第六十四話「捜索」
ドラちゃんは大空洞の場所を知っている。
吹雪で真っ白の視界の中でも平然と飛行する。
俺達より数倍も優れたドラゴンの目。
ドラちゃんのおかげで、迷うこともなければ、豪雪に足を埋めることもない。
俺も飛行には自信はあるが、ドラちゃんのおかげで、違うところに気が回せる。
捜索隊の探知だ。
飛行しながらも全神経を集中させている。
僅かでも人から発せられる魔力を感じ取ろうと必死だ。
大空洞までの道中で遭難したとしたら直のことだ。
仮に彼らの真上を飛行してたとしても、この大雪。
亡骸は雪に埋もれているだろう。
彼らの中に生存者がいたとしても。
道中、皆が励ましてくれる。
俺の両親は無事だと。
俺もそう信じたい。
しかし、この吹雪の中を進むほど、厳しい現実を突きつけられるかのような思いだ。
両親の顔がぽっと頭に浮かぶ。
何気ない日常の中にこそ幸せがある。
浮かんだ両親の表情は微笑んでいた。
『主、そろそろ到着するぞ』
「うん」
大空洞はぽっかと地面に空いた大穴だ。
大空洞に近づくに連れ俺は強い魔素を感じる。
魔物にとっては魔素は好物。
ぽっかりと開いた大穴から放たれる魔素によって、近隣に魔物が増えたのだろう。
俺はそう感じっとった。
『着いたぞ』
大空洞の上空でドラちゃんがホバリングする。
大穴の円周はクレーターのように地面が隆起している。
バッサバッサと両翼でバランスを取りながら、ドラちゃんは高度を下げていく。
底が見えない。
魔素も充満している。
長時間、魔素にさらされていると身体に変調をきたしそうだ。
「ルーシェリア、皆さんにこれを、飲んでもらうといいですわ」
ハリエットが小瓶に入った透明な液体を手渡していく。
瓶の栓を抜き、ちょびっと口に含む。
水だ。
とても清らかな水。
一度飲んだことがある。
病魔から目覚めた日、飲んだあの水だった。
「これを飲んでおけば魔素が中和されますのよ」
全員が少しだけ口に含む。
女神アリスティアの加護を受けたかのように、身体が澄んでいくのを実感する。
元々、魔物のドラちゃんには、さして影響はないようだ。
「ドラちゃん、ゆっくりと下降してくれ」
『心得た』
底が見えない大穴は、まるで暴食を貪る魔物の胃袋のようだ。
巨大な大穴で、話に聞いていた通り、直径1キロメートルは優にあるだろう。
「ルーシェリアあれを見て!」
ハリエットの言葉に全員が反応する。
ロープだ。
太く、頑丈そうなロープがあちらこちらに巻きつけられ、垂れ下がっている。
大穴の側面は割とデコボコした岩石。
場所によっては足を休めそうな岩が突き出ている場所もある。
マンションの階段の踊り場ほど突き出た場所もある。
その都度、休息を取りながら、捜索隊は降りて行ったのだろう。
……無事かもしれない。
もう少し下降すると、生存者を見つけることができるかもしれない。
微かな希望を感じる。
しかし、この大空洞。
どれだけ下降しただろうか。
上空を見上げる。
そろそろ光が届かなくなってきた。
「シャーロット頼む」
「お安いご用よ」
俺の一言でシャーロットは察した。
闇夜を照らす光の精霊、ウィルオウィスプ。
濃い闇を打ち払うかのように、俺達の周囲を照らし始めた。
「ルーシェ様、あそこに横穴が……」
俺も気が付いていた。
ロープで降りるのもここまでが限界だろう。
来るものを招き寄せるかのような横穴がぽっかりと開いていた。
『どうするのだ? 主よ』
このまま下降するべきか、横穴を進むべきか悩むところだ。
「二手に分かれて進むのは危険な気がするのです」
ドロシーの言う通りだ。
二手に分かれると永遠の別れになりかねない。
そんな嫌な予感がした。
しかも、降りるほど魔素が強くなる。
いくら聖女が女神に祈って清めた聖水があるといっても、ここらで限界を感じる。
魔素を魔術で多少は逸らせる。
だが、魔素の密度が濃くなると逸らせる場所がそもそもない。
全てを逸らしたら呼吸に必要な空気すら失いかねない。
『主よ、我にはその横穴は通れぬゆえ、地の底は我が確かめてきてもよいぞ』
魔物でもゴブリンやオーク程度ならば、既に耐えがたい濃度のようだ。
それでも火吹き山の王にしてみれば、心地よいレベルらしい。
ドラちゃんの申し出を俺は有難く受け入れることにした。
俺達は突き出た岩肌に着地し、横穴を目指す。
「ドラちゃん何かあったら、すぐに報告してくれ」
「火吹き山の王様、あまり無茶しないでね」
『案ずる必要はないエルフの娘よ』
ドラちゃんは地の底に向って優雅に降りて行った。
「俺達もいくか」
全員が頷く。
シャーロットがウィルオウィスプを先頭に飛ばす。
そして、パーティを前衛と後衛に分けることにした。
前衛は俺とシャーロットの二人。
後衛にメアリー、ドロシー、ハリエットが続く。
俺は背にある傭兵王から預かった剣の柄の握り心地を確かめる。
魔術師の俺が、剣を振るうことがあるとは思えないが、武器があるというだけで、心強く何とも言えぬ安堵感に満たされた。
横穴は狭い。
並列だと三人分。
岩肌に触れてみる。
冷たい。
俺の両親を含む調査隊もこの横穴を進んだはずだ。
痕跡のようなものは直ぐに見つかった。
岩肌の側面を鎧で擦った痕だ。
間違いない。
この先だ。
狭い通路を進むと、下へ降る階段があった。
この横穴は人工物なのか?
長い階段だ。
俺達は慎重に進む。
階段を降りた。
「うっ、この臭いは……」
階段を降りた先の空間は少し幅広になり、石柱が幾つも建てられている。
まるで、地下にある神殿のような印象。
なのだが……。
その光景を目の当たりにした誰もが目を背けた。
目の前には絶望があった。
「父上、母上っ!」
思わず叫んだ。
ここに生存者はいない。
俺には一瞬で理解できる。
それでも俺は我武者羅に全ての死体を確認した。
「ルーシェ様……」
「王子……」
茫然と佇む俺にメアリーとドロシーが不安そうな眼差しで見つめてくる。
「……ああ、ここには両親の遺体はなかった」
頭が潰れ眼球が抜けている者。
胴が離れ、臓腑を巻き散らしている者。
首のない遺体。
そんな遺体が12体転がっていた。
更に奥には巨大な何かが倒れているようだ。
シャーロットとハリエットが確認している。
身長三メートルほどの巨人。
頭が牡牛で胴体が人間。
半獣半人だ。
「ミノタウルスですわね……」
シャーロットが呟いた。
ミノタウルスの脇には巨大な戦斧が転がり、血に汚れていた。
凄惨な光景であった。
肉親と区別するのは良くない。
だが、俺は安堵した。
俺は全ての遺体を火魔術で焼いた。
これほどの魔素だ。
下手したらアンデットとして蘇り、人を襲うことになる。
「大丈夫だよ、ルーシェリア……」
ハリエットが唇を噛みしめ、弱々しく微笑んだ。
「このミノタウルスを倒したのは、きっと殿下に違いありません」
そう強く信じたい。
メアリーの眼差しはまさに、そうであった。
俺はメアリーの強い眼差しで勇気を奮い立たせる。
ミノタウルスの遺体の先には青銅製の両扉が開いている。
恐らくこの扉の先に、こいつがいたのだろう。
「先に進もう」
動揺してるドロシーに俺は微笑みかけた。
扉の先は大広間だ。
牡牛の彫刻がいたるところに刻まれていた。
まるで、ボス部屋だな……。
部屋を抜けると、更に降る階段がある。
この先にも行く手を阻むようなガーディアンがいるのだろう。
両親がこの大空洞へと向かったのは三ヶ月も前のこと。
この大空洞までの道のりだけでも苦労したはずだ。
俺達はドラちゃんのおかげであっという間であったが。
「ハリエット、調査隊は全部で何名なんだ?」
先遣隊から後の、捜索隊まで含めて、22名らしい。
先遣隊が両親を含め7名。
その後3回、5名ずつ捜索隊が送られている。
最後に送られた捜索隊は一週間ほど前らしい。
先ほどの遺体の中には、先遣隊と捜索隊第一隊と第二隊のメンバーが混在していた。
だとすると、17名中、12名が死亡したことになる。
先遣隊の親父たちが捜索隊第三隊とも合流していれば、残り10名となる。
急ぎ足になりそうになる。
魔素の影響で魔力探知も上手く出来ない。
気持ちが焦る。
そんな俺をシャーロットがそっと制止し首を振る。
焦ったらダメだ。
冷静かつ慎重にならなければ。
階段を降りる。
またしても同じ光景だ。
石柱が並び立ち、両扉が開かれている。
大部屋に入る。
黒い影。
魔物らしき遺体が転がってる。
幸いなことに人の遺体はなかった。
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