第六十五話「救出」

「これは何て魔物なんだ?」


 上半身は鎧を纏った人間で、下半身は馬だった。

 俺の問いにシャーロットが答えた。


「これはケンタウロスね」


 ああ、そうだ、それだ。

 そのケンタウロスの手には大弓が握られていた。

 強靭そうな脚には多数の傷跡があり、致命傷となったのが胸であろう。

 鋭い刃で貫かれたような痕跡があった。


「倒されてることだし、先に進むか」


 牛の次は馬か。

 先ほどと違い、大部屋の中で倒されている。

 前のボス部屋では不意打ちを受け混乱し、被害が拡大したのかもしれない。


 この大空洞……明らかに人の手が加えられているな。

 更に深層へと下る階段を俺達は慎重に進む。


 その途中。

 踊り場のような場所で俺は歩みを止めた。


「どうしたの? ルーシェリア?」


 後ろを歩くハリエットが呟く。

 シャーロットも足を止める。


「いや、ここって一体なんだろうと思って、通路も階段も部屋も全てが人工物じゃないの?」


 そう言って俺は全員を見渡す。

 特に事情の詳しそうなシャーロットを見上げる。


「意見を求められてるようで申し訳ないけど、私にもわからないわよ?」


 千年前の魔神戦争で活躍した英雄にもわからない。

 今まで誰もこの大穴に潜入した者はいないと言うことらしい。


 この先に一体、何があるというのだ?

 進むことでしか答えは見いだせないが、あまりにも不自然だ。

 何かの目的があって意図的に作られた大穴としか思えない。

 淡々と進むのは危険すぎる。


 まだ、最初に見た凄惨な光景が脳裏から離れないのか、皆の思考も追いついてない。

 注意力も散漫になってるな……。


 恐らく次も同じようなボス部屋がある。

 その先で既に何かが起こってるかもしれない。

 目に焼きついた光景がそう思考させる。

 思考を狂わせる。


 慎重なシャーロットらしくもない。

 並行して歩いていると彼女の呼吸のリズムに乱れを感じる。

 周囲を警戒するどころか、光の精霊を前方飛ばし漠然と歩を進めてるだけだ。

  

 俺は全員に尋ねてみた。

 この先、次に何があるのかを。


『同じような部屋がある』


 全員の意見が一致した。

 つまり思考の先がそこで停止している。

 次の部屋までは特に危険がないと全員がそう感じてるのだ。

 実に危うい。


「ルーシェ様、どうしたのです? 地面に手を当てて」


 メアリーが聞いてきた。

 全員が俺の行動を訝しむ。


「この先の通路を凍結させる!」

「えっ!? どうしてなんです?」

「皆、気を張ってるようで無意識に気が抜けている。いや、思考が散漫になってる。そう思ったからだよ」


 岩や土砂混じりの壁、床、天井。

 氷が走る。

 通路の先が瞬時に凍結していく。


 凍結させることで気が付いた。

 この先の階段。

 今までの数倍長い事に気が付いた。

 次のボス部屋の扉周辺まで完全に凍りついた。

 実感が魔力を通じて伝わってくる。

 

「ルーシェ様……ひ、冷えますね」

「王子、凍らすことに何か意味があるのですか?」


 メアリーがひやりとした空気に身震いし、ドロシーは恐る恐る氷の階段につま先を乗せ滑らないか確認している。


 ギミック対策だ。

 壁床天井を凍結させ、あるかもしれない罠を未然に防ぐためにやった。

 俺達のパーティには罠を感知できる者がいない。

 感知はできないが、魔力を通せば何かしらの違和感を察知できる。

 

 魔法学院の地下で、ラルフの魔力を追った時にコツを掴んでいた。

 自然の万物じゃないものを凍結させた実感もある。

 天井と両サイドの壁に違和感があった。

 階段は大丈夫そうだった。


 罠があったのなら、これで機能停止状態に追い込めたかもしれない。

 俺は感じたことを全員に話した。

 全員が納得してくれた。

 気を引き締めてくれた。

 これだけでも十分な成果だ。


「でも、ルーシェリア……階段で滑ったら大変じゃないかしら?」


 ハリエットの意見にドロシーが同意する。


「心配ないよ、階段の氷だけ溶かせばいいだけの話だよ」


 階段に渦巻く炎が走る。

 しゅわっと階段の氷だけが解凍された。


「ねっ! こんなもんだよ」

「さすが、ルーシェリア。超級の魔術師ってだけあるわね! 私も負けられないわ!」


 ハリエットが俺の魔術を悔しそうに褒める。

 巧みに氷と炎を操る俺にシャーロットが感心した。

 

「器用なことができるのね。面白いものを見せて貰ったわ」

「王子の魔術の技量は古の賢者を凌駕すると、学園の副学長も言ってたのであります」

「ルーシェ様の魔術の腕前にはメアリーも感服いたしました」


 派手な魔術を見て皆の目も明るくなった。

 

「ここから気を引き締めていくよ。周囲の警戒もよろしく頼むよ」


 階段を下りていく。

 かなり長い階段だ。

 

「ルーシェリア王子。ちょっと待って!」

「どうしたの? シャーロット?」

「人の気配がするわよ」

「ほんとっ!?」


 エルフ族の聴覚が働いたようだ。

 シャーロットの長い耳がぴくぴくと反応を示している。


 階段の途中、やはり罠があった。

 天井や壁から槍が突き出るようなものだった。


 階段を降りたところで、一人の男が壁に横たわっていた。

 やつれ気味な眼差しで俺達の方に振り向いた。


「ち、父上っ!」


 俺の親父だった。

 

「だ、旦那様っ!」


 俺とメアリーが真っ先に走り寄る。


「おおっ! ルーシェリアか、また随分なところで出会うもんだな」

 

 親父が口元をゆるめた。

 じっと俺を見つめる。

 じわっと目頭が熱くなる。

 疲労困憊のようだが、そこそこ元気そうだ。

 笑う元気があるんだ。

 多少怪我をしているようだが、ハリエットの神聖魔法で傷は癒える。

 本当に良かった。


 しかし、全体の傷は浅かったが左足が重傷のようだった。

 重症と言うよりも石化していた。


「心配しないで、おじ様。私の神聖魔法は石化の治療なんてちょろいもんですわ!」


 ハリエットが親父の左足に手を当て、詠唱する。

 淡い光を浴びながら、石化した左足に血が通って行く。

 俺にはできない芸当だ。

 

「ハリエット姫」

「はい、おじ様」

「命拾いした。感謝する!」


 親父はメアリー、ドロシー、シャーロットと視線を移していく。


「旦那様、どうぞご無事でいらしゃいました」

「ふむ、メアリーか心配かけたな」

「滅相もございません! 旦那様がご無事で安心いたしました」


 安心して気が抜けたのか、メアリーはへなへなと地面に座り込んだ。


「アイザック、無事で何よりでしたわ」

「すまぬな、シャーロット。貴殿まで駆けつけてくれるとは、ご足労かけたな。で、そちらの可愛いお嬢ちゃんはどちらかな?」


 親父はとても優しい眼差しをドロシーに向けた。


「あ、はい、初めましてなのです。ドロシーと申します。よろしくお願いしますなのです」

「うむ、こちらこそよろしくな、ドロシー殿」


 会話の区切りのいいところで、俺は母のエミリーについて尋ねた。

 

「ある意味、無事ではある。皆が命がけで守ってくれた……。だが、助けるためには扉の先の魔物をどうにかしなくてはならぬ」


 そして通路の真向いには一名の戦死者の骸があった。

 通路での罠より、俺の母を助けるために犠牲になったと聞いた。

 咄嗟の機転で犠牲になったらしいのだ。


 親父の話を聞くと残り10名のうち、無事なのは親父を含めて3人だけだと言う。

 親父と母上、そしてもう一人。

 母上とそのもう一人は、この扉の先にいる。

 

 二人は完全に石化しているそうなのだ。

 仮死状態だ。ハリエットなら助けられる。


 父は三ヶ月程前。

 母を助けるため、敢えてキマイラの石化ブレスを利用し母を石化させたと言う。

 他の者は残念ながら命を落としたそうだ。


「扉の先には何がいるんです?」


 俺の問いに親父が答えた。


「キマイラだ」


 そう言って父は重い腰を上げようとした。

 俺はそれを制した。


「父上、母上の救出は僕に任せてください!」

「数ヶ月見ないうちに、逞しくなったなルーシェリア。つい先ほどケツは冷やされ炎にまみれ散々だったぞ! まったくヤレヤレだ」


 父は満足そうに微笑むと、俺に任せると言った。

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