第十二章

第八十五話「メアリーの覚悟」

 窓から覗く満月と燭台が部屋を照らしていた。

 シュトラウス家の紋章入りの壁掛が蝋燭の明りで揺らめいている。


「メアリー、とーっても気持ちがいいよ」


 メアリーの柔らかな膝に顔を埋め耳掃除をしてもらっている。

 膝枕なんて何年振りだろう。

 とても気持ちよく幸せな気分で心が満たされていく。


「もうちょっと奥の方が痒いんだ」

「これ以上、奥に入れるのは恐いですよ」

「もうちょびっとでいいから……あ、そ、そこ! そこがとっても気持ちいい」


 時折、優しげな眼差しを俺に投げかけてくれるメアリー。

 女性独自のほのかなフェロモンの香りが俺を天国に誘う。

 ああ、とっても幸せだ。

 

 悪戯心でメアリーのおっぱいをさわさわしてみる。

 彼女は嫌な顔ひとつも見せず頬を赤裸々に染める。

 いつの頃からだっただろうか。

 そうだ、大空洞で負傷した日を境にだ。

 あの日以来、彼女との距離がぐっと近くなった気がする。

 今では俺の我儘に眉をしかめることもなく、何でも受け入れてくれるようになっていた。

  

「ねぇ……メアリー」

「はい、なんでしょう?」

「ドレスの上からじゃなくて、生で触ってみたい……」

「……え!?」

「だ、ダメかな……?」


 胸元のドレスの生地を掴み、少し力を込めて下げれば彼女の豊満な白いおっぱいが、ぷるんと露出することだろう。

 精神年齢30歳の俺だ。

 女の子のおっぱいが見たくなる衝動に駆られるのはむしろ健全だと思う。

 が、ムードに飲まれたとはいえ、俺は何を言いだしてるのだろうか……。

 流石に今のはセクハラだろう。


 もしかしたら怒ってたりして? 

 恐る恐る彼女の顔を見上げ見る。

 その表情は、困惑、恥じらい。

 それから……もしかして、ちょっぴり怒ってる?

 彼女は少々、口元を尖らせていた。


「ル、ルーシェ様……す、少しだけですよ……」


 ……えっ! マジで? ……いいの?


 彼女は座ったままドレスの背にあるボタンを器用に外した。

 ドレスがすとんと落ちる。

 下着だ。ブラのホックが外れた。

 膝枕から正面に座り直しメアリーの瞳を見つめる。

 彼女は恥ずかしげに視線を咄嗟に逸らした。


 艶やかだった。

 左手で胸を隠しているが、全てが丸見えだった。

 耳掃除の棒が彼女の効き手からぽろんと零れおちた。

 豊満に熟した桃にピンクのサクランボが二つ。

 

 誰にも穢されたことのない新鮮な果実がそこにあった。

 

 ドキドキする。


 ドキドキしていると俺の後頭部にメアリーの手が回り、ぐっと抱き寄せられた。


「ルーシェ様……あんまり見つめられると恥ずかしいです」


 俺の顔は彼女の胸に埋もれる。

 これじゃもう彼女の果実が見えない。

 彼女は俺を抱き寄せると左腕に力を込める。

 動けない。


 ――――そして彼女の効き手が俺の頭を優しく撫でた。


「メアリーはこれからも命をかけてルーシェ様にお仕えいたします」

「メ、メアリー……」


 俺の軽率な発言と単なる下心はメアリーの強い決意に容易く粉砕された。

 

「ぼ、僕も……メアリーを一生……大切にするよ」


 思わず俺の口からもそう零れた。

 

「嬉しい……」


 小さく彼女は呟いた。

 そしてキスされた。

 

 この満月の夜。

 俺は将来、彼女を必ず嫁に迎えるとそっと伝えた。

 その時、愛らしいマリーの笑顔がふと脳裏に浮かぶのだった。

 



 ◆◆◆




 それはあまりにも唐突でした。

 ルーシェ様が、私のおっぱいを見たいなんて言いだすなんて…………。


 あの日。

 ルーシェ様が目覚めた日より、私の胸はいつもルーシェ様の視線を感じていた。

 でもそれは、単なる好奇心。

 いたいけな子どもの興味本位のようなものだと思っていた。

 だからいつも軽く流していた。


 勿論、恋愛感情なんてなかった。

 ルーシェ様のことは生まれた日より大好きでしたけど、その根本はアイザック様に拾われた御恩に報いる為との想いの方が遙かに勝ってもいた。


 でも……今は違う。


 私はハリエット姫に嫉妬している。


 最初は子ども同士の約束事。

 そう思い続け心に蓋をしていた。


 私はルーシェ様のお嫁さんになりたい!


 今は心から素直にそう思う。

 それに……大迷宮で再会した桐野祐樹を始めとする召喚勇者達はルーシェ様の同級生。

 身体は8歳児だけど、その御心は16歳か17歳ぐらいのはず。


 だったら…………


 私は17歳だ。

 

 ルーシェ様の御心と同い歳。

 なら、歳の差なんて…………

 

 ――――ないよね?


 ルーシェ様が成長し、嫁を娶るのはまだまだ先。

 9歳のハリエット姫や見た目が私もよりも幼く見える魔族のドロシーは将来も若いまま。


 でも私は違う。


 今の若い私をルーシェ様に知っていてほしい。


 全部知っていてほしい。


 その想いが私を大胆にさせた。


 私はルーシェ様を力強く抱き寄せた。

 抱きしめながら心の中で呟いた。


『ルーシェ様……愛しています』、と。


 抱きしめているルーシェ様とキスがしたい。


 ルーシェ様はハリエット姫を最初に娶る。

 私は身分が低い。

 シュトラウス家のただのメイドだからだ。


 何も取り柄のない私は、3番目かもしれない。


 ――――だったら


 ファーストキスは私が頂いちゃいます!


 お赦しくださいアイザック様、エミリー様。

 私は意を決して、半ば強引にルーシェ様の唇を奪った。


「わ、ちょ……メ、メアリー……」


 ルーシェ様はびっくりしたみたいだけど、私を受け入れてくれた。


「ルーシェ様……」

「う、うん……」

「強引にキスしてごめんなさい……」

「あ、いや……平気だよ。むしろ嬉しかったよ」


 少し照れたようにルーシェ様が微笑んでくれた。


「わ、私……こんな風にキスするの初めてなんです……」

「僕はこれで4回目だったかな?」

「え!?」


 思いがけない言葉が飛び出した。

 ルーシェ様がもっともっと幼い頃、魔物退治の帰り道に姫からキスされたことは知っている。

 でもあれは、頬のはず。

 フィリップ王子から私はそう聞かされていた。


 4回目ってなんだろう?

 一体誰と?

 姫と4回もキスしたのだろうか?

 それとも…………


 どうしても気にった私はルーシェ様に尋ねてしまった。

 

 やっぱり最初は魔物退治の帰り道だった。

 しかも、頬じゃなかった…………


 既にルーシェ様のファーストキスは姫様に奪われていた。

 フィリップ王子は悔しさのあまり嘘をついてたのかもしれない。

 凄く残念だ。


 でも後の3回って?

 

「二回目は……そう、マリリンだよ」

「マ、マリリンちゃん?」


 呆けた声が私から漏れた。


「あ、誤解しないでっ!」


 魔術の練習中のことで偶発的な出来事だったらしい。

 マリリンちゃんの眠り魔法の睡魔で覆いかぶさった拍子のことのようだった。


 一度目がハリエット姫。

 二度目がマリリンちゃん。

 三度目はまさかと思うけどドロシーなの?


 違った。

 三度目もハリエット姫だった。


「そっか……」


 私が落胆したのがルーシェ様からは見え見えだったみたい。

 ルーシェ様は私のドレスを優しく拾いあげてくれた。

 

「メアリー」

「あ、はい!」

「身分やキスの順番のことなんて気にしないでいてほしいな。そんなこと言える立場じゃないと思うけど、メアリーはいつだって僕の傍にいてくれただろ? それはこれからもずっと続くんだよ」

「も、もちろんです!」

「僕にとってメアリーは特別な存在なんだ。それ以上のことは上手く言えないけど……僕は……メアリーのことが大好きだ」


 ルーシェ様が屈託ない笑みを見せた。

 必要とされている。

 ハリエット姫が最初に嫁ぐのは誰にも譲らないって公言したものだから、私も負けじとつられちゃったかな……。

 よくよく考えると、順番なんてどうでもよくなってきた。


「ルーシェ様……本当にごめんなさい」


 この白夜の満月の夜。

 ルーシェ様がキッパリと言ってくれた。


 どんなことがあっても『私を必ず嫁に娶る』、と。


 強く強くルーシェ様を抱きしめた。


 両親を亡くし身内のいない私にとって、ルーシェ様の言葉はことの他、心強かった。

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