第八十六話「港街の魚市場へ」
今日は俺の九歳の誕生日。
季節はすっかり冬になった。
で、俺は早起きし、早朝からお出掛けするのだ。
何のために?
料理の材料の買い出しである。
「うう、さすがに外は冷えるな……」
本来は俺の誕生日を祝う日であるけれども、日頃の感謝を込め俺自身が厨房に立つ。
誕生会にはシャーロットやフィリップ王子も誘っている。
そして材料の買い出しに付き添う女性が二人いる。
一人はメアリー。
で、もう一人が、清家雫だ。
身柄が王宮預かりになっている清家雫を国王に頼んで今日はお借りしているのだ。
その理由は料理の為である。
昔懐かしい日本料理を皆に振舞いたいと以前より俺は考えていた。
だが、ぶっちゃけカップ麺生活だった俺にまともな料理が作れるはずもない。
そんな訳で、清家雫なのだ。
幸いなことに清家雫は料理は得意らしい。
「ルーシェリア様、どんな料理を御所望ですか?」
清家雫に限らず、俺の真の正体が神代那由他で、召喚勇者達と元同級生だったことは、清家雫らは知らない。
このことは、俺の将来の嫁であるメアリー、ドロシー、ハリエットにしか話していないからだ。
無論、彼ら召喚勇者達に俺の正体を今後も明かすつもりは今もない。
だから清家雫との会話のやりとりは、空とぼけ的な感じなっている。
「清家さんを呼んだのは、君達の世界の料理を食べてみたいと思ったからだよ」
「私達の?」
「うん、そうだね。で、一体どんな料理があるんだい?」
ハンバーグやラーメン、たこ焼き、ハンバーガーなどなど食べたいものは山ほどある。
が、俺は何よりも握り寿司と味噌汁が食べたい。
緑茶もあったら最高なんだが、この世界の市場にそれらしい材料があるのだろうか。
「そうですねぇ……スパゲッティやピザは大好物です。チョコレートパフェやクレープも私は大好物ですよ」
俺も好物だ。
知っているが、知らないフリをする。
清家雫は丁寧にどんな料理なのか、説明してくれる。
この世界の主食はパンや肉類。
それ以外の料理はスープで肉や魚介や野菜を、コトコトと煮込んだスープがほとんどだ。
燻製にしたハムや干しモノの類はあるが、肉や魚を生で食べる習慣は日常にはほとんどない。
そもそも冷蔵庫がない世界だからか、保存が効かないものは早めに食べてしまわないといけないからだ。
しかし、なかなかに清家雫の口から寿司という単語が零れおちない。
それとなく誘導してみるか。
「僕は海の幸、魚介類も大好物なんだよね。ここ港街だし新鮮な魚とかないかなぁ……メアリーも魚は好きだよね?」
「もちろんですよ、ルーシェ様。魚介市場の方へ行ってみましょうか」
未だ考え込んでる清家雫へ視線を向ける。
無論、清家雫も今の会話を聞いている。
新鮮な魚介料理って言ったら寿司だろう。
そう思ってると清家雫が思いついたように手を叩く。
「ルーシェリア様、私もお魚は大好きです。特に甘辛く煮込んだ煮魚が好きですね」
溜息が零れそうになりつつ、魚介市場へと向かう。
魚介市場は海に近く自然と潮の香が鼻につく。
「美味しそう!」
清家雫が新鮮な魚介類を見て胸いっぱいに喜びをみせた。
「へいっ! いらっしゃい! どれもが獲れたてですぜ!」
頭に鉢巻きを巻いた漁師風の男が叫んだ。
並べられてる魚を俺達は順次見ていく。
あれれ? これって……
ほとんどの魚介類が馴染み深いモノばかりだ。
マグロ、カンパチ、サンマにサバにアジにヒラメ……
タコやイカもそうだが、まだ生きている。
あの黒いトゲトゲはウニだ。その隣ではカニが泡を吹いていた。
おっと、甘エビもあるし、ウツボやサメまでいた。
「生でも旨そう……」
思わず口ずさんだ。
その言葉にメアリーが反応した。
「ルーシェ様、生で食すなど野蛮ですよ?」
いやいや、そうじゃないだろ! 生が旨いんじゃないか。
脂の乗ってそうなマグロを目の前にしてそりゃないだろ、メアリーさんよ。
と、心の中で呟いてると、流石だ漁師さん!
「ワシら漁師は普段から生でも食べてやすぜ、お譲さん。このソースをちょびっと垂らして、このワサビを擦って食せば食当たりも心配いらねぇ」
漁師が手に握ってるのは紛れもなくワサビだ。
「ちょ、ちょっといいですか、そのソース舐めさせてもらっても」
俺は興奮気味に漁師が見せた黒い液体を少し舐めてみた。
これは紛れもなく醤油だ。
この世界にも醤油があるんだ!
「メアリー! これ醤油だよ!」
「え、なんですか? しょうゆって?」
不思議言語が理解できないメアリーだが、清家雫はそうじゃなかった。
「あれ? ルーシェリア様、お醤油とおっしゃいました?」
清家雫は日本人だ。知ってて当然だ。
やべぇ……思わず口が滑ってしまったぞ。
「あ、いや……何かの本で読んで、これって古代の醤油って調味料じゃないかと……」
「本当ですね! これはお醤油です。ルーシェリア様は博識なんですね。お酢と砂糖があれば、お寿司が作れるんですけどね」
き、きたー!
清家雫の思考回路がやっとこ寿司に行き着いたぞ!
「お、お、おすしって……なんですか?」震え声……。
「酢飯を小さく握って、ワサビを添え、生魚の切り身を乗せてお醤油で食べるんですよ。ちなみにお酢とは、すっぱい調味料のことなんです」
「ぼ、ぼく、それを食べてみたいよ!」
迷わず主張した。
この漁師は醤油とワサビを持ってるぐらいだ。
もしかしたら寿司を食ってるのかもしれない。
清家雫が酢もあるのか尋ねてくれている。
久々にドキドキする。
食べるなら酢飯で食べたい!
米がこの世界にあるのは、確認済みだしな。
一万二千年経っても寿司文化は漁師の間では、ごくごく当たり前な食生活だった。
「漁師さん、ここに並んでる魚介類、全部ください!」
「ぜ、全部かい?」
「ワサビと、その黒い液体と、お酢もお願いします」
砂糖は厨房にある。探す必要はない。
「結構な量だけど本当にいいんかい?」
「もちろんです」
この漁師さんから買い占めても、他の漁師さんの魚介類で市場は溢れ返っている。
買い占めても迷惑どころか、漁師さんも一仕事終了で有難い申し出の様だ。
「ルーシェ様、物凄い量ですよ。どうやって持ち帰るのです?」
「なーに、ドラちゃんがいるじゃないか!」
「あ、そうでしたね」
漁師さんは魚介類を大きな袋に詰めてくれた。
サンタクロースが持つような大きな袋が5袋並んだ。
後は、ドラちゃんが飛んでくるのを待つだけだ。
ふと、気がつくと何故だか清家雫が俺の顔をじーっと見ていた。
「ど、どうしたの?」
「なんかルーシェリア様にお会いしたのは初めてじゃない気がして……あ、そうじゃなくて、ずっと前から知ってるような気がして……」
メアリーも清家雫の言葉に驚いてる。
彼女は俺の過去の事情を知ってるから当然だ。
清家雫……なかなかに侮れない。恐るべし。
これが、女の勘っていうやつだろうか。
ドラちゃんが飛んできたので、俺達は漁師に礼を述べ館へと戻った。
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