第六十六話「炎の王」

 青銅製の重い扉がある。

 その先には石化した母上、そして獰猛なキマイラがいる。

 キマイラなら俺も良く知ってる。

 

 異なる生物同士を掛け合わせたような魔物だ。

 ライオンの頭部と身体にヘビの尾を持ち、肩ぐちから山羊の頭を生やした奇怪な化け物だ。


 親父の話によると、ライオンの頭からは灼熱のブレスを吐き、山羊の頭からは石化ブレス、ヘビの尾には即死級の猛毒がある。極めて危険な魔物だ。


 冒険者ギルドではS級ランクの魔物として認定されてる。

 目の前の扉を開くと同時に、猛然と突進してくるらしいが、扉を閉めさえすれば大人しくなるそうだ。


 ここまでのボス部屋で遭遇した魔物。

 いずれも扉の開閉に敏感に反応するらしい。

 

 初戦のミノタウルス戦では、不意打ちを喰い乱戦となった。

 次々に仲間が巨大な戦斧で頭を叩き割られ、胴を真っ二つに裂かれ、恐慌状態に陥った。

 阿鼻叫喚の地獄絵図のようだったと父は語った。

 

 二戦目のケンタウロス戦は、放たれる矢を掻い潜り、脚を攻撃することで動きを封じ込め、父が正面より剣で胸を刺し貫いたらしい。


 三戦目の頃には、後続の捜索隊と合流。

 親父は引き返すことを提案したのだが、先の戦いでの惨状を目の当たりにした後続隊は怯むどころか、怒りに震え父の制止に耳を貸さなかったようだ。


 その結果、ほぼ全滅に近い状態に追い詰められた。

 キマイラ戦で石化ブレスを足に受けた親父は、辛うじて扉へと引き返し難を逃れたらしい。

 三ヶ月間、後続隊が持ち込んだ食糧と聖水で何とか生きながらえた。

 つまりそう言うことらしかった。


「ルーシェリアよ、奴を甘く見るでないぞ!」

「はい、父上」


 俺も舐めてかかる気は毛頭ない。

 最初から全力でやる。

 ゴブリンやオークとは遙かに格が違うのだ。

 

 舐めプな事して最悪な結果は避けなければならない。

 最悪な結果とは、新たな犠牲者を生むことだ。

 メアリー、ドロシー、ハリエット。

 正直な話、彼女らをキマイラ戦に参加させる気はない。

 

 俺一人で挑むのが無難だろう。


「ルーシェリア王子、お一人でやるつもりで?」

「ああ、そのつもりだよ。シャーロット」


 彼女は俺の考えなど「お見通しよ」と、言った感じである。

 そんな彼女が腰にある細身のレイピアに手をかける。

 シャーロットの実力ならやり合うこともできるだろう。

 それでもここは俺一人の方が……。


「キマイラは2匹いるそうだけど、本当に大丈夫なの?」

「へ……? そうなの?」


 全然、話を聞いていなかった。

 あれよこれよと考えを巡らせてるうちに、親父がそう話してたようだった。

 

「それでも一人で十分なら、お任せするわよ?」


 俺は空を飛べる。

 今までの大部屋の天井はそこそこ高かった。

 魔物の射程外から攻撃すればやりたい放題じゃないの?

 ところがキマイラのブレスは広範囲な上、天井まで優に届くそうだ。

 しかも、ライオンの脚から放たれる強靭な脚力は人族を遙かに凌ぐらしい。


 だとしても、俺ならどうにかなるんじゃないの?


「ルーシェリアよ」

「はい?」

「広間に入ったら扉は直ぐに閉めてくれよ? こっちに飛び出してきたら、たまったもんじゃない。その間、5秒と時間はないからな。急ぐのだぞ!」


 それって扉を閉めてる間に、襲われかねないって話じゃないか。

 親父の話を聞いて不安になってきた。

 青銅の扉を軽く押してみる。

 お、重い……。


 魔術は超級でも腕力は8歳児のままなんだぞ!

 

「あのう……できれば僕が中へ入った後、外から閉めてもらえませんか?」

「どうやって?」


 シャーロットの返事に全員が同意したように首を傾げる。

 扉には手前に引っ張れるような取っ手が無かった。

 中から押さないと閉めるのは無理な気がした。

 

「父上はどうやって扉を閉めたんです?」

「閉めた者が、扉の裏で石化しとるわ」

「ああ、そうなんですね……」


 扉を閉めながら、生き残り? の一人は石化していったらしい。

 それって、石化した人が扉の裏側にいるってことなんじゃ?

 扉を開けて、石像が倒れたら本末転倒なんじゃないの?


「左側の扉を開ければよいぞ」


 ああ、なるほど。

 両扉の右側で石化してるのか……。


「では、母上はどの辺で石になってるんです?」

「心配には及ばん、部屋の左隅だ」


 親父は母上を庇いながら奮闘したらしい。

 石化ブレスがきたと見るや、大きく飛び退けたそうだ。


 扉を潜って、5秒か……。

 閉めるだけで5秒はかかる気がした。


 やっぱり……シャーロットに手伝って貰おうかな……。

 伝説の六英雄だし、邪神と戦ったんだし、遅れを取ることもないだろう。

 ……そういや、邪神復活もここ最近、現実身を帯びてるんだよな。

 シャーロットって千年前に邪神を見たことあるんだよなぁ。

 キマイラ倒した後にでも、どんな姿なのか聞いてみるか。


「ルーシェリア王子、頑張ってね!」


 シャーロットは俺の実力を認めてくれている。

 所用を軽くすましておいでって、言わんばかりの微笑みだ。


 その笑みを見ていると、俺なら余裕なのかなって思ってしまう。

 

 1、扉を抜けた瞬間に高火力の魔術をぶっ放す。

 2、飛びながら空中からぶっ放す。


 1匹、もしくは2匹の距離が寄ってればいいけど、2匹がそれぞれ離れた位置にいると、少々やりにくい気が……。

 ぶっ放す魔術だって2発いるかもだし……。

 母上の石像の位置だって、しっかり確認してからぶっ放したい。

 俺が壊したら目も当てられないしな。

 

 1も2も、扉を閉める5秒がネックだな……。

 無詠唱とはいえ、魔術を発動させるにも数秒は必要だし……。


「ルーシェリアなら、キマイラなんてイチコロですわよ!」


 俺の苦悩を余所にハリエットが軽く言ってくれる。

 メアリーもドロシーも自分達だと、足手まといになるだけだと思ってるようだ。

 やっぱり、シャーロットに援護をお願いしよう。


「あのう……」

「どうしたのかな?」

「やっぱり手伝って貰っていいですか?」

「あら、急にどうして?」

「僕の腕力じゃ扉を閉めてる間に餌食にされちゃいますよ……」

「言われてみると……そうかもしれないわね……」


 シャーロットは快く引き受けてくれた。

 

「二人なら閉める間もなく、終ちゃうかもしれないわね」


 つまり、キマイラが左右から攻撃してきても、俺とシャーロットで1匹ずつ対処すれば問題解決ってことらしい。

 仮にそのパターンの場合、シャーロットはどんな攻撃を浴びせるのだろうか。

 事前に聞いておくことにした。

 

「燃やすのよ、紅蓮の炎でね。ルーシェリア王子も火属性で対処してくれると、ありがたいかな」


 扉はシャーロットが攻撃しながら背中で押し閉めてくれることになった。

 俺は攻撃だけに専念できる。

 

「ルーシェ様……だ、大丈夫ですよね?」

「攻撃に専念できるから平気だよ。扉を閉めるのは念には念を入れるってことだよ。隙を突かれて部屋の外にでられちゃ困るからね」


 メアリーが心配そうな眼差しを送ってくれる。

 

「僕は大丈夫だよ。シャーロットもいるんだ。5秒で終わらせてくるよ」


 親父の鋭い視線。

 油断するな。舐めてかかるなと眼力で叱咤してきた。

 すぐに調子にノルのは俺の悪い癖だ。


「王子、ファイトなのです!」


 ドロシーが勇気づけてくれた。

 

「ルーシェリア王子、行くわよ」


 シャーロットは扉に手をついた途端に詠唱を始めた。

 彼女の詠唱のタイミングに合わせるように、俺は扉にほとんど力を込めずに押す。


 人が一人抜けられる隙間が開いた。


 俺とシャーロットは素早く中に入る。

 俺が右、シャーロットが左だ。

 シャーロットが扉を背に体重をかける。


 前方中央に二匹のキマイラが瞬時に目に入る!

 距離は100メートル以上はありそうだ。

 だが、扉を潜った瞬間には二匹が駆けだしてた。


 知能が高いのか?


 俺達の攻撃を察して、二匹が左右に飛ぶように分かれた。

 半円を描くように猛然と突進してくる。

 凄まじい脚力だ。


 マジで5秒――――?


 く、くるぞ!


 俺の魔術は完成してる。

 撃ち放っても問題ない。

 母上の石像は左隅に確認できた。

 俺の後ろには石化した誰かさんもいる。

 この位置からなら傷つけてしまうことない。


 灼熱の太陽のように渦巻く火球だ。

 火力を意識し熱量をあげている。


 シャーロットの方は大丈夫なのか?

 扉は既にピタリと閉まってた。


「私の方を心配することはないわ! 撃ちなさい!」


 自信満々に言うシャーロットの言葉。

 無言で頷き、俺は火球を撃ち放った!

 更に撃ち放つ直前、魔力を瞬発的に膨らませた。


 真っ赤に渦巻く火球が、青白く変色する。

 キマイラの瞳孔が驚きで見開く。

 奴は慌てたように灼熱のブレスを吐いた。

 

 俺の火球はブレスをものともせずキマイラを襲う。

 己の火球の熱量で肌がヒリヒリする。

 火球の直撃を受けたキマイラは、呻き声を発することもなく蒸発した。

 

 シャーロットの方もカタがついていた。

 炎を纏い揺らめく巨人……いや、魔物? 精霊なのか?

 命の灯火が立ち消えたのを確認するかのように、巨大な精霊が悠々とキマイラを見下ろす。

 竜とも牡牛ともとれる形容。

 前方に突き出た二本の立派な角が、高位の精霊の風格を漂わせている。 

 シャーロットが礼を述べると、精霊は小さな渦になり空中で消えた。


「今のって……もしかする?」

「炎の上位精霊、イフリートよ」


 精霊魔法かぁ……。

 すげー、カッコ良かった! 


 もしかしたら、あの日の郷田戦。

 俺の手助けなんて必要なかったんじゃ?

 

「ふう……」


 溜息とともに、シャーロットがふらついた。

 彼女が両膝をつき、そのまま床に倒れそうになった。


 俺は彼女を支えるように抱きとめた。

 その彼女が俺の耳元で囁く。


「本当はね……とっても恐かったのよ」


 彼女は脱力し俺に身体を預けている。

 華奢な身体だ。

 とっても柔らかく、森の草花のような香りがする。

 

「ルーシェリア王子は強いね……ドロシーが惚れるのもわかる気がするわ」

「シャーロット、大丈夫? 疲れちゃったの?」


 魔力を一気に大量放出したのが原因だろう。

 今の召喚で、総魔力量の半分ほどを消費したようだった。


「平気よ、でも……もう少しだけ、このままでもいいかな?」


 シャーロットは甘えるように、俺の胸で静かに瞼を閉じた。

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