第九章

第六十一話「姫との再会」

「姫様、ルーシェリア王子が遥々ミッドガル王国より来訪されましたよ」

「……えっ!? エルヴィス? 今なんておっしゃいました?」

「ですから王子が、このユーグリット王国に来られたんですよ」


 宮廷魔術師のエルヴィスの言葉にハリエットは暫し茫然とした。

 言葉の意味を理解すると同時に瞳孔が大きく開いた。


「ルーシェリアが……今、ここに?」

「そうですよ」


 ルーシェリアの両親は邪神降臨の調査で大空洞へと向かった。

 消息は断たれたままだ。

 ミッドガル王国にその報を伝える使者を飛ばしている。

 でも、早い。


 仮にルーシェリアが報を受け来訪したとしても三か月後の話だと思っていた。

 ルーシェリアは両親のことを知らずに会いにきた?

 だとすると……両親のことを知り、今頃、嘆き悲しんでいるに違いない。

 わ、わたしが……ルーシェリアの支えになってあげなくっちゃ。


 いつものようにハリエットは城内にある王宮庭園の庭池で、魚と戯れていた。

 ちゃぽんと魚が飛び跳ねた。


「ルーシェリアは今どちらに?」

「到着したばかりです。本日はゆっくりと王宮の一室で休養して頂き、今夜は国王陛下との会食の手はずになっております」

「だったら直ぐに案内して!」


 ハリエットはずっと前から、ルーシェリアに恋慕の想いを抱いていた。

 実に4年振りだろうか。

 今、この王宮にルーシェリアがいる。

 いてもたってもいられないハリエットは駆けだした。


 


 ◆◆◆




 ユーグリット王国に到着した俺は、王宮の一室を与えられた。

 陽も傾き日没まで、さほど時間もない。

 そんな訳で、両親の捜索は明日の早朝に出立する。


 ソーニャは、この国の宮廷魔術師見習い。

 部屋に到着した頃「ルーくん、運んでくれてありがとう。また明日ね」そう言って去っていった。


 シャーロットは隣の部屋にいる。

 明日に備え、消費した魔力の回復に努めるようだ。


 ドラちゃんは到着と同時に「腹が空いた」そうボヤくと飛んで行った。

 従魔の契約をしたことにより、ドラちゃんとは魔力で繋がっている。

 いつでも電話一本で呼べるタクシーのようになっていた。 

 

 部屋にはメアリーとドロシーがいる。

 毛皮の絨毯に動物の剥製の壁掛。

 野性的な印象を受ける部屋の片隅には、大きなベットが設置されていた。


 メアリーは部屋に入ると真っ先に暖炉の火を灯す。

 この国は年中寒い。春を知らない国だ。

 寒がりなメアリーには、ことのほか堪えるだろう。

 ドロシーは椅子に腰かけ竜の卵を大切そうに抱いている。


 孵化すれば可愛い竜の子の姿が見れるだろう。

 ドラちゃんも卵の世話はドロシーに任せたようだ。


 さて、俺はこれからどうしよう。

 会食までまだ時間がある。

 ミッドガル王城とは一風違う城内を、ぶらりと見物して回るのもいいかもしれない。

 ふわっと浮かび、窓から外の景色を一望する。

 三階ほどの高さから見下ろす感じだ。

 

 窓からは城内にある中庭が一望できた。

 寒い国だというのに花壇は彩られていた。

 金髪でドレスを纏った少女と青いローブを纏った青年の姿が目に入る。

 金髪の少女が突如駆けだした。

 慌てて青ローブの男が後を追う。

 この国の王侯貴族の誰かなんだろう。


「王子っ」


 振り向くと卵を抱いたドロシーとメアリーがいた。


「ルーシェ様……これからドロシーと湯浴みに行って参ります」


 王城の地下には天然温泉が湧いているという。

 ソーニャが笑顔で「旅の疲れを癒してね」と、言っていた。

 そうか、温泉か。

 俺も温泉に入りたいな。

 温泉ハーレムなんてのも悪くない。


「僕も温泉に浸かろうかな?」


 俺の呟きにドロシーが困ったように、顔をしかめた。


「王子、申し訳ないのですが、卵を見張っててくれませんか?」

「……えっ? 僕が?」


 話を聞くと交代でって話の様だ。

 それも俺だけ取り残してのパターンらしい。

 何とも寂しい展開ではないか。


 女同士で決めたのだろう。

 なんとなく入り込む余地がない様な気がした。

 しょうがなく、ドロシーから卵を受け取った。


「王子、ありがとうございます!」


 ドロシーが微笑む。

 メアリーは少し申し訳なさそうにしていたが、俺が快く引き受けるとメアリーも微笑んだ。

 二人とも将来、俺の嫁になるかもしれないのだ。

 女同士親交を温めてくれると俺も将来、助かるかもしれない。


 そもそも俺は何歳で誰と最初に結婚するのだろう。

 順当に行けばメアリーなのか?

 それともドロシーが先か?


 それとも……この国にいる、お姫様なんだろうか?


 王位継承権も下位の俺には、婚姻に関してのしがらみはないと思える。

 

 ミッドガルの王位継承権は、王位継承権法で定められている。

 今のところはこんな感じだったかな?


 第一位がフィリップ王子。

 二位が、オースティン公爵。

 三位が、ヴィンセント王子。

 四位と五位もオースティン公爵のご子息だ。


 六位に親父のアイザック。

 七位が俺だ。

 俺は第七王子と言うことになる。

 俺が国王になることはまずない。


 王様なんて鼻から御免こうむるけどな。


「王子、卵をよろしくお願いします!」

「ルーシェ様、行って参りますね」


 二人が地下の温泉へと向かった。

 俺は卵を抱きながら、巨大なベットにごろんと寝そべった。


 卵に内包されてる魔力を感じる。

 生まれたらドラちゃん、大喜びだろうな。


 ベットでゴロゴロしてると、ドキっとした。

 ドアが乱暴に開いたからだ。

 思わず身を捻り身構える。


 えっ!? 誰?

 まさかの刺客?


 そこの立っていたのは金髪の美少女だった。

 美少女は俺の姿をみると、躊躇うことなく飛びついて来た。

 身を起こしていた俺は彼女を受けとめる形になった。


「ルーシェリア、お久しぶりです!」


 もしや……?


「お忘れですか? ハリエットです!」


 美しい少女だ。

 

「ハリエット……?」

「忘れたなんて言わせないんだから!」


 純白のドレスを纏ってる少女。

 ああ、窓から見えてた女の子だ。


 彼女は両腕に力を込める。

 その瞬間には俺の唇は彼女に奪われていた。


 突然のことに俺の全身は硬直する。

 俺はそのまま彼女に押し倒された。


 彼女の唇がそっと俺から離れた。

 彼女は顔を真っ赤に染めていた。


「ルーシェリア、両親のこと……心配だよね。まさかこんな事になるなるなんて……明日は私も同行します」


 彼女は強い眼差しで俺にそう、訴えかけた。


「私もずっと、一人ぼっちだったんです。一人になったルーシェリアの気持ちは私には痛いほどわかります」


 ハリエットの両親は健在だ。

 でも、ぼっちって何だろう。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。


 高級な香水の香り。

 柔らかい身体。


 少し気が強そうな顔をしているが、その表情が涙目で脆く崩れ去ってる。

 

「ずっと、ずっと……私はルーシェリアに会いたかった。ルーシェリアだってそうだよね?」


 彼女は俺のことを本気で好いてくれてるようだ。

 しかし、彼女の想いとは裏腹に、俺には彼女と過ごした記憶がない。

 それでも、「会いたかった」と、返事をしてしまった。


「ルーシェリア、今夜だけは私に甘えることを許してあげる。いっぱい私の胸の内で泣いてもいいよ?」


 ハリエットの勢いに飲まれていた。

 そうだ……俺の両親って行方不明になってるんだよな。

 本来なら胸が張り裂けそうな気持ちになってるはずだ。


 心配だ。

 俺はアイザックとエミリーが。

 だが、どこか他人事のような気もしてた。

 

 心のどこかじゃ、俺を那由他と呼んでくれてた両親。

 その日本人の両親こそが、本当の両親だと今でも慕ってたからだ。


 ハリエットの言葉で少し目が覚めた。

 短い時間しか共に過ごしてない両親の顔を思い浮かべた。


 ゆるい笑みを浮かべる父のアイザック。

 病魔が去ってからも、ずっと心配してくれてたエミリー。


 今の俺の両親は紛れもなくその二人だ。


「ありがとう……ハリエット」

「ん? どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


 目が覚めたような想いだ。


「ねぇ……ルーシェリア覚えている?」

「えっと、なんのことだっけ?」

「もう、わかってるくせに……手紙も読んでくれたのでしょ?」


 もしや……婚姻の約束をしてる件なのだろうか。


「結婚のこと?」

「ちゃんと覚えててくれたんだね」


 実際は手紙を見て初めて知った驚愕の事実だったのだが。

 この子は神聖魔法の修行をしてると手紙にはあった。


 マリーが言ってた聖女ママって、きっとこの子の事だったんだろうな。

 

「お兄様もお元気でいらっしゃる?」

「お兄様って?」

「フィルお兄様よ」


 そうだ、三人で魔物退治に出かけてって過去があるんだよな。

 俺が知ってる事はそれだけだった。


「ねぇ、ルーシェリア」

「なんだい?」

「その丸いのは何かの卵?」


 俺はここに辿り着くまでの経緯をハリエットに話した。


「そっか……辛い思いを沢山したんだね。今夜は私が慰めてあげるね」


 ハリエットのドレスの裾が乱れている。

 白い太ももが露わとなっていた。


「あ、でも……もうすぐ、メアリーとドロシーが……」

「メアリーってルーシェリアのお目付け役だよね? で、ドロシーって誰なの?」


 ハリエットからしてみれば、メアリーは眼中にはないようだ。

 メイドだし付き人ぐらいの感覚なのだろう。

 しかし、ドロシーは違う。

 ドロシーは将来の俺の嫁。

 このことは、ドロシー本人もわきまえている。


 言いだせない。

 今ここで、ハッキリ伝える勇気が俺にはない。


「とっても良い湯でしたねメアリー」

「そうですね」


 ドアが開いたままだ。

 二人の声が聞こえてきた。


 うげぇ……一波乱、起きなければいいが。


 二人が部屋へと入ってきた。

 起き上がった俺にハリエットが抱きついている。


 あわわ、どうしよう。


「あら、ハリエット姫でございますね」

「お目付け役のメアリーさんね。いつもルーシェリアがお世話になってるわ」

「お、王子……そ、その子……姫様なんですか?」


 ドロシーの問いに答える間もなくハリエットが


「もしかしてあなたがドロシーさん?」

「あ、はい、そうなのです」

「ふ~ん」


 挑戦的な眼差しでハリエットがドロシーを見つめた。

 すっと立ちあがってハリエットはドロシーの前まで歩を進めた。


「お初にお目にかかりますわねドロシーさん。わたくし、ハリエット・マリー・ド・ゴールはルーシェリアの婚約者なんですの。これからよろしくお願いいたしますわ」


 ハリエットはそう言うと、俺のところに戻り腕を取った。


「ねぇ? ルーシェリア、会食まで少し時間あるけど? それまで一緒にお風呂にいく? それとも私が王宮の案内でもしようかしら?」


 俺はハリエットに半ば強引に連れ去られた。

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