第六十二話「傭兵王」

「ルーシェリア……ここではなそっ」


 先ほどの部屋から見えた庭園である。

 正面には庭池があり、魚が優雅に泳いでいた。


「ここは私のお気に入りの場所なんだ」


 淑やかにハリエットが微笑む。

 ハリエットはこのユーグリット王国のお姫様。

 歳は、たしか俺より一歳年上で9歳。


 小学3,4年生ぐらいってことになる。

 

「ルーシェリアに会えてとっても嬉しいんだよ」


 そう言ってハリエットは体育座りで俺を見上げる。

 俺も隣に座ることにした。

 

「手のひらを出して目をつぶって」

「えっ?」

「いいから目をつぶるの!」


 訳がわからず躊躇ってると彼女が頬を膨らます。

 とりあえず言われた通りする。

 途端、手のひらにひやりとした感触が伝わる。

 俺の手のひらに何かを乗せたようだ。

 この重量感は何かの石だろうか。


「絶対っ! 目を開けたらダメなんだからね!」

「う、うん……」


 今度は柔らかい感触。

 ハリエットが俺の手を握っているようだ。

 清らかで穢れの無い神聖なエネルギーを感じる。

 ハリエットが神聖魔法で、石にエネルギーを流し込んでいる気がする。

 頭の中に彼女の顔がぽわんと浮かんだ。

 あれ? この少女は以前にも見た気がする。

 そうだ……思い出した。

 誕生日の日、蘇った記憶の片鱗に彼女がいた。

 

「もう目を開けてもいいよ」


 瞼をそっと開けた。

 透明な12面ダイスのような形をしたクリスタル。

 俺の手のひらに乗せられていた。


「これは……?」

「クリスタルを通して、私とルーシェリアが繋がるおまじないだよ」


 どうやらお守りみたいな効果があるらしい。

 俺への誕生日プレゼントでもあるようだ。

 どんな効果があるのだろうか。

 尋ねても彼女は微笑むだけで、教えてはくれなかった。


「魔法学園、卒業したんだよね?」

「あ、うん……」

「成績はどうだったの?」


 エンディミオンアカデミーを卒業すると、魔術師としての称号が授与される。

 卒業で拝借した称号は『魔術師ソーサラー』であったようだが……。

 まだ正式には授与されてはないものの、俺は『超級の魔術師』の称号を授かる話になっている。

 超級の上には『神級の魔術師アークウィザード』しかない。

 しかないが、その称号を持つ者は誰もいない。

 現存してる魔術師としては世界最高位の称号を得ることになる。

 なので、その経緯を話した。


「す、すごい! ルーシェリア……それって本当?」

「も、もちろんだよ」

「とっても嬉しいけど……でも、やっぱりルーシェリアは生意気なのよ!」

「へっ……? なんで?」

「だってだって……私だって頑張って修行したのに……もう、追いつけないもん」


 手紙にもこうあった。


『成長した私を見せてびっくりさせるんだから』と。

 

 俺は神聖魔法の知識については疎い。

 それでも、傷を癒したりする魔法だと言うことは容易に想像つく。

 素晴らしい魔法じゃないか。


 傷を癒せる回復魔法。

 神に対する信仰の力が源らしい。

 その神とは女神アリスティア。


 法王庁が奉る女神と同じだ。

 だとすると、ハリエット姫は法王庁とも所縁があると言うことになるのだろうか。

 ミッドガル王国もユーグリット王国も法王庁教圏であるからな。

 どうも俺の中じゃ、法王庁の悪いイメージで女神様のイメージまで微妙な感じになっている。

 気になったので、それとなくハリエットと法王庁の繋がりを尋ねてみる。


「法王庁の教義は歪んでますのよ」


 ハリエットは今の法王庁のやり方に憤りを感じてるようだった。


「ルーシェリア、そろそろお父様との会食の時間ですわ。行きますわよ!」


 ウルベルトから貰った懐中時計で時間を確かめる。

 19時を回っていた。

 ハリエットから貰った魔宝石。

 キラキラと輝いている。

 俺は魔法衣のポケットに入れた。


 


 ◇◇◇ドロシー視点です。



 私は竜の卵を抱いてベットに腰かけていた。


 さっきのお姫様。

 王子の婚約者なの、かな……?

 とっても可愛らしく、黄金色の綺麗な髪の女の子。


 それに比べ私は……青い髪に青い瞳。

 魔族特有の青い髪に私は日ごろから強い劣等感を抱いている。

 

 同じ魔族の血を引きながら、マリリンの髪色はチョコレートのような色。

 マリリンの髪色は人族の父より受け継いだものかな?

 

 ちょっと、マリリンが羨ましい……。


 私は己の髪色がこれから先のルーシェリアの人生に大きな障害をもたらすのではないだろうかと、心配もする。


 ずっと魔族の子だと言うことで、忌み嫌われていたから。

 周囲の目はいつも侮蔑に満ちていた。


 しかしそれは王子の傍にいることによって随分と緩和された。

 王子には感謝している。

 それでも時折、奇異な目で見られることは今でも稀にはある。

 あからさまに態度に出される事は減った。


 王子の威光に守られてるのだから……。

 でも、その分、王子に迷惑をかけている。

 そう考えると複雑な気持ちなのです。

 

 しかも、王子はこんな私を嫁に貰ってくれるって言ってくれた。

 あの星空のもとで。

 

 王子は必ずメアリーさんを嫁に迎える。

 王子はメアリーさんにも、そんなお話をしてたから……。

 それにメアリーさんには王子と、結ばれないといけない理由がある。

 王子はマリーちゃんの話をするとき、とっても嬉しそうだった。

 私もマリーちゃんに会いたい。


 私はメアリーさんの次でいい。

 今も昔もそう思っている。


 でも、あの子。


 王子と婚約してると宣言した、あの子。

 メアリーさんは彼女のこと婚約のこと知ってたみたいだけど……。

 平気……なのかな?

 王子は三人も娶るのかな……?


 私はそれでもいい。

 未来から来た私と、マリーちゃんが王子にそう伝えたんですもん。

 ……でも、あの子。


 私と王子との結婚なんて絶対、認めてくれそうにない。

 あんな風に堂々と宣言できる彼女が羨ましい。

 でもね……私だって王子が大好き。

 

 だから負けたくない。


 そんな想いに駆られた今日この頃であります。




 ◆◆◆


 

 

 国王ベオウルフ。

 北方の雄である。


 猛々しくも物静かな物腰。

 すらっとし背も高く、ナイスガイな風貌だ。

 歳は30代前半ぐらいかな?


 一代でユーグリット王国を建国した英雄である。


 ユーグリットの人々は彼を『傭兵王』と、誇らしげに呼ぶ。


 傭兵から立身し、武功を立て、魔王を打ち滅ぼした。


 ユーグリット王国の王城。

 かつては魔王が支配する魔城である。


 彼が傭兵時代、率いた軍団。

『獅子王の団』として名を馳せた。

 そう彼はこの世界、随一の猛者を率いる傭兵団の団長であった。


 傭兵団の団長が極寒の地、ユーグリット地方を平定して10年の歳月が流れている。


 と、宮廷魔術師のエルヴィスが語った。

 俺達は国王との会食中。


 メアリーとドロシーは勿論。

 シャーロットとソーニャもいる。

 国王の両サイドにはハリエットと、エルヴィスが座っている。


 この国の宮廷魔術師エルヴィス。

 彼の名は有名だ。

 北の賢者と呼ばれている男だ。

 

 魔法都市エンディミオンのアカデミーを首席で卒業後。

 ベオウルフに三顧の礼で請われて『獅子王の団』に加入した話は有名とのことだ。


 彼が加入した後。

 傭兵団の勢いは加速した。

 常勝無敗。

 破竹の勢い。


 ミッドガル王国ですら成しえなかった偉業。

 ベオウルフとエルヴィスがやり遂げた。


 その要因。

 エルヴィスの才は魔術だけではない。

 彼の才は軍略家としても造詣が深く。

 兵法書を諳んじる軍師でもあるからだ。


 まるで、竹中半兵衛……。

 政治の才は諸葛孔明にも匹敵するのではないだろうか。


 ベオウルフやハリエットの話によると、そんな感じの印象を受けた。

  

 運の悪いことに、外の気候は一転。

 猛吹雪となっている。

 明日の早朝までに収まればいいのだが、そう都合よくはいかないらしい。


 国王は今までにも幾度となく捜索隊を派遣してくれている。

 しかし、残念なことに捜索隊までが、帰らぬ者になってるらしいのだ。


 更に、ここからはアカン話のオンパレードだった。

 魔逢星の再来の時期。

 この国の占星術師達は口を揃えて、魔逢星の接近までの周期が極めて近いとまことしやかに囁いているそうだ。


 近辺で魔物に襲われたと声あげる人々。

 最近は急激に増え、後を絶たないらしい。


 千年前の邪神降臨時。

 大空洞から湧きだすように魔物が溢れ出た。

 そこは生きる伝説のシャーロットが補足して話してくれた。


 直径1キロほどの巨大な穴。

 その底は深淵に繋がるかと思われるほど深く。

 光も届かない闇の領域。


 魔神戦争後、魔物が湧きだすことはなくなった。

 だが、最近の魔物の急増。

 大空洞に何かしらの異変が起きている可能性が高い。


 そんな中、親父は「冒険者時代の血が滾るわい」と、言葉を残しエミリーを連れ捜索隊に自ら加わったらしいのだ。


 大空洞は深い。

 でも俺にはドラちゃんがいる。


 吹雪も関係ない。

 シャーロットが風の精霊で逸らしてくれる。


 ベオウルフ国王も協力的だ。

 親身になって耳を傾けてくれる。

 気さくな国王だ。


「お父様、明日は私も捜索隊に加わります!」


 ハリエットが主張した。

 そんなのダメに決まってるだろうと、内心思った。


「獅子の子に犬は生まれぬな」


 ベオウルフは高笑いし、ハイエットの主張を許諾した。

 そして、真剣な眼差しで俺を睨み、再度高笑い。


「ハリエットが死ぬようなことあらば、ミッドガル王国はないものと思え! ガハハハハ!」


 笑えない冗談。

 いや冗談じゃない。

 その眼差しの奥底からにじみ出るオーラーが、本気だと物語っていた。


 捜索隊のメンバーが決まった。

 俺、メアリー、ドロシー、シャーロット、ハリエットの5名。

 それにドラちゃんだ。


 エルヴィスは近隣の魔物の掃討戦で忙しい。

 国家としての役目。

 国民を守ることも大切なのだ。

 その間、竜の卵はソーニャに預ける。


「ルーシェリア王子よ」

「はい!」


 国王ベオウルフが剣を俺に手渡した。

 8歳児の俺には不釣り合いなサイズ。

 大人が使う剣だ。


「これを、そなたに預ける。我が王家の家宝だ」


 手に取ると軽い。 

 英雄王が持つ名剣のひとつ。

 隼の剣だそうだ。


 片手剣だが、俺が背にしょってみると、大剣のようだ。

 ありがたく俺はベオウルフの申し出を受け、預かることにした。


 国王ベオウルフは最後の最後まで、俺を子ども扱いすることがなかった。


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