第五十七話「少女マリリン」

 火吹き山を越え、次の山脈を越えようとする頃。


 眼下に広がる森のはずれにある、小さな村が視界へと入った。

 ドラゴンでの飛行は実に快適で、俺の魔術とシャーロットの精霊魔法で支援すれば更に加速する。

 ユーグリット王国で宮廷魔術師見習いをするソーニャの話によると、このペースで進めば二日目の夕刻には到着する見通しである。


 陽も陰りはじめている。

 この村で宿を取るのが適当だろう。

 そんな訳で俺達は小さな村の開けてる場所に降り立つ。

 村人たちは有無言わず大慌てで飛散するように逃げ出した。


 事情を説明する間も無かった。

 ドラゴンだもんな。

 そりゃあ逃げるわな……。

 

 俺達はドラゴンから降り、地面を踏んだ。

 遠目から俺達を視認した村人の一部が、恐る恐る近づいてもくる。

 5,6名ほどだろうか。

 村人の中には小さな少女も混じっていた。


 ドラゴンは恐い。

 しかし人が乗っていた。

 その状況に村人達は困惑してるようだ。

 とりあえず俺は彼らに挨拶することにした。


「こんにちは、僕はミッドガル王国のルーシェリアと申します」


 俺の挨拶に村人達がどよめく。

 小声で何かを囁き合っている。

 江戸時代に戦車を持ちこんだら、こんな反応になるのかもしれない。

  

「皆さん、恐がらないでください。この子は何も危害を加えませんから」


 俺の挨拶にメアリーが被せるようにフォローする。

 すると、とたとたと一人の少女が飛び出してきた。


「あっ、こら! マリリン!」


 頭巾を被った母親らしき女性が慌てて止めに入る。

 少女はパッと見、5,6歳ぐらいな気がする。

 チョコ色の髪で、目がパッチリとした可愛らしい子だ。

 人族なのだろうか? 耳の形がドロシーに似て、少々尖ってる気もする。


 未来の俺の娘の名はマリー。

 顔は全然違うが、マリーとマリリン。

 名が似てる気がして、懐かしさと親近感を抱いた。

 ソーニャが、少女に微笑む。

 少女も屈託ない笑みでソーニャに微笑み返す。

 

 メアリーとドロシーが母親らしい人や周囲の村人達を安心させようと、努力してくれている。

 その甲斐もあって、村人達も若干、落ち着きを取り戻してきたようだ。

 シャーロットはと言うと、遠目にある一軒家を見つめていた。

 その方角から真っ白な顎髭を蓄えた老人が、杖をつきながら歩み寄ってきた。


「お久しぶりね、村長さん」

「ほうほう、外が騒々しいと思ったら、シャーロット殿でしたか」

「適当な宿を手配して頂けないかしら?」


 村長さんの一声で、誤解が全て吹っ飛んだかのように、場が落ち付いた。

 シャーロットは村長さんと知り合いなんだろう。

 フレンドリーにあれやこれやと話をしている。

 宿の手配も出来たようだ。


 そのやり取りを見てた俺は頬を膨らまし、プンプンとふくれていた。

 村に知り合いがいるなら言ってくれればいいのになぁと。

 

「ルーシェリア王子、宿の手配はできましたわよ?」

「あ、ありがとう……」


 少々露骨に、不満を表にだしてしまったが、シャーロットは、そよ風のように微笑むだけ。

 その直後、ドラちゃんが俺の脳裏に話しかけてきた。


『主は彼女のことを誤解をしているぞ?』

「へ?」

『彼女は確定的な発言しかしない』


 ドラちゃんがシャーロットの基本的な思考の傾向を教えてくれた。


 ドラちゃんとシャーロットが知り合いだったこと。

 村長とシャーロット知り合いだったこと。

 事前に言わないのにはそれなりの理由があった。


 ドラちゃんが心変わりしている可能性。

 村長が寿命でこの世を去っている可能性。


 その、どちらも出会うまでは不確定要素なのだ。

 もし、ドラちゃんとのことをシャーロットが事前に俺達に話していたら……俺達はドラちゃんに対し油断したかもしれない。


 幸いドラちゃんはシャーロットとの約束を覚えていた。

 牙を向くことはなかった。

 油断が次なる災厄を招く。


 つまりシャーロットは、「そうかもしれない」と言う曖昧な言葉を吐くことは、ほとんどないらしい。


 過去の曖昧な発言。

 それで大切な人を失ったらしいのだ。

 シャーロットの大切だった人って誰だろう?

 気にはなったが、それ以上はドラちゃんも話すのに気がひけたのか口を噤んだ。

 

「……で、そこの王子様、恐れ入りますが宿の手配の変わりに、一仕事引き受けてくださりませんか」


 村長が俺に真剣な眼差しを送る。


「ぼ、僕ですか?」


 村長の言葉で全員が俺の方へと注目した。


「実はじゃな……」


 ゲームのようにクエストでも発生したのかな?

 ゴブリン退治とかなら手軽でいいんだけど……。


「わしの孫娘に魔術の手ほどきを、一晩で良いからしてくれんかのう……黎明の魔術師殿」


 シャーロットが俺のことを話したようだ。

 この場には魔術に秀でたの者は沢山いる。

 シャーロットは精霊魔法が得意だし、ソーニャは風属性の魔術に長けている。

 ドロシーは付与魔術に長けている。


 その中で、どうして俺なん?

 んで、村長さんの孫娘?

 その辺を詳しく尋ねた。


 マリリンは血の繋がった実の孫娘では無かった。

 先ほどの母親らしき人の娘でも無い。

 村長が養女として育ててるらしい。

 頭巾を被った母親らしき人が村長の実の娘。

 30代ぐらいの女性で結婚もしているそうだ。

 子どもはいないらしい。


 ――で、マリリンはドロシーと同じ境遇だと知った。

 魔族でもあり人族でもある。

 ただ、ドロシーと違うのは魔族は魔族でも系統の違う魔族らしい。


 系統の違う魔族。

 東洋人と西洋人の違いみたいなものなのかな。


「おにぃちゃん、よろしくね!」


 マリリンが俺に近づいて、にっこり笑った。

 お兄ちゃんか……。

 悪くない響きだ。


 よし、今夜一晩だけ、俺の弟子にしてやろう。

 魔術を人に教えるのは初めて――――。

 どうやって? とも思ったが、年齢を尋ねるとマリリンは6歳らしい。

 気楽に手ほどきしてあげるとするか。


 マリリンと名乗る少女。

 不思議なぐらい初対面の俺に懐いてる。

 養女と聞いたが、本当の両親は今頃どうしてるのだろう?


「村長さん?」

「なんじゃね?」

「マリリンの両親はどうしてるんです?」

「星になりおったわ」


 マリリンの祖父は伝説六英雄で魔族だった槍の名手ジェラルド。

 そして祖母は淫魔族で魔術師だったらしい。


 その二人の間に生まれた魔族の女性がマリリンの母親で、この村の人族の青年と恋に落ちた。

 

 その二人を虐殺したのが法王庁だとも聞いた。

 虫唾が走った。

 魔族には本来、角や尻尾があるもの。

 混血で血が薄まるとドロシーと同様、角も尻尾もないパターンが多いらしい。


 おかげで、法王庁にはバレずにすんでいるとのことだ。

 子どものいない村長の娘の子として、育ててる。


 そのことは村人一同が知っていた。

 俺は危ういとも思った。

 村人の誰かが裏切り密告したら、マリリンは無事ではいられないだろうと。

 法王庁の他種族への排他主義。

 度を過ぎているのを良く知ってる。


 竜王の養女として育ったドロシーだって、竜王の庇護がなければ今頃どうなっていただろうか。

 その竜王にすら手出しする法王庁。

 残虐非道にもほどがある。


 いつか、ぶっ潰してやりたいとも思った。


「ルーくん、メアリー、ドロシー! おいて行くよー!」


 我に返ると、ソーニャとシャーロットの二人が、村長とともに村長宅へと歩き出していた。

 ドロシーはマリリンの手を引いていた。

 どうやら今夜の宿は村長宅のようだ。

 

 俺とメアリーは返事をし、皆の後を追った。

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