閑話「英雄論」

 調印式には参加せず、フェリエール城の一室で世を語る男が二人いた。

 一人の男はミッドガル王国第3王子であり、漆黒の衣装を纏う暗殺剣の使い手である。

 もう一人の男はミッドガル王国でも、随一の武勇だと誉れ高い、バーソロミュー・ヘルムート侯爵である。


「貴公は今の世をどうみる?」


 暗殺剣の使い手は目の前のバーソロミュー・ヘルムートに、そう投げかけた。


「と、申されますと……」

「今の世に英雄と呼ぶに相応しい者がおるか?」

「英雄でございますか……」

「ああ、そうだ。貴公の胸の内にある者の名を申してみよ」


 バーソロミュー・ヘルムートは「ゴホンッ」と、咳払いすると一人の者の名をあげた。


「英雄と申されるのでしたら、かの魔神戦争にて邪神を打ち滅ぼしたとされる六英雄の一人、シャルル・シャーロット・シルヴェスター殿が真っ先に思い浮かびますかな」

「あのエルフの小娘か……あんな者は生きている化石よ」

「それでは北方の傭兵王ベオウルフ殿はいかがでございましょう? 北の魔王を滅ぼし一代で国を起こし、国民にも慕われてるとの話でございます」

「ベオウルフか……悪くはないが……」


 そう言って暗殺剣の使い手は鼻を鳴らすと


「奴は所詮、運よく時流に乗っただけの男よ。英雄と呼ぶには心もとない」

「でしたら、その傍らにいる北の賢者エルヴィス殿はいかがでございましょう?」

「エルヴィスが何かしたか? あんな者、少々知恵が回るだけの青二才よ」


 暗殺剣の使い手は笑う。

 では、とバーソロミュー・ヘルムートは続ける。


「魔術師ギルドの創設者でもあり、エンディミオンの学長でもあるブリジット・アーリマン殿はどうでございましょう?」

「あはは、ブリジット・アーリマンか。彼女が内に秘めているモノは計り知れないが、もはや過去の遺物よ。ミッドガルの番犬でしかない」

「ではでは、閣下。世界の三分の一の版図を持つファリアス皇帝はいかがでございましょう?」

「あんな者、過去の栄光に縋るだけの老害だ。語るにも及ばぬ。その内、我がミッドガル王国が帝国ごと平らげてくれるわ」

「それは、心強きお言葉でございますな」

「貴公はもっとマシな者が思い浮かばぬのか?」

「でしたら、教皇猊下はいかがでございますか? その影響力は我がミッドガル王国どころか、北や南、東方の国々まで及んでおりまする」


 暗殺剣の使い手は大いに笑った。

 

「あの者が人で、あるなればの話だな……」

「はて? どういった意味でございましょう」

「いずれ、わかる日がくる。楽しみにしておれ。それにしても貴公の目は節穴か? ろくな者しか見えておらぬようだ」


 暗殺剣の使い手の言葉に、バーソロミュー・ヘルムートは困った顔をした。

 他にも、諸国の列強をあげてはみるが、そのどれもが一笑にふされる。


「恐れながら申し上げますが、閣下の胸の内の御仁の名を聞きとうございまする!」


 バーソロミュー・ヘルムートは少々声を荒げた。


「よかろう、答えるとしよう……その者の名は……」


 ゴクリとバーソロミュー・ヘルムートは固唾を飲んだ。


「ルーシェリアだ」

「ルーシェリア王子でございますか?」

「さよう」

「し、しかし、ルーシェリア王子は8歳でございますぞ? たしかに魔術の才は法王庁教圏にとどまらず、地方にまで鳴り響いておりますが、まだ年端もいかぬ子どもでございませぬか!」

「貴公が驚くのは当然だと思う……が、奴の精神力は子どものそれでは決してない。我が覇業の妨げになり得る者は奴ぐらいしかおらぬ」

「だとしても、ルーシェリア王子は閣下の親族。将来、閣下の心強い右腕になると思われますぞ?」

「そうはならぬ」

「……と、申されますと?」

「父上もそうだが、考えが甘いのだ。覇業には犠牲がつきものであろう。ルーシェリアは、いずれ我の敵になる。その見定めは既に済んでおる。彼らは家族を愛し過ぎる。その愛の深さゆえ、心が鬼になれぬのだからな」


 暗殺剣の使い手はじっと、バーソロミュー・ヘルムートに睨みを利かすと宣言した。


「真の英雄とは、大志を抱き全ての生きとし生けるもののが、安心して暮らしていける永久王国を築かなくてならない。その第一歩は、帝国を滅ぼし法王庁のみならず全ての教義を排除し、そして――――何よりも我が不老不死にならねば成就せぬ。我はここに宣言する。レヴィ・アレクサンダー・ベアトリックスを越える偉業を成し遂げると!」


 バーソロミュー・ヘルムートは暗殺剣の使い手の宣言に茫然とし、ただただ驚くだけであった。

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