第五十八話「お風呂」

 村長宅は丸太を組み合わせた二階建のログハウスであった。

 樹木の仄かな香りで気持ちもリラックス。

 今夜は俺達の為に、娘婿さんが仕留めたイノシシを振舞ってくれるようだ。


「狭い風呂じゃが、疲れを癒してくだされ」


 村長さんが湯を勧めてくれた。

 旅先の途中で、湯につかれるのは幸運だ。

 女性陣も大喜びだ。


「では、お言葉に甘えて」


 一番風呂を勧められた。

 とりあえず浴槽に向う。

 檜風呂だ。

 我が家の邸宅の風呂と比べると、質素ではある。

 それでも茶系で彩られた浴室は、日本の旅館の風呂を連想させた。


 ちゃぽん!


 足の指先で湯加減を見てみる。

 丁度良い湯加減である。

 桶があったので身体をすすぎ、湯に浸かった。

 

「ぷはー! 気持ちいい」


 あまりの気持ちよさに我を忘れ、鼻歌を歌っていると人の気配を感じた。

 もしかしたらメアリーが背中を流しに来てくれたのかな?

 と、思いつつ首を向けると……。


「あひゃ!」

「おにぃちゃん! マリリンも一緒に入るのです!」


 そこには幼児体型を露わにしたマリリンが立っていた。

 瞬時に顔を背けてしまった。

 全部が丸見えだ。

 

 落ちつけ! 精神年齢30歳。

 俺はロリ属性ではないはずだ。


「もしかして、マリリンの身体を見て照れてるの?」

「えっ!?」

「だって、おにぃちゃん恥ずかしそうにしてるんだもん」


 マリリンがちゃぽんと湯船に浸かった。 

 そのまま俺の隣まですり寄ってくる。

 湯で火照っているのかな?

 マリリンの頬が赤く染まっている。


「すりすりするのです!」


 湯船の中で肌と肌が触れ合った。

 そのまま目が合う。

 宝石のように綺麗な琥珀色の瞳。

 見つめていると吸い込まれそうだ。

 思わず見惚れてしまった。


「そんなに見つめられると照れちゃうのです」


 そう言ってマリリンは恥ずかしそうに俯く。

 なんだろ?

 この甘酸っぱいムード。

 相手は6歳児だぞ!

 ドキドキしてどうする。

 そんな俺をマリリンは時折、上目遣いでチラチラと盗み見る。

 初々しく可愛らしかった。


「おにぃちゃんってメアリーさんの匂いがするんだね」


 匂い?

 俺には檜の香りしか漂ってこない。

 そもそもメアリーの匂いって何だろう?

 一緒にいることは多い。

 多いけど流石に、匂うわけないだろう。

 

「うふふ」


 マリリンがほくそ笑んだ。

 6歳児とは無縁な大人びた笑みだった。

 

「マリリンは鼻が利くんだよ」

「鼻が……?」

「うん!」


 犬じゃあるまいし……。

 獣族ならまだしも、人族と魔族のハーフが鼻が利くなんて話、聞いたことがない。

 

「おにぃちゃんってメアリーさんのこと好きなんでしょ?」

「はい?」

「マリリンにはわかるんだよ。醸し出してるフェロモンで誰が誰に恋してるかってね!」


 マリリンは更に言葉を続ける。


「ドロシーさんも、おにぃちゃんのことが大好きみたい。後……シャーロットさんも、ドロシーさんほどじゃないけけど、興味を抱いてるのかな?」


 マジでわかるのだろうか?

 それってどんな特殊能力だよ。

 ――――ってまてよ?

 

 たしかマリリンって淫魔族の血を引いてるって言ってたな……。

 淫魔って言えばサッキュバスだったよな?

 夢の中でエッチなことをするとかしないとか……。

 

 いかんいかん、俺はなんて淫らな妄想をしているんだ。

 これが日本だったら児ポ法以前に人間終わってるだろ!

 ……ん? 今度はなんだ? この微かな膨らみの感触は?

 頭がふわふわしてくるぞ。

 あれ? 隣にマリリンがいないぞ? どこいったんだ?

 な、なんだ……俺の肩からマリリンが顔をだしている。


 つーことは……まさか……。

 この若干残念な感触はマリリンの…………。

 結論に至った途端、顔が赤くなるのを感じる。


「おにぃちゃんは、からかい甲斐があるのです!」


 妖艶にマリリンが微笑む。

 とてもじゃないが6歳の児童にしては、行動がマセている。


「うふ、意地悪が過ぎたかな? マリリンはこう見えても、精神年齢は18歳程なんだ。魔族の知恵の発達は人族よりも遙かに早いんだよ」


 つまり身体は6歳児だが、精神年齢は18歳ってことなのか?

 ある意味、俺と同じじゃねーか。


 とはいえ……どうぢたらいいの?

 

「背中流してあげるよ?」

「え!? 背中?」

「ずっとお湯に浸ってたらのぼせちゃうのです!」


 言われるまでもなく、俺の頭はのぼせていた。

 湯船からあがった俺は、未発達の象の鼻をひたすら隠す。

 

「もう、今更照れなくてもいいのに~」


 むすっとマリリンが頬を膨らます。

 俺の背中を泡立て、丁寧にごしごしと洗ってくれた。


「次はおにぃちゃんがマリリンの背中を流す番なのです」


 陶磁器のようにきめ細かく柔らかい肌。

 そっと背中に触れる。


 ――――ん? 傷なのか?

 マリリンの背中に傷跡がある。

 左右の肩甲骨に沿って縦に傷があった。

 古傷なんだろうか。

 よくよく眼を凝らしてみないとわからない程度だった。


「マリリン……この傷は?」

「気がついちゃった?」

「う、うん……」

「そこは翼があった場所なのです。人族として生きていくには不要だから取っちゃったのです」


 取っちゃったって彼女は軽く答えたけど……。

 いいのだろうか。

 いい訳がない。

 俺はマリリンの後ろにいるから表情は見えない。

 だが、この身体の傷は彼女の心の傷でもあると、感じずにはいられなった。

 腰の辺りにも古傷がある。


 もしやこれは……ここにも何かあったのだろうか?

 

「そこには尻尾があったのです……」


 そう言う彼女は寂しげだった。

 翼も尻尾もマリリンは自分の意志で、捨てたらしい。

 とはいえ、話を聞けば聞くほど、そうせざるを得なかった状況に追い込まれていたようだった。


「おにぃちゃんの心はとっても温かい……手のひらを通して感情が流れ込んでくるのです」


 振り返ったマリリンが、はにかむ。

 けれど、汗なのか涙なのか、瞳が濡れていた。

 

「お風呂からあがったら、魔術教えてほしいのです! それと……」

「……ん?」

「おにぃちゃんじゃなく、お師匠様と呼んでもいい? ダ、ダメですか?」

「なんでも構わないよ?」

「んじゃあ、今からお師匠様って呼ぶのです! そして、このマリリンがお師匠様の一番弟子! ……っていいかな?」

「僕の弟子かぁ……」

「うん! マリリンはずっとルーシェ様の弟子なのです!」

「でも、マリリンの精神年齢は18歳なんだろ? 僕は8歳だよ……あははは」


 照れ隠しで笑った。

 するとマリリンが、「お師匠様の妄想は8歳児とは到底思えないのです」と返された。


 瞬時に全身が恥ずかしさで熱くなった。

 淫魔族の血を受け継ぐマリリンは、その辺のことに関しては敏感に感じ取れるようだった。


「どこまで、脳内ばれてるの?」

「エッチな妄想だけですよ?」

「はあ……そっか……ならいいけど……」


 脱衣所に人の気配を感じた。

 しばらくすると、メアリーがひょっこり顔をだした。


「ルーシェ様? マリリンちゃん? 長風呂はお身体に障りますよ?」


 この時、俺とマリリンは再度、湯船に浸かっていた。

 俺達は「うん、うん」とメアリーに、頷くのであった。

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