第六十九話「Re:start」

 室内に仄かに香る自然の香。

 色鮮やかに彩る草花達で一面が覆われていた。


 ミッドガル王国の庭園と比べても遜色がない。

 永久凍土の大地にあるユーグリット王国のちんまりとした王宮庭園など、遙かに凌駕している。

 豪雪に埋もれ枯れた土壌のユーグリットの大地で、これほどの景色を目の当たりにするとは、夢にも思わなった。それも訳のわからない地下でだ。


「まぁ、なんて綺麗なことなんでしょう」

「とても地下とは思えませんよ、王子」


 二人の感想に俺も、素直に同意した。

 室内を照らすライトが、植物をすくすくと育てているのだろう。

 俺達は地下に広がる庭園へ、そっと足を踏み入れた。

 

「あそこに何かあるようなのです!」


 ドロシーが庭園の先を指差した。

 遠目でハッキリわからないが、石碑のような気がする。

 石碑から一直線に石畳が伸びてもいた。

  

「石畳の上を歩きましょうか、ルーシェ様」

「う、うん。そうだね」


 気持ちがどんよりと沈んでたメアリーの気持ちが、若干明るくなった気がする。

 俺は気にすることはないと、何度も言ってるのだが、メアリーは血が滲み出るほど唇を噛みしめ、先ほどの件を悔いていた。

 メアリーは自分自身が傷つくならまだしも、俺が身代わりになって死にかけたことに強い自責の念を抱いているようだった。

 無事だったんだし、本当に気にすることはないのにな……。


 むしろ反省するのは俺の方だ。

 彼女達を守ると心で誓いながらも、あまりにのお粗末な結果だった。

 超魔術を操ると言っても、身体はナマモノ。

 殴られたら痛いし、打ちどころが悪かったら死ぬ。

 俺が死んだら彼女達だって無事ではいられなかっただろう。

 油断大敵、マジでハリエットに救われた。


 それにても、ここに来て白鳥科学研究所とはな。

 白鳥グループは過去の世界に置いて世界有数の大企業だ。

 食品から医療品に留まらず、軍事産業にまで着手している総合商社。

 日本では軍事の面はさほど目立たなかったが、ネットでは世界の軍事産業を裏で支えてる軍産複合体の一つとも囁かれていた。


 そして、その大企業の娘が俺のクラスメートにいたのを覚えている。

 白鳥渚だ。

 大企業のお嬢様が、一般高校に通ってることに違和感も覚えていたが、彼女のスカートから覗く白い足はいつも痣だからけであった。

 だが、当時そのことについて言及する者は、誰一人としていなかった。

 今の俺なら何となくわかる。

 きっと彼女は誰もが羨む金持ちであったにも関わらず、不幸な家庭環境の中で育ってきたのであろうと。

 あの時、そう感じたからこそ、俺は無意識に手を抜いたのかもしれない。

 もう少し魔力を込めていたら、彼女の復活などあり得なかった。

 彼女を氷結させ氷は全ての細胞を破壊し、再起不能にしていたはずだ。


 石畳を歩きながら、それとは別の思いにも耽っていた。

 全てとは言い切れないが、かなりの記憶が蘇った。

 その中で、無視できない存在がいた。


 魔術大会で乱入した男の正体だ。

 俺はその男を良く知っている。

 俺の従兄でもあり、伯父上の子息でもある、ヴィンセント・フェリエール・シュトラウスだ。


 何故に奴が……。何の目的で?

 あの場に姿を現したのだろうか。

 俺はその後も奴とは何度も顔を合わせている。

 が、…………。

 

「ルーシェ様、どうやら墓地のようですよ」

「誰の墓地なんでしょうか、私どもには読めない文字でありますね」


 石碑の前まで歩いて来ていた。

 俺達の身長を超える巨石であった。


 メアリーとドロシーは首を傾げているが、俺には普通に読める。

 日本語で書いてあるからだ。


 石碑には眠り主の名が刻まれていた。

 白鳥渚の石碑だった。

 石碑を立てた人物の名も彫られていた。


 その者の名は白鳥優奈。

 恐らく白鳥渚の親族なんだろう。


 遺言なのだろうか?

 石碑の下方に文字が長々と連ねられている。

 

 感謝状だった。

 そして驚愕した。

 

 石碑には俺のこと、そして母のエミリーの事が書かれている。


 過去、俺がトラックから救った少女。

 その子の名が白鳥優奈。


 俺は白鳥渚の娘を救ったらしかった。

 ここに書かれてる内容は、白鳥渚より俺への感謝の気持ちだった。

 白鳥渚にとって唯一大切なもの、それが愛娘であったようだ。


 トラックに撥ねられた俺は意識不明の重体。

 絶望的だったようだ。

 そんな俺は実験段階である生命維持装置。 

 人工クリチャーメディカルマシーンで治療された。

 その人工クリチャーが母のエミリーのようだ。


 エミリーは生物でもロボットでもない存在。

 俺にはその意味が到底理解できないが、そんな存在のようだ。

 俺は、エミリーの胎内に取り込まれ、胎児へと逆行成長し、遥か長い悠久の時を安眠で過ごし、目覚める機会を待っていたようだった。


 その後、第三次世界大戦が勃発。

 俺の復活はエミリーの無意識の判断により、先延ばしになったようだ。

 そして俺の復活のキーワードが『愛』だった。

 エミリーが親父と結ばれたことにより、俺が復活したようだ。

 

 ――――新たな素晴らしき人生を送ってください――――


 神代那由他様へ。

 白鳥渚、白鳥優奈。

 最後にこう書いてある。


 俺の過去の記憶は、封印されていたようだった。

 ところが、俺は7歳の時に過去の記憶を思い出してしまった。

 その反動なんだろうか。

 脳内キャパシティが崩壊し、元々あった7歳までの記憶が吹っ飛んだ。

 そのおかげで、二週間も高熱にうなされ死地を彷徨ったようだった。


 ここに書かれてるのはこれで全てだ。

 それでも、俺は俺自身が何者なのか理解が及んだ。

 俺は俺であって何者でもなかったんだ。


 若返って未来にいる。

 それだけが真実だ。


 そしてここが、横穴の最終地点のようだった。

 これ以上、深く潜るには大穴から突入し、ガーゴイルを蹴散らすしか方法がなさそうだ。

 

 ここが俺が生きた過去から数千年? いや数万年? 

 時間が流れた世界なのだろうか。

 俺はそれも知りたい。

 出来るだけ正確に……。


 残念ながらそれを知り得る情報は書かれてない。

 他に手掛かりはないのだろうか……?


 いや、まてよ?

 竜王城にいたロボットだ。

 あのヘンテコなロボなら知ってるかもしれない。

 魔力結晶を手に入れ、正確な日時さえわかれば、過去の世界に戻れる確信が持てた。


 かつての魔神戦争時、この大穴から大量の魔物が溢れ出たと聞く。

 ここには禍々しい魔物を生み出してる装置はなかった。

 もし、存在してるとするならば、大穴の底だろう。

 穴の奥底にはまだ秘密があると思うのだが、あのガーゴイルの群れは恐怖だ。


 さすがに対処しきれない。

 

 ボス部屋にいた合成獣はこの墓地への侵入を防ぐ、ガーディアンであったのだろう。

 魔力結晶はここじゃなくても手に入る。


 得た情報は大きい。

 とりあえず今はこれで十分だ。

 俺は二人に振り向き、優しく微笑んだ。


「メアリー、ドロシー、帰ろうか」

「はい、ルーシェ様」

「あ、はいっ、なのであります!」


 二人とも心底ほっとしたのだろう。

 帰るという言葉に瞳を輝かせるのであった。

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