第十章

第六十八話「走馬灯のように」

 大部屋を抜けトラップに気を配りながら先に進む。


 ドロシーが自らの杖に光属性を付与する。

 杖の先が、ぼんやりと光り出す。

 松明変わりだ。

 

 ゴツゴツした岩肌だった外壁が見たこともない素材で加工されていた。

 御影石のような光沢があり、明らかに何者かの手が加わってる証拠だろう。

 近未来? そう、そんな雰囲気を漂わせている。


 通路は短かった。

 俺達の道を阻むように金属を加工したような扉があった。

 扉の横にはタッチパネルがある。

 俺にはわかる。

 これはエレベーターだ。


 扉に手を触れるが、魔物が発する魔力を感じない。

 扉が開いたとしても危険はなさそうだ。


 ボタンを押すと扉が開く。

 俺が乗りこむとメアリーとドロシーも乗り込んだ。

 ふわっと、一瞬、浮遊感を感じると、エレベーターはグングンと下降していく。

 

「竜王城で体験したのに似てますね」


 メアリーは表情を引き締めポツリと呟く。

 ドロシーも、こくりと頷いた。


 到着した。

 エレベータが開く。


 建物の中、そうとしか思えない。

 照明で明るく照らされた空間。

 まるでホテルのロビーのようだ。

 ソファーとテーブルが設置されている。

 

 ここで白衣を纏った研究者達が雑談を交わしてる。

 ふと、そんな光景が俺の脳裏に浮かんだ。

 

 やはりここは何かの研究所だ。

 合成獣のような魔物を研究してるのかもしれない。

 いや、むしろ、合成獣は何かの研究の副産物ではないだろうか。


 地下研究室の案内板があった。

 地図のように現在地が示されている。

 この研究所はかなりの広さがあるようだ。

 奥に進むにはあっちの方角でいいのか。


「王子、ここには誰もいないんですね」


 ドロシーの意見はもっともだ。

 この施設はいつ頃からあるのだろうか。

 仮に千年前だとしたら、もっと風化が進み荒んでいても良さそうなのに。

 何かが動く気配を感じた。


 俺達は監視されている。

 空中にラジコン飛行機のようなモノが浮遊していた。

 ドローンに似ている。

 ラジコン飛行機はメアリーの顔の前で停止。

 メアリーが不思議そうにラジコンを覗きこむ。

 

『認証エラー、侵入者を排除します』


 メアリーの額に赤い点が光った。

 狙撃銃などに装着できるレーザーサイトだ。


「あっ! 危ないっ!」

 

 俺は咄嗟にメアリーを突き飛ばした。

 メアリーは訳もわからないまま倒れ込む。

 ラジコン飛行機からレーザービームが発射された。


 俺の火球もラジコン飛行機を燃え上がらせた。

 ガチャンと音を立て飛行機は床に墜落。

 飛行機が墜落するのを見届けた後、俺もその場に倒れた。


 胸の辺りが熱い。

 焼けるように熱い。

 意識が朦朧とする。

 胸を抑えていた手のひらを見た。

 血まみれだ。

 呼吸するのも苦しい。

 声もでない。

 ――――致命傷だ。


「お、王子っ!」

「ルーシェ様っ!」


 呆気ない幕切れだと思った。

 新時代の夜明け、黎明の魔術師。

 誰もが俺を羨み褒め称え、そう呼んだ。

 

 メアリーが俺を抱きかかえている。

 その瞳は溢れんばかりの涙で濡れていた。

 ドロシーの声も聞こえる。

 必死に何度も俺を名を呼んでいる。


 王子ではなく、彼女は俺をルーシェと呼んでいた。


 人は死ぬ前に人生の様々な情景が脳裏に浮かぶと聞く。

 これがそうなのか。


 7歳以前の記憶が走馬灯のように駆け巡る。

 

 一歳ぐらいなのかな?

 ベビーベットで寝かされてる俺を両親があやしてくれている。

 両親が去ると、メアリーが絵本を読んでくれている。

 絵本を読み終わると、俺を抱きかかえ、外の景色を見せてくれている。

 季節は冬なんだろうな。


『お風邪を引いては大変ですね』


 窓を閉め俺を優しく寝かしつけてくれた。

 優しげで温かい眼差し。

 幸せな気分で心が満たされていく。


 場面が変わる。

 2歳の俺だろうか。

 あの少年……そうフィリップ王子だ。

 互いに木の枝を構え、対峙している。

 剣の稽古と言うよりも、チャンバラごっこだな。

 痛がってる俺にフィルが心配そうな眼差しを向けている。

 彼の上段振り下ろしが俺の脳天に直撃したようだった。


 思い出した。

 あれはマジでヤバかった。

 涙目になって抗議したのを覚えている。

 その次だったか、俺は木の枝に炎を纏わせ、フィルの木の枝を焼いたのだ。

 無論、俺の木の枝も焼けちゃったけどな。


 これは3歳の頃の記憶なんだろうか。

 調子に乗って火属性の魔術で王宮庭園の噴水を丸焦げにしちゃっている。

 お目付け役のメアリーも俺と一緒に両親に叱られている。

 可哀想なことしちゃったんだなぁ……。


 また場面が変わった。

 あの時見た、記憶の片鱗にいた金髪の少女だ。

 今なら彼女が誰だかわかる。

 ハリエット姫だ。


 以前メアリーが語ってた魔物退治とはこれなのか。

 ハリエットに子ども扱いされて、フィルは逆上し頭に血が上っている。

 挑発したハリエットも加えて、俺達は月明かりの中、城を抜けだし魔物退治へと向かったようだ。


 ああ、こりゃあ、無謀だなぁ。

 この三人は無事に帰れるのか?

 他人事のように俺は第三視点で三人を見ている。

 

 案の定、狼の群れに囲まれた。

 狼は俺の魔術で一網打尽。

 その帰り道だ。

 俺は初めての事に動揺し、彼女は頬を赤く染めていた。


 この時、約束してた。

 ハリエット、ちゃんと思い出せたよ。


 また場面が変わる。

 魔法都市エンディミオンに入学したようだ。

 そこには新たな出会いに胸を躍らせる俺がいた。

 王宮料理長の娘のソーニャ。

 俺はずっと彼女と同じ部屋で過ごしてるようだ。


『ルー君、歯磨きは終わった?』


 お姉さんのように俺を可愛がってくれている。


 そんなある日、魔術大会が開催されたようだ。

 ラルフもミルフィーもいる。

 なんだか、とても懐かしい。


 ラルフは氷属性を巧みに操ってる。

 決勝戦はラルフとソーニャの対戦だったようだ。


 その決勝戦に乱入する狼藉者がいた。


 黒い衣装を纏う男。


 嘘だろ……。


 俺はこの男を良く知っている。

 知っているぞ!

 王宮にいる。


 ソーニャは見たことがなかったのか?

 知ってたら顔はとうの昔に割れている。

 この時点、いや現時点でも彼女は、この男を知らないのだろう。


 温かい光に包まれた。

 とうとうお別れなのかな。

 死ぬ間際ってとても気持ちのいいもんだ。

 レーザーで貫かれた傷も全然痛くない。


 


 俺は九死に一生を得ていた。

 傷は塞がり、失いかけてた意識がハッキリしてきた。


 ポケットの中に入れていたクリスタル。

 ハリエットからプレゼントされた石だ。

 粉々に砕け散っていた。


 意識がハッキリしてくると耳障りな警戒音が鳴り響いていた。

 室内を照らしていた照明が赤く変化し点滅していた。


 SF映画なら、次の展開。

 俺達を排除しようとする機械が、襲ってきてもおかしくない。


 俺はすっと立ち上がった。


 突然の復活に、メアリーとドロシーの目が丸くなる。

 

 土魔術で穴を掘った。

 そこにメアリーとドロシーを放り込む。

 俺自身も飛び降り、穴の上を土魔術で塞いだ。


「ドロシー明りを頼む」

「あ、はいっ!」


 ドロシーの杖がぼんやりと光り出す。

 即席の穴の中が照らされた。

 

 二人とも涙目でぐびぐびしながら、俺を見ている。

 思考が追いついてないのだろう。


「このまま掘り進むけどいいかい?」


 案内図を見ていた。

 進むべき方角は、大凡は掴んでいる。


「あのう……ルーシェ様? お怪我の方は?」

「そ、そうですよっ! 王子っ! い、痛くなのですか?」


 俺はにへっと微笑み、粉々になったクリスタルを二人に見せた。

 ハリエットの誕生日プレゼントが、俺の命を救ってくれたことを二人に伝える。


「本当に……本当に良かったのであります」

「ハリエット姫に感謝するのであります!」

「んじゃ、掘り進めるよ?」


 モグラのように掘り進めた。

 そして一つの広間に躍り出た。

 ここには警戒システムはないようだ。


 この研究施設の核心部分の一つかもしれない。

 円形のドームを囲む白い壁に、研究所の名前が日本語で描かれてあった。

 ――――『白鳥科学研究所』と。


 面積は東京ドームで換算すると五つ分はあるんじゃないだろうか。

 そして俺達は目の前の光景に目を奪われ、しばし茫然と佇むのであった。

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