第七十八話「いざ、ダンジョンへ」
――――日本だけが異世界に変わってしまった。
それは突然だった。
大空が眩い光に包まれた。
結果、異世界ファンタジー。
もごもごと地面は隆起するし、そこに建っていた家などは虚しく崩壊していくばかり。
地形が変化し、見慣れない植物が生えだすし、ヘンな生物まで徘徊する始末。
もう、本当に何が起こってるの?
二十九年間、引きも籠っていた家がローンの返済を残したまま無残に崩れ去っていく。
両親も妹も口をあんぐりとし、ただただ茫然と見守るばかり。
しかも閑静だった俺の住む住宅街は、森になってしまった。
電気やガスや水道なのどのインフラ設備も機能しない。
と、ゆーか、文明的なモノは全て無くなった。
スマホの電波も立っていない。
立ってないどころかスマホに触れた瞬間、さらさらと砂になった。
さらさらと、衣服までもが。
最後に見たテレビニュース。
『もうすぐ日本だけが先に衰退します』
ニュースキャスターは、最後にそう述べたのであった。
◆◆◆
「ちょっとっ! おにぃちゃん、エロい目で見ないでよっ!」
数年振りに見た妹の身体は女の子の身体だった。
知らぬ間に幼児体型は卒業していたらしく、双丘の果実は立派に実っていた。
妹は白い胸を両腕で隠し、顔を紅く染めているが、この状況。
その行為に何か意味があるのなら、具体的に説明してほしい。
妹だけに限らず、俺や父さんや母さんまでもが、すっぽんぽんなのだから。
「マサヤ、これは一体どうなってるんだ?」
マサヤとは俺のことだ。
家が消失したことにより、引き籠る部屋が無くなった哀れなヒキニートだ。
「俺が知るわけねーだろ?」
「ああ、すまん。そりゃそうだな……」
「ミノリ平気か? サトミ平気か?」
ミノリは俺の妹、サトミは俺の母だ。
父が気遣って二人に声をかけた。
「平気なわけないでしょ! どうして皆、裸なのよっ!」
この調子ならミノリは大丈夫。
それよりも、母は思考が追いつかず気が動転している。
本当は驚いてる場合じゃないのだ。
俺は見た。
たまたま俺達は気がつかれなかった。
運が良かった。
遠い茂みの奥をゴブリンが徘徊してたのだ。
そう、あれはゴブリンだ。
仮にゴブリンじゃなかったとしても、誰もがその内、そう呼ぶことになるだろう。
「キャアアアアアアアア!!!」
遠くから女性の悲鳴が聞こえた。
ゴブリンに襲われている。
そう考える他なかった。
「な、何事だっ!」
「たぶん、魔物に襲われてるんだよ」
「魔物って何を言ってるんだ、マサヤ」
「さっき、見たんだよ」
「おにぃちゃん、それってゴブリンじゃない? 私も見たんだよ」
「お、お前達、何のことを言ってるのだ?」
俺は二十九歳になっても、未だにどっぷりとオタクだ。
だが、大学生のミノリも若干こっちよりだ。
RPGで遊べはゴブリンぐらい知っている。
しかし、父さんや母さんには言葉の意味が通じない、困った。
それでも、今の現状を考えると説明する重要度は高い。
襲われてからでは手遅れになるのだ。
俺の懇切丁寧な説明で、ようやく父さんも母さんも、今の危機的状況を飲みこんだようだ。
「マサヤ……ここは日本なんですよね?」
「たぶん、日本だと思うけど……」
母さんの疑問はもっともだ。
でも、国家の体は既に成してないように思える。
俺は『日本だけ先に衰退します』の言葉の意味を、理解したつもりだからだ。
その言葉通りであれば、お隣の韓国はもちろん、ヨーロッパ諸国やアメリカは、まだ無事に違いない。
その内、救助? いや侵略?
どんな形であれ、生きていれば文明に触れる機会が、また訪れるはずだ。
今は、それに期待するしかない。
「ここにいたら、俺達も襲われかねないよ」
「おにぃちゃん、洋服どうにかならないの?」
「なるわけねーじゃん……」
俺達家族は茂みを掻き分けながら、森の中を彷徨う。
その途中、残酷なモノを目にした。
その凄惨な光景を目の当たりにし、母さんは嘔吐を堪えるように手で口を塞いだ。
ミノリは肩を竦めるとガタガタと震えだす。
「うぇっぷっ!」
俺は遠慮なく「オエッ」と、涙目になりながら吐きまくった。
殺人現場の方が、まだ生ぬるい。
そう感じた。
生きたまま食い散らかされた。
そんな死体だった。
「心配するな、俺が命に変えてもお前達を守る」
ゴブリンと死闘を演じるには頼りない棒だ。
それでも親父の覚悟を俺は瞬時に悟った。
そこには『家族を守る』と、覚悟を決めた男の姿があった。
頼もしいとは思うけど、裸だし……。
そもそも戦って勝てる気がしない。
茂みの奥に気配を感じた。
背筋がゾッとした。
俺達は既に、取り囲まれていた。
「ギギギッ! ギギッ……」
ゴブリンは1匹ではない。
最悪なことに3匹もいやがった。
丸腰も良いところだ。
せめて、金属バットでもあればいいのだが。
「お、おにぃちゃん……」
「あ、あなた……」
「全員下がってろ!」
父さんが俺達を庇うように棒を構え、歯を食いしばる。
ゴブリンが握ってる武器は錆てるようだが、金属だ。
それに比べ棒は頼りなさ過ぎる。
だが、相手はゴブリンだ。
RPGではレベル上げ用のモブキャラ。
もしかしたら、すげー弱いのかも知れない。
そう思いながら行方を見守るように、固唾を飲む。
しかし父さんは、自衛官でもなければ、警察官でもない。
家のローンを後8年残しただけの、ただの銀行員。
レベル1の勇者より数倍弱いかもしれない。
実際、どうなんだ……?
父さんが俺達からゴブリンを遠ざけようと、果敢に前へと踏み込んだ。
3匹のゴブリンのヘイトは、完全に父さんに向いている。
恐らく、手ごわそうなのを殺してから、俺達を襲うつもりだろう。
ゴブリンの不揃いの牙からヨダレが垂れる。
「グギィィ!!!」
ゴブリンが父さんに牙を向いた。
素早いフットワークで、飛び跳ねながらゴブリンが剣を振るう。
思ったよりも俊敏だ。
父さんは、ゴブリンに翻弄され動きが、まったく付いていってない。
それでも父さんの棒が、ゴブリンの脳天に直撃した!
「おっし!」
いけるかもしれない。
――――そう思った直後。
二匹目のゴブリンの剣が、父さんの左肩を貫いた。
苦痛で顔を歪めながら、父さんはそれでも、我武者羅に棒を振りまわす。
父さんの素肌に切り傷が増えていく。
血が滴り落ちる。
ク、クッソッ!
武器がない。
武器がなくてもやるっきゃない!
このままだと、父さんが死んでしまう。
拳で相手してやる!
「キャアー! あなたっ!」
「お、お父さん!!!」
俺の後ろで二人の悲鳴にも似た声が聞こえた。
父さんが背中から斬りつけられた!
バタッと、倒れる。
「こんの野郎っ!」
腕を振り回し、何度も何度も殴りつけようとした。
が、俺のパンチは虚しく空を斬る。
間合いが詰められない。
チラッと父さんを見る。
息がある。
父さんの横には棒が転がっていた。
俺は飛び付くように棒を手に取る。
その瞬間、ゴブリンが俺に剣を振りおろしてきた。
棒で受けるが、真っ二つ。
――――だめだ、もう死ぬぅぅぅ。
足蹴りだ。
父さんが渾身の足蹴りをゴブリンの腹部に叩きこんだ。
「と、父さんっ!」
「マサヤ、お前は母さんとミノリを連れ直ぐに逃げろ!」
「だ、だったら……父さんも」
そうは言ったが、この状況。
父さんを連れて逃げ切れるとは思えない。
だからと言って、見捨てることもできない。
仮に見捨てて逃げたところで結果が見えていた。
「お、おにぃちゃん! た、助けてっ!」
「あ、あなた……」
ミノリが母さんを庇うように盾になってた。
泣きじゃくりながらも、ミノリはゴブリンから母さんを守っている。
ゴブリンの剣先がミノリを捉えた。
「や、やめろろろろろ!!!」
スローモーションのように時が流れた気がした。
剣先がミノリの胸元まで、あと……数センチ。
時間にして、1秒? ――いや、0.5秒か。
走りながらミノリに手を伸ばす、まにあわない……そ、そんなの、俺がゆるさないっ!
ミノリの胸、まだ……無事だ。
傷を負ってない、だ、だが、ダメだ……間に合いそうにない……。
「魔法を放てばいいじゃないか」
……え!?
「忘れたのか? お前は俺だろ?」
…………。
「なぁ、ルーシェリア・シュトラウス」
そうだ、お前は俺だ。
思い出したぞ、俺は、ルーシェリア・マリー・ド・ゴール・シュトラウスだ!
「猛る炎よ、雑魚どもを焼きはらえ!」
あと、ほんの数センチ。
いや、数ミリのところで、ゴブリンが燃えだした。
残りの2匹。
燃え盛る炎に気を取られている。
貴様達には、氷の槍を、お見舞してやろう!
2匹のゴブリンの胸を刺し貫いた。
「グギャアアア」と、悲鳴を上げゴブリンは絶命した。
3匹とも片付けた。
「父さん、じっとしててください」
倒れ込んでる父さんに成長活性の魔術を施す。
細胞組織が活性化し、傷が塞がっていく。
「お、おにぃちゃん!」
「マサヤっ!」
母さんと、ミノリが俺の元へ駆け寄ってくる。
父さんは「っ痛」と、一瞬だけ顔を歪めたが、傷は完全に塞がった。
「マサヤ……お前……今、何をしたんだ?」
「魔術だよ、父さん」
「魔術だって!?」
父さんに穏やかな笑みを送り、俺は氷の槍で貫いたゴブリンを見た。
汚い布だが、無いよりはマシだろう。
工夫し、母さんとミノリの上下と男二人分のパンツらしいモノは仕上がった。
「これで僕達、裸族卒業だな」
あれ? ……僕って、俺が言ったのか?
◆◆◆
目が覚めた。
そう目が覚めたのだ。
気がつくと、ここは宿屋の一室だった。
「ルーシェリア、おはよう!」
窓から射し込む朝陽が、ハリエットを明るく照らしていた。
あれれ? 全部、夢だったの?
「大迷宮に挑む、準備はバッチリなんだから!」
そうだった……俺達は、大迷宮に眠る、魔力結晶を求めて、この地に来たのだった。
それにしても……う~ん。
リアルな夢だったなぁ。
過去なのか、未来なのか。
それとも、ただの夢だったのだろうか。
第一、俺はマサヤではない。
日本名なら神代那由他だ。
でも、なんであんな夢を見たんだろう。
夢って記憶の再構築ともいうしなぁ。
昔見た、映画やマンガの影響なんだろう。
気にしても、しょうがないけど、ミノリかぁ。
割と可愛かったかも。
「ルーシェ様、顔がにやけてますよ」
メアリーも準備万端みたいだな。
相変わらず胸はでかい。
さらさらと服が砂になんないかな……。
「王子、クララの餌を貰ってくるのです!」
「ああ、いってらしゃい!」
「ドロシーが戻ったら、朝食に行きましょう」
そう言ってメアリーが、にっこり微笑む。
俺も夢に出てきた親父に負けていられないな。
ちゃんと彼女らを守ってやらないとな。
窓から迷宮の入口が見えている。
ここはファリアス帝国の首都より少し離れた郊外。
腕に自信のある奴らが、一攫千金を夢見てここに集まるそうだ。
迷宮は地下100層に及ぶとの噂だが、78階層までは攻略済みらしい。
よって、金を払えば78階層までなら、魔法陣で好きな階層から探索することができるそうだ。
なら、78階層から攻略するに限る。
しかも、その78階層目。
攻略されたのはつい最近らしく、そんな奥深い階層で飯屋を開いてる奇特な奴らがいるらしいのだ。
ダンジョンの中にある、ホットステーションか。
休憩所にもなって都合が良い。
ドロシーがクララとともに戻ってきた。
クララは、小さな手に肉を掴みハグハグと旨そうに食べている。
朝から肉か……重たそうだな、俺には無理だ。
「ドロシーは夢って見たことあるかい?」
「もちろん、ありますよ。気になる夢でもみたのですか?」
「う、うん、まあね」
「どんな夢だったのですか?」
ただの夢の話だし、適当に掻い摘んで、話してみる。
「マサヤにミノリですかぁ……」
「ああ、そんなに真剣に考え込まないで、ただの夢の話だから……」
「王子は一万二千年間、ずっと目覚めることなく過ごしてたのですか?」
「はひ? それってどういう意味?」
「途中で、何度か目覚めた事があるんじゃないかって、そう思っただけですよ」
うーむ。
途中でって、言ってもなぁ……って!
あ、ああ……あああ…………。
あの母さん……エミリーにそっくりだった。
でも、夢の中の俺は「ルーシェリア・マリー・ド・ゴール・シュトラウス」って名乗ってたぞ?
まだ、ハリエットと結婚してない。
結婚したら、きっとミドルネームに「マリー・ド・ゴール」って付け加えることだろう。
なら未来の夢でも見たってことなのか?
バカバカしい。
未来なら、日本はないし、過去でも俺はマサヤじゃ……ないよな?
そもそも、そう都合よく母親の胎内から何度も生れ出るわけがない。
でも、仮にそうだとしたら、いつの時代なんだ?
それに、日本だけ先に文明が消失するなんて、酷い話じゃないか。
「王子が言う、タイムマシーンが起動すれば、謎が全て解けると思うのです」
ただの夢じゃなければ、何かしらのヒントぐらいは、掴めるかもしれない。
実は、あの夢の時代が前時代の終焉の初日で、軍服着てたレヴィの時代かもしれないとかって!
でも、やっぱ、マサヤが誰なのか、わからん!
あー、何だか頭の中がモヤモヤするぞ!
本当に、あのマサヤって誰なんだよぉ~。
あ、そうだ!
エミリーに聞けば全部丸わかりじゃないか。
と、思いつつも、エミリーには大空洞で知った彼女の事については、何ひとつ話してないし、親父と出逢う以前のエミリーの記憶は曖昧だって、親父が言っていた。
もう、タイムマシーンだけが頼りだ。
起動させることに成功したら、過去の両親に会いにも行くし、レヴィがマシンガンでゴブリンを退治してた時代にも行く。
それで、全ての謎が解明できるだろ?
俺自身のことも、邪神がそもそも何であるのかも分かるはずだ。
「ルーシェリア、早くいきますわよ?」
「ああ、そうだった。これから朝食だったね、ハリエット」
「そうよ、もう腹ペコなんだから!」
「さあ、行きましょう。ルーシェ様」
朝食を取った俺達は、大迷宮の入口まで来た。
入口は巨石で囲まれていた。
ぽっかりとした入口は、古代遺跡のような雰囲気を醸し出していた。
「おーし、いくぞぉ!」
そして、入口間近で呼びとめられる。
「おい、入場料を払って貰わんと困るぞ」
頬に傷がある男に呼び止められる。
入場料って、どこかの遊技場かよ!
と、ツッコミたくなったが、素直に金を払う。
「78階層からお願いしまーす!」
「おいおい、正気かよ?」
この中じゃ、ドロシーが一番年上だ。
でも見た目はメアリーがお姉さん。
しかし、厳密に言うなれば、俺は一万二千年となんちゃら歳だ。
「金さえ払ってくれれば、文句ねぇが、死んだって知らねぇぞ?」
「見ててなさい、最下層の魔法陣を起動してみせますわよ」
ハリエットの言うように、各階層には未起動の魔法陣がある。
それを起動すれば、誰でもその階層まで、ひとっ飛びなのだ。
「ケッ、わーったよ、随分と自信満々な、お嬢さんだ。だが、命を粗末にするんじゃねーぞ! 坊主、お前もだ!」
「大丈夫です、無理だと思ったらすぐ引き返しますよ」
「どいつもこいつも、全くよう……これだから冒険者ってやつは……」
俺達は、中へと踏み込んだ。
地下1階層の魔物は淘汰され、一つの街を彩っていた。
武具屋もあれば、飯屋も宿屋もある。
多くの冒険者で賑わってもいた。
「これが、78階層にいく魔法陣みたいだね」
噂どおりに100階層なら残り22階層か。
あっという間だな。
俺達は魔法陣の上に乗る。
瞬時に78階層へとテレポートした。
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