マシである。

 無論、俺も撃ったことはないが、たぶんこうじゃないかと二人に説明する。

 また、奪われないように細心の注意を払うように忠告した。

 強力な武器であるほど、奪われたら形勢逆転する。

 武器に関して素人の俺に出来るアドバイスはそんなもんだ。


 さて、ここから本題だ。この世界は平和では無かった。


 自称メガラニカの王、闇賢者シンギュラリティ。

 法王庁の法王とも教皇とも呼ばれる最高権力。

 またの名をランドルフ・オズボーン。

 この世界の奴は倒した。

 

 倒したけど、実際はどうなるんだ?

 俺達は時空の歪みに吸い込まれた。

 その先にいたランドルフ・オズボーンはこの世界のこの時代よりも遙か先の未来。

 それも一万二千年も先の未来の奴を倒したってことになる。


 未来の奴を倒すとこの時代の奴はどうなるんだ?

 如月澪はあの日の学校の屋上であった出来事をしっかりと覚えている。

 白鳥渚も俺やメアリーやドロシーと出会った記憶だけが抜け落ち、屋上でのことは覚えていたのだ。

 実に不思議だが、そう考えると、あの時空の歪みの先はパラレルでは無い気がする。

 昨日訪れたこの世界の過去と現在の時間軸が繋がっているからだ。


 とりあえず俺は考えを纏めてみる。そして仮説を立てた。

 その大前提は俺達の世界と、この世界は共通点もあるが、まったく別の世界で別の時間軸と言うことだ。


 つまり…………。


 ・この世界のマヤサが消えても俺が消えることはない。

 ・この世界の白鳥渚が消えても、俺らの世界の白鳥渚は消えない。

 ・俺達の世界の郷田と骨山は死んだが、この世界では生きていた。

 ・この世界の闇賢者が消滅しても、俺らの世界の闇賢者は健在である。


 だが、同じ時間軸だと、どうだろうか。

 この世界の闇賢者が消滅すると、この世界の闇賢者は消滅するじゃないのか?

 映画のバッ○トゥーザフューチャーみたいに?


 そう考えてみたが、この荒廃した世界を見渡すと腑に落ちない俺がいる。


 あれこれ考えてると、彼女達は俺達に話したいことがあるようだ。

 まずは彼女達の話に耳を傾けることにした。

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