第七十九話「隠されていた陰謀・前編」
魔法陣で78階層まで、一瞬で辿り着いた。
まずこの階層には強力な魔物の魔素を感じない。
魔素どころか美味しそうな料理の香で充満している。
しかも石壁の壁面には、親切に道標まで用意されていた。
「あ、こらっ! 待つのです! クララ!」
香に刺激されたのか。
クララは「クピー」っと鼻を鳴らすと、真っ先に通路の奥へと飛び立っていった。
「王子、クララが……」
「心配ないよ、ドロシー。この階層には魔物はいないよ」
ゼロではないが、俺達の脅威になり得る魔物は存在していない。
飯屋があるぐらいだ。
彼らによって、この階層の魔物は一掃されてるのだろう。
通路に分岐点がある度に『飯屋はこちら⇒』と案内される。
飯屋には用はないのだが、クララを置いて行く訳にもいかないので、案内に従って進んでいく。
「これは、香辛料の香かしら?」
「そうみたいだね」
ハリエットが言うように、スパイスの効いた香。
何だか懐かしい香りでもある。
そうだ、これってカレーライスの匂いじゃないのか?
ここがダンジョンの78階層だと忘れてしまいそうだ。
「ルーシェ様、こんな場所で飯屋の経営するなんて、変わった御仁もいるもんですね」
メアリーの感想はもっともだ。
どんな奴らが店を開いたのだろうか。
上と下の階層には強力な魔物の魔素を感じる。
この階層とて、強力な魔物が徘徊していたはずだ。
よほど腕に自信のある冒険者なんだろう。
『ダンジョン飯屋にようこそ!』
店の看板だ。
ボス部屋の空間を利用して、改装したような店があった。
「いらっしゃいませ、4名様でございますか?」
「あ、うん。そうだけど、ここに小さな白竜の子が迷い込んでこなかった?」
「その子なら、ほら、あそこに……」
クララが早くも餌にありついてた。
どんだけ食欲があるんだよ……。
嬉しそうにハグハグしていた。
「どうも、うちの子がご迷惑かけてすみません」
「いえいえ、お気になさらずに~」
店の看板娘なんだろう。
にっこりと微笑むと、エプロン姿の彼女は席を案内してくれた。
桃色のツインテールの女の子だ。
メアリーと同い年ぐらいに見える。
何となく、見覚えがある気がするけど、桃色髪はこの世界では初めて見る。
気のせいだろう。
「えっと、当店の自慢のメニューはカレーライスでございます」
あんまり、腹は減ってない。
だが、この世界にもカレーライスがあるとは思ってもなかった。
ちょっと食べてみたい気がする。
「折角ですし、注文して差し上げたら?」
ハリエットは、どんな料理か知りたいだけのようだ。
皆、腹は減ってないようなので、カレーを一人前。
それにチャイを4つ注文した。
チャイとはミルクに茶葉を加えて煮込んだ、ミルクティーのようなものだ。
「ルーシェ様、カレーライスってどんな料理なんでしょう」
あれ? 料理に詳しいメアリーが知らないって、意外だなぁ。
どんな人達が作ってるのだろう。
後で、紹介してもらうか。
「お待たせしました。こちらがカレーライスで、ございます」
さっきの女の子が運んできてくれた。
俺の目の前に、カレーライスをそっと置くと、チャイとスプーンを並べてくれた。
その様子をメアリーが、不審げに見つめている。
が、う~ん、懐かしい香りだ。旨そうじゃないかっ!
似たような料理はこの世界にもあるけど、これは紛れもないカレーライスだな。
「美味しそうですね、王子っ!」
「あれ? 食べたくなったのドロシー? ならもう一皿、注文するかい?」
見たら俺も全部一人で食べたくなっていた。
「はいっ! お願いなのであります!」
もう一皿、頼むことにした。
俺達のやり取りが終わるまで、店の女の子は待っていてくれた。
「あのう、もう一皿よろしいですか?」
「はい、かしこまりました」
ハリエットは、澄ました顔で、上品にチャイを啜っている。
カレーには、もはや興味がないようだ。
「ルーシェ様……」
「ん? メアリーも食べたくなった?」
「あ、はい、でも一口で十分です。味見だけさせて頂けますか?」
一口だけなら、頼む必要もない。
メアリーに皿ごと差し出した。
「どう? 美味しいかい?」
「え、ええ。とっても美味しいです。で、でも……これ……ルーシェ様のお口に入れるわけにはいきません」
「えっ!? なんでなの……?」
そう声を発した時には、メアリーの顔は青ざめテーブルにもたれるように倒れこんだ。
――毒なのか?
……う、嘘だろ?
毒を盛られたのか?
ドロシーが口に運びそうになってたチャイを俺は腕で払いのけた。
チャイの入ったカップが床に落ち砕け散乱する。
ハリエットは既に口に含んでいた。
だが、身体に異変はないようだ。
「メアリーさん!」
「一体、どうなってるのよ!」
ドロシーとハリエットの二人も慌てた。
「ハリエット! す、すぐに解毒だ!」
「わ、わかったわ!」
俺は直ぐ様メアリーの元に駆け寄り、女の子が去っていた厨房の方を睨み警戒した。
すると彼女は腕を組み、不敵に微笑んでいるではないか。
先ほどとは、まるで別人のように。
その笑みを見た時、この女が誰なのか気がついた。
気がつくのが遅かった。
髪色や瞳の色が違うが、こいつは姫野茶々子だ。
と、言うことは、桐野や一条もいるんじゃ?
「ルーシェリア王子、あなたがいけないのよ。あなたのせい……そう、あなたの……あなたのせいで、直樹は死んだのよ!」
涙目で姫野茶々子が俺に訴える。
直樹って誰だ?
そいつの名を俺は覚えていない。
かつて俺が焼き払ったクラスメートのうちの誰かのことを言っているのか?
「茶々子っ! お前なにやってるんだ!」
「そうだよ! 姫野さん! お客様に向ってって……あ、もしかして、ルーシェリア王子?」
厨房から飛び出してきた二人も、髪色と瞳の色は違うが、桐野悠樹と一条春瑠だ。
こいつら、こんなところにいやがったのか!
チラッとメアリーを見る。
ハリエットが神聖魔法で治療しているが、昏倒したままだ。
まさか、このまま死んじゃったりしないよな……?
メアリーの肌から血の気が引いていくのを感じる。
回復魔法が追いついてないんじゃないのか?
「茶々子、お前……まさかっ」
桐野悠樹が昏倒してるメアリーを見た。
「そうよ? 何か文句あるのかしら?」
「文句もなにも、お前、マジで何やってんだよ!」
「これぐらいしないと直樹が浮かばれないのよ!」
「……これぐらいって、お前……ルーシェリア王子を恨んでもしょうがないだろ?」
一条春瑠が、姫野茶々子を諭すように割り込んだ。
「そうだよ、直樹君を殺したのは、ルーシェリア王子じゃない。法王庁じゃないか」
その、直樹とか言う奴、俺が殺した奴じゃないのか?
こいつら何の話をしてるんだ。
そして一条春瑠が俺に懇願するかのような瞳を向けてきた。
「ルーシェリア王子は、あの日に彼らを皆殺しにしたって思ってるかもしれないけど……実は、誰一人として死んでなかったんだよ。法王庁の神殿だよ……神聖魔法の使い手は沢山いるし、僕ら召喚勇者の中には、聖女適正の者も沢山いる。皆、あの後、息を吹き返したんだよ」
……誰一人として、死んでなかっただって!?
だが、伯父上から受けた報告では俺が火魔術で焼いた9名は死亡、衛兵を虐殺し逃亡した3名も処刑されたと聞いている。
少なくとも、そのうちの9名は生きていたってことなのか?
「ルーシェリア王子が驚くのは当然です。僕達は、そもそも邪神と戦うために召喚された訳ではないのですから……」
こいつは、一体何を言いだしてるんだ?
「僕達だって、最初は知らなかったんです。今でも神殿に残ってるクラスメート達は、自分達が邪神と戦うために召喚されたと信じていると思います。でも、僕達が導き出した答えはそうじゃないんです!」
一条春瑠の話を聞くと、一度助かったはずの9名のクラスメートは、翌日には冷たくなっていた。
毒殺されていたらしい。
だが、何故?
それは、つまり……俺が彼らを殺したって事になっている方が、法王庁に取って都合が良かったんだと彼らは結論付けている。
法王庁は伯父上にも嘘の報告をしていたと言う事だ。
彼らの仮説を詳しく聞くとこうだった。
――真の狙いは、レヴィ・アレクサンダー・ベアトリックス一世の血を受け継ぐ者達の撲滅だと。
それは俺でもあり、フィルでもあり、伯父上にしたって例外では無かった。
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