第十三章

第九十五話「竜王城にて」

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 時間切れで俺達は過去の世界から強制ログアウトされた。

 俺の右手にはメアリー。

 左手にはドロシー。

 

 うん、二人とも無事に帰還だ。


「ルーシェリア、おかえりなさーい!」


 目の前には満面の笑みを浮かべるハリエットがいる。

 竜王城の地下に戻ったのだ。


「で、何がゴメンナサイなの? ルーシェリア王子?」


 透き通るような澄んだ声。

 そこにはハリエットや竜王様、そしてアールフォー。

 さらに生ける伝説、シャルル・シャーロットが首を傾げていた。

 どうやら竜王様に、たまたま会いに来たようだった。

 

「なんで二人ともメソメソしてるのよ」


 そう声を張り上げたのはハリエット。

 訝しむようにメアリーとドロシーを交互に見ていた。


「ルーシェリア? あなた過去の世界で二人に何かしたの?」

「……僕が?」

「二人とも泣いてるじゃないの!」


 竜王様がわんわん泣き喚く二人の肩に優しく手を添えた。


「二人とも落ちつくのじゃ」


 今更ながら二人ともハッと我に返る。

 タイムアウトで未来に戻ったとようやく気がついたようだ。


「ルーシェ様……ここは竜王城? 竜王様?」

「お父様……?」


 呆然としながらメアリーとドロシーは竜王様を見つめた。


「これこれ、安心するのじゃ。何があったのか知らぬが、もう大丈夫じゃ」


 二人の気持ちが落ちついたので、俺は竜王様を始めハリエットとシャーロットに過去の世界であったこと説明する。

 まずは第一の目的であった両親に、再会を果たせたこと。

 過去の世界は一種のパラレルワールドで、俺の見知った世界とは微妙に異なること。

 最後にこの世界の俺達にとって最も重要なことを伝えた。

 その過程で、かつてのクラスメート達の話もすることになった。


「ふむ、そうであったか……」


 竜王様が頷いた。

 ハリエットやシャーロットは召喚勇者を不憫に感じたようだった。

 過去の世界では何の力もない学生。

 その彼ら彼女らは、未来の都合でこの世界に拉致されたのだから。


「シンギュラリティ?」


 その言葉をシャーロットは噛みしめるように呟く。

 神聖王国ヴァンミリオンの教皇。

 その名はランドルフ・オズボーン。

 女神アリスティアを信奉する偉大なる聖職者であるのだが。

 それは表の顔であった。


 そもそもこの世界の教皇はベールで目から下を隠し、世代が変わっても素顔は晒されない。あの機械じみた化け物にとって、顔を変えることなど造作もないであろうが。

 歴代の教皇全てが金色の目であるという。

 ひょっとしたら、遙か古の時代から奴はこの世界に存在していたのかもしれない。

 そう、この世界が変貌を遂げ始めた時代から。


 また、シンギュラリティとは技術の特異点を指す言葉だそうだ。


 竜王様が、その言葉の意味を教えてくれた。


 昔、学校で習った気がする。

 農耕が発展し、工業が栄え、情報革命が起きた。

 その先にあるもの。


 それが所謂、人工知能じゃないだろうか。

 そして奴は魔逢星とは神の台座と言った。


「なるほどね……だいたいわかったわよルーシェリア王子。魔神戦争は科学文明と魔法文明との戦いの歴史だったのね」


 シャーロットは千年以上前にあった魔神戦争を思い返したように呟く。

 そしてハリエットがいきり立った。


「だったらルーシェリア。神聖王国ヴァンミリオンへと向かい、教皇をぶっ倒しましょ」

「……えっ!?」

「だってそうでしょ。ルーシェリアの話だと今の教皇は偽物なんでしょ? 女神アリスティアが可哀想ですわ」

「偽物って訳じゃないと思うけど、まぁ……宗教を利用して万民を騙してるってことには変わりはないかな……」


 考えたものだ。

 科学文明の王と名乗った存在が、敵対勢力の女神の代弁者と偽っているのだ。

 隠れ蓑もいいところだ。

 魔神戦争時、女神アリスティアの加護で、多くの英雄達が魔神に挑んだ。

 女神は魔法文明の神である。魔逢星とは対極の存在だ。


 ……と、なると『大賢者レムリア』が、大きな鍵を握っている。

 闇賢者も大賢者の行方を追っているようだったしな。

 魔逢星が飛来する時、大規模な終末戦争が勃発する。

 迫りくる災厄を俺は、ひしひしと実感する。

 もう一度、過去の世界へと旅立ち、レビィに会えば更なる情報を得ることができるかもしれない。

 そう結城孝生の時代に魔物が溢れた。

 トラックに撥ねられなければ、俺も身を持って体験してたに違いない。

 俺が事故にあった東京オリンピックが開催される西暦と同年であったのだから。


 郷田と骨山が死んだことで俺の未来が変わった。

 その可能性を信じたかった。

 だが、闇賢者シンギュラリティが存在してる限り、俺の未来は変わらないのではないだろうか。

 

 まだまだだ。

 たまたま未来で俺の家族を虐殺したのが郷田になっただけの話だ。

 

「ねぇ、どうするの? もう一度、過去にいくの? それとも先に教皇を倒しにいく?」

「うーん、どっちを優先しようか……」


 過去のパラレルワールドの闇賢者は倒した。

 だが、この世界では未だ奴は健在だ。

 ハリエットの言い分はもっともであるが、まずは奴の化けの皮を剥ぐ必要がある。

 無作為には挑めない。

 法王庁教圏の国々全てを、敵に回してしまう結果へと繋がるからだ。

 やるにしても上手くやる必要がある。

 下手を打つと、法王庁教圏国だけではなく、ファリアス帝国も召喚勇者達もミッドガル王国を攻撃してくるだろう。

 今しばらく考える余地がほしい。

 まずは過去の世界にもう一度行って、情報を収集し親父や王様にも教皇の正体を打ち明け、備える必要があるだろうな。


「あのう……ルーシェ様」


 遠慮がちにメアリーが呟く。


「なんだい?」

「どうやって、あの化け物をやっつけたのですか?」

「そうですよ王子。あの状況……あっ! もしやゴーレム人形を使ったのですか?」

「そうなのですか?」

「うん、そうだよ」

「さすがルーシェ様です!」


 メアリーがにっこり微笑んでくれた。

 あの人形はドロシーが俺の誕生日にプレゼントしてしてくれたものだ。

 その衣装はメアリーが裁縫で作ってくれたものだった。

 ドロシーの魔力付与で造られたシャーロット型の人形に魔力を込めるのは造作も無い事だった。


「う、うん……折角のプレゼントを台無しにしちゃってゴメンな、ドロシー」

「いえいえ、王子のお役に立てて良かったですよ。そのおかげで無事に帰れたんです。気にすることなんかないんですよ」

「あら、どんな人形だったのかしら?」


 シャーロットは気になるようだ。


「そうそう、それはそうとルーシェリア王子。戻った直後、私にゴメンナサイって言ってたわよね? 何がゴメンナサイなの?」

「え、えっと……シャーロットにとっても良く似た人形だったんです……」

「私に?」

「はい……」


 シャーロットに話した。どんなデザインのゴーレム人形だったのか。


「ふーん。そうなんだ?」

「怒ってます?」

「いえ、ぜんぜん」

「ほんとに?」

「もちろんよ。ただ……」


 そこでシャーロットは一旦、言葉を止めた。

 俺はシャーロット見上げながら彼女の言葉を待つ。

 だが、シャーロットの視線はドロシーへと向いた。


「ドロシー?」

「あ、はい……ゴメンナサイなのです!」

「別に怒ってないわよ。ただ……次の過去行きは私に譲ってくれないかしら?」

「お姉様が過去にいかれるんですか?」


 シャーロットはそう言いつつ、俺へと振り向いた。


「ルーシェリア王子、どうかな?」


 シャーロットは胸がはちきれんばかりの眼差しで俺を見据えた。


 そうか。

 そうだよな。


 俺は彼女の気持ちを察した。

 シャーロットの過去の想い人。

 その彼が過去の世界では生きているんだからな。

 俺だって両親に会いたかった。

 シャーロットの気持ちは痛いほどわかる。


「次はシャーロットとハリエットの三人で行こう!」


 俺の言葉にシャーロットは微笑んでくれた。

 そして「ありがとう」と。


 次のメンバーは俺、ハリエット、シャーロットに決まった。

 今度は魔物がいる過去の世界だ。

 服装も気にする必要はない。

 存分に暴れてやるぞ! 剣もちゃんと持っていかないとな。


 それに29歳になってるマサヤに会えるのも楽しみだ。

 

 アールフォーに時間と場所の特定を頼む。

 以前見た結城孝生の背後にあった瓦礫の山。

 その背後にあったのは朱色の看板のショッピングセンターだった。

 そもそもアールフォーが撮影したものだ。

 時間と場所の特定は直ぐに完了した。


 とりあえず今日は休憩し明日の早朝に出発することにした。

 



 ◆◆◆




 この晩、メアリーが料理を作ってくれた。

 この中には、ポトチと言う名の菓子があった。

 ポテチだ。

 親父の言い付け通り、思考錯誤してたようだった。

 さすがメアリーだな。一口食べた時にマリーの笑顔が脳裏に過った。


 それともう一つ、大切なことを思い出した。

 ルーシーだ。そう、すっかり忘れていた。

 未来から来たドロシーは俺の最初の子はルーシーと言っていたのだ。

 ひょっとして、その子はハリエットとの間の子ではないのだろうか。

 そんなことを考えながらも和気あいあいと、皆と盛り上がった。


 竜王様とシャーロットは、かつての魔神戦争の話をしていた。

 俺、メアリー、ドロシー、ハリエットは興味深々と言わんばかりに耳を傾けた。


 かつて世界を救った六英雄の話。

 その誰もがカッコ良かった。勇者だと思った。

 竜王様やシャーロットにとっては、かけがえのない友だ。

 

 マリリンは六英雄の一人、槍の名手、ジェラルドの血を受け継いでいる。

 俺の自慢の弟子だ。


 魔法都市エンディミオンアカデミーに通うラルフやミルフィーはどうしてるかな?

 記憶がぼんやりと戻ってくる度に、懐かしく感じるようになっていた。

 ソーニャも元気でやってるかな? フィルの奴は剣の修行頑張ってるんだろうな。

 俺にとっても大切な友がいる。


 そんな想いに駆られた夜であった。

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