第五十九話「弟子」
「……さっぱりなのです」
イノシシ料理で満腹になった俺は、二階にあるマリリンの部屋にお邪魔した。
約束通り、魔術の手ほどきをしているのだが……。
「マリリンって魔術をかじったことは?」
「全然なのですよ」
究極のど素人だった。
魔術を習いたい。
それなりに魔術の修練を積んできている。
そう思っていた。
ところがどっこい。
マリリンは魔術師を夢見る、ただの乙女だった。
「いいかい? この指先を見ててごらん」
「はい!」
俺の指先に小さな火球が揺らいだ。
「これが初級の火魔術なんだよ」
「おー! 凄いのですっ!」
目を丸くしてマリリンが驚く。
本来、魔術は呪文を詠唱することで発動する。
単に朗読したら誰でもと言う訳でもないのだが、ど素人なら呪文詠唱は必須だろう。
しかし残念なことに無詠唱で魔術の発動ができる俺は、ただの一つも呪文を丸暗記していなかった。
ここに魔術教本でもあればいいのだが……。
参ったなぁ……。
折角、魔術を教えるのだ。
一つぐらいは習得させたい。
本人も初めて見る魔術に胸を、ときめかしている。
「魔術の発動はイメージ力が大切なんだよ」
「イメージなのですか……」
脳内で火球をイメージし、そのイメージに魔力を注ぎ込んで着火する。
俺には容易いことなのだが、マリリンにとってはそうではないようだ。
「イメージ……イメージ……なのです! 火の玉をイメージするのです!」
ブツブツと繰り返しては、失敗している。
もっと噛み砕けば俺の場合は、イメージと言うよりアニメやマンガで鍛えた妄想力だろうな。
実際に火球を見せたことにより、コツを掴んでもらえるとも思ったが、そう易々とはいかないようだ。
それでも根気よく魔術発動に至るまでの、妄想ロジックをマリリンに伝える。
「わぁぁぁん、マリリンには魔術の才はないのでしょうか……」
そんなことはない。
マリリンが誰が誰に恋してるのか敏感に察知できるように、俺には相手の魔力総量が何となく察知できる。
今まで出会ってきた魔術師の中で、最強の魔術総量を持ってると俺が感じた者。
一番はやはり、俺の師匠のビディだ。
しかし、それはあくまでも、俺の直感でしかない。
何故なら、相手の魔力総量が読み取れる俺でも、相手が魔術を発動させない限り、底が見えない。
見えないと言うか、正確には読みとりにくい。
なので、ビディの魔力総量は俺の中でも、未だ謎のままではある。
謎ではあるが……底しれぬ何かを感じている。
次に知り合った中では、シャーロットの魔力総量が断トツで抜きんでていた。
伝説の六英雄で、精霊使い。
精霊の使役に消費する魔力量。
召喚してる時間に比例し魔力を消費し続ける。
魔力を遮断したら、精霊は直ぐにも精霊界にお帰りになられる。
シャーロットはこれまでに、木の精霊ドリアードや、風の精霊シルフなどを召喚しているが、いずれも精霊の中では下位の精霊らしい。
そのうち上位精霊とやらも見てみたいものだ。
次に魔力総量が高く感じた人物。
間宮、一条、ラルフ、ドロシー、ソーニャって感じだ。
間宮祐介と一条春瑠の二人は賢者適正だけあって、内包してる魔力総量はクラスメートの中でもずば抜けていた。
無修行でそんだけあれば、修行次第で今後はもっと伸びるかもしれない。
……が、法王庁の管理下にある召喚勇者達は、俺とは今後も友好的な関係は築きにくいだろう。
彼らが成長するのは、俺としては複雑な気分でしかない。
「あー! もう! 全然ダメなのです!」
「ほえ?」
「お師匠様、お願いがあります!」
「へ……? なんだい?」
「ぺたぺたしていいですか?」
「ぺたぺたって?」
「お師匠様が魔術を発動させてる時に、触れていたいのです!」
どうやらマリリンは俺の身体に直接触れることによって、魔力を循環させるコツを掴みたいらしい。
「そんなんでよければ……」
「ありがとうござます!」
今のマリリンは風呂上がりで、パジャマに着替えている。
そして俺におんぶり抱っこのように、後ろから抱きついてきた。
「お師匠様、お願いします!」
マリリンから石鹸の香が漂ってきた。
「よし、魔術を使うよ」
「どんな魔術を使うのですか?」
「何か希望あるかい?」
「お師匠様は自由自在に空が飛べるんですよね!」
「おーけ!」
天井を見上げた。
軽く浮くとするか。
床から足が離れた。
マリリンは俺にしがみつきながらも、何かを感じ取ろうと必死だ。
俺も彼女に伝わりやすいように努力する。
「お師匠様……」
「なんだい?」
「お腹いっぱいになると、眠たくなりますね!」
こんがりと焼けたイノシシステーキをたらふく食った。
気持ちは分かる。
「ふぁぁぁ……あくびがでるのです……」
マリリンがあくびをした。
「……うっ!」
や、やばい……。
――――お、落ちる!
ズデンッ!
俺とマリリンは床へと落下した。
軽く浮いた程度だったので、怪我ない。
ちょっと痛かった程度だ。
「マリリン大丈夫か?」
「お師匠様こそ、どうされたのですか?」
マリリンがあくびをした瞬間、激しい眠気に襲われた。
落下したショックがなかったら、そのまま寝入ってしまったかもしれない。
でも……これって、何かしらの魔術が発動したんじゃないだろうか?
猛烈な眠気。
そうだ、相手を眠らせる魔術。
究極の眠り魔法じゃないか!
「マリリン!」
「はいなのです!」
マリリンも理解していた。
己の眠気が、俺に伝染したと。
「その眠くなる魔術、最高だよ!」
「え、え、本当ですか?」
「ああ、相手を眠らせてしまえば恐いもんないだろ? ある意味、最強かもな!」
マリリンを褒めながらも、ちょっと悔しかった。
俺には眠り魔法が真似できなかった。
真似できないどころか、先ほどの眠気。
想定外の出来事だったとはいえ、抗えることなく眠気に支配されていた。
彼女は淫魔族の血を受け継いでいる。
淫魔と言えば、夜な夜な人の夢の中に現れては夢を喰らう。
そして……精気も。
精霊魔法がエルフの専売特許のように、眠り魔法も種族の特性なのかもしれない。
よし! マリリンは眠り魔法のエキスパートに育てよう!
「さっきの眠気を誘う、魔術。遠隔でもできそうか?」
「あ、はい! 試してみるのです!」
マリリンが座りながらすり寄ってきた。
「……ん? どうしたんだい?」
「眠ったら頭を打ちそうなのです……」
自分自身に使うつもりだったのだろうか?
「遠慮なく、僕に試してみなよ?」
「い、いいのですか?」
「全然、構わないよ」
俺の言葉でマリリンは決心したようだ。
俺の正面に座り直し、真剣にじっと見つめてきた。
我が弟子ながら、可愛いかもしれない。
そんなことを思いながら、俺も気を引き締める!
今度こそ、マリリンには悪いが抗ってやる!
そう……息巻いてみた。
マリリンが魔術を発動させた。
魔力の流れを感じる。
……く、くるぞ!
俺も自身の魔力で対魔障壁を張る。
俺は俺で、マリリンの眠り魔術をレジストしようと試みたのだが……。
魔力とは別のモノが俺を襲う。
術者のマリリンの目がとろんとし、俺に圧し掛かって来たのだ。
「あわわ……」
対魔障壁で防御するどころか、マリリンの唇に襲われた。
「あ、あああ――――」
――――柔らかい感触。
◆◆◆
窓から差し込む陽射しで目が覚めた。
俺はベットに寝かされていた。
「お腹いっぱいなのです……」
なんだろうと頭を動かすと、隣で寝てるマリリンの寝言だった。
眠ってしまった俺達をメアリーがベットに運んでくれたに違いない。
それにしても……俺ですら抗えない破壊力とは……末恐ろしい弟子かもしれない。
朝食を済ませた俺達一行は、村長さんの家の前で軽く挨拶を交わした。
「お師匠様、いってらしゃいませなのです!」
マリリンには、眠り魔術の特訓に励むようにと伝えた。
強力な魔術だが、術者当人までが眠ってしまっては話にならない。
「はい、マリリンは頑張って特訓に励んで師匠の帰りを待ってるのです!」
イノシシ料理を振舞ってくれた夫婦にもお礼を伝える。
その光景を、にこやかに村長さんは眺めていた。
「村長さん、ありがとう。行ってきます!」
「ルーシェリア王子、良き旅を。そしてご武運を祈ってますぞ」
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