第六十三話「帝国」

 翌日の朝。

 相変わらずの猛吹雪だ。


 国王にエルヴィス。

 竜の卵を抱くソーニャの三人が無事を祈ってくれた。


 昨晩、大事なことを話忘れていた。

 花咲く氷の女王の件だ。

 だが、国王もエルヴィスも周知の事実だった。

 ハリエットが昨晩、解散した後に話してくれたようだ。


「行って参ります。お父様、エルヴィス」


 凛としたハリエットはまさに聖女だ。

 白いドレスの上に白銀製の肩当て、胸当てを装備していた。

 黄金のように輝く長い髪は気品に満ちていた。

 見惚れてる場合じゃない、俺がちゃんと守ってやらないとな。


 メアリー、ドロシー、シャーロットも準備万端のようだ。

 俺はドラちゃんと糸電話のように繋がってる魔力で呼びかける。


 近くにいたのだろう。

 猛吹雪をいともせず、ドラちゃんが両翼を羽ばたかせ着地した。


「おおっ! まさにドラゴンだ。人に懐くドラゴンがいようとは、驚いたぞルーシェリア王子」


 国王ベオウルフが感嘆の声をあげ俺を見据えそう言うと、エルヴィスからもハリエットのことを重々に頼まれた。


「ドラちゃん、ドロシーちゃん、卵のことは心配しないで、お姉さんがしっかりと、めんどうみているよ」

「よろしくなのです。ソーニャさん」

『感謝する。ソーニャ殿』


 ソーニャはメアリーと同世代だから今は16か17歳。

 その少女が300歳を越えてるドロシーと、数千年生きてるドラちゃんにお姉さんぶった。

 事実、ドロシーはロリババアなのだが、性格なのかマリリンよりも控えめで、大人しい女の子だと俺は認識している。


 ドラちゃんに跨った。

 ハリエットが真っ先に俺の後ろにしがみつく。

 普段から冷静で、大人の態度を崩さないメアリーが、ちょいと頬を膨らませた気がした。

 

「メアリー殿、ハリエットをよろしく頼む!」


 ベオウルフはメアリーだけじゃなく全員に愛娘を託した。


「はい、承知しております。国王陛下様」


 メアリーはハリエットの後ろに跨った。


 今更ながら、服装も個性的なメンバーだなぁと思う。


 ハリエットは白基調の衣装を。

 メアリーは黒基調のドレスに銀製の短剣を忍ばせている。

 アニーから短剣での護身術を、そこそこ学んでいるようだ。

 ドロシーはいつもの尖がり帽子に黒のローブ。

 それに黒のマントではなかった。


「どうしたのドロシー? いつものローブは?」

「イメチェンなのですよ」


 情熱の薔薇のような真っ赤なローブ。

 いや、ローブではない。

 ふっくらとしたフレアスカート調の魔法衣だ。

 それはいいけど、帽子はどうしたんだろう?


 ドロシーの髪は青い。

 その魔族特有の青髪を隠すために、今まで帽子を深く被ってると思っていた。

 

「もう帽子を被るの……やめたのです」


 衣装はシャーロットがドロシーの為に用立てたようだ。

 俺としては嬉しかった。

 魔族の血を引いていることで、ドロシーは常に控え気味だった。

 ドロシーの青髪は空のように綺麗だ。

 そう。

 何も隠すことなどない。

 堂々としていればいいのだ。


「王子には、更に御迷惑をお掛けすることになるかもです」


 今までドロシーが傍にいて迷惑だなんて思ったことはない。

 帽子を被らないと青髪が目立つ。

 ミッドガル王国の王子としての俺の立場を気にしての発言だろう。

 

「ドロシー、とっても似合ってるよ」

「王子にそう言って貰えたら嬉しいのです!」


 笑顔のドロシーを余所に、俺にしがみついているハリエットの腕に力がこもる。

 この先が思いやられそうだ。

 自己主張の強いハリエット。

 ドジっ子で生真面目なドロシー。

 世話焼きで母性愛溢れるメアリー。


 三つ巴のトライアングル。

 俺の将来、ユートピアどころかディストピアなのかもしれないな。


「ドロシー、早く乗ってくれないからしら?」

「はいなのです!」


 伝説の六英雄でありエルフ族のシャーロット。

 俺から見たら、まるでドロシーの保護者のようである。

 シャーロットはおしゃれで着飾ったりしない。

 そんな彼女がドロシーの為に衣装を用意するとは、何か考えがあってのことだろう。

 詮索するような思考は無駄だ。

 ドロシーが嬉しそうにしてる。

 前よりも断然、可愛く見えるんだ。

 それでいいじゃないか。

 

 ドロシーもちょこんと飛び乗った。

 

「王様、心配には及びませんわよ?」

「シャーロット殿、よろしく頼む」


 偉大な英雄王が偉大な六英雄と挨拶を交わした。


 シャーロットの若草色の衣装にマント。

 豪雪の中に芽吹く、草花のようだ。


『ドラちゃん、準備OKだ! よろしく頼むよ!』


 ドラちゃんが羽ばたく。

 上昇し飛び立つ俺達を国王とエルヴィス、そしてソーニャが見送ってくれた。




 ◆◆◆ 


 

 

 法王庁の追手から逃れるように海を渡り、西国へと無地辿り着いた一行がいる。

 その彼ら三名は、風貌を変える為、髪を染め瞳の色を変えた。


 そのリーダ格の名は、桐野祐樹。

 剣術の才に長けている若者で率直で真面目なイケメンだ。

 髪を金髪に染め、瞳を青に変色した。

 

 次に、一条春瑠。

 魔術の才に長け、オタクの知識を語れば右にでるものがいない。

 髪を淡い草色に染め、瞳も髪色に合わせた。


 次に姫野茶々子。

 神聖魔法の才に長けている元女子高生。

 髪を桃色に染め、瞳は燃えるような真紅に変えた。

 

 頭髪の色と瞳の色以外は何も変わってない。

 知る人が見れば一目で見分けがつくだろう。

 しかし、この国では彼らを知る者はいない。

 変装としては十分である。


 その三人の内の一人が愚痴を漏らす。

 桃色髪のツインテールの女の子。

 茶々子だ。


「この染料……髪は荒れるし、これカラコンなの? 痛いし涙が止まらないんだけど?」

「そう贅沢言うなよ茶々子……ここは日本じゃないんだ。似たようなモノがあっただけラッキーだろ? そのうち慣れるって店の人も言ってたじゃん?」


 そう切り返したのはイケメンの祐樹。


「まぁ……私は神聖魔法でケアできるからいいけど、あんた達は平気なの?」

「僕は全然平気だよ。ゲームの主人公になった気分で、むしろ嬉しいよ」


 茶々子の問いかけに春瑠が笑顔で答える。

 ヤレヤレと肩を落とした茶々子が祐樹に問いかけた。


「で、これからどうするのよ?」

「異世界ってたら冒険者ギルドだろ? なぁ、そうだよなぁ春瑠?」


 祐樹が春瑠の肩に腕を回し得意げに答えた。


「うん、そうだね。冒険者ギルドに行って、クエストを受けるのが定番だよ」

「だよな……。つーことでクエスト受けに行ってみようぜ!」


 国境を隔てても、冒険者ギルドや、魔術師ギルド。

 各種の商業的組合などは、国家を隔てることなく繋がっている。

 が、法王庁教圏からは逃れることが出来た。

 彼らにとってはこれだけでも今は十分なのである。



 祐樹達がいる国は、ミッドガル王国より海を隔てた西の大国。

 ファリアス帝国。

 かつては、世界最大の版図を持つ強国であったのだが、約千年前の魔神戦争時に一度帝国は崩壊したらしい。

 

 今では帝国とは名ばかりで、かつての栄華は地に落ちているようだが、かつての威光は未だ錆ついてはいないようだ。


 帝国が一声かければ賛同する国家は未だ数知れない。


 帝国はかつての栄華を取り戻すため軍備を増強し、虎視眈々とミッドガル地方より東に広がる版図を取り戻そうと目論んでいる。

 

 そんな帝国はアリスティア教を排除しサタニズムと化していると祐樹は知った。


 帝国が崩壊した要因の一つが、それぞれが信じる神にあったという。

 皇帝と教皇との二大勢力の対立。

 

 約、千年前の魔神戦争をキッカケに二つの勢力は袂を分かつ結果となった。

 

「この国って、色んな亜人種がいるんだなぁ」


 祐樹の率直な感想に春瑠が率直に答える。


「シメオンさんが言ってたけど、ミッドガルも王国も元々は、帝国の一地方に過ぎなかったらしいよ。つまり昔は、この国が世界の中心だったらしい」

「なるほどな。女神様はどうあれ、法王庁の教義はいき過ぎてたもんな」

「人族至上主義というか、選民思想が強かったもんね」

「だよなぁ……」

「ちょっと、私はアリスティア教徒の聖女なのよ? あんまり悪く言わないでほしいわ」

「あー悪りぃ。悪気はないんだ」


 茶々子の不満に、祐樹と春瑠は苦虫を潰すかのような笑みを浮かべた。

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