第八十四話「フィリップ王子の思い出」

 エミリーの妊娠が発覚した。

 我が家の家族が増える。

 母上はチェアに腰かけ優しげにお腹を擦っている。

 親父も大喜びだ。

 弟なのかな? 妹なのかな?

 できれば妹がいいな。

 俺はずっと一人っ子だったから、凄く楽しみだ。


 楽しみだけど疑問も過る。

 母上は人工クリチャー。

 勿論、母上自身にその自覚はない。 

 何も知らないのだから……。

 普通の子が生まれてくるのだろうか? 

 それとも……。


 いかんいかん!

 めでたい話だし、ヘンな勘ぐりはよそう。

 可愛い弟か妹のどちらかが、そのうち生れてくるんだ。

 俺も兄としての自覚を持たないとだな。

 尊敬される兄になりたいし、なんちゃってな!




 ◆◆◆



 

 ミッドガル王国の次代を背負う運命の第一王子フィリップ・アレクサンダー・シュトラウスは調印式の日、王宮庭園の噴水広場でルーシェリアとハリエットと交わした雑談を一人部屋で振りかえっていた。


 ――――我が弟ながらルーシェリアは本当に凄いやつだ。

 

 僕はいつも背伸びをしていた。

 弟があまりにも優秀過ぎるからだ。


 ルーシェリアに尊敬される兄でいたい。

 頼り甲斐のある兄と思われたい。


 4年前の魔物退治のことを思い出した。

 あの魔物退治は無謀だった。

 ルーシェリアは3歳。

 ハリエットが4歳。

 僕は5歳だった。


 ルーシェリアに尊敬されたくて、とある旅路の途中で遭遇したゴブリン退治の話をした。

 えーっとたしか……父上と神聖王国ヴァンミリオンへと向かう道中だった。


 夜半過ぎ、僕達の馬車はゴブリンの大群に囲まれた。

 その数は優に千匹を超えていた。

 それに対し、僕達一行の数は20名。

 護衛の騎士達が次々と命を落としていく。

 

 僕も父上も、ただただ女神に祈った。

 でもそれは、生きることを放棄したことと、同様の行為だった。

 祈ったところで、女神が降臨し救ってくれる訳でもないんだから。


 馬車の幌の中で震えた。

 家来の騎士達の悲鳴が響き渡る。

 もうダメだと思った。

 心底恐かった。

 

 悲鳴は全て聞き慣れた近衛騎士達の者だ。

 普段彼らが見せる笑顔が脳裏にちらつく。

 親しい者はその家族も僕は知っていた。


 ミッドガル王国の第一王子。

 僕はその地位を傲慢に受け取っていた。

 世の中を上から見下していた。

 それが当然だとも教育もされていた。


 気がつけば自尊心の塊になっていた。


 この日、ミッドガルで一人の勇者が生まれた。

 明け色の陽射しを浴びながら、一人の男が立っていた。


 彼は千匹を超えるゴブリンを一人で屠ったのだ。

 返り血を浴び、満身創痍になりながら、槍を夜明けまで振るい続けた。


 僕も父上も彼のおかげで命拾いした。

 彼には聖騎士の称号が贈られる運びとなった。

 聖騎士は誉れ高き称号。

 騎士なら誰もが憧れる。

 

 そして誰もがこう思ったはずだ。

 彼も晴れて貴族の仲間入りだと。

 当然だ。


 国王と王子の命を救ったのだ。

 異論を申す者などいない。

 仮にいたら、僕はその者を斬り捨てる覚悟だった。


 ところが、だ。


 彼は丁重に断ってきた。

 その誉れ高き栄光は、死に逝った騎士達に、そして家族に向けてほしいと。


 彼は、それだけ告げると静かに去っていった。


 僕は感動した。


 彼は聖騎士の話を断った。

 だが、彼こそが真の騎士だと。


 4年前のあの日、僕はこの話をルーシェリアとハリエットに話した。

 すると、ハリエットには単なる自慢話に聞こえたのだろう。

 この話の真意を理解するには彼女は幼すぎた。


『わたくしのお父様の武勇伝に比べたら、随分とスケールの小さいお話ですこと』

  

 その言葉に対して僕はムキになってしまった。

 僕が軽んじられるのはまだいい。

 でも僕が尊敬してる彼が、軽んじられたようで我慢ならなかった。

 ついつい、怒気を含み言い返してしまった。

 すると、ムキになった僕にハリエットは更にこう言ったのだ。


『ルーシェリアの方が、お兄様よりも優秀ではなくて?』


 カチンときた。


 その直後、僕は言い返した。

 

『バカにするなっ! じゃあ見せてやるよ! 僕だってやれる。ゴブリンぐらい僕だってやれるさ!』

『でしたら、証拠見せて頂いてよろしいかしら?』


 そう言葉が返ってきた。

 

『ああ、見せてやるよ! いくぞっ! ルーシェリア』

『ちょ、ちょっと……やめようよ二人とも……』


 僕達は3人で王城をこっそり抜け出した。


 この時、ルーシェリアもハリエットも不安そうな顔をしていた。

 特にハリエットは震えていた。

 城塞都市を抜けだし森に近づくに連れ、彼女の表情には後悔の念も現れていた。

 きっと恐いんだろうな。

 内心、ざまぁって思ってた。


 ゴブリンの背丈は小さく細身だ。

 一匹ぐらいなら僕でも勝てる、そう信じ歩を進める。


 途中で狼の遠吠えが聞こえる。

 その度に、ハリエットは震えるようにルーシェリアにしがみつく。

 

 この時、ちょっとばかりルーシェリアが妬けたな。

 生意気な姫だけど、普段のハリエットはとても可愛らしく、可憐な少女だからだ。

 僕のムキになってる感情が、加速した要因でもあった。


 森に入る手前で、ルーシェリアが


『フィル……もう、これ以上は危険だよ』と、言ってきた。


 本心ではわかっている。

 かなり無謀な行動を取っていると。

 この日の僕は誰よりもプライドの塊だった。


 でも、不安だった。

 僕の軽率な行動で、二人を危険な目に巻きこむと。

 それに……かの真の騎士なら、こんな時、どう行動とるかと。

 軽率だった。そう思い、目が覚めた時だった。

 僕達は既に狼の群れに囲まれていた。

 

 ならばと覚悟を決めた。

 弟と姫は命に変えても守る、全ては僕の責任だ。

 我武者羅に剣を振りまわす。


 後ろからハリエットの悲鳴が聞こえた。

 同時に『キャイィン!!!』と、狼の悲鳴も聞こえた。


 弟の拳が炎でまみれていた。

 僕はこの日、初めて魔術を知った。


 この日の夜。

 僕達3名は夜が明けるまで叱咤された。


 父上からは勿論、ルーシェリアの父君からも叱られた。

 ベオウルフ国王からもこっぴどく……。

 そして、最後に『お兄様……ごめんなさい』と、ハリエットが呟いた。

 直後、彼女は涙をうるうるさせると、声を大に大泣きした。


 それから数日後にルーシェリアは、魔法都市エンディミオンにある魔法学園に留学。

 ハリエット姫は、ユーグリット王国へと帰還した。


「父上っ! 僕は剣士として腕を磨きます! 大切な者達を守るためにも、僕は強くなければならないのです!」


 それから――――、一カ月が過ぎようとした頃、僕に剣の稽古をつけてくれる者が王城へと来訪した。


 凛とし、背が高く、すらっとした女剣士。

 彼女は女剣士でありながらも、卓越した精霊使いでもあった。


『よろしくね。フィリップ王子』


 優しく微笑んでくれた。


 この日、僕に師匠ができた。

 ルーシェリアには師匠どころか、今では弟子までいるらしい。

 羨ましい限りだ。


 だが、久々に3人で過ごした時間は、とても有意義で楽しかった。


 よしっ! ルーシェリアが超魔術師なら、僕は超剣王?

 ……んなの、あたっけ?

 とにかく負けていられない。


 ――――僕の師匠は伝説の六英雄なのだから。

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